【奨励賞】元・地味な令嬢ですが、婚約破棄されたので聖獣と建国します~追放した王太子と聖女は、今さら私を求めないでください~

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
5 / 25

しおりを挟む
グレゴール隊長はしばらくの間、言葉を探すように視線を彷徨わせていた。
その視線の先には新しい家の建設に汗を流す村人たちの姿と、彼らが建てた美しいレンガの家々が並んでいる。彼の硬い表情が、わずかに揺らいで見えた。

意を決したように、彼は私に向き直った。

「……エリアーナ様がこれほどの力をお持ちだったとは、我々は全く存じ上げませんでした。王都では、その……大変、地味な印象でいらっしゃいましたので」

ようやく絞り出した言葉は率直な驚きと、過去の自分たちの無礼を恥じるような響きを含んでいた。彼の後ろに控える騎士たちも、皆同じような表情で私を見ている。彼らの心中に渦巻いているであろう困惑と畏敬が、ひしひしと伝わってきた。

「ふふ。そうでしょうね」

私は穏やかに答えた。彼の無礼を責める気は全くない。

「あの頃の私は力を抑えるための指輪のせいで、自分でも驚くほど存在感がありませんでしたから。あなた方が気づかなかったのも無理はありません」

むしろ、彼らが今、目の前の現実をきちんと受け止めようとしていることに好感すら覚えていた。

「力、だけではございません」

グレゴール隊長は、かぶりを振った。

「エリアーナ様の指導力、そして人々を惹きつけるお人柄……。我々は、この地に来てからの数週間、驚かされてばかりです。あなたは、我々が知るどの貴族とも違う」

彼の言葉に、後ろに控えていた他の騎士たちも深く頷いている。
彼らの目は、もはや私を「追放された哀れな令嬢」として見てはいなかった。一人の指導者を見る目に変わっていた。

「私は、ただ為すべきことを為しているだけです。この地の人々が当たり前の幸せを手に入れられるように。それに、私一人では何もできません。村人たちの協力と、シラスの助けがあってこそです」

私が隣に座るシラスの頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。騎士たちは巨大な狼がおとなしく私に懐いている光景を見て、またしても驚きの表情を浮かべている。この聖獣の存在も、彼らの常識を大きく揺さぶっている要因の一つだろう。

「その聖獣殿も、まさに伝説の存在……。エリアーナ様、あなたは一体何者なのですか?我々は、とんでもない方をお連れしてしまったのではないかと……」

グレゴール隊長の問いは、彼ら全員の疑問なのだろう。私は少しだけ考える。彼らに、どこまで話すべきか。
しかし、彼らもまた、このヴァイスランドで生きていく仲間なのだ。隠し立てをする必要もないだろう。

「私は、エリアーナ・フォン・ヴァイスランド。この土地を治める辺境伯家の娘です。それ以上でも、それ以下でもありません。ただ、私にはこの地を豊かにする力と意志がある。それだけです」

私の答えは、彼らの期待したものではなかったかもしれない。
しかし、その単純な事実にこそ真実が宿っていると私は信じている。私が何者であるかなど重要ではない。私が何を為すかが、全てなのだ。

「……失礼いたしました。我々は、エリアーナ様の覚悟を、まだ理解できていなかったようです」

グレゴール隊長は、深く頭を下げた。
そして、迷いのない声で言った。

「これより、我々騎士団一同、単なる護衛としてではなく、ヴァイスランドの民としてエリアーナ様にお仕えし、この地の発展のために剣を捧げることを誓います」

「我々も、お誓い申し上げます!」

他の騎士たちも、一斉にその場で膝をつき、剣を捧げる騎士の礼を取った。その光景は厳かで、そして彼らの揺るぎない決意を示していた。
彼らはもはや、王太子から押し付けられた任務をこなすだけの騎士ではなかった。自らの意志で、新たな主君を選んだのだ。

「……顔を上げてください。あなた方の忠誠、確かに受け取りました。ですが、剣を捧げるだけがあなた方の役割ではありません。これからは、あなた方の知識と経験も、この村のために役立ててほしいのです」

「と、仰いますと?」

戸惑うグレゴール隊長に、私は具体的な提案をした。

「例えば、村の警備体制の構築や、狩りの技術指導。さらには子供たちへの剣術指南など、あなた方にしかできないことがたくさんあるはずです。この村を、魔物や悪意ある者たちから守るための力を、貸してください」

私の提案に、グレゴール隊長は目を見開いた。そして、その目に熱い光が宿った。

「はっ!お任せください!我々が培ってきた全てを、エリアーナ様と、このヴァイスランドのために!」

彼らの力強い返事に、私は満足して頷いた。これで、この村の防衛力も大きく向上するだろう。私の創成魔法は万能ではない。特に、戦闘に関しては専門家である彼らの力が必要不可欠だった。

こうして、元王宮騎士団はヴァイスランドの防衛と治安維持を担う、頼もしい力となってくれた。
彼らはすぐに村人たちとも打ち解け、積極的に村の仕事を手伝うようになった。日中は建設作業を手伝い、夕方になると若者たちに剣術を教える彼らの姿は、すっかり村の日常風景の一部となっていた。

村の発展は、さらに加速していく。
全ての家が暖かく頑丈なレンガ造りに建て替えられ、村の中央には広場を囲むようにして、集会所兼食堂、そして小さな診療所が建設された。診療所では、私が創成魔法で作り出した薬草や治療器具が、村人たちの健康を支えている。

ある日、私はクラウスさんとグレゴール隊長を呼び、次の計画を打ち明けた。

「この村に、水路を引こうと思います」

「水路、でございますか?」

クラウスさんが、不思議そうに問い返す。

「ええ。今は皆、川まで水を汲みに行っていますが、あれは重労働ですし、冬になれば危険も伴います。そこで、温泉の源泉から温水を、そして近くの清流から冷水を引き、村の各家庭でいつでも水が使えるようにしたいのです」

私の説明に、二人は言葉を失っていた。王都ですら、上水道が整備されているのはごく一部の貴族街だけだ。それを、こんな辺境の村で実現しようというのだから、驚くのも無理はない。

「そ、そのようなことが、本当に可能なのでしょうか……?」

グレゴール隊長が、信じられないといった様子で尋ねる。

「可能です。私が、水に強く錆びることもない特殊な土管を創り出します。そして、高低差を利用して自然に水が流れるように設計します。地熱を利用しているので、冬でも水路が凍り付く心配はありません」

私は、頭の中にある設計図を地面に直接描き出してみせた。創成魔法を使い、土を盛り上げて立体的な模型を作る。複雑に配置された配管網と、貯水槽、そして各家庭への供給路。そのあまりに緻密で合理的な設計に、クラウスさんもグレゴール隊長も、ただただ感嘆のため息を漏らすだけだった。

『主よ、また途方もないことを考える。だが、面白い』

私の脳内に、シラスの楽しそうな声が響く。彼はいつだって、私の計画を面白がってくれる最高の相棒だ。

「面白いでしょう?これが完成すれば、村の生活は劇的に変わるわ。洗濯も、料理も、お風呂だって家でできるようになるのよ」

水路の建設は、これまでで最も大規模な事業となった。しかし、村人たちと騎士団の協力のおかげで、作業は驚くほど順調に進んだ。私が創り出した土管を、彼らが設計図通りに埋設していく。その連携は、もはや完璧と言ってよかった。

そして、計画の発表からわずか一月後、ヴァイスランドの村に初めて上水道が完成した。
村の中央広場に設置された共同水栓の蛇口を、私がゆっくりと捻る。すると、勢いよく水が流れ出し、陽の光を浴びてきらきらと輝いた。

「「「おおおおおっ!!」」」

村中が、地鳴りのような歓声に包まれた。人々は流れ落ちる水に触れ、その冷たさと清らかさに感動し、抱き合って喜びを分かち合っていた。もう、重い水瓶を担いで危険な川岸まで往復する必要はないのだ。

「エリアーナ様!本当に、水が……!」

クラウスさんが、子供のようにはしゃぎながら何度も蛇口を捻ったり閉めたりしている。その姿が微笑ましくて、私もつい笑みがこぼれた。

『人間とは、本当に水が好きなのだな』

シラスが、少し呆れたように、しかしどこか嬉しそうに言った。

この上水道の完成は、ヴァイスランドの発展における大きな一歩となった。生活の利便性が向上しただけでなく、公衆衛生の観点からも計り知れない恩恵をもたらすだろう。病気のリスクは減り、人々はより健康で文化的な生活を送ることができるようになる。

私は、歓声に沸く村人たちを見ながら静かに思う。
国とは、一体何なのだろうか。立派な城壁や、きらびやかな王宮、強大な軍隊。それらが国を形作る要素であることは間違いない。しかし、最も大切なのは、そこで暮らす人々一人一人の幸せな生活なのではないだろうか。

王都を追放された時、私は全てを失ったと思っていた。けれど、今、私はここにいる。私を信じ、慕ってくれる人々に囲まれて。そして、自らの手で理想の国を創り上げている。失ったものより、得たものの方が遥かに大きい。

ジュリアス殿下も、聖女ユナも、今頃王都で何をしているだろうか。私のことなど、とうに忘れて華やかな生活を送っているのかもしれない。それでいい、と心から思う。私にはもう、彼らに構っている暇などないのだから。

私の視線の先では、グレゴール隊長が部下の騎士たちと共に、村の子供たちから水をかけられてはしゃいでいた。普段は厳格な彼らの、見たことのないような笑顔だった。

「さて、次はどうしようかしら」

私は小さく呟いた。やるべきことは、まだ山のようにある。食料、住居、インフラが整った。次は、産業を興さなければならない。この土地の資源を活かし、人々が安定した収入を得られる仕組みを作るのだ。
幸い、私にはアイデアがあった。この土地の豊富な鉄鉱石と、地熱を利用した新しい産業の構想が。

私は広場を後にして、シラスと共に村の外れにある丘へと向かった。そこからは村の全景と、その先に広がるヴァイスランドの雄大な自然が一望できる。

「シラス、この土地には鉄鉱石が豊富に眠っているわ。それも、非常に純度の高いものが」

創成魔法による地質調査で、私はその事実を突き止めていた。

『うむ。大地の血、鉄か。古来より、人間はそれを巡って争ってきたな』

「ええ。でも、私たちはそれを人々の生活を豊かにするために使うの。地熱を利用した、新しい製鉄法を開発するわ。木炭を大量に消費する今の製鉄法とは違う、クリーンで効率的な方法を」

私の頭の中には、すでに新しい溶鉱炉の設計図が浮かんでいた。マグマ溜まりの熱を直接利用し、コークスを使わずに鉄鉱石を還元する。もしこれが実現すれば、それはこの世界の技術を数百年は進める革命的な発明となるだろう。そして、ここで作られた高品質な鋼は、ヴァイスランドの大きな財産となるはずだ。

『主の考えることは、常に我の想像を超える。だが、それ故に面白い。主と共にいると、退屈という言葉を忘れそうだ』

シラスが、心から楽しそうに言う。私は彼の言葉に勇気づけられ、さらに思考を巡らせた。製鉄だけではない。ヴァイス麦を加工した特産品も作れるかもしれない。温泉を利用した保養地として、人を呼び込むこともできるだろう。

村へ続く道を歩いていると、前方からグレゴール隊長が慌てた様子で走ってくるのが見えた。
彼の表情は、いつになく険しい。何か、ただならぬことが起きたのかもしれない。

私は足を止め、彼の到着を待った。
シラスも私の隣で、低い警戒の姿勢をとっている。
息を切らしながら私の前にたどり着いたグレゴール隊長は、敬礼もそこそこに切羽詰まった声で報告を始めた。

「エリアーナ様!た、大変です!南の街道から、正体不明の一団がこちらに向かってきています!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。 王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。 だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。 順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。 そこから始まる物語である。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

「洗い場のシミ落とし」と追放された元宮廷魔術師。辺境で洗濯屋を開いたら、聖なる浄化の力に目覚め、呪いも穢れも洗い流して成り上がる

黒崎隼人
ファンタジー
「銀閃」と謳われたエリート魔術師、アルク・レンフィールド。彼は五年前、国家の最重要儀式で犯した一つの失敗により、全てを失った。誇りを砕かれ、「洗い場のシミ落とし」と嘲笑された彼は、王都を追われ辺境の村でひっそりと洗濯屋を営む。 過去の「恥」に心を閉ざし、ひまわり畑を眺めるだけの日々。そんな彼の前に現れたのは、体に呪いの痣を持つ少女ヒマリ。彼女の「恥」に触れた時、アルクの中に眠る失われたはずの力が目覚める。それは、あらゆる汚れ、呪い、穢れさえも洗い流す奇跡の力――「聖濯術」。 これは、一度は全てを失った男が、一枚の洗濯物から人々の心に染みついた悲しみを洗い流し、自らの「恥」をも乗り越えていく、ささやかで温かい再生の物語。ひまわりの咲く丘で、世界で一番優しい洗濯が、今始まる。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

処理中です...