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第6章 おじさんと本の虫
第91話
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朝の空気は冷えすぎず、焙煎にちょうどいい湿度だった。
いつもより少し遅れて起き、歯を磨く代わりに煙草をくわえて火をつける。
店の裏で焙煎機を動かしながら、俺はぼんやりと空を見上げていた。
「……ん、悪くないな。今日のローストはミディアム寄りでいくか」
豆は先月収穫した異世界品種、ラダリア系のもの。
土を変えたせいか、香りが明確に変わっていた。酸味よりも甘みが立ち、ナッツのような後味が残る。
それを最大限に引き出すには、低温でじっくり火を入れる必要がある。
焙煎は、慌てず、焦らず。
じりじりと皮がはぜる音を聞きながら、俺はもう一本、煙草を取り出す。
今日の一本は“朝霧”。花のような軽い香りがする葉をブレンドしたやつだ。
ぼんやりと煙を吐きながら、煙草の味と豆の香りとを両方嗅ぎ分ける。
俺にとっては、これもまた仕事のうちだった。
「さて……そろそろ開店準備するか」
看板を表に出し、コーヒーミルを掃除し、湯を沸かす。
それから、一番最初の一杯──俺だけのための、試し淹れ。
豆の具合、粉の粗さ、湯の落とし方。
全部を整え、最後に湯を注ぐそのとき──カラン、と扉の鈴が鳴った。
「……ん? まだ開店前だぞ」
そう口にしながら顔を上げた俺の目に、ひときわ異質な存在が飛び込んできた。
黒。
足首まで覆う黒衣、飾りの一切ないマント。
華奢な骨格に、紙のように白い肌。
目元だけが露出したその女は、整った造形ながらも感情の一切を排した表情で、俺の店の中を見回していた。
「悪いが、まだ準備中だ。……珈琲は、十五分後だな」
そう言って、俺は再び手元のドリッパーに視線を戻した。
このタイミングで淹れ直すのは面倒だったし、何より、女の様子がいかにも“事務的な客”という気配を纏っていたからだ。
だが、女は動じなかった。
戸口に立ったまま、落ち着いた足取りでカウンターへ近づく。
そして、ごく短く、はっきりと口を開いた。
「本棚を見せてほしい」
その一言に、俺は無意識に手を止めた。
注ぎかけの湯がほんの少し垂れ、ドリッパーの縁を濡らす。
「……あんた、王立図書院か?」
女は肯定も否定もしなかった。
ただ、その黒い目が、俺の瞳をじっと捉えて離さない。
これは──そういう“仕事”の人間だ。
一切の無駄を削ぎ落とした立ち居振る舞い。
声も表情も動きも、完璧に研ぎ澄まされている。
名前も名乗らず、目的だけを告げる。
その姿勢が、かえって確信を与えるほどに。
「……悪いが、見せる義理はないな」
そう返した俺に対しても、女は表情一つ変えなかった。
それでも一歩だけ前に出る。
圧を感じるほどの無言の間を置いて、再び──
「本棚を、見せてほしい」
いつもより少し遅れて起き、歯を磨く代わりに煙草をくわえて火をつける。
店の裏で焙煎機を動かしながら、俺はぼんやりと空を見上げていた。
「……ん、悪くないな。今日のローストはミディアム寄りでいくか」
豆は先月収穫した異世界品種、ラダリア系のもの。
土を変えたせいか、香りが明確に変わっていた。酸味よりも甘みが立ち、ナッツのような後味が残る。
それを最大限に引き出すには、低温でじっくり火を入れる必要がある。
焙煎は、慌てず、焦らず。
じりじりと皮がはぜる音を聞きながら、俺はもう一本、煙草を取り出す。
今日の一本は“朝霧”。花のような軽い香りがする葉をブレンドしたやつだ。
ぼんやりと煙を吐きながら、煙草の味と豆の香りとを両方嗅ぎ分ける。
俺にとっては、これもまた仕事のうちだった。
「さて……そろそろ開店準備するか」
看板を表に出し、コーヒーミルを掃除し、湯を沸かす。
それから、一番最初の一杯──俺だけのための、試し淹れ。
豆の具合、粉の粗さ、湯の落とし方。
全部を整え、最後に湯を注ぐそのとき──カラン、と扉の鈴が鳴った。
「……ん? まだ開店前だぞ」
そう口にしながら顔を上げた俺の目に、ひときわ異質な存在が飛び込んできた。
黒。
足首まで覆う黒衣、飾りの一切ないマント。
華奢な骨格に、紙のように白い肌。
目元だけが露出したその女は、整った造形ながらも感情の一切を排した表情で、俺の店の中を見回していた。
「悪いが、まだ準備中だ。……珈琲は、十五分後だな」
そう言って、俺は再び手元のドリッパーに視線を戻した。
このタイミングで淹れ直すのは面倒だったし、何より、女の様子がいかにも“事務的な客”という気配を纏っていたからだ。
だが、女は動じなかった。
戸口に立ったまま、落ち着いた足取りでカウンターへ近づく。
そして、ごく短く、はっきりと口を開いた。
「本棚を見せてほしい」
その一言に、俺は無意識に手を止めた。
注ぎかけの湯がほんの少し垂れ、ドリッパーの縁を濡らす。
「……あんた、王立図書院か?」
女は肯定も否定もしなかった。
ただ、その黒い目が、俺の瞳をじっと捉えて離さない。
これは──そういう“仕事”の人間だ。
一切の無駄を削ぎ落とした立ち居振る舞い。
声も表情も動きも、完璧に研ぎ澄まされている。
名前も名乗らず、目的だけを告げる。
その姿勢が、かえって確信を与えるほどに。
「……悪いが、見せる義理はないな」
そう返した俺に対しても、女は表情一つ変えなかった。
それでも一歩だけ前に出る。
圧を感じるほどの無言の間を置いて、再び──
「本棚を、見せてほしい」
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