独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第8章 おじさんと無口な画家

第121話

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その日も、青年はやはり静かに店にやってきた。雨は降ったり止んだりしていたが、空はどこか重い。外の景色がぼんやりと見え、湿気が漂う中、店内は静かな空気に包まれていた。

彼は黙って席に着き、スケッチブックを開いた。あれから毎日、彼は何かを描き続けているようだったが、今日は少し様子が違った。いつもよりも早く、スケッチを終えたのか、ペンを置いてからじっとその絵を見つめている。

やがて、青年はゆっくりと席を立ち、絵を机に置いた。その手がほんの少し震えているのを、俺は見逃さなかった。

「……これ、渡したくなりました」

その言葉に、俺は何も答えずにその絵を受け取った。何か言いたそうな顔をしたが、俺は黙ってその絵を手に取る。

絵は、シンプルだが何か力強さを感じさせるものだった。描かれているのは、店のカウンター越しに見える風景。コーヒーと煙草、そして少しぼやけた背景が、何か穏やかな、でもどこか寂しげな雰囲気を醸し出している。特に、煙草の灰が消えかけているあたりが、妙に生々しく、印象的だった。

だが、何よりも目を引いたのは、その絵が何も強調せず、ただ「存在している」ことだ。余白の使い方、そして描かれているものの「無駄なものがない」感じが、彼の心情を表しているように思えた。

俺はその絵を無言で受け取った。言葉をかけることなく、カウンターの奥へとしまう。別に何も言う必要はない。だが、彼が渡したその絵は、ただのスケッチではなかった。彼の中で何かが動いた証のように感じられた。

しばらくの間、俺はその絵を見つめたままだった。青年がその絵を渡した理由はわからない。だが、それがどんな意味を持つかは、これから少しずつわかるだろう。

青年は、俺の反応をじっと待っているようだったが、俺は何も言わず、コーヒーの準備を続ける。それが俺のやり方だ。言葉で何かを表現するよりも、行動で示すことの方が、よほど伝わることがある。

しばらくして、青年はゆっくりと立ち上がり、静かに店を後にした。彼が出て行くと、また静けさが戻ってきた。外の雨の音と、店内の空気が少しずつ交わり、心地よいひとときが続く。

だが、その絵が俺の中で静かに響いていた。何かを渡すという行為には、必ず何かの意味が込められている。その意味を、俺はまだ理解していなかった。だが、いつか、わかる時が来るだろう。

絵をしまった後、俺は改めてその一枚を手に取って見た。何度も見返して、少しだけ息を吐く。青年が持っていたその静かな熱意が、俺の中に少しずつ広がっていくのを感じる。
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