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第8章 おじさんと無口な画家
第120話
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五日目の朝。店の扉が開くと、いつもと同じように、青年が静かに入ってきた。外は少し雲が多く、日差しが差し込むにはまだ少し時間がかかりそうだった。彼は一言も言わず、ただ店内を見渡し、カウンターに歩み寄った。
俺は特に何も言わず、コーヒーの準備を始めた。焙煎器の蓋を開けると、豆の香りが一気に広がる。その香りが、空気を支配するように店内に染み込んでいく。
青年は、そのまま座席に着くと、今日もスケッチブックを開いた。ページをめくりながら、描き溜めたスケッチを見返している。その手つきは慣れたもので、筆を走らせる速度も速くなってきた。
やがて、青年が一度ペンを置き、スケッチブックから顔を上げた。少し黙った後、ようやく口を開く。
「……もう少しで、見えてくる気がする」
その言葉に、俺は興味半分で彼を見た。コーヒーを注ぎながら、「何が見えるんだ?」と、軽く尋ねる。
「“空気の線”です。……香りの通る、流れの軌道みたいなもの」
その答えを聞いて、少し驚きが顔に出るが、すぐにそれを隠すように鼻で笑って答えた。
「俺には見えんな」
本当のところ、そんなものが見えたら、俺は逆に怖くなるだろう。そんなことを思いながら、焙煎の火を少し強める。コーヒーの香りが一層濃くなるように、火力を調整する。青年の言葉には、今のところ特に反応を示す必要もないし、ただ静かにコーヒーを淹れ続けることに集中している。
青年は黙って再びスケッチに戻る。その目線が、どこか遠くを見つめているようだった。まるで、自分の中で何かを探しているかのように。
その日の午前は、ほとんど会話もなく、時間がゆっくりと流れていった。店内には、焙煎器の音と、時折響くペンの音が重なり合って、静かな空気を作り出していた。外から聞こえる雨音も、どこか心地よく感じられる。
だけど、その“間”が、妙に居心地が良かった。言葉を交わさなくても、同じ空間にいるだけで、何かが共有されているような感覚があった。無理に何かを言わなくても、ただ一緒にいることで感じる心地よさが、自然と広がっていく。
それは、まるで音楽を聴くようなものだった。言葉にする必要もなく、ただその空気の中に自分を委ねることで、心が安らぐ。そんな瞬間が、今のこの店内には確かにあった。
青年が、スケッチブックに向かって筆を走らせる。その静かな手のひらの動きが、どこか穏やかなリズムを生み出していた。俺はその音に合わせるように、焙煎の調整を続ける。コーヒーを淹れるという行為が、心の中でリズムを作り、青年の絵がそのリズムに乗るように感じられた。
昼まで、言葉は一切交わされなかった。それでも、決して気まずさはなかった。静かな間が、心地よく流れ、二人の間に無理のない距離感が保たれていた。
そして、昼の静けさを打破するように、青年がスケッチブックを閉じた。軽く息を吐きながら、今度はゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとう」
その言葉に、俺は小さく頷き、コーヒーを注ぎながら「またな」とだけ言った。それ以上の言葉は、必要なかった。
青年は少しだけ笑い、ゆっくりと店を出て行った。扉が静かに閉まる音が、店内に響く。
その後、店内にはまた、静けさが広がった。
俺は特に何も言わず、コーヒーの準備を始めた。焙煎器の蓋を開けると、豆の香りが一気に広がる。その香りが、空気を支配するように店内に染み込んでいく。
青年は、そのまま座席に着くと、今日もスケッチブックを開いた。ページをめくりながら、描き溜めたスケッチを見返している。その手つきは慣れたもので、筆を走らせる速度も速くなってきた。
やがて、青年が一度ペンを置き、スケッチブックから顔を上げた。少し黙った後、ようやく口を開く。
「……もう少しで、見えてくる気がする」
その言葉に、俺は興味半分で彼を見た。コーヒーを注ぎながら、「何が見えるんだ?」と、軽く尋ねる。
「“空気の線”です。……香りの通る、流れの軌道みたいなもの」
その答えを聞いて、少し驚きが顔に出るが、すぐにそれを隠すように鼻で笑って答えた。
「俺には見えんな」
本当のところ、そんなものが見えたら、俺は逆に怖くなるだろう。そんなことを思いながら、焙煎の火を少し強める。コーヒーの香りが一層濃くなるように、火力を調整する。青年の言葉には、今のところ特に反応を示す必要もないし、ただ静かにコーヒーを淹れ続けることに集中している。
青年は黙って再びスケッチに戻る。その目線が、どこか遠くを見つめているようだった。まるで、自分の中で何かを探しているかのように。
その日の午前は、ほとんど会話もなく、時間がゆっくりと流れていった。店内には、焙煎器の音と、時折響くペンの音が重なり合って、静かな空気を作り出していた。外から聞こえる雨音も、どこか心地よく感じられる。
だけど、その“間”が、妙に居心地が良かった。言葉を交わさなくても、同じ空間にいるだけで、何かが共有されているような感覚があった。無理に何かを言わなくても、ただ一緒にいることで感じる心地よさが、自然と広がっていく。
それは、まるで音楽を聴くようなものだった。言葉にする必要もなく、ただその空気の中に自分を委ねることで、心が安らぐ。そんな瞬間が、今のこの店内には確かにあった。
青年が、スケッチブックに向かって筆を走らせる。その静かな手のひらの動きが、どこか穏やかなリズムを生み出していた。俺はその音に合わせるように、焙煎の調整を続ける。コーヒーを淹れるという行為が、心の中でリズムを作り、青年の絵がそのリズムに乗るように感じられた。
昼まで、言葉は一切交わされなかった。それでも、決して気まずさはなかった。静かな間が、心地よく流れ、二人の間に無理のない距離感が保たれていた。
そして、昼の静けさを打破するように、青年がスケッチブックを閉じた。軽く息を吐きながら、今度はゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとう」
その言葉に、俺は小さく頷き、コーヒーを注ぎながら「またな」とだけ言った。それ以上の言葉は、必要なかった。
青年は少しだけ笑い、ゆっくりと店を出て行った。扉が静かに閉まる音が、店内に響く。
その後、店内にはまた、静けさが広がった。
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