【奨励賞】元・地味な令嬢ですが、婚約破棄されたので聖獣と建国します~追放した王太子と聖女は、今さら私を求めないでください~

旅する書斎(☆ほしい)

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聖獣フェンリル、シラスを相棒に迎えた翌日。私は彼と共に領地改革の第一歩を踏み出した。まずはこの土地で暮らす人々が抱える最大の問題、食糧不足と厳しい寒さを解決しなければならない。それが領主としての私の最初の務めだ。

夜明け前の薄明かりの中、私はシラスの背に乗り、屋敷の裏手にある丘の頂にいた。眼下には、まだ眠りから覚めやらぬヴァイスランドの村が広がっている。屋根の傷んだ小さな家々が、身を寄せ合うように集まっている様子は、王都の壮麗な景色とはあまりにもかけ離れていた。

「ここから始めなければならないのね」

私の呟きに、足元に伏せていたシラスがゆっくりと顔を上げた。その黄金色の瞳は、夜明け前の空の色を映して静かに輝いている。

『主よ。何を憂うことがある。汝には我と、そして万物を生み出すその力があるではないか』

彼のテレパシーは、重々しい響きの中に確かな信頼を宿していた。その言葉が、私の心に温かい光を灯す。

「ありがとう、シラス。そうね。感傷に浸っている暇はないわ」

私は彼の大きな背中に寄りかかった。もふもふの銀色の毛皮は極上の絨毯のようで、肌を刺す北の冷たい風も全く気にならない。この温もりは、何よりも心強かった。

「シラス、この辺りでどこか、地下に熱源がある場所を知らないかしら。大地が秘めた熱を利用できれば、人々の暮らしは大きく変わるはずよ」

『熱源か』

シラスは少しの間黙考するように目を閉じ、やがてゆっくりと口を開いた。

『うむ。この丘の真下深くに、巨大なマグマ溜まりがある。古来より、大地の怒りが眠る場所として、森の獣たちも近づかぬ聖域だ』

「マグマ!それよ!」

私は思わず声を上げた。マグマがあるということは、その熱を利用した地熱泉が必ず存在する。それを見つけ出し、地上に引き上げることができれば、温室栽培や家々の暖房、そして何より人々の心と体を癒やす温泉として活用できる。これは、この土地の再生に不可欠な第一歩になるだろう。

『しかし主よ、どうやってそれを引き上げるのだ?マグマ溜まりはあまりに深く、人の力で大地を穿つのは至難の業だぞ』

シラスが不思議そうに首を傾げる。彼の疑問はもっともだ。普通の人間であれば、それは神の領域に手を出すに等しい行為だろう。しかし、私には創成魔法がある。

私はにっこりと笑い、凍てついた地面に両手をつけた。

「私の創成魔法を甘く見ないで。この魔法の本質は、ただ何かを生み出すだけじゃない。『構造を理解し、再構築する』ことにあるのよ」

私が計画を領民たちに伝えた時、彼らの反応は期待と不安が入り混じったものだった。老執事のセバスは、涙ぐみながら私の手を取った。

「お嬢様、そのような危険なことを……。万が一、大地の怒りに触れるようなことがあれば……」

「大丈夫よ、セバス。私はこの土地の声を聞くことができる。決して無理はしないわ」

私は彼を安心させるように微笑み、集まった領民たちに向き直った。彼らの顔には、長年の苦労と諦めが深く刻まれている。しかしその瞳の奥には、かすかな希望の光が揺らめいていた。この人たちのために、私は絶対に成功させなければならない。

私は再び丘の頂に戻り、意識を集中させた。目を閉じると、魔力が大地へと流れ込んでいく。それはまるで、木の根が土中深くまで伸びるように、私の意識を大地の奥底へと導いていく感覚だった。

地層の硬度、岩盤の亀裂、水脈の流れ。この土地が数万年、数十万年かけて作り上げてきた大地の構造が、精巧な三次元の地図のように私の頭の中に描き出されていく。鉄分を多く含む赤い土の層、硬い花崗岩の層、そしてその下に広がる、無数の亀裂を走らせた変成岩の層。全てが手に取るように分かる。

そして、見つけた。丘の地下数百メートルに、マグマの熱で沸騰した高温の地下水が、巨大な空洞に溜まっている。これが、この土地が秘めた温かい心臓だ。

「ここね」

私は目を開けると、特定の地面の一点を指差した。集まっていた領民たちが、固唾を飲んで私の一挙手一投足を見守っている。

私は再び魔法を発動する。今度のイメージは、固い岩盤を力任せに穿つドリルではない。水が自然に上へと流れるための、最適な「道」を作ること。岩盤の最も脆い部分を少しずつ崩し、強大な水圧が自然に水を地上へと押し上げるための経路を、慎重に、そして丁寧に創り上げていく。

ゴゴゴゴゴ……。

低い地響きが、足元から伝わってきた。護衛の騎士や、遠巻きに見ていた領民たちが、何事かとざわめき始める。地響きは徐々に大きくなり、大地そのものが脈動しているかのような錯覚を覚えた。

そして、ついにその瞬間が訪れた。

「――来た!」

私が指差した場所の地面が震え、勢いよく白い湯気が立ち上った。次の瞬間、熱いお湯が巨大な噴水のように、空高く噴き出したのだ。

「お、お湯だ!」「地面からお湯が湧き出たぞ!」「こ、これは……奇跡だ!」

領民たちは最初、その圧倒的な光景に腰を抜かしていたが、やがて誰からともなく驚愕の声を上げた。彼らは恐る恐るその熱泉に近づいてくる。

私は彼らに微笑みかけた。

「これは奇跡なんかじゃないわ。この土地が元々持っている恵みよ。さあ、みんなで使いましょう。これで今年の冬も、暖かく過ごせるようになるわ」

噴き出したお湯は、私が魔法で予め作っておいた岩の窪みへと流れ込み、湯煙が立ち上る即席の露天風呂となった。人々は最初こそ戸惑っていたが、一人の年老いた男性が勇気を出して湯に手を入れた。

「温かい……。ああ、なんて温かいんだ……」

彼はそう呟くと、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして涙を流した。その一言が合図だった。人々は次々と湯に浸かり、その温かさに歓声を上げた。長年の厳しい生活でこわばっていた彼らの顔が、湯気の中で少しずつ和らいでいく。子供たちははしゃぎ回り、大人たちは肩まで浸かって、天を仰いでいた。その光景を見て、私の胸も温かくなった。

温泉の確保に成功した私の次の目標は、食糧問題の抜本的な解決だ。この痩せた土地と厳しい気候では、王都で栽培されているような繊細な作物は決して育たない。ならば、この土地に合った作物を、私がこの手で創ればいい。

私は温泉の隣に、ガラスの温室を創成魔法で作り上げた。ガラスの原料となる砂や石英はこの土地に豊富にあったし、温泉の地熱を利用すれば、雪に閉ざされる冬でも温室内の温度を一定に保つことができる。問題は、何を育てるかだった。

私は再び創成魔法を使い、この土地の土壌成分を詳細に分析した。鉄分やミネラルは豊富だが、植物の成長に不可欠な窒素やリンといった栄養素が決定的に不足している。これでは、ほとんどの作物は育つ前に枯れてしまうだろう。

ならば、その少ない栄養素でも効率よく成長でき、なおかつ寒さに強く、それでいて栄養価の高い作物を創り出さなければ。

私は数日間、完成したばかりの温室にこもり、試行錯誤を繰り返した。頭の中にある植物学の知識を総動員し、様々な植物の遺伝子情報をイメージの中で組み合わせ、解体し、再構築していく。小麦の強靭さ、豆類の窒素固定能力、寒冷地の野草の生命力。それらの長所だけを抽出し、一つの生命体として統合する。それは、神の領域に踏み込むかのような、繊細で根気のいる作業だった。

そしてついに、私は一つの答えに辿り着いた。それは、小麦に似た見た目をしているが、根に空気中の窒素を固定する特殊な根粒菌を共生させることができ、さらにその実にはビタミンやミネラルが豊富に含まれる、全く新しい穀物だった。私はそれを、この土地の名を冠して「ヴァイス麦」と名付けた。

早速、ヴァイス麦の種を創り出し、温室の畑に蒔いてみる。すると、驚くべきことに、種はたった一日で可愛らしい芽を出し、一週間後には私の背丈ほどにまで成長して、青々とした見事な穂をつけた。その生命力は、私の想像を遥かに超えていた。

収穫したヴァイス麦を製粉してパンを焼いてみると、それはほんのりとした甘みと、滋味深い大地の香りがした。何より、一片食べただけで、体の芯から力が湧いてくるような確かな感覚があった。これなら、厳しい冬を乗り越えるための栄養源として、申し分ないだろう。

私はこのヴァイス麦のパンを、領民たちに配って回った。温かいパンが詰められた籠を抱え、一軒一軒の家を訪ねる。最初、彼らは見慣れないパンを警戒していた。しかし、一人の少年が勇気を出して一口かじり、「おいしい!」と叫んだのをきっかけに、その輪は一気に広がった。

「お嬢様、これは……?こんなに美味しいパンは、生まれて初めて食べました」

「体がポカポカする……。なんだか、力が湧いてくるようだ」

人々は、パンを手に涙を流して喜んだ。長年の飢えと寒さしか知らなかった彼らにとって、温かい温泉と、栄養満点の美味しいパンは、まさに天から与えられた希望そのものだったのだ。

彼らの私を見る目が、確実に変わっていくのが分かった。「王都から追放されてきた、可哀想なお嬢様」から、「奇跡をもたらす、我らが主」へと。以前は諦めと絶望の色しか浮かんでいなかった彼らの瞳に、今では確かな信頼と、そして未来への希望の光が灯り始めていた。

その夜、私は完成したばかりの温室を見下ろせる丘の上に、シラスと共に座っていた。ガラス張りの温室は、地熱と魔法の光で満たされ、暗闇の中にまるで宝石箱のように優しく輝いている。

「すごいじゃないか、主よ。たった数週間で、この死んだ土地にこれほどの命を吹き込むとはな」

シラスが、隣で感心したように言った。私は彼の首筋に顔をうずめ、そのもふもふの感触を心ゆくまで楽しむ。

「ううん、まだ始まったばかりよ。温泉と食料が確保できただけ。次は住居ね。あの古い家では、冬の寒さはしのげないわ。それに、交易路も開かないと。やることは、まだまだたくさんあるわ」

私の言葉に、シラスは喉の奥で楽しそうに笑った。

『ああ。我らが国を創るのだからな』

国。その言葉が、私の胸にすとんと落ちてきた。

そうだ。私はただ領地を管理しているのではない。王都の誰にも、あの私を捨てた王太子にも聖女にも干渉されない、私たちだけの安息の地。新しい国を、この手で創り上げているのだ。

眼下に広がる、ささやかながらも確かな希望の光を見つめながら、私は決意を新たにした。必ず、このヴァイスランドを、世界一豊かで幸せな国にしてみせる。

そして、いつか私を捨てた者たちがこの地の噂を聞きつけた時、後悔の念に駆られればいい。あなたたちが無価値だと断じ、捨て去ったものがいかに尊く、価値あるものだったか、思い知ればいいのだ。

そんな小さな復讐心を胸の片隅に抱きながらも、私の心の大半を占めていたのは、目の前にある、創造という遥かに楽しくやりがいのある仕事への、尽きることのない興奮と喜びだった。
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