無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

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戦闘は、激しさを増す一方だった。
騎士団は勇敢に戦っているが、魔物の数はあまりにも多い。
次から次へと、森の奥から新たな魔物が現れる。
このままでは、騎士団の力が尽きるのが先だろう。
歌声も、人々の疲れと共に、少しずつ弱々しくなっていく。
黒い太陽が、再びその不気味な力を取り戻し始めていた。

私は、壇上で唇を強く噛み締めた。
何か、何か手はないのだろうか。
この状況を、一気に変えるような、決定的な一手がきっとあるはずだ。
私の視線は、自然とトムの姿を追っていた。
彼は、広場の隅にある、いくつかの大きな岩の周りをうろついている。
その岩は、祭りの飾り付けをするために、元々そこにあったものだ。

彼は、その岩に耳を澄ませたり、手でそっと触れたりして、何かを確かめているようだった。
一体、何をしているのだろうか。
その時、トムが、はっとしたように顔を上げた。
彼は、私の方をまっすぐに見つめると、恐怖を振り払うように、こちらへ駆け寄ってくる。
激しい戦いの混乱を、小さな体で必死に駆け抜けてくるのだ。

「リリアーナ様」
壇の下にたどり着いたトムは、息を切らしながら私を見上げた。
その瞳は、真剣そのものだった。
「トム、どうしたの。ここは危ないわ」
「あの石だ、あの石がとてもおかしいんだ」
彼は、言葉を区切りながらも、必死に伝えようとしていた。

「変な音がするんだ、耳にキーンって響く、すごく嫌な音が」
「あの音が鳴り始めると、胸が苦しくなるんだ」
「あの絵にも、描いてあったんだ。祭壇の周りに、同じような石がいくつか」
彼は、しわくちゃになった絵を広げて見せた。
確かに、絵に描かれた祭壇の周りには、いくつかの岩のようなものが描かれている。
今まで、私はそれに全く気づかなかった。

私は、彼の言葉の意味を、瞬時に理解した。
黒いローブの魔術師たちは、黒い太陽の波動だけでなく、特殊な音を使って人々の不安を大きくしているのだ。
それは、普通の大人には聞こえない、ごくわずかな周波数の音なのかもしれない。
子供であるトムの、鋭い聴覚だけが、それを捉えたのだ。
あの岩は、ただの岩ではなかった。
敵が、儀式の効果を高めるために置いた、呪いの装置の一部なのだ。

「よく気づいてくれたわ、トム。あなたは、皆を救う勇者よ」
私は、彼の頭を優しく撫でた。
彼の瞳に、誇らしげな光が宿る。
私は、すぐにアシュトン様の元へと駆け寄った。
彼は、自ら一番危ない前線に立ち、巨大なオークと斬り結んでいる。

「アシュトン様、聞いてください」
私は、戦いの合間を縫って、トムから聞いた情報を急いで伝えた。
彼は、私の言葉を聞くと、驚いたようにトムの姿を見た。
そして、一瞬だけ考え込んだ後、すぐに決断を下す。
彼の仲間への信頼は、もう揺らぐことはないのだ。

「ダリウス、ギデオン」
彼は、近くで戦っていた二人の騎士の名を呼んだ。
「はっ、何でございましょう」
「あの岩を、全て破壊しろ。今すぐにだ」
「リリアーナ様を、そしてあの子の言葉を信じる」
彼の命令に、二人は一瞬戸惑いの表情を見せた。
だが、すぐに力強く頷く。

「承知いたしました」
「やってやりましょう」
ダリウスさんが、巨大な戦斧を担ぎ直した。
ギデオンさんは、残った兵士たちに素早く指示を飛ばす。
「レオ、お前たちは辺境伯様をお守りしろ」
「残りの者は、俺とダリウスさんに続け。岩を全て破壊するぞ」
騎士団の動きは、驚くほど素早かった。

アシュトン様を中心に、民衆を守るための防御の陣形を保ちつつ、ダリウスさんとギデオンさん率いる少数精鋭の部隊が、岩へと向かって突撃する。
その動きを、敵が見逃すはずがなかった。
岩の周りにいた魔物たちが、一斉に破壊部隊へと襲いかかる。
だが、ダリウスさんの前では、並の魔物など敵ではなかった。

「どけ、この雑魚どもが」
彼の戦斧が、嵐のように唸りを上げる。
なぎ払われたゴブリンたちが、まるで木の葉のように宙を舞った。
ギデオンさんは、片腕ながらも、巧みな剣さばきで的確に敵の急所を突いていく。
彼の経験豊富な指揮が、部隊の被害を最小限に食い止めていた。
そして、ついにダリウスさんの戦斧が、最初の一つの岩へと叩きつけられた。

ゴオォン、という鈍い音と共に、岩が砕け散る。
その瞬間、黒い太陽から発せられていた不快な波動が、明らかに弱まったのが分かった。
トムが言っていた、耳鳴りのような嫌な音も、ぴたりと止んだ。
「効いているぞ」
「続け、残りの岩も全て砕け」
騎士たちの士気が、爆発的に上がる。
彼らは、次々と呪いの岩を破壊していった。
五つの岩が、全て破壊された時、空の黒い太陽は、まるで熱い空気のように揺らぎ始めた。
儀式の中心が、大きく揺らいだのだ。

森の奥の祭壇で、魔術師たちが苦しそうな声を上げる。
「馬鹿な、増幅装置が、全て破壊されただと」
「なぜだ、なぜ我々の仕掛けが気づかれた」
「このままでは、儀式が失敗してしまう」
リーダー格の男が、ついに最後の決断を下した。

「もはや、これまでか。だが、ただでは終わらせんぞ」
「我が身を捧げ、奴らに、真の絶望を与えてくれよう」
彼は、祭壇の上に立つと、自らの胸に呪いの短剣を突き立てた。
彼の体から、おびただしい量の黒い魔力が噴き出す。
その魔力は、祭壇に吸い込まれると、一つの巨大な生命体を作り出した。

広場の大地が、激しく揺れる。
地面を突き破り、おぞましい何かが姿を現した。
それは、様々な魔物の体を無理やり繋ぎ合わせたような、巨大な合成魔獣だった。
獅子の頭に、ドラゴンの翼、そして蛇の尾を持つ、悪夢の化身だ。
その巨体から放たれる魔力は、今までの魔物たちとは比べられないほど強大だった。

「リリアーナ様、あれを」
エマが、恐怖に引きつった声で叫ぶ。
合成魔獣は、けたたましい咆哮を上げると、手当たり次第に暴れ始めた。
その一撃は、大地を割り、建物を紙くずのように吹き飛ばす。
騎士団の攻撃など、まるで気にしていないようだった。
絶望が、再び広場を支配しようとしていた。

だが、アシュトン様は、一歩も引かなかった。
彼は、巨大な魔獣をまっすぐに見据え、静かに剣を構える。
「リリアーナ」
彼は、私の方を振り返った。
その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っている。
「最後の戦いだ。君と、民の力を、もう一度俺に貸してくれ」
「はい」
私は、力強く頷いた。

私は、再び壇上の中央に立つ。
そして、ありったけの想いを込めて、歌い始めた。
それは、もはや私一人の歌ではなかった。
エマが、トムが、そして広場にいる全ての民が、私の歌声に、自分の声を重ねていく。
恐怖を乗り越えた彼らの歌声は、今までで最も力強く、温かい希望の光となっていた。
その歌声は、アシュトン様の体へと注ぎ込まれていく。
彼の剣が、まばゆいほどの光を放ち始めた。

「うおおおおおっ」
ダリウスさんやレオさんたちも、最後の力を振り絞り、魔獣の足元に猛攻撃を仕掛ける。
ボルツさんは、負傷した腕で、若い騎士たちに的確な指示を飛ばしていた。
ハンスさんは、調合した薬草を投げつけ、魔獣の動きをわずかに鈍らせる。
誰もが、自分の役割を果たしていた。
この土地に生きる、全ての者が、共に戦っていたのだ。

アシュトン様は、希望の光を一身に受け、大地を蹴った。
彼の体は、まるで流星のように、巨大な魔獣の懐へと飛び込んでいく。
そして、全ての想いを乗せた剣を、大きく振りかぶった。
その一撃が、この戦いの未来を決める。
私は、その瞬間を、固唾を飲んで見守っていた。
彼の剣先が、黄金の軌跡を描きながら、魔獣の心臓部へと吸い込まれていった。

---
第19話(修正版)

アシュトン様の剣が、黄金の光を放ちながら合成魔獣の心臓へと迫る。
広場の誰もが、息を止めてその光景を見守っていた。
私達の希望の全てが、その一振りに込められている。
希望を願う歌声は、最高潮に達していた。

だが、合成魔獣は最後の抵抗を見せる。
その巨大な獅子の口が開き、凝縮された闇の息吹が放たれた。
黄金の光と漆黒の闇が、両者の間で激しく衝突する。
すさまじい衝撃波が広場を襲い、人々は思わず地面に伏せた。
爆風と土煙が晴れた時、私達の目に信じられない光景が飛び込んできた。
アシュトン様の剣は、確かに魔獣の胸を貫いている。
しかし、魔獣の闇の息吹もまた、アシュトン様の体を捉えていたのだ。

彼の着ていた鎧は砕け散り、その体は力なく後方へと吹き飛ばされる。
「アシュトン様」
私の悲鳴に近い叫びが、広場に響いた。
民衆の歌声が、驚きと絶望で途切れてしまう。
アシュトン様は地面に叩きつけられ、一度、二度と激しく転がった。
そして、ぴくりとも動かなくなった。

合成魔獣も、胸に深い傷を負いながらもまだ生きていた。
その濁った瞳が、憎しみを込めて倒れたアシュトン様を睨みつける。
そして、とどめを刺そうと、その巨大な鉤爪を振り上げた。
誰もが、もう終わりだと思った。
希望の光が、完全に消え去ろうとしていた。

その時だった。
「諦めないでください」
壇上で、私は力の限り叫んでいた。
「顔を上げてください、歌うことをやめないで」
「アシュトン様は、まだ生きています」
「私達が、彼を信じなくてどうするのですか」
私の言葉は、絶望に沈む人々の心に、かろうじて届いたようだった。
弱々しいながらも、再び歌声が広場のあちこちから上がり始める。

その歌声に応えるように、一人の男が魔獣の前に立ちはだかった。
ダリウスさんだった。
彼は、傷だらけの体で、巨大な戦斧を構える。
「行かせるかよ、この化け物が」
「俺たちの主君の首は、てめえなんぞには絶対に渡さねえ」
彼の背後には、レオさんが、そして動ける全ての騎士たちが集結していた。
彼らは、アシュトン様を守るための最後の壁となる覚悟を決めたのだ。
彼らの無謀とも言える抵抗が、ほんのわずかな時間を作った。

その間に、私は壇上から駆け下り、アシュトン様の元へと走った。
彼のそばに駆け寄ると、鉄と血の匂いが鼻をつく。
彼の呼吸は浅く、意識はないようだった。
だが、その手は、まだ固く剣を握りしめている。

「アシュトン様、しっかりしてください」
私は、彼の体を揺すぶりながら、必死に呼びかける。
私の涙が、彼の頬にぽたぽたと落ちた。
その涙が、奇跡を起こしたのかもしれない。
彼が身につけていた、古いお守りの石が、淡い光を放ち始めたのだ。
それは、辺境伯の家に代々伝わるという特別な石だった。
その光は、私の涙と、そして民衆の歌声に反応するように、次第に強くなっていく。
光は、アシュトン様の傷を優しく包み込んでいった。

すると、彼の指が、ぴくりと動いた。
そして、うっすらと、その灰色の瞳が開かれる。
「リリアーナか」
「アシュトン様」
「すまない、しくじったようだな」
「いいえ、あなたは最後まで戦い抜きました」
「後は、私達に任せてください」
私は、彼の体を抱き起こした。
彼の傷は、まだ完全には癒えていない。

だが、その瞳には、再び戦うための意志の炎が宿っていた。
「ああ、まだだ。まだ、終わりじゃない」
彼は、私の肩を借りて、ゆっくりと立ち上がる。
その姿を見た民衆から、歓喜の声が上がった。
「辺境伯様が」
「生きているぞ」
その声は、再び力強い大合唱へと変わっていく。
希望の歌声が、先ほどとは比べ物にならないほどの力で、広場を満たした。
アシュトン様は、私の体を支えにしながら、再び魔獣と向き合う。
彼の剣は、お守りの石の光を吸収し、白銀の輝きを放っていた。
それは、民の希望と、先祖代々の祈りが込められた、聖なる光だった。

「もう一度だ、リリアーナ」
「はい」
私達は、二人で一つだった。
私が希望を歌い、彼がその希望を力に変える。
それこそが、私達だけの戦い方なのだ。
アシュトン様が、再び大地を蹴った。
ダリウスさんたちが、決死の覚悟で魔獣の動きを封じ込めている。
そのわずかな隙を突き、アシュトン様の白銀の剣が、再び魔獣の心臓へと突き立てられた。
今度こそ、魔獣は避けることができなかった。
聖なる光が、その邪悪な体を内側から焼き尽くしていく。

断末魔の叫びが、空に響き渡った。
合成魔獣の巨大な体が、光の粒となって消えていく。
それと同時に、空を覆っていた黒い太陽もまた、ガラスが砕けるように音を立てて消滅した。
鉛色の雲が晴れ、久しぶりに太陽の光が、大地へと降り注ぐ。
戦いは、終わったのだ。

静けさが、広場を支配した。
誰もが、目の前で起きた奇跡を、信じられないというように見つめている。
やがて、誰からともなく、小さな拍手が始まった。
その拍手は、すぐに熱狂的な歓声と、割れんばかりの喝采へと変わっていく。
人々は、泣きながら、笑いながら、互いの勝利を喜び合った。
騎士も、民も、男も、女も、全ての者が、ただ一つの仲間として、その感動を分かち合っていた。

私は、アシュトン様に支えられながら、その光景をただ黙って見つめていた。
勝ったのだ。
私達は、この絶望的な戦いに、ついに勝利したのだ。
その時、トムが、私の元へ駆け寄ってきた。
その手には、彼が描いた絵はない。
代わりに、森で摘んできたのだろう、一輪の小さな白い花が握られていた。
彼は、その花を、私に差し出した。

「ありがとう、お姫様」
彼の口から、はっきりと、感謝の言葉が紡がれる。
その瞳には、もう恐怖の色はなかった。
ただ、子供らしい、純粋な輝きだけがそこにあった。
私は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、最高の笑顔でその花を受け取った。

アシュトン様は、そんな私達の様子を、優しい目で見守っていた。
だが、勝利の喜びも束の間、張り詰めていた糸が切れたように彼の体がぐらりと傾く。
「アシュトン様」
私は慌てて、その体を支えた。
彼の体は火のように熱く、呼吸もひどく乱れている。
闇の息吹によって負わされた傷と、限界を超えて力を使った影響が、彼の体を蝕んでいた。
広場の歓声が、次第に心配の声へと変わっていく。
私は、彼の熱い額に手を当てながら、必死に周りへと声を張り上げた。
「誰か、救護班を呼んでください。早く、アシュトン様の手当てを」
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