無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

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目を覚ました時、私は椅子の背もたれに体を預けていた。
窓の外は、すでに朝の光で白み始めている。
どうやら一晩中、彼のそばにいたらしい。
体は鉛のように重かった、精神を極限まで集中させたせいだろう。

だが私の心は、不思議なほど晴れやかだった。
隣の寝台に目をやると、アシュトン様が穏やかな寝息を立てている。
彼の顔色は、まだ少し青白い。
だが昨日までの苦しそうな表情は、嘘のようになくなっていた。
額に触れてみると、あれほど高かった熱もすっかり下がっている。

「よかった。」
私は、心から安堵のため息を漏らした。
私の声に気づいたのか、彼の瞼がゆっくりと持ち上がる。
その灰色の瞳が、まっすぐに私を捉えた。
夢の中で見たのと同じ、穏やかで優しい光を宿した瞳だ。

「リリアーナ。」
彼の声には、もう苦痛の色はない。
しっかりとした、張りのある声だった。
「気分は、いかがですか。」
「ああ、とても良い。こんなに清々しい朝は、何年ぶりだろうか。」
彼はゆっくりと、体を起こした。
その動きには、もうためらいがない。
彼は完全に、呪いから解放されたのだ。

「君が、助けてくれたんだな。」
「夢の中で、君の歌声が聞こえた。」
「あの歌声がなければ、俺は永遠にあの闇の中から出られなかっただろう。」
彼は、そっと私の手を握った。
その手は、もう熱くはない。
温かくて力強い、彼本来の手だった。

「いいえ、あなたはご自身の力で。」
私がはにかんで答えようとすると、彼は私の指先にそっと口づけをした。
そのあまりに突然の行動に、私の心臓は大きく跳ね上がる。
顔が、火を噴くように熱くなった。

「もういいんだ、君はいつも自分を謙遜しすぎる。」
「俺は君に救われた、その事実だけで十分だ。」
「これからは、俺が君を守る番だ。」
彼の真剣な眼差しに、私は何も言えなくなってしまった。
ただ彼の言葉が、温かい蜜のように私の心に染み渡っていく。
夢の中で聞いた、『愛している』という言葉が何度も頭の中でこだました。
あれは、本当に夢だったのだろうか。

その時、部屋の扉が控えめに叩かれた。
ギデオンさん達の声だ。
アシュトン様の容態を心配して、夜通し扉の外で待っていたのだろう。
「入ってくれ。」
アシュトン様がそう応じると、扉が勢いよく開かれた。
ギデオンさん、ダリウスさん、レオさん、そしてエマ。
皆が心配そうな顔で、部屋に駆け込んでくる。
そして元気に体を起こしている、アシュトン様の姿を見て目を見開いた。

「アシュトン様。」
「ご無事でしたか。」
彼らは、信じられないというように自分達の主君に駆け寄る。
「ああ、皆のおかげだ。」
「心配を、かけたな。」
アシュトン様は、仲間達に向かって穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見て、ダリウスさんの目にみるみるうちに涙が浮かぶ。

「よかった、本当に、よかった。」
彼は子供のように、声を上げて泣き始めた。
その大きな体で、アシュトン様に抱きつかんばかりの勢いだ。
レオさんや、ギデオンさんの目も赤く潤んでいる。
エマは私の隣で、静かに涙を拭いていた。
部屋は安堵と喜びに満ちた、温かい空気に包まれる。
彼らの絆の強さを、改めて感じさせられる光景だった。

アシュトン様の奇跡的な回復の知らせは、すぐに城全体に広まった。
人々は、自分達の領主の無事を心から喜び合った。
そしてその奇跡をもたらしたのが、リリアーナ様であることも誰もが知る。
私に対する、領民達の尊敬の念は絶対的なものとなっていた。

数日後、アシュトン様はすっかり体力を回復された。
そしてすぐに、領主としての仕事に復帰する。
彼の指揮の元、辺境領の復興は驚異的な速さで進んでいった。
祭りの後片付けも、すぐに終わる。
温室ではハンスさんの指導で、野菜の種まきが始まっていた。
スノー・ウィートの畑も、青々とした芽を力強く伸ばしている。
この土地は、確実に再生への道を歩み始めていた。

だが私達は、決して気を抜いてはいなかった。
あの黒いローブの魔術師達、そしてその背後にいるであろう本当の黒幕。
彼らがこのまま、黙って引き下がるとは到底思えなかったからだ。
祭壇で見つかった、王家の短剣の謎もまだ解けてはいない。
私達は復興を進める一方で、次なる襲撃に備えて警戒を続けていた。

その日の午後、私はアシュトン様と一緒に城壁の上を歩いていた。
穏やかな日差しが、心地よい。
眼下には、活気を取り戻した街並みが広がっている。
その光景を眺めながら、アシュトン様がぽつりと呟いた。

「この平和が、ずっと続けば良いのだがな。」
「ええ、本当に。」
「そのためにも、俺達はもっと強くならなければならない。」
「この辺境領を、誰にも脅かされることのない場所に。」
彼の瞳は、まっすぐに未来を見据えていた。

「リリアーナ、君に正式に頼みたいことがある。」
彼は立ち止まり、私に向き直った。
その表情は、いつになく真剣だった。
「君にはこの辺境領の、正式な相談役になってもらいたい。」
「いや、『心の指南役』とでも言うべき役職だ。」
「騎士団だけでなく、領民全ての心のケアを君に一任したい。」

「それは光栄なことです、ですが私にそれほどの務めが。」
「君にしか、できないことだ。」
彼は、私の言葉を力強く遮った。
「君の力は、もはやこの領地にとって必要不可欠なものだ。」
「君がいてくれるだけで、皆がどれほど心強く思うか。」
「俺も、そうだ。」
彼のまっすぐな言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。

この場所で、私の力が確かに必要とされている。
これ以上の、喜びはなかった。
「分かりました、謹んでお受けいたします。」
私がそう答えると、彼は心の底から安心したように優しい笑顔を見せた。
その時だった。遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきた。
それも、一頭や二頭ではない。
かなりの、規模の一団だ。

私達が警戒して音のする方角に目を凝らすと、地平線の向こうから砂埃を上げて近づいてくる一団が見えた。
その先頭に翻っている旗を見て、私とアシュトン様は息を呑む。
金色の地に、赤い獅子の紋章。
それは紛れもなく、エルミート王家の旗だった。
王都からの、使者だ。なぜ、今頃になって。

一団は、あっという間に城門の前までやってきた。
その数は、百人近くいるだろうか。
全員がきらびやかな鎧を身につけた、王都の近衛騎士だ。
その中心にいる人物を見て、私の体は凍りついた。
傲慢な笑みを浮かべ、こちらを見上げているその顔。
見間違える、はずもなかった。

私の兄、第一王子のアルフォンスだった。
彼が、なぜここにいるのか。
隣でアシュトン様の体から、殺気にも似た鋭い緊張が放たれる。
彼はこの男こそが、全ての問題の根源である可能性を瞬時に察したのだ。

アルフォンスは馬の上から、尊大な態度で私達を見上げた。
その目は私ではなく、私の隣に立つアシュトン様を値踏みするように見ている。
やがて彼は芝居がかった声で、高らかに叫んだ。
その声は、広場全体に響き渡る。

「我が妹リリアーナよ、息災であったか。」
「そしてそちらが、噂に名高い『氷の辺境伯』殿か。」
「父君、国王陛下からの勅命を伝えにわざわざ足を運んでやったぞ。」
「ありがたく、拝聴するが良い。」
彼の言葉には、隠しきれない侮蔑の色がこもっていた。
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