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アルフォンス王子の一行が城に来てから、数日が過ぎた。
城の中の空気は、一日ごとに悪くなっていく。
近衛騎士たちは、辺境の全てを見下していた。
訓練中の騎士団をあざ笑い、使用人たちにできないような難しいことを言いつける。
その乱暴なふるまいは、とどまることを知らなかった。
「おい、そこの片腕。かざりにしては、ずいぶんとじゃまだな」
ある日の昼下がり、訓練場で近衛騎士の一人がギデオンさんにそうからんだ。
その言葉に、辺境の兵士たちが一斉に怒りをあらわにする。
だが、ギデオンさんは落ち着いていた。
「これは、かざりではありません。この地を守るために戦った、ほこりでございます」
彼は、少しも動じずに、静かに言い返した。
その堂々とした態度に、近衛騎士は一瞬言葉を失う。
だが、すぐに顔を真っ赤にして、剣のえに手をかけた。
「貴様、俺に口答えをする気か」
今にももめ事が起きそうな様子を止めたのは、私の声だった。
「皆様、そこまでにしてくださいな」
私は、お茶の入ったおぼんを手に、おだやかにほほえみながら彼らの間に入った。
「王都の騎士様も、長い旅でお疲れなのでしょう」
「よろしければ、冷たいお茶でもいかがですか」
私の急な登場に、その場にいた誰もがおどろきの表情をうかべる。
特に、近衛騎士は、魔力のない王女である私を、完全に見下していた。
「なんだ、役立たずの姫か。お前は引っ込んでいろ」
「まあ、そんなこわい顔をなさらないでくださいな」
私は、わざと困ったような顔をして見せる。
「兄であるアルフォンス殿下は、皆様のことを、エルミート王国がほこる最高の騎士だとおっしゃっていましたわ」
「そんな皆様が、このような場所で、自分たちのための争いをなさるはずがありませんものね」
私は、アルフォンスの名前を出し、彼らのほこりをくすぐった。
そして、彼らの行動が、王子である兄の顔にどろをぬることになると、それとなく言ったのだ。
近衛騎士は、ぐっと言葉につまった。
私をばかにすることはできても、王子にさからうことはできない。
彼は、くやしそうに顔をゆがめると、はき捨てるように言った。
「ちっ、覚えていろよ」
そう言って、彼は仲間たちと共にその場を去っていった。
残された辺境の兵士たちが、ほっとしたため息をもらす。
ギデオンさんが、私に向かって深く頭を下げた。
「リリアーナ様、申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
「いいえ。皆さんが、がまんしてくださったおかげです」
私は、兵士たち一人ひとりの顔を見ながら言った。
「あなた方の忍耐が、今この辺境の領地を守っているのです。私は、そのことをほこりに思います」
私の言葉に、兵士たちの顔からくやしさが消え、静かなほこりがうかんでくる。
彼らは、アサーションの訓練で学んだことを、実際に行ってくれていたのだ。
自分の感情に流されず、全体のことを考えて動く。
それは、簡単なことではなかったはずだ。
その日の午後、私は相談室で、兵士たちの話を聞いていた。
やはり、近衛騎士たちに対する不満が、ほとんどだった。
私は、彼らの怒りや不満を、ただひたすらに受け止める。
そして、彼らのがまんを、心からほめたたえた。
それだけで、彼らの心は、少しだけ軽くなるようだった。
一方、エマの情報を集める活動も、少しずつ成果を上げていた。
彼女は、もともと持っている人の良さで、近衛騎士たちにつく侍女たちとすっかり仲良くなっていたのだ。
彼女たちがこぼす文句やうわさ話の中から、エマは大切な情報を拾い上げてくれていた。
その夜、エマが私の部屋へ、報告にやってきた。
その顔は、少しわくわくしているようだった。
「リリアーナ様、分かりました」
「アルフォンス様が、何をそんなに焦っているのか」
「まあ、教えてちょうだい」
「はい。どうやら王都では、第二王子様が、急に力をつけてきているらしいのです」
「第二王子は、アルフォンス様と違って、魔力のあつかいが非常にうまく、騎士団からの信頼もあついとか」
「国王陛下も、最近では、アルフォンス様よりも、第二王子様の方を、高く見ている、と」
第二王子。
私には、ほとんど記憶のない、お母さんが違う弟だ。
彼が、アルフォンスの地位をおびやかしているというのか。
「それで、アルフォンス様は、自分の力を示すために、何か大きなてがらを立てる必要があったのです」
「今回の命令は、そのためのものだったのかもしれません」
「辺境伯騎士団という、力のある兵力を、自分の手駒として王都に連れ帰る」
「そうすれば、第二王子側の貴族たちを、だまらせることができる、と」
エマの報告は、ばらばらだったものが、一つにつながるような感覚を私にもたらした。
アルフォンスの焦りの正体は、弟への劣等感と、自分の地位への不安だったのだ。
「ありがとう、エマ。とても、大事な情報よ」
私は、彼女の働きを心からねぎらった。
彼女は、うれしそうに少し笑った。
だが、まだなぞは残っている。
アルフォンスと、あの黒いローブの魔術師たちとの関係だ。
ただのてがらかせぎのために、あのような危険な者たちと手を組むだろうか。
あるいは、彼もまた、魔術師たちに利用されているだけなのだろうか。
次の日、私は、決心してアルフォンスの所へ行った。
彼は、客室で一人、良いワインを飲んでいる。
その表情は、どこか機嫌が悪そうだった。
「あら、お兄様。お一人ですの」
私が部屋に入ると、彼は顔をしかめた。
「なんだ、リリアーナか。何の用だ」
「いいえ、特に用はありませんわ。ただ、お兄様がひまをしているのではないかと思いまして」
私は、何も知らない妹を演じながら、彼の隣のいすにこしをおろした。
「王都は、今、大変な時なのでしょう」
「第二王子様が、ご活躍だと聞いておりますわ」
私の言葉に、アルフォンスの手がぴたりと止まった。
彼の顔から、血の気が引いていくのが分かる。
「誰から、それを聞いた」
「まあ、城の侍女たちが、うわさしておりましたのよ」
「お兄様にとっては、自慢の弟君でいらっしゃいますものね」
私は、わざとそう言ってみせた。
その言葉は、彼のほこりを、最も深くきずつけたようだ。
彼は、ワイングラスを、テーブルにたたきつけた。
「あんな奴が、俺の弟だと。ふざけるな」
「あいつは、俺から全てをうばおうとしている、にくらしい存在だ」
彼は、にくしみに顔をゆがめている。
私は、さらに言葉を続けた。
「お兄様ほどの、すばらしい方が、どうしてそんなに思いなやむのですか」
「お兄様には、王太子という、しっかりとした地位がおありではないですか」
「それに、お兄様には、王家の誰も知らないような、特別な『力』があるのでしょう」
私は、相手の反応を見るために、わざと話を向けた。
それは、危険なかけだった。
アルフォンスは、はっとしたように私を見た。
その目に、心がゆれ動いている様子がうかんでいる。
「特別な、力だと。お前に、何が分かる」
「ええ、私には何も。ですが、お兄様なら、きっと、普通の人間にはできないような、奇跡だって起こせるはずですわ」
私は、彼をもちあげる言葉を並べた。
自分に自信がない人間は、自分を認めてくれる存在に、弱い。
私の言葉は、彼の心のすきまに、うまく入りこんだようだった。
彼は、ふふん、と鼻を鳴らす。
そして、勝ったような笑みをうかべた。
「まあ、お前には分からんだろうな」
「俺には、昔の賢者から受けついだ、特別な知識と協力者がいるのだ」
「その力を使えば、あのいまいましい弟など、すぐにでもだまらせることができる」
「この辺境の騎士団は、そのための、ほんの小手しらべにすぎん」
昔の賢者、協力者。
間違いない、彼は、黒いローブの魔術師たちのことを指している。
彼は、彼らからあたえられた力を、自分のものだと信じこんでいるのだ。
完全に、利用されている。
私は、はっきりとそう分かった。
「すばらしいですわ、お兄様」
私は、本心ではないほめ言葉を送りながら、彼の様子を注意深く見た。
彼が身につけている、豪華な指輪の一つに、目がとまる。
黒い石の、大きな指輪だ。
その石の表面に、何か模様がほられている。
それは、蛇が、自分のしっぽをかんでいるようなデザインだった。
あのさいだんにきざまれていた、不気味なもんしょうと、全く同じものだ。
私は、息をのんだ。
全てのなぞが、つながった。
アルフォンスは、事件を裏で操っている人間ではない。
彼もまた、あの魔術師たちにあやつられた、かわいそうな駒の一つでしかなかったのだ。
私は、落ち着いたふりをしながら、彼の部屋を出た。
ろうかに出たしゅんかん、全身の力が抜けていくのを感じる。
すぐに、アシュトン様の仕事部屋へと向かった。
彼に、全てを報告しなければならない。
私達の、本当の敵の姿が、ようやく見えてきたのだから。
仕事部屋のドアを開けると、アシュトン様が、ギデオンさんと何かを話しこんでいた。
私のいつもと違う大変そうな様子に気づき、二人は話を止める。
私は、息をととのえながら、アルフォンスとの会話と、指輪のことを全て話した。
私の報告を聞き終えたアシュトン様は、静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「そうか。やはり、そうだったか」
彼の声は、怒りよりも、むしろあわれみを含んでいるようだった。
「アルフォンス王子は、敵に利用されている、と」
「はい。おそらくは、あの指輪を通して、心をあやつられている可能性もあります」
「彼自身は、自分の考えで行動しているつもりなのでしょうが」
「なんと、おろかな」
ギデオンさんが、くやしそうにはき捨てた。
「では、我々の本当の敵は、王都ではなく、あの魔術師たちということになりますな」
「ああ、そうだ。そして、奴らは、また必ずこの地をねらってくるだろう」
「アルフォンス王子という、都合のいい手駒を手に入れたのだからな」
アシュトン様の言葉に、部屋の空気が再びはりつめる。
「ならば、どうしますか」
「アルフォンス王子を、とらえますか」
「いや、それはまずいやり方だ」
アシュトン様は、首を横に振った。
「彼をとらえれば、王都との全面戦争はさけられない」
「それに、彼をあやつっている黒幕を、しげきすることにもなる」
「今は、泳がせておくしかない。そして、奴らが次の一手を打ってくるのを待つ」
「その間に、こちらも、とっておきの方法を用意する」
彼はそう言うと、私の方に向き直った。
「リリアーナ。君にしか、頼めないことがある」
彼の真剣なまなざしに、私はごくりとつばを飲みこんだ。
「君の力で、アルフォンスを、呪いから解き放つことはできるか」
「あの指輪から、彼を切りはなすんだ」
それは、あまりにもむずかしく、そして危険な役目だった。
だが、この状況をうちやぶれるたった一つの方法であることも、私には分かっていた。
私がうなずくよりも先に、仕事部屋の外から、さわがしい警報の音が鳴り響いた。
見張りの兵士が、何かをさけんでいる。
「敵の攻撃だ、敵の攻撃だ」
「森の方から、大きな部隊が、こちらへ向かってくる」
私達は、顔を見合わせた。
城の中の空気は、一日ごとに悪くなっていく。
近衛騎士たちは、辺境の全てを見下していた。
訓練中の騎士団をあざ笑い、使用人たちにできないような難しいことを言いつける。
その乱暴なふるまいは、とどまることを知らなかった。
「おい、そこの片腕。かざりにしては、ずいぶんとじゃまだな」
ある日の昼下がり、訓練場で近衛騎士の一人がギデオンさんにそうからんだ。
その言葉に、辺境の兵士たちが一斉に怒りをあらわにする。
だが、ギデオンさんは落ち着いていた。
「これは、かざりではありません。この地を守るために戦った、ほこりでございます」
彼は、少しも動じずに、静かに言い返した。
その堂々とした態度に、近衛騎士は一瞬言葉を失う。
だが、すぐに顔を真っ赤にして、剣のえに手をかけた。
「貴様、俺に口答えをする気か」
今にももめ事が起きそうな様子を止めたのは、私の声だった。
「皆様、そこまでにしてくださいな」
私は、お茶の入ったおぼんを手に、おだやかにほほえみながら彼らの間に入った。
「王都の騎士様も、長い旅でお疲れなのでしょう」
「よろしければ、冷たいお茶でもいかがですか」
私の急な登場に、その場にいた誰もがおどろきの表情をうかべる。
特に、近衛騎士は、魔力のない王女である私を、完全に見下していた。
「なんだ、役立たずの姫か。お前は引っ込んでいろ」
「まあ、そんなこわい顔をなさらないでくださいな」
私は、わざと困ったような顔をして見せる。
「兄であるアルフォンス殿下は、皆様のことを、エルミート王国がほこる最高の騎士だとおっしゃっていましたわ」
「そんな皆様が、このような場所で、自分たちのための争いをなさるはずがありませんものね」
私は、アルフォンスの名前を出し、彼らのほこりをくすぐった。
そして、彼らの行動が、王子である兄の顔にどろをぬることになると、それとなく言ったのだ。
近衛騎士は、ぐっと言葉につまった。
私をばかにすることはできても、王子にさからうことはできない。
彼は、くやしそうに顔をゆがめると、はき捨てるように言った。
「ちっ、覚えていろよ」
そう言って、彼は仲間たちと共にその場を去っていった。
残された辺境の兵士たちが、ほっとしたため息をもらす。
ギデオンさんが、私に向かって深く頭を下げた。
「リリアーナ様、申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
「いいえ。皆さんが、がまんしてくださったおかげです」
私は、兵士たち一人ひとりの顔を見ながら言った。
「あなた方の忍耐が、今この辺境の領地を守っているのです。私は、そのことをほこりに思います」
私の言葉に、兵士たちの顔からくやしさが消え、静かなほこりがうかんでくる。
彼らは、アサーションの訓練で学んだことを、実際に行ってくれていたのだ。
自分の感情に流されず、全体のことを考えて動く。
それは、簡単なことではなかったはずだ。
その日の午後、私は相談室で、兵士たちの話を聞いていた。
やはり、近衛騎士たちに対する不満が、ほとんどだった。
私は、彼らの怒りや不満を、ただひたすらに受け止める。
そして、彼らのがまんを、心からほめたたえた。
それだけで、彼らの心は、少しだけ軽くなるようだった。
一方、エマの情報を集める活動も、少しずつ成果を上げていた。
彼女は、もともと持っている人の良さで、近衛騎士たちにつく侍女たちとすっかり仲良くなっていたのだ。
彼女たちがこぼす文句やうわさ話の中から、エマは大切な情報を拾い上げてくれていた。
その夜、エマが私の部屋へ、報告にやってきた。
その顔は、少しわくわくしているようだった。
「リリアーナ様、分かりました」
「アルフォンス様が、何をそんなに焦っているのか」
「まあ、教えてちょうだい」
「はい。どうやら王都では、第二王子様が、急に力をつけてきているらしいのです」
「第二王子は、アルフォンス様と違って、魔力のあつかいが非常にうまく、騎士団からの信頼もあついとか」
「国王陛下も、最近では、アルフォンス様よりも、第二王子様の方を、高く見ている、と」
第二王子。
私には、ほとんど記憶のない、お母さんが違う弟だ。
彼が、アルフォンスの地位をおびやかしているというのか。
「それで、アルフォンス様は、自分の力を示すために、何か大きなてがらを立てる必要があったのです」
「今回の命令は、そのためのものだったのかもしれません」
「辺境伯騎士団という、力のある兵力を、自分の手駒として王都に連れ帰る」
「そうすれば、第二王子側の貴族たちを、だまらせることができる、と」
エマの報告は、ばらばらだったものが、一つにつながるような感覚を私にもたらした。
アルフォンスの焦りの正体は、弟への劣等感と、自分の地位への不安だったのだ。
「ありがとう、エマ。とても、大事な情報よ」
私は、彼女の働きを心からねぎらった。
彼女は、うれしそうに少し笑った。
だが、まだなぞは残っている。
アルフォンスと、あの黒いローブの魔術師たちとの関係だ。
ただのてがらかせぎのために、あのような危険な者たちと手を組むだろうか。
あるいは、彼もまた、魔術師たちに利用されているだけなのだろうか。
次の日、私は、決心してアルフォンスの所へ行った。
彼は、客室で一人、良いワインを飲んでいる。
その表情は、どこか機嫌が悪そうだった。
「あら、お兄様。お一人ですの」
私が部屋に入ると、彼は顔をしかめた。
「なんだ、リリアーナか。何の用だ」
「いいえ、特に用はありませんわ。ただ、お兄様がひまをしているのではないかと思いまして」
私は、何も知らない妹を演じながら、彼の隣のいすにこしをおろした。
「王都は、今、大変な時なのでしょう」
「第二王子様が、ご活躍だと聞いておりますわ」
私の言葉に、アルフォンスの手がぴたりと止まった。
彼の顔から、血の気が引いていくのが分かる。
「誰から、それを聞いた」
「まあ、城の侍女たちが、うわさしておりましたのよ」
「お兄様にとっては、自慢の弟君でいらっしゃいますものね」
私は、わざとそう言ってみせた。
その言葉は、彼のほこりを、最も深くきずつけたようだ。
彼は、ワイングラスを、テーブルにたたきつけた。
「あんな奴が、俺の弟だと。ふざけるな」
「あいつは、俺から全てをうばおうとしている、にくらしい存在だ」
彼は、にくしみに顔をゆがめている。
私は、さらに言葉を続けた。
「お兄様ほどの、すばらしい方が、どうしてそんなに思いなやむのですか」
「お兄様には、王太子という、しっかりとした地位がおありではないですか」
「それに、お兄様には、王家の誰も知らないような、特別な『力』があるのでしょう」
私は、相手の反応を見るために、わざと話を向けた。
それは、危険なかけだった。
アルフォンスは、はっとしたように私を見た。
その目に、心がゆれ動いている様子がうかんでいる。
「特別な、力だと。お前に、何が分かる」
「ええ、私には何も。ですが、お兄様なら、きっと、普通の人間にはできないような、奇跡だって起こせるはずですわ」
私は、彼をもちあげる言葉を並べた。
自分に自信がない人間は、自分を認めてくれる存在に、弱い。
私の言葉は、彼の心のすきまに、うまく入りこんだようだった。
彼は、ふふん、と鼻を鳴らす。
そして、勝ったような笑みをうかべた。
「まあ、お前には分からんだろうな」
「俺には、昔の賢者から受けついだ、特別な知識と協力者がいるのだ」
「その力を使えば、あのいまいましい弟など、すぐにでもだまらせることができる」
「この辺境の騎士団は、そのための、ほんの小手しらべにすぎん」
昔の賢者、協力者。
間違いない、彼は、黒いローブの魔術師たちのことを指している。
彼は、彼らからあたえられた力を、自分のものだと信じこんでいるのだ。
完全に、利用されている。
私は、はっきりとそう分かった。
「すばらしいですわ、お兄様」
私は、本心ではないほめ言葉を送りながら、彼の様子を注意深く見た。
彼が身につけている、豪華な指輪の一つに、目がとまる。
黒い石の、大きな指輪だ。
その石の表面に、何か模様がほられている。
それは、蛇が、自分のしっぽをかんでいるようなデザインだった。
あのさいだんにきざまれていた、不気味なもんしょうと、全く同じものだ。
私は、息をのんだ。
全てのなぞが、つながった。
アルフォンスは、事件を裏で操っている人間ではない。
彼もまた、あの魔術師たちにあやつられた、かわいそうな駒の一つでしかなかったのだ。
私は、落ち着いたふりをしながら、彼の部屋を出た。
ろうかに出たしゅんかん、全身の力が抜けていくのを感じる。
すぐに、アシュトン様の仕事部屋へと向かった。
彼に、全てを報告しなければならない。
私達の、本当の敵の姿が、ようやく見えてきたのだから。
仕事部屋のドアを開けると、アシュトン様が、ギデオンさんと何かを話しこんでいた。
私のいつもと違う大変そうな様子に気づき、二人は話を止める。
私は、息をととのえながら、アルフォンスとの会話と、指輪のことを全て話した。
私の報告を聞き終えたアシュトン様は、静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「そうか。やはり、そうだったか」
彼の声は、怒りよりも、むしろあわれみを含んでいるようだった。
「アルフォンス王子は、敵に利用されている、と」
「はい。おそらくは、あの指輪を通して、心をあやつられている可能性もあります」
「彼自身は、自分の考えで行動しているつもりなのでしょうが」
「なんと、おろかな」
ギデオンさんが、くやしそうにはき捨てた。
「では、我々の本当の敵は、王都ではなく、あの魔術師たちということになりますな」
「ああ、そうだ。そして、奴らは、また必ずこの地をねらってくるだろう」
「アルフォンス王子という、都合のいい手駒を手に入れたのだからな」
アシュトン様の言葉に、部屋の空気が再びはりつめる。
「ならば、どうしますか」
「アルフォンス王子を、とらえますか」
「いや、それはまずいやり方だ」
アシュトン様は、首を横に振った。
「彼をとらえれば、王都との全面戦争はさけられない」
「それに、彼をあやつっている黒幕を、しげきすることにもなる」
「今は、泳がせておくしかない。そして、奴らが次の一手を打ってくるのを待つ」
「その間に、こちらも、とっておきの方法を用意する」
彼はそう言うと、私の方に向き直った。
「リリアーナ。君にしか、頼めないことがある」
彼の真剣なまなざしに、私はごくりとつばを飲みこんだ。
「君の力で、アルフォンスを、呪いから解き放つことはできるか」
「あの指輪から、彼を切りはなすんだ」
それは、あまりにもむずかしく、そして危険な役目だった。
だが、この状況をうちやぶれるたった一つの方法であることも、私には分かっていた。
私がうなずくよりも先に、仕事部屋の外から、さわがしい警報の音が鳴り響いた。
見張りの兵士が、何かをさけんでいる。
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