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グレゴール隊長はしばらくの間、言葉を探すように視線を彷徨わせていた。
その視線の先には新しい家の建設に汗を流す村人たちの姿と、彼らが建てた美しいレンガの家々が並んでいる。彼の硬い表情が、わずかに揺らいで見えた。
意を決したように、彼は私に向き直った。
「……エリアーナ様がこれほどの力をお持ちだったとは、我々は全く存じ上げませんでした。王都では、その……大変、地味な印象でいらっしゃいましたので」
ようやく絞り出した言葉は率直な驚きと、過去の自分たちの無礼を恥じるような響きを含んでいた。彼の後ろに控える騎士たちも、皆同じような表情で私を見ている。彼らの心中に渦巻いているであろう困惑と畏敬が、ひしひしと伝わってきた。
「ふふ。そうでしょうね」
私は穏やかに答えた。彼の無礼を責める気は全くない。
「あの頃の私は力を抑えるための指輪のせいで、自分でも驚くほど存在感がありませんでしたから。あなた方が気づかなかったのも無理はありません」
むしろ、彼らが今、目の前の現実をきちんと受け止めようとしていることに好感すら覚えていた。
「力、だけではございません」
グレゴール隊長は、かぶりを振った。
「エリアーナ様の指導力、そして人々を惹きつけるお人柄……。我々は、この地に来てからの数週間、驚かされてばかりです。あなたは、我々が知るどの貴族とも違う」
彼の言葉に、後ろに控えていた他の騎士たちも深く頷いている。
彼らの目は、もはや私を「追放された哀れな令嬢」として見てはいなかった。一人の指導者を見る目に変わっていた。
「私は、ただ為すべきことを為しているだけです。この地の人々が当たり前の幸せを手に入れられるように。それに、私一人では何もできません。村人たちの協力と、シラスの助けがあってこそです」
私が隣に座るシラスの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。騎士たちは巨大な狼がおとなしく私に懐いている光景を見て、またしても驚きの表情を浮かべている。この聖獣の存在も、彼らの常識を大きく揺さぶっている要因の一つだろう。
「その聖獣殿も、まさに伝説の存在……。エリアーナ様、あなたは一体何者なのですか?我々は、とんでもない方をお連れしてしまったのではないかと……」
グレゴール隊長の問いは、彼ら全員の疑問なのだろう。私は少しだけ考える。彼らに、どこまで話すべきか。
しかし、彼らもまた、このヴァイスランドで生きていく仲間なのだ。隠し立てをする必要もないだろう。
「私は、エリアーナ・フォン・ヴァイスランド。この土地を治める辺境伯家の娘です。それ以上でも、それ以下でもありません。ただ、私にはこの地を豊かにする力と意志がある。それだけです」
私の答えは、彼らの期待したものではなかったかもしれない。
しかし、その単純な事実にこそ真実が宿っていると私は信じている。私が何者であるかなど重要ではない。私が何を為すかが、全てなのだ。
「……失礼いたしました。我々は、エリアーナ様の覚悟を、まだ理解できていなかったようです」
グレゴール隊長は、深く頭を下げた。
そして、迷いのない声で言った。
「これより、我々騎士団一同、単なる護衛としてではなく、ヴァイスランドの民としてエリアーナ様にお仕えし、この地の発展のために剣を捧げることを誓います」
「我々も、お誓い申し上げます!」
他の騎士たちも、一斉にその場で膝をつき、剣を捧げる騎士の礼を取った。その光景は厳かで、そして彼らの揺るぎない決意を示していた。
彼らはもはや、王太子から押し付けられた任務をこなすだけの騎士ではなかった。自らの意志で、新たな主君を選んだのだ。
「……顔を上げてください。あなた方の忠誠、確かに受け取りました。ですが、剣を捧げるだけがあなた方の役割ではありません。これからは、あなた方の知識と経験も、この村のために役立ててほしいのです」
「と、仰いますと?」
戸惑うグレゴール隊長に、私は具体的な提案をした。
「例えば、村の警備体制の構築や、狩りの技術指導。さらには子供たちへの剣術指南など、あなた方にしかできないことがたくさんあるはずです。この村を、魔物や悪意ある者たちから守るための力を、貸してください」
私の提案に、グレゴール隊長は目を見開いた。そして、その目に熱い光が宿った。
「はっ!お任せください!我々が培ってきた全てを、エリアーナ様と、このヴァイスランドのために!」
彼らの力強い返事に、私は満足して頷いた。これで、この村の防衛力も大きく向上するだろう。私の創成魔法は万能ではない。特に、戦闘に関しては専門家である彼らの力が必要不可欠だった。
こうして、元王宮騎士団はヴァイスランドの防衛と治安維持を担う、頼もしい力となってくれた。
彼らはすぐに村人たちとも打ち解け、積極的に村の仕事を手伝うようになった。日中は建設作業を手伝い、夕方になると若者たちに剣術を教える彼らの姿は、すっかり村の日常風景の一部となっていた。
村の発展は、さらに加速していく。
全ての家が暖かく頑丈なレンガ造りに建て替えられ、村の中央には広場を囲むようにして、集会所兼食堂、そして小さな診療所が建設された。診療所では、私が創成魔法で作り出した薬草や治療器具が、村人たちの健康を支えている。
ある日、私はクラウスさんとグレゴール隊長を呼び、次の計画を打ち明けた。
「この村に、水路を引こうと思います」
「水路、でございますか?」
クラウスさんが、不思議そうに問い返す。
「ええ。今は皆、川まで水を汲みに行っていますが、あれは重労働ですし、冬になれば危険も伴います。そこで、温泉の源泉から温水を、そして近くの清流から冷水を引き、村の各家庭でいつでも水が使えるようにしたいのです」
私の説明に、二人は言葉を失っていた。王都ですら、上水道が整備されているのはごく一部の貴族街だけだ。それを、こんな辺境の村で実現しようというのだから、驚くのも無理はない。
「そ、そのようなことが、本当に可能なのでしょうか……?」
グレゴール隊長が、信じられないといった様子で尋ねる。
「可能です。私が、水に強く錆びることもない特殊な土管を創り出します。そして、高低差を利用して自然に水が流れるように設計します。地熱を利用しているので、冬でも水路が凍り付く心配はありません」
私は、頭の中にある設計図を地面に直接描き出してみせた。創成魔法を使い、土を盛り上げて立体的な模型を作る。複雑に配置された配管網と、貯水槽、そして各家庭への供給路。そのあまりに緻密で合理的な設計に、クラウスさんもグレゴール隊長も、ただただ感嘆のため息を漏らすだけだった。
『主よ、また途方もないことを考える。だが、面白い』
私の脳内に、シラスの楽しそうな声が響く。彼はいつだって、私の計画を面白がってくれる最高の相棒だ。
「面白いでしょう?これが完成すれば、村の生活は劇的に変わるわ。洗濯も、料理も、お風呂だって家でできるようになるのよ」
水路の建設は、これまでで最も大規模な事業となった。しかし、村人たちと騎士団の協力のおかげで、作業は驚くほど順調に進んだ。私が創り出した土管を、彼らが設計図通りに埋設していく。その連携は、もはや完璧と言ってよかった。
そして、計画の発表からわずか一月後、ヴァイスランドの村に初めて上水道が完成した。
村の中央広場に設置された共同水栓の蛇口を、私がゆっくりと捻る。すると、勢いよく水が流れ出し、陽の光を浴びてきらきらと輝いた。
「「「おおおおおっ!!」」」
村中が、地鳴りのような歓声に包まれた。人々は流れ落ちる水に触れ、その冷たさと清らかさに感動し、抱き合って喜びを分かち合っていた。もう、重い水瓶を担いで危険な川岸まで往復する必要はないのだ。
「エリアーナ様!本当に、水が……!」
クラウスさんが、子供のようにはしゃぎながら何度も蛇口を捻ったり閉めたりしている。その姿が微笑ましくて、私もつい笑みがこぼれた。
『人間とは、本当に水が好きなのだな』
シラスが、少し呆れたように、しかしどこか嬉しそうに言った。
この上水道の完成は、ヴァイスランドの発展における大きな一歩となった。生活の利便性が向上しただけでなく、公衆衛生の観点からも計り知れない恩恵をもたらすだろう。病気のリスクは減り、人々はより健康で文化的な生活を送ることができるようになる。
私は、歓声に沸く村人たちを見ながら静かに思う。
国とは、一体何なのだろうか。立派な城壁や、きらびやかな王宮、強大な軍隊。それらが国を形作る要素であることは間違いない。しかし、最も大切なのは、そこで暮らす人々一人一人の幸せな生活なのではないだろうか。
王都を追放された時、私は全てを失ったと思っていた。けれど、今、私はここにいる。私を信じ、慕ってくれる人々に囲まれて。そして、自らの手で理想の国を創り上げている。失ったものより、得たものの方が遥かに大きい。
ジュリアス殿下も、聖女ユナも、今頃王都で何をしているだろうか。私のことなど、とうに忘れて華やかな生活を送っているのかもしれない。それでいい、と心から思う。私にはもう、彼らに構っている暇などないのだから。
私の視線の先では、グレゴール隊長が部下の騎士たちと共に、村の子供たちから水をかけられてはしゃいでいた。普段は厳格な彼らの、見たことのないような笑顔だった。
「さて、次はどうしようかしら」
私は小さく呟いた。やるべきことは、まだ山のようにある。食料、住居、インフラが整った。次は、産業を興さなければならない。この土地の資源を活かし、人々が安定した収入を得られる仕組みを作るのだ。
幸い、私にはアイデアがあった。この土地の豊富な鉄鉱石と、地熱を利用した新しい産業の構想が。
私は広場を後にして、シラスと共に村の外れにある丘へと向かった。そこからは村の全景と、その先に広がるヴァイスランドの雄大な自然が一望できる。
「シラス、この土地には鉄鉱石が豊富に眠っているわ。それも、非常に純度の高いものが」
創成魔法による地質調査で、私はその事実を突き止めていた。
『うむ。大地の血、鉄か。古来より、人間はそれを巡って争ってきたな』
「ええ。でも、私たちはそれを人々の生活を豊かにするために使うの。地熱を利用した、新しい製鉄法を開発するわ。木炭を大量に消費する今の製鉄法とは違う、クリーンで効率的な方法を」
私の頭の中には、すでに新しい溶鉱炉の設計図が浮かんでいた。マグマ溜まりの熱を直接利用し、コークスを使わずに鉄鉱石を還元する。もしこれが実現すれば、それはこの世界の技術を数百年は進める革命的な発明となるだろう。そして、ここで作られた高品質な鋼は、ヴァイスランドの大きな財産となるはずだ。
『主の考えることは、常に我の想像を超える。だが、それ故に面白い。主と共にいると、退屈という言葉を忘れそうだ』
シラスが、心から楽しそうに言う。私は彼の言葉に勇気づけられ、さらに思考を巡らせた。製鉄だけではない。ヴァイス麦を加工した特産品も作れるかもしれない。温泉を利用した保養地として、人を呼び込むこともできるだろう。
村へ続く道を歩いていると、前方からグレゴール隊長が慌てた様子で走ってくるのが見えた。
彼の表情は、いつになく険しい。何か、ただならぬことが起きたのかもしれない。
私は足を止め、彼の到着を待った。
シラスも私の隣で、低い警戒の姿勢をとっている。
息を切らしながら私の前にたどり着いたグレゴール隊長は、敬礼もそこそこに切羽詰まった声で報告を始めた。
「エリアーナ様!た、大変です!南の街道から、正体不明の一団がこちらに向かってきています!」
その視線の先には新しい家の建設に汗を流す村人たちの姿と、彼らが建てた美しいレンガの家々が並んでいる。彼の硬い表情が、わずかに揺らいで見えた。
意を決したように、彼は私に向き直った。
「……エリアーナ様がこれほどの力をお持ちだったとは、我々は全く存じ上げませんでした。王都では、その……大変、地味な印象でいらっしゃいましたので」
ようやく絞り出した言葉は率直な驚きと、過去の自分たちの無礼を恥じるような響きを含んでいた。彼の後ろに控える騎士たちも、皆同じような表情で私を見ている。彼らの心中に渦巻いているであろう困惑と畏敬が、ひしひしと伝わってきた。
「ふふ。そうでしょうね」
私は穏やかに答えた。彼の無礼を責める気は全くない。
「あの頃の私は力を抑えるための指輪のせいで、自分でも驚くほど存在感がありませんでしたから。あなた方が気づかなかったのも無理はありません」
むしろ、彼らが今、目の前の現実をきちんと受け止めようとしていることに好感すら覚えていた。
「力、だけではございません」
グレゴール隊長は、かぶりを振った。
「エリアーナ様の指導力、そして人々を惹きつけるお人柄……。我々は、この地に来てからの数週間、驚かされてばかりです。あなたは、我々が知るどの貴族とも違う」
彼の言葉に、後ろに控えていた他の騎士たちも深く頷いている。
彼らの目は、もはや私を「追放された哀れな令嬢」として見てはいなかった。一人の指導者を見る目に変わっていた。
「私は、ただ為すべきことを為しているだけです。この地の人々が当たり前の幸せを手に入れられるように。それに、私一人では何もできません。村人たちの協力と、シラスの助けがあってこそです」
私が隣に座るシラスの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。騎士たちは巨大な狼がおとなしく私に懐いている光景を見て、またしても驚きの表情を浮かべている。この聖獣の存在も、彼らの常識を大きく揺さぶっている要因の一つだろう。
「その聖獣殿も、まさに伝説の存在……。エリアーナ様、あなたは一体何者なのですか?我々は、とんでもない方をお連れしてしまったのではないかと……」
グレゴール隊長の問いは、彼ら全員の疑問なのだろう。私は少しだけ考える。彼らに、どこまで話すべきか。
しかし、彼らもまた、このヴァイスランドで生きていく仲間なのだ。隠し立てをする必要もないだろう。
「私は、エリアーナ・フォン・ヴァイスランド。この土地を治める辺境伯家の娘です。それ以上でも、それ以下でもありません。ただ、私にはこの地を豊かにする力と意志がある。それだけです」
私の答えは、彼らの期待したものではなかったかもしれない。
しかし、その単純な事実にこそ真実が宿っていると私は信じている。私が何者であるかなど重要ではない。私が何を為すかが、全てなのだ。
「……失礼いたしました。我々は、エリアーナ様の覚悟を、まだ理解できていなかったようです」
グレゴール隊長は、深く頭を下げた。
そして、迷いのない声で言った。
「これより、我々騎士団一同、単なる護衛としてではなく、ヴァイスランドの民としてエリアーナ様にお仕えし、この地の発展のために剣を捧げることを誓います」
「我々も、お誓い申し上げます!」
他の騎士たちも、一斉にその場で膝をつき、剣を捧げる騎士の礼を取った。その光景は厳かで、そして彼らの揺るぎない決意を示していた。
彼らはもはや、王太子から押し付けられた任務をこなすだけの騎士ではなかった。自らの意志で、新たな主君を選んだのだ。
「……顔を上げてください。あなた方の忠誠、確かに受け取りました。ですが、剣を捧げるだけがあなた方の役割ではありません。これからは、あなた方の知識と経験も、この村のために役立ててほしいのです」
「と、仰いますと?」
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「例えば、村の警備体制の構築や、狩りの技術指導。さらには子供たちへの剣術指南など、あなた方にしかできないことがたくさんあるはずです。この村を、魔物や悪意ある者たちから守るための力を、貸してください」
私の提案に、グレゴール隊長は目を見開いた。そして、その目に熱い光が宿った。
「はっ!お任せください!我々が培ってきた全てを、エリアーナ様と、このヴァイスランドのために!」
彼らの力強い返事に、私は満足して頷いた。これで、この村の防衛力も大きく向上するだろう。私の創成魔法は万能ではない。特に、戦闘に関しては専門家である彼らの力が必要不可欠だった。
こうして、元王宮騎士団はヴァイスランドの防衛と治安維持を担う、頼もしい力となってくれた。
彼らはすぐに村人たちとも打ち解け、積極的に村の仕事を手伝うようになった。日中は建設作業を手伝い、夕方になると若者たちに剣術を教える彼らの姿は、すっかり村の日常風景の一部となっていた。
村の発展は、さらに加速していく。
全ての家が暖かく頑丈なレンガ造りに建て替えられ、村の中央には広場を囲むようにして、集会所兼食堂、そして小さな診療所が建設された。診療所では、私が創成魔法で作り出した薬草や治療器具が、村人たちの健康を支えている。
ある日、私はクラウスさんとグレゴール隊長を呼び、次の計画を打ち明けた。
「この村に、水路を引こうと思います」
「水路、でございますか?」
クラウスさんが、不思議そうに問い返す。
「ええ。今は皆、川まで水を汲みに行っていますが、あれは重労働ですし、冬になれば危険も伴います。そこで、温泉の源泉から温水を、そして近くの清流から冷水を引き、村の各家庭でいつでも水が使えるようにしたいのです」
私の説明に、二人は言葉を失っていた。王都ですら、上水道が整備されているのはごく一部の貴族街だけだ。それを、こんな辺境の村で実現しようというのだから、驚くのも無理はない。
「そ、そのようなことが、本当に可能なのでしょうか……?」
グレゴール隊長が、信じられないといった様子で尋ねる。
「可能です。私が、水に強く錆びることもない特殊な土管を創り出します。そして、高低差を利用して自然に水が流れるように設計します。地熱を利用しているので、冬でも水路が凍り付く心配はありません」
私は、頭の中にある設計図を地面に直接描き出してみせた。創成魔法を使い、土を盛り上げて立体的な模型を作る。複雑に配置された配管網と、貯水槽、そして各家庭への供給路。そのあまりに緻密で合理的な設計に、クラウスさんもグレゴール隊長も、ただただ感嘆のため息を漏らすだけだった。
『主よ、また途方もないことを考える。だが、面白い』
私の脳内に、シラスの楽しそうな声が響く。彼はいつだって、私の計画を面白がってくれる最高の相棒だ。
「面白いでしょう?これが完成すれば、村の生活は劇的に変わるわ。洗濯も、料理も、お風呂だって家でできるようになるのよ」
水路の建設は、これまでで最も大規模な事業となった。しかし、村人たちと騎士団の協力のおかげで、作業は驚くほど順調に進んだ。私が創り出した土管を、彼らが設計図通りに埋設していく。その連携は、もはや完璧と言ってよかった。
そして、計画の発表からわずか一月後、ヴァイスランドの村に初めて上水道が完成した。
村の中央広場に設置された共同水栓の蛇口を、私がゆっくりと捻る。すると、勢いよく水が流れ出し、陽の光を浴びてきらきらと輝いた。
「「「おおおおおっ!!」」」
村中が、地鳴りのような歓声に包まれた。人々は流れ落ちる水に触れ、その冷たさと清らかさに感動し、抱き合って喜びを分かち合っていた。もう、重い水瓶を担いで危険な川岸まで往復する必要はないのだ。
「エリアーナ様!本当に、水が……!」
クラウスさんが、子供のようにはしゃぎながら何度も蛇口を捻ったり閉めたりしている。その姿が微笑ましくて、私もつい笑みがこぼれた。
『人間とは、本当に水が好きなのだな』
シラスが、少し呆れたように、しかしどこか嬉しそうに言った。
この上水道の完成は、ヴァイスランドの発展における大きな一歩となった。生活の利便性が向上しただけでなく、公衆衛生の観点からも計り知れない恩恵をもたらすだろう。病気のリスクは減り、人々はより健康で文化的な生活を送ることができるようになる。
私は、歓声に沸く村人たちを見ながら静かに思う。
国とは、一体何なのだろうか。立派な城壁や、きらびやかな王宮、強大な軍隊。それらが国を形作る要素であることは間違いない。しかし、最も大切なのは、そこで暮らす人々一人一人の幸せな生活なのではないだろうか。
王都を追放された時、私は全てを失ったと思っていた。けれど、今、私はここにいる。私を信じ、慕ってくれる人々に囲まれて。そして、自らの手で理想の国を創り上げている。失ったものより、得たものの方が遥かに大きい。
ジュリアス殿下も、聖女ユナも、今頃王都で何をしているだろうか。私のことなど、とうに忘れて華やかな生活を送っているのかもしれない。それでいい、と心から思う。私にはもう、彼らに構っている暇などないのだから。
私の視線の先では、グレゴール隊長が部下の騎士たちと共に、村の子供たちから水をかけられてはしゃいでいた。普段は厳格な彼らの、見たことのないような笑顔だった。
「さて、次はどうしようかしら」
私は小さく呟いた。やるべきことは、まだ山のようにある。食料、住居、インフラが整った。次は、産業を興さなければならない。この土地の資源を活かし、人々が安定した収入を得られる仕組みを作るのだ。
幸い、私にはアイデアがあった。この土地の豊富な鉄鉱石と、地熱を利用した新しい産業の構想が。
私は広場を後にして、シラスと共に村の外れにある丘へと向かった。そこからは村の全景と、その先に広がるヴァイスランドの雄大な自然が一望できる。
「シラス、この土地には鉄鉱石が豊富に眠っているわ。それも、非常に純度の高いものが」
創成魔法による地質調査で、私はその事実を突き止めていた。
『うむ。大地の血、鉄か。古来より、人間はそれを巡って争ってきたな』
「ええ。でも、私たちはそれを人々の生活を豊かにするために使うの。地熱を利用した、新しい製鉄法を開発するわ。木炭を大量に消費する今の製鉄法とは違う、クリーンで効率的な方法を」
私の頭の中には、すでに新しい溶鉱炉の設計図が浮かんでいた。マグマ溜まりの熱を直接利用し、コークスを使わずに鉄鉱石を還元する。もしこれが実現すれば、それはこの世界の技術を数百年は進める革命的な発明となるだろう。そして、ここで作られた高品質な鋼は、ヴァイスランドの大きな財産となるはずだ。
『主の考えることは、常に我の想像を超える。だが、それ故に面白い。主と共にいると、退屈という言葉を忘れそうだ』
シラスが、心から楽しそうに言う。私は彼の言葉に勇気づけられ、さらに思考を巡らせた。製鉄だけではない。ヴァイス麦を加工した特産品も作れるかもしれない。温泉を利用した保養地として、人を呼び込むこともできるだろう。
村へ続く道を歩いていると、前方からグレゴール隊長が慌てた様子で走ってくるのが見えた。
彼の表情は、いつになく険しい。何か、ただならぬことが起きたのかもしれない。
私は足を止め、彼の到着を待った。
シラスも私の隣で、低い警戒の姿勢をとっている。
息を切らしながら私の前にたどり着いたグレゴール隊長は、敬礼もそこそこに切羽詰まった声で報告を始めた。
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