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ヴァイス麦のパンを村人たちに配った時の、あの熱狂的な光景はきっと生涯忘れることはないだろう。
初めは誰もが、その見慣れない穀物に半信半疑だった。痩せた土地で育つはずがない、毒があるかもしれないと遠巻きに見ていた者も少なくない。無理もないことだ。彼らは長年この厳しい土地で、わずかな食料を分け合い飢えと寒さに耐えてきたのだから。新しいものへの期待よりも、未知なるものへの警戒心が先に立つのは当然だった。
しかし私が創り出した石窯で焼かれたパンの、香ばしい匂いが広場に立ちこめ始めた時、人々の間にどよめきが広がった。そして村の長老であるクラウスさんが、恐る恐る最初の一口を食べ、その目に驚きと感動の色を浮かべた瞬間、空気は一変した。
「こ、これは……なんと滋味深い……!体が、内側から温まるようだ!」
クラウスさんのその一言が合図だった。人々は我先にとパンに手を伸ばし、一口食べるごとに歓声を上げた。
「うめえ!こんなに腹にたまるパンは初めてだ!」
「なんだか、力が湧いてくるみてえだぞ!」
子供たちは満面の笑みでパンを頬張り、母親たちは涙を流してその光景を見つめていた。満足に食事を与えられなかった我が子が、嬉しそうにパンを食べる姿。それだけで、長年の苦労が報われた気がしたのかもしれない。
「エリアーナ様……!エリアーナ様!」
人々は口々に私の名前を呼び、地面に膝をついて感謝の言葉を述べようとする。私は慌てて彼らを制した。
「やめてください。顔を上げてください。これは天からの恵みではありません。この土地の恵みであり、皆さんがこれから自らの手で育て、収穫していくものなのですから」
私の言葉に、人々は顔を見合わせた。やがてその目には力強い光が宿り始めた。それは諦めではなく、自分たちの手で未来を切り開けるのだという、確かな希望の光だった。
『主よ、良い顔になったな、人間たち』
私の隣に控えていたシラスが、テレパシーでそっと語りかけてくる。その黄金の瞳は、どこまでも優しかった。
「ええ。本当に。ここからが始まりよ、シラス」
私は彼のふかふかの首筋に顔をうずめながら、決意を新たにした。食料問題に解決の目処が立った今、次に取り組むべきは住環境の改善だ。この村の家々は古く、隙間風がひどい。冬の厳しさを考えれば、暖かく安全な住居の確保は急務だった。
その日の午後、私はクラウスさんと共に村の家々を見て回ることにした。クラウスさんは祖父の代からヴァイスランド家に仕える執事であり、この村のまとめ役でもある。白髪と深い皺が、彼の生きてきた年月の苦労を物語っていた。
「エリアーナ様、本当に我々にご助力くださるのですな。追放された身でありながら……」
村を歩きながら、クラウスさんが申し訳なさそうに言った。彼の声には、私への気遣いと、この地の領主として何もできなかった先代たちへの複雑な思いが滲んでいた。
「追放されたからこそ、です。王都にいた頃の私は、ただ決められた役割をこなすだけの人形でした。でも今は違う。私は私の意志で、この地を豊かにしたいのです。クラウス、遠慮はいりません。この村の問題点を、ありのままに教えてください」
私の真剣な眼差しに、クラウスさんは覚悟を決めたように頷いた。
「かしこまりました。では、まずはこちらを……」
案内されたのは、村の端にある一軒の家だった。壁はひび割れ、屋根には所々穴が開いている。中に入ると、冷たい風が容赦なく吹き込んできた。家財道具はほとんどなく、土間には小さな囲炉裏があるだけだった。
「これが、この村の平均的な住居でございます。冬になれば、家の中にいても凍えるほどでして……。毎年、寒さで命を落とす者もおります。特に、年寄りと幼い子供には……あまりに厳しい」
その言葉に、私は胸が締め付けられる思いだった。王都の貴族たちが暖炉の前でワインを飲み交わしている間、ここでは人々が凍えて死んでいる。これが、同じ国の現実なのだ。
「わかりました。全ての家を建て替えましょう。この土地の寒さに耐えうる、暖かく頑丈な家に」
「た、建て替える、と仰いますと……?しかし、資材も、それを加工する道具も、我々には……」
戸惑うクラウスさんを、私は笑顔で制した。
「資材なら、この大地に無限にあります。道具も、技術も、私が創りましょう」
私は家の外に出ると、地面にそっと手を触れた。そして、創成魔法を発動させる。私の頭の中に、この土地の地質情報が流れ込んできた。ふむ、良質な粘土と石灰石がすぐ近くにある。木材も、寒さに強い針葉樹が豊富だ。これらを使えば、十分に頑丈な建材が作れる。
「まずは、レンガを作りましょう。この土地の粘土は鉄分を多く含んでいるので、きっと丈夫で美しい赤レンガが焼けるはずです」
私はその場で、創成魔法を使い、簡易的なレンガ窯を創り出した。そして地面から粘土を隆起させ、均一な大きさのレンガの形に整えていく。その光景を、クラウスさんや集まってきた村人たちは、呆然と見つめていた。まるで伝説の魔法使いを見るような目だった。
「さあ、皆さん。この窯に火を入れ、レンガを焼いてみましょう。これも、皆さんの手で家を建てるための第一歩です」
私の言葉に、人々ははっと我に返り、慌てて動き始めた。男たちは薪を集め、女たちは窯の温度管理を手伝う。最初は戸惑っていた彼らも、目の前でただの土塊が、美しいレンガに変わっていく様子を見るうちに、その顔には生き生きとした輝きが戻ってきた。
レンガが焼きあがるまでの間、私は次に必要なものを創り出すことにした。それは、セメントだ。石灰石を焼成し、粘土と混ぜ合わせることで、強力な接着剤となる。これもまた、創成魔法を使えば一瞬だった。
『主の力は、まさに創造そのものだな。無から有を生み出す』
シラスが感心したように言う。
「ええ。でも、大切なのは、私が創ったものを、彼らがどう使いこなしていくかよ。私はあくまで、きっかけを与えるだけ」
やがて、窯から見事な赤レンガが焼きあがった。手に取ってみると、ずっしりと重く、叩くと高い音がする。強度も申し分ない。村人たちは、自分たちが焼いたレンガを手に、感無量の面持ちだった。
「すごい……俺たちの村で、こんな立派なレンガが作れるなんて……」
「エリアーナ様は、本当に女神様だ……」
そんな声が聞こえてくる。私は少し気恥ずかしくなりながらも、彼らに次の指示を出した。
「このレンガとセメントを使えば、もう隙間風に悩まされることはありません。さらに、窓にはガラスをはめ込みましょう。光を採り入れつつ、冷気を遮断できます」
「ガ、ガラス、ですと!?あのような高価なものを……」
驚くクラウスさんに、私は微笑んだ。
「この土地には、ガラスの原料になる珪砂も豊富にあります。高価なのは、王都の商人が利益を上乗せしているからですよ」
私は再び創成魔法を使い、砂を溶かして透明なガラス板を創り出した。太陽の光を受けてきらきらと輝くガラス板に、村人たちから再び大きな歓声が上がる。
こうして、新しい家を建てるための準備は着々と進んでいった。レンガを焼き、セメントを作り、ガラスを生成する。それらの作業を、村人たちは驚くべき速さで習득していった。彼らは決して無能なのではない。ただ、その力を発揮する機会と、正しい知識を与えられてこなかっただけなのだ。
そんな彼らの姿を見ながら、私は確信していた。このヴァイスランドは、必ず甦る。いや、ただ甦るだけではない。王都の誰もが羨むような、豊かで幸せな国になる。その礎を、私は今、この手で築いているのだ。
数日後、最初のレンガの家が完成した。それは、以前の古びた家とは比べ物にならないほど、立派で頑丈な建物だった。赤いレンガの壁は美しく、大きなガラス窓が太陽の光をたっぷりと室内に取り込んでいる。
「さあ、入ってください。これが、皆さんの新しい家です」
私がドアを開けると、家の持ち主である若い夫婦が、おずおずと中に入ってきた。そして、室内の様子を見て、息を呑んだ。
「あたたかい……」
妻の方が、震える声で呟いた。それもそのはずだ。この家には、私が特別に設計した床暖房の仕組みが導入されている。温泉と同じ地熱を利用し、床下に温水パイプを張り巡らせることで、部屋全体を優しく暖めるのだ。
「すごい……!これなら、どんなに寒い冬でも凍えることはない!」
夫の方が、興奮したように言った。彼は床に手をつき、その確かな暖かさを何度も確かめている。他の村人たちも、次々と家の中に入ってきては、その革新的な作りに驚嘆の声を上げていた。
「エリアーナ様……なんと御礼を申し上げればよいか……」
クラウスさんが、涙で声を詰ませながら私の前に膝をついた。
「だから、やめてくださいと言っているでしょう、クラウス」
私は苦笑しながら彼を立たせた。
「これは始まりに過ぎません。これから、村人全員の家を建て替えます。そして、家だけではない。学校も、診療所も、集会所も作りましょう。この村を、世界で一番住みやすい場所にしてみせます」
私の宣言に、人々は一瞬静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。彼らの目には、私に対する絶対的な信頼と、未来への確かな希望が輝いていた。
その夜、私は完成したばかりの家の屋根に上り、シラスと共に星空を眺めていた。北の空はどこまでも澄み渡り、星々の輝きがいつもより強く感じられる。
『主よ。人間たちは、実に単純だな。暖かい寝床と美味い食事。それだけで、あれほどまでに幸せそうな顔をする』
シラスの言葉には、少しだけ呆れたような響きがあった。
「ふふ。でも、それが一番大切なことなのよ、シラス。人は、安心して暮らせる場所があってこそ、夢を見ることができるのだから」
『夢、か』
「ええ。私は、このヴァイスランドを、誰もが夢を見られる国にしたい。身分も、生まれも関係なく、誰もが努力すれば報われる国に」
それは、かつて私が王都で抱くことすら許されなかった夢。しかし、今なら実現できると、本気で思える。私には、万物を生み出す創成魔法と、何より、私を信じてついてきてくれる人々がいるのだから。
『主がそう望むなら、我も力を貸そう。この大地も、それを望んでいる』
シラスはそう言うと、私の肩にそっと頭を乗せてきた。その温かさが、心地よかった。
新しい家の建設は、順調に進んだ。村人たちは日に日に作業に習熟していき、私が指示を出すまでもなく、自分たちで考えて動くようになっていった。男たちは協力してレンガを運び、壁を組み上げ、女たちは炊き出しをしながら、内装の細かな作業を手伝う。村全体が、一つの大きな家族のようだった。
そんな様子を、少し離れた場所から見つめる者たちがいた。私をこの地まで護衛してきた、元王宮騎士団の騎士たちだ。彼らは追放の命令を受けた時、明らかに私を厄介者として見ていた。しかし、今、彼らの目に浮かんでいるのは、困惑と、そして畏敬の念だった。
ある日の午後、作業が一段落した時、騎士団の隊長であるグレゴールさんが、意を決したように私に近づいてきた。彼はまだ若いが、実直で真面目な人柄が窺える青年だ。
「エリアーナ様。少々、よろしいでしょうか」
「ええ、何でしょう、グレゴール隊長」
私が手を休めて彼に向き直ると、彼はごくりと唾を飲み込み、何かを言おうとして、しかし躊躇うように口を閉ざした。
初めは誰もが、その見慣れない穀物に半信半疑だった。痩せた土地で育つはずがない、毒があるかもしれないと遠巻きに見ていた者も少なくない。無理もないことだ。彼らは長年この厳しい土地で、わずかな食料を分け合い飢えと寒さに耐えてきたのだから。新しいものへの期待よりも、未知なるものへの警戒心が先に立つのは当然だった。
しかし私が創り出した石窯で焼かれたパンの、香ばしい匂いが広場に立ちこめ始めた時、人々の間にどよめきが広がった。そして村の長老であるクラウスさんが、恐る恐る最初の一口を食べ、その目に驚きと感動の色を浮かべた瞬間、空気は一変した。
「こ、これは……なんと滋味深い……!体が、内側から温まるようだ!」
クラウスさんのその一言が合図だった。人々は我先にとパンに手を伸ばし、一口食べるごとに歓声を上げた。
「うめえ!こんなに腹にたまるパンは初めてだ!」
「なんだか、力が湧いてくるみてえだぞ!」
子供たちは満面の笑みでパンを頬張り、母親たちは涙を流してその光景を見つめていた。満足に食事を与えられなかった我が子が、嬉しそうにパンを食べる姿。それだけで、長年の苦労が報われた気がしたのかもしれない。
「エリアーナ様……!エリアーナ様!」
人々は口々に私の名前を呼び、地面に膝をついて感謝の言葉を述べようとする。私は慌てて彼らを制した。
「やめてください。顔を上げてください。これは天からの恵みではありません。この土地の恵みであり、皆さんがこれから自らの手で育て、収穫していくものなのですから」
私の言葉に、人々は顔を見合わせた。やがてその目には力強い光が宿り始めた。それは諦めではなく、自分たちの手で未来を切り開けるのだという、確かな希望の光だった。
『主よ、良い顔になったな、人間たち』
私の隣に控えていたシラスが、テレパシーでそっと語りかけてくる。その黄金の瞳は、どこまでも優しかった。
「ええ。本当に。ここからが始まりよ、シラス」
私は彼のふかふかの首筋に顔をうずめながら、決意を新たにした。食料問題に解決の目処が立った今、次に取り組むべきは住環境の改善だ。この村の家々は古く、隙間風がひどい。冬の厳しさを考えれば、暖かく安全な住居の確保は急務だった。
その日の午後、私はクラウスさんと共に村の家々を見て回ることにした。クラウスさんは祖父の代からヴァイスランド家に仕える執事であり、この村のまとめ役でもある。白髪と深い皺が、彼の生きてきた年月の苦労を物語っていた。
「エリアーナ様、本当に我々にご助力くださるのですな。追放された身でありながら……」
村を歩きながら、クラウスさんが申し訳なさそうに言った。彼の声には、私への気遣いと、この地の領主として何もできなかった先代たちへの複雑な思いが滲んでいた。
「追放されたからこそ、です。王都にいた頃の私は、ただ決められた役割をこなすだけの人形でした。でも今は違う。私は私の意志で、この地を豊かにしたいのです。クラウス、遠慮はいりません。この村の問題点を、ありのままに教えてください」
私の真剣な眼差しに、クラウスさんは覚悟を決めたように頷いた。
「かしこまりました。では、まずはこちらを……」
案内されたのは、村の端にある一軒の家だった。壁はひび割れ、屋根には所々穴が開いている。中に入ると、冷たい風が容赦なく吹き込んできた。家財道具はほとんどなく、土間には小さな囲炉裏があるだけだった。
「これが、この村の平均的な住居でございます。冬になれば、家の中にいても凍えるほどでして……。毎年、寒さで命を落とす者もおります。特に、年寄りと幼い子供には……あまりに厳しい」
その言葉に、私は胸が締め付けられる思いだった。王都の貴族たちが暖炉の前でワインを飲み交わしている間、ここでは人々が凍えて死んでいる。これが、同じ国の現実なのだ。
「わかりました。全ての家を建て替えましょう。この土地の寒さに耐えうる、暖かく頑丈な家に」
「た、建て替える、と仰いますと……?しかし、資材も、それを加工する道具も、我々には……」
戸惑うクラウスさんを、私は笑顔で制した。
「資材なら、この大地に無限にあります。道具も、技術も、私が創りましょう」
私は家の外に出ると、地面にそっと手を触れた。そして、創成魔法を発動させる。私の頭の中に、この土地の地質情報が流れ込んできた。ふむ、良質な粘土と石灰石がすぐ近くにある。木材も、寒さに強い針葉樹が豊富だ。これらを使えば、十分に頑丈な建材が作れる。
「まずは、レンガを作りましょう。この土地の粘土は鉄分を多く含んでいるので、きっと丈夫で美しい赤レンガが焼けるはずです」
私はその場で、創成魔法を使い、簡易的なレンガ窯を創り出した。そして地面から粘土を隆起させ、均一な大きさのレンガの形に整えていく。その光景を、クラウスさんや集まってきた村人たちは、呆然と見つめていた。まるで伝説の魔法使いを見るような目だった。
「さあ、皆さん。この窯に火を入れ、レンガを焼いてみましょう。これも、皆さんの手で家を建てるための第一歩です」
私の言葉に、人々ははっと我に返り、慌てて動き始めた。男たちは薪を集め、女たちは窯の温度管理を手伝う。最初は戸惑っていた彼らも、目の前でただの土塊が、美しいレンガに変わっていく様子を見るうちに、その顔には生き生きとした輝きが戻ってきた。
レンガが焼きあがるまでの間、私は次に必要なものを創り出すことにした。それは、セメントだ。石灰石を焼成し、粘土と混ぜ合わせることで、強力な接着剤となる。これもまた、創成魔法を使えば一瞬だった。
『主の力は、まさに創造そのものだな。無から有を生み出す』
シラスが感心したように言う。
「ええ。でも、大切なのは、私が創ったものを、彼らがどう使いこなしていくかよ。私はあくまで、きっかけを与えるだけ」
やがて、窯から見事な赤レンガが焼きあがった。手に取ってみると、ずっしりと重く、叩くと高い音がする。強度も申し分ない。村人たちは、自分たちが焼いたレンガを手に、感無量の面持ちだった。
「すごい……俺たちの村で、こんな立派なレンガが作れるなんて……」
「エリアーナ様は、本当に女神様だ……」
そんな声が聞こえてくる。私は少し気恥ずかしくなりながらも、彼らに次の指示を出した。
「このレンガとセメントを使えば、もう隙間風に悩まされることはありません。さらに、窓にはガラスをはめ込みましょう。光を採り入れつつ、冷気を遮断できます」
「ガ、ガラス、ですと!?あのような高価なものを……」
驚くクラウスさんに、私は微笑んだ。
「この土地には、ガラスの原料になる珪砂も豊富にあります。高価なのは、王都の商人が利益を上乗せしているからですよ」
私は再び創成魔法を使い、砂を溶かして透明なガラス板を創り出した。太陽の光を受けてきらきらと輝くガラス板に、村人たちから再び大きな歓声が上がる。
こうして、新しい家を建てるための準備は着々と進んでいった。レンガを焼き、セメントを作り、ガラスを生成する。それらの作業を、村人たちは驚くべき速さで習득していった。彼らは決して無能なのではない。ただ、その力を発揮する機会と、正しい知識を与えられてこなかっただけなのだ。
そんな彼らの姿を見ながら、私は確信していた。このヴァイスランドは、必ず甦る。いや、ただ甦るだけではない。王都の誰もが羨むような、豊かで幸せな国になる。その礎を、私は今、この手で築いているのだ。
数日後、最初のレンガの家が完成した。それは、以前の古びた家とは比べ物にならないほど、立派で頑丈な建物だった。赤いレンガの壁は美しく、大きなガラス窓が太陽の光をたっぷりと室内に取り込んでいる。
「さあ、入ってください。これが、皆さんの新しい家です」
私がドアを開けると、家の持ち主である若い夫婦が、おずおずと中に入ってきた。そして、室内の様子を見て、息を呑んだ。
「あたたかい……」
妻の方が、震える声で呟いた。それもそのはずだ。この家には、私が特別に設計した床暖房の仕組みが導入されている。温泉と同じ地熱を利用し、床下に温水パイプを張り巡らせることで、部屋全体を優しく暖めるのだ。
「すごい……!これなら、どんなに寒い冬でも凍えることはない!」
夫の方が、興奮したように言った。彼は床に手をつき、その確かな暖かさを何度も確かめている。他の村人たちも、次々と家の中に入ってきては、その革新的な作りに驚嘆の声を上げていた。
「エリアーナ様……なんと御礼を申し上げればよいか……」
クラウスさんが、涙で声を詰ませながら私の前に膝をついた。
「だから、やめてくださいと言っているでしょう、クラウス」
私は苦笑しながら彼を立たせた。
「これは始まりに過ぎません。これから、村人全員の家を建て替えます。そして、家だけではない。学校も、診療所も、集会所も作りましょう。この村を、世界で一番住みやすい場所にしてみせます」
私の宣言に、人々は一瞬静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。彼らの目には、私に対する絶対的な信頼と、未来への確かな希望が輝いていた。
その夜、私は完成したばかりの家の屋根に上り、シラスと共に星空を眺めていた。北の空はどこまでも澄み渡り、星々の輝きがいつもより強く感じられる。
『主よ。人間たちは、実に単純だな。暖かい寝床と美味い食事。それだけで、あれほどまでに幸せそうな顔をする』
シラスの言葉には、少しだけ呆れたような響きがあった。
「ふふ。でも、それが一番大切なことなのよ、シラス。人は、安心して暮らせる場所があってこそ、夢を見ることができるのだから」
『夢、か』
「ええ。私は、このヴァイスランドを、誰もが夢を見られる国にしたい。身分も、生まれも関係なく、誰もが努力すれば報われる国に」
それは、かつて私が王都で抱くことすら許されなかった夢。しかし、今なら実現できると、本気で思える。私には、万物を生み出す創成魔法と、何より、私を信じてついてきてくれる人々がいるのだから。
『主がそう望むなら、我も力を貸そう。この大地も、それを望んでいる』
シラスはそう言うと、私の肩にそっと頭を乗せてきた。その温かさが、心地よかった。
新しい家の建設は、順調に進んだ。村人たちは日に日に作業に習熟していき、私が指示を出すまでもなく、自分たちで考えて動くようになっていった。男たちは協力してレンガを運び、壁を組み上げ、女たちは炊き出しをしながら、内装の細かな作業を手伝う。村全体が、一つの大きな家族のようだった。
そんな様子を、少し離れた場所から見つめる者たちがいた。私をこの地まで護衛してきた、元王宮騎士団の騎士たちだ。彼らは追放の命令を受けた時、明らかに私を厄介者として見ていた。しかし、今、彼らの目に浮かんでいるのは、困惑と、そして畏敬の念だった。
ある日の午後、作業が一段落した時、騎士団の隊長であるグレゴールさんが、意を決したように私に近づいてきた。彼はまだ若いが、実直で真面目な人柄が窺える青年だ。
「エリアーナ様。少々、よろしいでしょうか」
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