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第6章 おじさんと本の虫
第92話
「……まぁ、別にやましいもん置いてるわけじゃねぇしな」
無表情の女から放たれる圧はどう考えても面倒な匂いしかしない。だが、あくまで“見せてほしい”とだけ言ってくるあたり、強引に踏み込むつもりもなさそうだった。ここで無意味に突っぱねて話が長引く方が性に合わない。
俺はふっと息をついて、カウンター越しに告げた。
「好きに見てくれて構わねぇよ。ただし、読むなら一杯頼んでからにしてくれ。うちはそういう店なんでね」
女は一瞬だけ瞬いた。その程度の反応でも、感情らしきものを探すには十分だった。
「……わかりました。ブラックを」
短く返された注文に、俺は苦笑しながら豆を量る。彼女の口調や言葉の選び方に、余計な揺れはない。ほんの少しの興味すら滲ませずに、こちらのルールを受け入れた。その潔さは、ある意味で気に入った。
「なら、いい豆で淹れてやるさ」
俺はさっそく準備に取り掛かる。湯の温度は92度。豆は二日前に焙煎したばかりのケリムバ種──酸味が控えめで、キレのある苦味が特徴だ。硬質な口当たりと、微かに残るスパイスのような余韻が、ああいう無感情系にはきっとよく合う。
カップを温め、ペーパーフィルターに挽いた豆を丁寧に広げる。最初に少量の湯で蒸らし、時間を置いてから本格的に抽出を開始。ふくらんだ粉がじゅわりと泡を浮かべ、やがて黒く艶やかな液体が、糸を引くようにポタリポタリと落ちていく。
その間、彼女は一言も発さず、動くこともなかった。カウンターの前で、ただじっと、俺の手元だけを見ている。
「……どうせなら、豆の香りくらい嗅いだらどうだ?」
そう言ってミルから香る粉を差し出してみたが、彼女は首を横に振った。
「不要です。味だけを確認します」
相変わらず、ブレがない。だが、鼻先だけほんの僅かに動いていたのを、俺は見逃さなかった。
やれやれ、どうやらそれなりに期待はしてるらしい。
「へぇ、だったら──舌の準備だけはしといてくれよ。うちの珈琲は、王都でも飲めねぇレベルなんでな」
わざとらしく言ってみたが、女は返事をしない。冗談が通じるタイプでもなさそうだ。
そうこうしているうちに、ブラックが完成した。湯気を上げる漆黒の液体をカウンターに置き、俺はスプーンと共に押しやった。
「さ、まずは一杯。飲んでから本棚見てくれていい」
女──のちに“ユスティナ”と名乗ることになる司書は、無言で頷くと、その指先でカップを持ち上げた。
無表情の女から放たれる圧はどう考えても面倒な匂いしかしない。だが、あくまで“見せてほしい”とだけ言ってくるあたり、強引に踏み込むつもりもなさそうだった。ここで無意味に突っぱねて話が長引く方が性に合わない。
俺はふっと息をついて、カウンター越しに告げた。
「好きに見てくれて構わねぇよ。ただし、読むなら一杯頼んでからにしてくれ。うちはそういう店なんでね」
女は一瞬だけ瞬いた。その程度の反応でも、感情らしきものを探すには十分だった。
「……わかりました。ブラックを」
短く返された注文に、俺は苦笑しながら豆を量る。彼女の口調や言葉の選び方に、余計な揺れはない。ほんの少しの興味すら滲ませずに、こちらのルールを受け入れた。その潔さは、ある意味で気に入った。
「なら、いい豆で淹れてやるさ」
俺はさっそく準備に取り掛かる。湯の温度は92度。豆は二日前に焙煎したばかりのケリムバ種──酸味が控えめで、キレのある苦味が特徴だ。硬質な口当たりと、微かに残るスパイスのような余韻が、ああいう無感情系にはきっとよく合う。
カップを温め、ペーパーフィルターに挽いた豆を丁寧に広げる。最初に少量の湯で蒸らし、時間を置いてから本格的に抽出を開始。ふくらんだ粉がじゅわりと泡を浮かべ、やがて黒く艶やかな液体が、糸を引くようにポタリポタリと落ちていく。
その間、彼女は一言も発さず、動くこともなかった。カウンターの前で、ただじっと、俺の手元だけを見ている。
「……どうせなら、豆の香りくらい嗅いだらどうだ?」
そう言ってミルから香る粉を差し出してみたが、彼女は首を横に振った。
「不要です。味だけを確認します」
相変わらず、ブレがない。だが、鼻先だけほんの僅かに動いていたのを、俺は見逃さなかった。
やれやれ、どうやらそれなりに期待はしてるらしい。
「へぇ、だったら──舌の準備だけはしといてくれよ。うちの珈琲は、王都でも飲めねぇレベルなんでな」
わざとらしく言ってみたが、女は返事をしない。冗談が通じるタイプでもなさそうだ。
そうこうしているうちに、ブラックが完成した。湯気を上げる漆黒の液体をカウンターに置き、俺はスプーンと共に押しやった。
「さ、まずは一杯。飲んでから本棚見てくれていい」
女──のちに“ユスティナ”と名乗ることになる司書は、無言で頷くと、その指先でカップを持ち上げた。
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