社畜だった俺、最弱のダンジョンマスターに転生したので、冒険者を癒やす喫茶店ダンジョンを経営します

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リオが帰った後、店の中はいつもの落ち着きを取り戻した。
俺はカウンターの席に座り、今日の出来事を静かに思い返す。
地底湖のあの美しさと、リヴァイアサンとの戦い。
そして、リオという真面目な青年との、新しい出会いもあった。
この世界に来てから、毎日が新しい発見ばかりだ。

「ケンジさん、あの」
ルナリアが、ためらいながら俺に話しかけてきた。
彼女の顔には、まだ少し不安そうな色が残っている。

「どうしたんだ、ルナリアさん」
俺が優しく尋ねると、彼女は小さな声で言った。
「さっきの冒険者の人、大丈夫だったでしょうか」
彼女は、リオのことを心配しているようだった。
人間を信じられなかった彼女が、他人のことを気にかけている。
これは、彼女にとって大きな一歩かもしれない。

「大丈夫だよ、彼は強い心を持っているからな」
俺がそう伝えると、彼女は少しだけ安心したように胸をなでおろした。
だが、その表情はすぐにまた暗くなってしまう。

「それに比べて、私は」
彼女は、下を向いて自分の手を見つめた。
その手は、まだかすかに震えている。
コップを割ってしまった失敗を、まだ気にしているのだろう。

「私は何もできなくて、ケンジさんのお荷物になるだけです」
その声は、聞こえるか聞こえないかぐらいに小さかった。
彼女は、自分に自信が持てないでいる。
今までつらい目に、たくさんあってきたせいだろう。
俺は椅子から立ち上がると、彼女の前にゆっくりとしゃがんだ。
そして、その緑色の瞳をまっすぐに見つめる。

「ルナリアさん、君は荷物なんかじゃない」
俺は、はっきりと言った。
「でも、私は」

「君がこの店にいてくれるだけで、俺は本当に嬉しいんだ。君の笑顔が見られるだけで、この店はもっと良い場所になる」
俺の言葉を聞いて、彼女の瞳が少しずつ潤んでいく。
「それに、君には君にしかできないことが、きっとあるはずだ。まだ、自分では気づいていないだけだよ」

「私にしか、できないこと」
彼女は、不思議そうにその言葉を繰り返した。
「ああ、例えばそうだな」
俺は、何か良い考えはないかと頭を巡らせた。
彼女の良いところは、エルフとしての能力だろう。
弓の腕は、まだ見ていないがきっとすごいはずだ。
でも、この喫茶店で弓を使うことはない。
他に何か、彼女にできることはないだろうか。

『マスター、エルフは植物と心を通わせるのが得意だと、本で読んだことがあります』
その時、頭の中にコアの声が響いた。
植物と、心を通わせる力。
なるほど、それがあったか。

「ルナリアさん、君は植物と話ができるかい」
俺が尋ねると、彼女は少し驚いた顔でうなずいた。
「は、はい。少しだけなら、森の木や花たちと話せます」

「それだよ、それが君の素晴らしい力だ」
俺は、ぽん、と手を叩いた。
「この店のコーヒー豆やケーキに使う果物は、全部俺がダンジョンの力で作り出したものなんだ」

「はい、知っています」
彼女は、こくりと首を縦に振った。
「でも、俺には植物を育てる知識がない。だから、ただ作り出すことしかできないんだ。もし君が植物たちの声を聞いて、もっと元気に、もっと美味しくなるように手伝ってくれたら」
この店の食べ物や飲み物は、今よりもっと素晴らしいものになるだろう。
俺がそう言うと、ルナリアの顔がぱっと明るくなった。

「私に、そんなことができますか」
彼女は、期待を込めた目で俺を見た。
「君にしか、できないことだ。やってくれるかい」
俺が手を差し出すと、彼女は力強くうなずいた。
その瞳には、もう迷いの気持ちは見えなかった。
「はい、やらせてください」
こうして、ルナリアの新しい仕事が決まった。
喫茶店やすらぎの隠れ家の、植物のお世話係だ。

俺はすぐに、店の裏にある小さな庭を彼女のために用意した。
今までは、ただの空き地だった場所だ。
俺は創造の力を使って、そこに小さな畑と果物の木を植える場所を作る。
そして、コーヒーの木やイチゴの苗、いろいろなハーブの種を作り出した。

「ここが、今日から君の仕事場だよ」
俺がそう言うと、ルナリアは嬉しそうに目を輝かせた。
彼女は、土の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、優しくほほ笑む。
その顔は、今まで見た中で一番、生き生きとしていた。
彼女は、まるで魚が水を得たようだった。
一つ一つの苗に、丁寧に話しかけながら土に植えていく。
その姿は、まるで森の妖精のように美しく見えた。

ゴブきちは、そんな彼女の様子を不思議そうに眺めている。
ぷるんは、畑の周りの雑草を食べて手伝っていた。
俺は、その平和な光景をカウンターの中からほほ笑ましく思う。
これで、本当に良かったんだ。
きっと、彼女はここで自分の居場所を見つけてくれるだろう。

数日が過ぎて、ルナリアは人が変わったように明るくなった。
朝は、誰よりも早く起きて畑の世話をする。
昼の間は、俺やゴブきちと一緒に店の仕事を手伝った。
まだ、お客さんの相手は少し苦手なようだった。
それでも、彼女は一生懸命に頑張っていた。
彼女の笑顔は、店の中の空気を明るくしてくれる。

その日も、平和な昼下がりだった。
常連客のエリナさんが、いつものようにコーヒーを飲みに来ていた。
彼女は、最近すっかりこの店の常連になっている。
騎士団の休みの日に、必ず顔を見せるようになった。
「ここのコーヒーを飲まないと、一週間が始まりません」
それが、彼女のお決まりの言葉だった。

エリナさんは、新しく仲間になったルナリアのことも、妹のように可愛がってくれる。
ルナリアも、優しい彼女にすっかりなついていた。
「ルナリアさんが淹れてくれたお茶は、いつもより美味しい気がしますわ」
エリナさんがそう言うと、ルナリアは恥ずかしそうに頬を赤くする。
本当に、見ていて気持ちが温かくなる光景だ。

そんな穏やかな時間を壊すように、店のドアが乱暴に開けられた。
カランコロンと、大きな音が鳴り響く。
そこに立っていたのは、見覚えのあるドワーフ、雷拳のガルドだった。
彼は、なぜかひどく慌てた様子で店の中に駆け込んでくる。
その額には、脂汗をびっしょりと浮かべていた。

「ケ、ケンジ、大変だ。大変なことになっちまった」
ガルドは、カウンターまで走ってくると俺の肩を掴んで揺さぶった。
その力は、いつも通りものすごく強い。

「落ち着いてくださいガルドさん、一体どうしたんですか」
俺が尋ねると、彼はぜえぜえと息を切らしながら言った。
「お、王都から使いが来ちまったんだ。それも、すごく偉い人がな」
「王都から、ガルドさんの工房にですか」

「そうだ、俺が最近妙に儲けているのを、嗅ぎつけやがったらしい。新しい武具の、注文だそうだ」
それは、良い話じゃないだろうか。
有名な鍛冶職人である彼にとって、王都から注文が来るのは珍しくないはずだ。
俺が不思議そうな顔をしていると、ガルドは頭を抱えてうなった。

「問題は、その注文内容だ。何でも、この世で最も硬い金属で最強の盾を作れ、だとよ。しかも、たったの一週間でだ」
「最強の盾、ですか」

「ああ、そんなもん作れるわけがねえだろうが。伝説の金属でもなけりゃ、絶対に無理だ」
ガルドは、カウンターに顔を伏せてしまった。
よほど、困っているらしい。
伝説の金属がなければ作れないものを、一週間で作れというのはひどい話だ。

「断れば、いいじゃないですか」
俺がそう言うと、ガルドは力なく首を横に振った。
「それが、できねえんだよ。今回の使いは、あの偉い大臣の、一人娘でな。下手に断ったら、俺の工房が潰されちまうかもしれねえ」
それは、また厄介な話になってきた。
権力を利用する、わがままな娘さんということか。
ガルドほどの職人でも、国の力には逆らえないらしい。

「それで、俺にどうしろと」
俺が尋ねると、ガルドはぱっと顔を上げた。
その目は、何かにすがるような色をしていた。
「頼むケンジ、お前のあの不思議な力で、なんとかしてくれ。この世で最も硬い金属を、作り出してくれねえか」
また、面倒な頼みごとが舞い込んできた。
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