118 / 243
第8章 おじさんと無口な画家
第119話
しおりを挟む
静かな時間が続いていた。青年はスケッチブックを開いたまま、静かに筆を走らせている。その手つきは、ただ一心に何かを描き出すことに集中しているようだった。今日も、昨日と同じように、言葉は少なかった。
ただ、その筆が描く線を見ていると、何か新しい発見があるような気がしてならなかった。彼は、描かれている空間の“余白”を、まるで生命のように捉えているように見える。
今日、青年が描いているのは、店の棚とそこに並べられた巻紙の器具。そして、コーヒーと煙草が置かれた卓上の風景だ。その空間に存在するものが、無駄なく描かれ、また無駄なものが排除されている。何かを描きながらも、その“余白”にこそ、彼の真意が込められているように感じる。
「……」
彼の手が、微妙に止まる。余白に筆を走らせているその瞬間、何も描かないことの美しさが、何かを語りかけている気がした。余計な装飾を排除したその空間の、深みを感じる。描かれているものだけでなく、その周りにある空白が、全体を成り立たせている。
思わず、その手の動きに見入ってしまう。だが、俺は何も言わなかった。あえて触れるべきではないと思ったからだ。
「……」
再び青年が筆を持ち直し、細かい線を加えていく。今度は、テーブルに置かれたコーヒーと煙草の器具を描いている。あくまで遠巻きに、その距離感を保ちながら。まるで、そのテーブルの上に並ぶものが、どれも大切で、決して一つとして無駄がないかのように。
その姿に、俺は小さくうなずく。別に言葉をかける必要もない。彼が描くものに、興味を持つのは俺の勝手だが、今はただその手の動きを静かに見守るだけで十分だ。
どこか冷静でありながら、どこか熱い想いが込められている。彼の絵が描くのは、単なる風景ではない。そこに生きる人間の、微細な感情や心情が込められているような気がする。
その絵を見ながら、俺はふと思う。何かを描くって、ただ単に目の前のものを形にするだけではない。その中に、何かを感じ、何かを残そうとすることだ。その余白が、まるで言葉を持たない深い意味を持っているように感じられた。
やがて、青年が描く手が止まる。絵の全体が完成に近づいてきたのだろう。少しだけ、満足げに肩をすくめ、スケッチブックを閉じる。
「できました」
その言葉に、俺は軽くうなずいた。どんな絵が描かれたのか、俺にはわからない。しかし、彼がそれを何かの証として残したいという気持ちが伝わってきた。それだけで十分だ。
青年はしばらく、完成した絵を見つめたままだった。無言のままで、その視線は絵の中に沈んでいく。その目が何かを探し続けているように見える。
俺はそのまま、テーブルに置かれたコーヒーをもう一度手に取った。煙草の火をくゆらせ、少しの間、静かな時間が流れる。外では、雨が再び降り出し、薄暗くなった空が窓を覆っていた。
だが、この店内だけは、何も変わらない。ただ、静かな時間が過ぎていくだけだ。
そのうち、青年が立ち上がる。そして、軽く息を吐きながら言った。
「……これを、あの人に見せようかと思うんです」
その言葉に、俺は一瞬だけ目を細める。あの人というのは誰を指しているのか、気にはなったが、問い詰めることはなかった。
「そうか」
それだけ答え、俺は再び自分の珈琲を飲み干す。
青年は、また一度絵を見つめた後、ゆっくりとその場を後にした。扉が静かに開き、そして閉じる音が聞こえる。
その後、店内は再び静けさに包まれた。
ただ、その筆が描く線を見ていると、何か新しい発見があるような気がしてならなかった。彼は、描かれている空間の“余白”を、まるで生命のように捉えているように見える。
今日、青年が描いているのは、店の棚とそこに並べられた巻紙の器具。そして、コーヒーと煙草が置かれた卓上の風景だ。その空間に存在するものが、無駄なく描かれ、また無駄なものが排除されている。何かを描きながらも、その“余白”にこそ、彼の真意が込められているように感じる。
「……」
彼の手が、微妙に止まる。余白に筆を走らせているその瞬間、何も描かないことの美しさが、何かを語りかけている気がした。余計な装飾を排除したその空間の、深みを感じる。描かれているものだけでなく、その周りにある空白が、全体を成り立たせている。
思わず、その手の動きに見入ってしまう。だが、俺は何も言わなかった。あえて触れるべきではないと思ったからだ。
「……」
再び青年が筆を持ち直し、細かい線を加えていく。今度は、テーブルに置かれたコーヒーと煙草の器具を描いている。あくまで遠巻きに、その距離感を保ちながら。まるで、そのテーブルの上に並ぶものが、どれも大切で、決して一つとして無駄がないかのように。
その姿に、俺は小さくうなずく。別に言葉をかける必要もない。彼が描くものに、興味を持つのは俺の勝手だが、今はただその手の動きを静かに見守るだけで十分だ。
どこか冷静でありながら、どこか熱い想いが込められている。彼の絵が描くのは、単なる風景ではない。そこに生きる人間の、微細な感情や心情が込められているような気がする。
その絵を見ながら、俺はふと思う。何かを描くって、ただ単に目の前のものを形にするだけではない。その中に、何かを感じ、何かを残そうとすることだ。その余白が、まるで言葉を持たない深い意味を持っているように感じられた。
やがて、青年が描く手が止まる。絵の全体が完成に近づいてきたのだろう。少しだけ、満足げに肩をすくめ、スケッチブックを閉じる。
「できました」
その言葉に、俺は軽くうなずいた。どんな絵が描かれたのか、俺にはわからない。しかし、彼がそれを何かの証として残したいという気持ちが伝わってきた。それだけで十分だ。
青年はしばらく、完成した絵を見つめたままだった。無言のままで、その視線は絵の中に沈んでいく。その目が何かを探し続けているように見える。
俺はそのまま、テーブルに置かれたコーヒーをもう一度手に取った。煙草の火をくゆらせ、少しの間、静かな時間が流れる。外では、雨が再び降り出し、薄暗くなった空が窓を覆っていた。
だが、この店内だけは、何も変わらない。ただ、静かな時間が過ぎていくだけだ。
そのうち、青年が立ち上がる。そして、軽く息を吐きながら言った。
「……これを、あの人に見せようかと思うんです」
その言葉に、俺は一瞬だけ目を細める。あの人というのは誰を指しているのか、気にはなったが、問い詰めることはなかった。
「そうか」
それだけ答え、俺は再び自分の珈琲を飲み干す。
青年は、また一度絵を見つめた後、ゆっくりとその場を後にした。扉が静かに開き、そして閉じる音が聞こえる。
その後、店内は再び静けさに包まれた。
43
あなたにおすすめの小説
気がつけば異世界
波間柏
恋愛
芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。
それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。
その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。
これは現実なのだろうか?
私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜
難波一
ファンタジー
「魔法ってのは……要はエネルギーの制御だろ?」
高校生にして超人的な科学知識を持つ天才・九条迅は、ある日、異世界アルセイア王国に「勇者」として召喚された。
だが、魔王軍との戦争に駆り出されると思いきや——
「お前、本当に勇者か? 剣も魔法も、まともに使えないのか……?」
「科学的に考えれば、魔法ってのはもっと進化できるはずだ!」
剣も魔法も素人の迅だったが、「魔法を科学的に解析し、進化させる」という異端の方法で異世界の常識を根底から覆し始める!
魔法の密度を最適化した「魔力収束砲」
魔法と人体の関係を解明し、魔力を増大させる「魔力循環トレーニング」
神経伝達を強化し、攻撃を見切る「神経加速《ニューロ・ブースト》」
次々と編み出される新技術に、世界は驚愕!
やがて、魔王軍の知将《黒の賢者》アーク・ゲオルグも迅の存在に興味を持ち始め——
「科学 vs 魔法」「知能 vs 知能」
最強の頭脳戦が今、幕を開ける——!
これは、「魔法を科学で進化させる勇者」が、異世界を変革していく物語!
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる