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第23話
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ようやく、長く続きました雨が上がりましたわ。
空は洗い流されたように澄み渡り、久しぶりに顔を見せた太陽の光が、世界をきらきらと照らし出しておりますの。
湖面には砕けた宝石のような光が踊り、香草園の植物たちは、たっぷりと水分を吸い上げて生き生きと葉を伸ばしておりました。
雨上がりの空気というものは、どうしてこうも清々しく、そして特別な香りがするのでしょう。
湿った土の匂い、濡れた草葉の青々とした香り、そしてそれらを包み込むようにして漂う、どこか甘く澄んだ大気の香り。
わたくしは小屋の扉を大きく開け放ち、胸いっぱいにその空気を吸い込みました。
心なしか、いつもよりも遠くの森の木々までがはっきりと見えるような気がいたしますわ。
「ふふ……これほど気持ちの良い朝は久しぶりですわね。今日はどんな香りと出会えるかしら」
そんなことを考えておりましたら、案の定、元気な声が湖のほうから聞こえてまいりましたの。
「アナスタシアーさまー!」
「お日様、やっと出てきたねー!」
「虹はもう消えちゃったけど、すっごく大きかったんだよ!」
ミレーヌちゃん、ニコラくん、トーマくんの三人組が、頬を紅潮させながら駆けてまいります。
その手には、それぞれ何かを見つけたのか、小さな葉っぱや濡れた石ころを握りしめておりました。
「まあ、皆さま、おはようございます。本当に良いお天気になりましたわね」
「うん! あのね、アナスタシアさま、これ見て!」
ニコラくんが差し出したのは、手のひらに乗るほどの、青みがかった不思議な苔でしたの。
雨露を吸って、ぷっくりと膨らんでおり、まるでビロードのような光沢を放っておりましたわ。
「まあ、これは……“瑠璃苔(るりごけ)”かしら。雨がたくさん降った後にしか見られない、珍しい苔ですわね。とても美しい色をしておりますわ」
「ほんと? じゃあ、これ、アナスタシアさまにあげる!」
「ありがとう存じます、ニコラくん。大切にいたしますわ。この苔は、乾燥させてもほのかに水の記憶を留めておりますから、調合の際に香りの奥行きを出すのに使えるかもしれませんわね」
「えへへ! やったー!」
「わたしはね、これ! 水たまりの中にあった石なんだけど、キラキラしてるの!」
ミレーヌちゃんが見せてくれたのは、濡れると七色に光る小さな石英のかけら。
トーマくんは、大きなカエデの葉の上に集めた、朝露の雫を自慢げに見せてくれましたわ。
「皆さま、素晴らしい宝物を見つけられましたのね。雨上がりは、いつも隠れていたものが顔を出す、特別な時間ですもの」
「アナスタシアさまは、雨上がりのどんな香りが好き?」
トーマくんの純粋な問いに、わたくしは少しの間、目を閉じて香りを思い出しておりました。
「そうね……わたくしは、全ての香りが洗い流された後に残る、あの“始まりの空気”のような香りが好きですわ。何色にも染まっていない、けれど無限の可能性を秘めた、透明な香り……」
「透明な香り……?」
「ふふ、少し難しかったですわね。でも、いつか皆さまにも分かる時が来るかもしれませわ。さて、香草園も雨でずいぶんと潤いましたから、少し手入れをいたしましょうか」
「はーい!」
子どもたちと一緒に香草園を巡り、雨で倒れた茎を起こしたり、増えすぎた葉を剪定したりしておりました。
湿った土は柔らかく、ハーブたちは心地よさそうに風に揺れておりますの。
ミントの清涼な香り、ローズマリーの力強い香り、カモミールの優しい香り……それぞれが雨上がりの澄んだ空気の中で、いつもより鮮明に感じられました。
「アナスタシアさま、この前の“雨上がりの虹”っていうお茶、エリアーヌお姉ちゃん、すごく元気になったって言ってたよ!」
ミレーヌちゃんが、ふと思い出したようにそう言いましたの。
「まあ、それは何よりですわ。香りが、彼女の心に届いたのですね」
「うん! それでね、村の広場でもアナスタシアさまのお茶の噂、もっともっと広がってるんだよ! 次の“香りの間”はいつやるのー?って、みんな楽しみにしてる!」
「ふふ、それは嬉しいお話ですわね。月の満ち欠けと、香草たちの育ち具合を見ながら、また良い日を選びましょう」
子どもたちが帰った後、わたくしは一人、小屋の中で先ほどの“瑠璃苔”や石英のかけらを眺めておりました。
雨、水、雫、苔……これらの要素を、どうにかして一杯のお茶の中に封じ込めることはできないものかしら。
「静水の枝」が持つ、水底のような静けさとはまた違う、もっと動きのある、生命力に満ちた水の香りを表現できないものかと。
そんなことを考えながら、新しい調合のための香草を選んでおりました時、不意に小屋の扉がごくごく静かに、ためらうように叩かれましたの。
それは、以前訪れた騎士の方や商人の方、あるいは村の子どもたちとも違う、非常に控えめな音でございました。
「……どなたでしょう」
わたくしが扉を開けますと、そこには細身の男性が一人、少し俯き加減に立っておりました。
空は洗い流されたように澄み渡り、久しぶりに顔を見せた太陽の光が、世界をきらきらと照らし出しておりますの。
湖面には砕けた宝石のような光が踊り、香草園の植物たちは、たっぷりと水分を吸い上げて生き生きと葉を伸ばしておりました。
雨上がりの空気というものは、どうしてこうも清々しく、そして特別な香りがするのでしょう。
湿った土の匂い、濡れた草葉の青々とした香り、そしてそれらを包み込むようにして漂う、どこか甘く澄んだ大気の香り。
わたくしは小屋の扉を大きく開け放ち、胸いっぱいにその空気を吸い込みました。
心なしか、いつもよりも遠くの森の木々までがはっきりと見えるような気がいたしますわ。
「ふふ……これほど気持ちの良い朝は久しぶりですわね。今日はどんな香りと出会えるかしら」
そんなことを考えておりましたら、案の定、元気な声が湖のほうから聞こえてまいりましたの。
「アナスタシアーさまー!」
「お日様、やっと出てきたねー!」
「虹はもう消えちゃったけど、すっごく大きかったんだよ!」
ミレーヌちゃん、ニコラくん、トーマくんの三人組が、頬を紅潮させながら駆けてまいります。
その手には、それぞれ何かを見つけたのか、小さな葉っぱや濡れた石ころを握りしめておりました。
「まあ、皆さま、おはようございます。本当に良いお天気になりましたわね」
「うん! あのね、アナスタシアさま、これ見て!」
ニコラくんが差し出したのは、手のひらに乗るほどの、青みがかった不思議な苔でしたの。
雨露を吸って、ぷっくりと膨らんでおり、まるでビロードのような光沢を放っておりましたわ。
「まあ、これは……“瑠璃苔(るりごけ)”かしら。雨がたくさん降った後にしか見られない、珍しい苔ですわね。とても美しい色をしておりますわ」
「ほんと? じゃあ、これ、アナスタシアさまにあげる!」
「ありがとう存じます、ニコラくん。大切にいたしますわ。この苔は、乾燥させてもほのかに水の記憶を留めておりますから、調合の際に香りの奥行きを出すのに使えるかもしれませんわね」
「えへへ! やったー!」
「わたしはね、これ! 水たまりの中にあった石なんだけど、キラキラしてるの!」
ミレーヌちゃんが見せてくれたのは、濡れると七色に光る小さな石英のかけら。
トーマくんは、大きなカエデの葉の上に集めた、朝露の雫を自慢げに見せてくれましたわ。
「皆さま、素晴らしい宝物を見つけられましたのね。雨上がりは、いつも隠れていたものが顔を出す、特別な時間ですもの」
「アナスタシアさまは、雨上がりのどんな香りが好き?」
トーマくんの純粋な問いに、わたくしは少しの間、目を閉じて香りを思い出しておりました。
「そうね……わたくしは、全ての香りが洗い流された後に残る、あの“始まりの空気”のような香りが好きですわ。何色にも染まっていない、けれど無限の可能性を秘めた、透明な香り……」
「透明な香り……?」
「ふふ、少し難しかったですわね。でも、いつか皆さまにも分かる時が来るかもしれませわ。さて、香草園も雨でずいぶんと潤いましたから、少し手入れをいたしましょうか」
「はーい!」
子どもたちと一緒に香草園を巡り、雨で倒れた茎を起こしたり、増えすぎた葉を剪定したりしておりました。
湿った土は柔らかく、ハーブたちは心地よさそうに風に揺れておりますの。
ミントの清涼な香り、ローズマリーの力強い香り、カモミールの優しい香り……それぞれが雨上がりの澄んだ空気の中で、いつもより鮮明に感じられました。
「アナスタシアさま、この前の“雨上がりの虹”っていうお茶、エリアーヌお姉ちゃん、すごく元気になったって言ってたよ!」
ミレーヌちゃんが、ふと思い出したようにそう言いましたの。
「まあ、それは何よりですわ。香りが、彼女の心に届いたのですね」
「うん! それでね、村の広場でもアナスタシアさまのお茶の噂、もっともっと広がってるんだよ! 次の“香りの間”はいつやるのー?って、みんな楽しみにしてる!」
「ふふ、それは嬉しいお話ですわね。月の満ち欠けと、香草たちの育ち具合を見ながら、また良い日を選びましょう」
子どもたちが帰った後、わたくしは一人、小屋の中で先ほどの“瑠璃苔”や石英のかけらを眺めておりました。
雨、水、雫、苔……これらの要素を、どうにかして一杯のお茶の中に封じ込めることはできないものかしら。
「静水の枝」が持つ、水底のような静けさとはまた違う、もっと動きのある、生命力に満ちた水の香りを表現できないものかと。
そんなことを考えながら、新しい調合のための香草を選んでおりました時、不意に小屋の扉がごくごく静かに、ためらうように叩かれましたの。
それは、以前訪れた騎士の方や商人の方、あるいは村の子どもたちとも違う、非常に控えめな音でございました。
「……どなたでしょう」
わたくしが扉を開けますと、そこには細身の男性が一人、少し俯き加減に立っておりました。
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