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第4章 おじさんとソロキャンプ
第63話
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「……そろそろ、一人になりたいな」
誰に向けるでもなく、そう呟いた。
マーレ村の朝は相変わらず穏やかで、俺の店の前を、羊飼いの少年がのんびり通り過ぎていく。
だが、どれだけ平和でも、人が増えればそれなりに気疲れする。
ここ最近の賑わい──マリウスの新店オープンだの、常連客の増加だの──その全てが悪いことじゃないのはわかっている。
わかっているが、俺は群れるためにここへ来たわけじゃない。
「たまには、誰にも邪魔されず、何も考えず、ぼんやりしていたい」
俺は煙草を一本くわえ、火を点けた。
吸い込む。
肺がほぐれる。
よし、決めた。ソロキャンプだ。
すぐに立ち上がる気にはならなかった。
まずは、店のカウンターに座ったまま、どんな装備を持っていくか、ぼんやりと考える。
コーヒー器具は必須だ。フレンチプレス、エスプレッソセット、あとはドリップ用のケトルとフィルター。
全部持って行くと荷物が嵩む。今回は、絞るか。
「……ドリップにしておくか」
ソロキャンプには、やっぱりじっくり抽出できるドリップが似合う。
それに、手間をかける時間も、今の俺には必要だ。
続いて、焚き火台と小型鍋。
肉を炙るくらいの装備は欲しい。
寝袋、タープ、小さな椅子も忘れずに。
「……あと、忘れちゃいけねぇな」
俺は、奥の棚から煙草用のポーチを取り出す。
お気に入りの数種──軽いもの、重いもの、リフレッシュ向き、落ち着き向き──を数本ずつ選び、小分けにして収めた。
「これで、なんとかなるだろ」
一度煙を吐き、カウンターに腰かけたまま、荷物リストを頭の中で再確認する。
最低限だけど、俺にとって必要なものは全部入った。
キャンプは、贅沢しすぎてもいけない。
足りないくらいがちょうどいい。
その場に合わせ、工夫する楽しみを残しておく。
「あとは、食材か……」
店の冷蔵庫を開ける。
ベーコン、チーズ、干し肉、ハーブ塩。
保存が利いて、味の強いものが多い。
「肉とチーズ、ハーブ。あとは……パンでも焼くか」
持っていく材料を簡単にまとめ、最後に珈琲豆のストックを確認する。
もちろん、ここも抜かりはない。
焙煎したばかりの、コクのある深煎り。
ソロキャンプにはこれ以上ない相棒だ。
準備は、だらだらと進める。
急ぐ気なんてさらさらない。
それが、贅沢だと思う。
煙草をもう一本。
火をつけ、窓の外を眺める。
青い空。
緩やかな風。
遠くに見える、森の緑。
(……いい日だ)
思わず、心の中で笑った。
何も特別なことはない。
ただ、それだけで十分だった。
荷物をまとめたところで、一息つく。
キャンプ場までは歩いて小一時間だ。
今日は、出発の支度だけでいい。
無理に詰め込む必要なんてない。
カウンターに座ったまま、店の隅に置いてあった小皿に目をやった。
マリウスがこっそり置いていったスイーツ。
小さな、ベリータルト。
「……ま、せっかくだしな」
手に取り、一口齧る。
甘酸っぱい果実と、ほろ苦い生地のバランスが舌に心地いい。
珈琲と合わせたら、もっといいだろう。
俺はカップに湯を注ぎ、手早くドリップした。
香ばしい香りが広がる。
煙草と、珈琲と、スイーツ。
(……やっぱ、俺にはこれだな)
一人でいられる贅沢。
誰にも邪魔されない自由。
それを満喫するために、明日は森に入る。
もうすぐ、焚き火の匂いと、珈琲の香りに包まれる時間が来る。
そのことを思うだけで、胸の奥が、ほのかに熱くなる。
誰に向けるでもなく、そう呟いた。
マーレ村の朝は相変わらず穏やかで、俺の店の前を、羊飼いの少年がのんびり通り過ぎていく。
だが、どれだけ平和でも、人が増えればそれなりに気疲れする。
ここ最近の賑わい──マリウスの新店オープンだの、常連客の増加だの──その全てが悪いことじゃないのはわかっている。
わかっているが、俺は群れるためにここへ来たわけじゃない。
「たまには、誰にも邪魔されず、何も考えず、ぼんやりしていたい」
俺は煙草を一本くわえ、火を点けた。
吸い込む。
肺がほぐれる。
よし、決めた。ソロキャンプだ。
すぐに立ち上がる気にはならなかった。
まずは、店のカウンターに座ったまま、どんな装備を持っていくか、ぼんやりと考える。
コーヒー器具は必須だ。フレンチプレス、エスプレッソセット、あとはドリップ用のケトルとフィルター。
全部持って行くと荷物が嵩む。今回は、絞るか。
「……ドリップにしておくか」
ソロキャンプには、やっぱりじっくり抽出できるドリップが似合う。
それに、手間をかける時間も、今の俺には必要だ。
続いて、焚き火台と小型鍋。
肉を炙るくらいの装備は欲しい。
寝袋、タープ、小さな椅子も忘れずに。
「……あと、忘れちゃいけねぇな」
俺は、奥の棚から煙草用のポーチを取り出す。
お気に入りの数種──軽いもの、重いもの、リフレッシュ向き、落ち着き向き──を数本ずつ選び、小分けにして収めた。
「これで、なんとかなるだろ」
一度煙を吐き、カウンターに腰かけたまま、荷物リストを頭の中で再確認する。
最低限だけど、俺にとって必要なものは全部入った。
キャンプは、贅沢しすぎてもいけない。
足りないくらいがちょうどいい。
その場に合わせ、工夫する楽しみを残しておく。
「あとは、食材か……」
店の冷蔵庫を開ける。
ベーコン、チーズ、干し肉、ハーブ塩。
保存が利いて、味の強いものが多い。
「肉とチーズ、ハーブ。あとは……パンでも焼くか」
持っていく材料を簡単にまとめ、最後に珈琲豆のストックを確認する。
もちろん、ここも抜かりはない。
焙煎したばかりの、コクのある深煎り。
ソロキャンプにはこれ以上ない相棒だ。
準備は、だらだらと進める。
急ぐ気なんてさらさらない。
それが、贅沢だと思う。
煙草をもう一本。
火をつけ、窓の外を眺める。
青い空。
緩やかな風。
遠くに見える、森の緑。
(……いい日だ)
思わず、心の中で笑った。
何も特別なことはない。
ただ、それだけで十分だった。
荷物をまとめたところで、一息つく。
キャンプ場までは歩いて小一時間だ。
今日は、出発の支度だけでいい。
無理に詰め込む必要なんてない。
カウンターに座ったまま、店の隅に置いてあった小皿に目をやった。
マリウスがこっそり置いていったスイーツ。
小さな、ベリータルト。
「……ま、せっかくだしな」
手に取り、一口齧る。
甘酸っぱい果実と、ほろ苦い生地のバランスが舌に心地いい。
珈琲と合わせたら、もっといいだろう。
俺はカップに湯を注ぎ、手早くドリップした。
香ばしい香りが広がる。
煙草と、珈琲と、スイーツ。
(……やっぱ、俺にはこれだな)
一人でいられる贅沢。
誰にも邪魔されない自由。
それを満喫するために、明日は森に入る。
もうすぐ、焚き火の匂いと、珈琲の香りに包まれる時間が来る。
そのことを思うだけで、胸の奥が、ほのかに熱くなる。
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