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第32話
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選んだのは、白茶をベースに、ローズマリーの持つ覚醒の香りと、レモンバーベナの爽やかな透明感、そしてほんの少しだけカルダモンを加えて、思考を明晰にする助けとするブレンドでございます。
お湯の温度、蒸らし時間、そして茶葉とハーブが互いの個性を引き出し合う瞬間を見極め、丁寧にカップへと注ぎました。
“学士の窓辺”とでも名付けましょうか。書斎の窓から射し込む朝の光のような、清々しくも知的な香りが立ち上ります。
「エリアスさま、どうぞ。お口に合いますかどうか」
エリアスさまは、まずその香りを深く吸い込み、ほう、と感嘆の息を漏らされました。
そして、一口、ゆっくりと味わうように口に含み……やがて、大きく目を見開かれましたの。
「……これは……素晴らしい……! それぞれのハーブの個性が明確に感じられるのに、それが見事に調和し、ひとつの完成された世界を作り上げておる……。まるで、優れた交響曲を聴くかのようですな」
「恐れ入りますわ。わたくしはただ、素材たちが最も心地よく響き合えるよう、ほんの少しだけお手伝いをしているだけですの」
「その“ほんの少しのお手伝い”こそが、我々が長年追い求めている調合の神髄なのかもしれませぬな……。アナスタシアさま、差し支えなければ、お伺いしてもよろしいかな。あなたが調合をなされる時、最も大切にされておることは、何でございましょうか」
エリアスさまの真摯な問いに、わたくしは少しの間、言葉を選びました。
「……それは、“聴く”こと、でございましょうか」
「聴く……と申されますと?」
「ええ。茶葉やハーブたちが持つ、声なき声を聴くこと。そして、お茶を召し上がる方の、心の奥底にある本当の願いを聴くこと。その二つの声が重なり合い、調和する一点を見つけ出すこと……それが、わたくしの目指す調合でございますの」
「声なき声を聴き、心の願いを聴く……。それは、まさに古代の賢者たちが説いた“感応の術”にも通じる考え方ですな。あなたは、それをどのようにして会得なされたのですかな? 何か特別な師がおられたとか、あるいは秘伝の書物でも……」
「ふふ、そのようなものはございませんわ。わたくしはただ、幼い頃から紅茶とハーブに囲まれて育ち、それらを心から愛してきただけでございます。異世界に参りましてからは、“極上調合”という不思議な力を授かりましたけれど、それもきっと、わたくしの想いに応えてくれたものなのでしょう」
スキルについては、あまり詳しくお話しするべきではないと思い、少しばかり曖昧に言葉を濁しました。
けれど、エリアスさまは深く頷き、何かを納得されたようなご様子でしたわ。
「なるほど……愛すること、そして授かりし力……。その力が、具体的にどのように作用するのか、もし差し支えなければ、一度、調合の過程を拝見させていただくことは叶いましょうか。もちろん、ご迷惑でなければ、ですが」
「構いませんわ。ちょうど、新しい試作に取り組んでいたところでございますもの。エリアスさまのような学識ある方にご覧いただけるのは、わたくしにとっても良い刺激になりますわ」
わたくしは、先日源流で採取した“水鏡草”と清らかな水、そして瑠璃苔や朝霧を吸った白い小花など、まだ名もなき素材を取り出しました。
そして、それらをどのように組み合わせ、どのような意図で一杯のお茶を創造しようとしているのかを、エリアスさまに語りながら、ゆっくりと調合を進めてまいります。
素材を手に取り、その気配を感じ、どの程度の量を使うか、どのような温度で、どれほどの時間抽出するか……。
その一つ一つの選択に、わたくしなりの理由と、そして直感が働いていることを、できる限り言葉にしてお伝えいたしました。
エリアスさまは、わたくしが語る言葉と、その手元から生み出される未知の調合の過程を、熱心に帳面へと書き留めておられます。
その目は少年のように輝き、知的好奇心に満ち溢れておりました。
「……アナスタシアさま。あなたの調合は、単なる技術の集積ではございませんな。それは、自然そのものとの対話であり、宇宙の法則に則った芸術のようにも感じられます。わたくしがアトリウムで学んできた知識体系とは異なる、もっと根源的で、生命力に満ちた知恵が、ここには息づいている……!」
エリアスさまは、試作の“透明な雫”とでも名付けましょうか、その一杯を口にされ、深い感銘を受けておられるご様子でした。
その日は、日が暮れるまで、わたくしたちは「香り」について、調合について、そして自然との関わりについて、多くの言葉を交わしましたの。
エリアスさまは、アトリウムで研究されている最新の薬草分析技術や、遠い異国に伝わる珍しいハーブの話、あるいは古文書に記された失われた調合術の断片など、わたくしにとって興味深いお話をたくさん聞かせてくださいました。
それは、わたくしの知的好奇心を大いに刺激し、今後の調合への新たな視点を与えてくれるものでございましたわ。
「アナスタシアさま、もしお許しいただけるなら、数日間こちらに滞在し、あなたの日常と調合について、もう少し詳しく記録させていただいてもよろしいかな。もちろん、ご迷惑にならない範囲で……」
「ええ、構いませんわ、エリアスさま。わたくしの方こそ、あなた様から多くのことを学ばせていただいておりますもの。どうぞ、ごゆっくりとなさってくださいまし」
こうして、学術都市アトリウムからの訪問者、エリアスさまとの、静かで知的な交流の日々が始まることになったのでございます。
それは、わたくしの「静寂の香り亭」が、単に癒しを求める人々が訪れる場所というだけでなく、知識や技術、そして異なる文化が交差する、新たな可能性を秘めた場所へと変化していく、その第一歩なのかもしれない……。
そんな予感を胸に、わたくしはエリアスさまのためのお部屋を整え、そして彼が眠る前に飲むための一杯として、ラベンダーとカモミールに、ほんの少しだけ“水鏡草”を加えた、穏やかで清澄な眠りを誘うお茶を淹れたのでございました。
お湯の温度、蒸らし時間、そして茶葉とハーブが互いの個性を引き出し合う瞬間を見極め、丁寧にカップへと注ぎました。
“学士の窓辺”とでも名付けましょうか。書斎の窓から射し込む朝の光のような、清々しくも知的な香りが立ち上ります。
「エリアスさま、どうぞ。お口に合いますかどうか」
エリアスさまは、まずその香りを深く吸い込み、ほう、と感嘆の息を漏らされました。
そして、一口、ゆっくりと味わうように口に含み……やがて、大きく目を見開かれましたの。
「……これは……素晴らしい……! それぞれのハーブの個性が明確に感じられるのに、それが見事に調和し、ひとつの完成された世界を作り上げておる……。まるで、優れた交響曲を聴くかのようですな」
「恐れ入りますわ。わたくしはただ、素材たちが最も心地よく響き合えるよう、ほんの少しだけお手伝いをしているだけですの」
「その“ほんの少しのお手伝い”こそが、我々が長年追い求めている調合の神髄なのかもしれませぬな……。アナスタシアさま、差し支えなければ、お伺いしてもよろしいかな。あなたが調合をなされる時、最も大切にされておることは、何でございましょうか」
エリアスさまの真摯な問いに、わたくしは少しの間、言葉を選びました。
「……それは、“聴く”こと、でございましょうか」
「聴く……と申されますと?」
「ええ。茶葉やハーブたちが持つ、声なき声を聴くこと。そして、お茶を召し上がる方の、心の奥底にある本当の願いを聴くこと。その二つの声が重なり合い、調和する一点を見つけ出すこと……それが、わたくしの目指す調合でございますの」
「声なき声を聴き、心の願いを聴く……。それは、まさに古代の賢者たちが説いた“感応の術”にも通じる考え方ですな。あなたは、それをどのようにして会得なされたのですかな? 何か特別な師がおられたとか、あるいは秘伝の書物でも……」
「ふふ、そのようなものはございませんわ。わたくしはただ、幼い頃から紅茶とハーブに囲まれて育ち、それらを心から愛してきただけでございます。異世界に参りましてからは、“極上調合”という不思議な力を授かりましたけれど、それもきっと、わたくしの想いに応えてくれたものなのでしょう」
スキルについては、あまり詳しくお話しするべきではないと思い、少しばかり曖昧に言葉を濁しました。
けれど、エリアスさまは深く頷き、何かを納得されたようなご様子でしたわ。
「なるほど……愛すること、そして授かりし力……。その力が、具体的にどのように作用するのか、もし差し支えなければ、一度、調合の過程を拝見させていただくことは叶いましょうか。もちろん、ご迷惑でなければ、ですが」
「構いませんわ。ちょうど、新しい試作に取り組んでいたところでございますもの。エリアスさまのような学識ある方にご覧いただけるのは、わたくしにとっても良い刺激になりますわ」
わたくしは、先日源流で採取した“水鏡草”と清らかな水、そして瑠璃苔や朝霧を吸った白い小花など、まだ名もなき素材を取り出しました。
そして、それらをどのように組み合わせ、どのような意図で一杯のお茶を創造しようとしているのかを、エリアスさまに語りながら、ゆっくりと調合を進めてまいります。
素材を手に取り、その気配を感じ、どの程度の量を使うか、どのような温度で、どれほどの時間抽出するか……。
その一つ一つの選択に、わたくしなりの理由と、そして直感が働いていることを、できる限り言葉にしてお伝えいたしました。
エリアスさまは、わたくしが語る言葉と、その手元から生み出される未知の調合の過程を、熱心に帳面へと書き留めておられます。
その目は少年のように輝き、知的好奇心に満ち溢れておりました。
「……アナスタシアさま。あなたの調合は、単なる技術の集積ではございませんな。それは、自然そのものとの対話であり、宇宙の法則に則った芸術のようにも感じられます。わたくしがアトリウムで学んできた知識体系とは異なる、もっと根源的で、生命力に満ちた知恵が、ここには息づいている……!」
エリアスさまは、試作の“透明な雫”とでも名付けましょうか、その一杯を口にされ、深い感銘を受けておられるご様子でした。
その日は、日が暮れるまで、わたくしたちは「香り」について、調合について、そして自然との関わりについて、多くの言葉を交わしましたの。
エリアスさまは、アトリウムで研究されている最新の薬草分析技術や、遠い異国に伝わる珍しいハーブの話、あるいは古文書に記された失われた調合術の断片など、わたくしにとって興味深いお話をたくさん聞かせてくださいました。
それは、わたくしの知的好奇心を大いに刺激し、今後の調合への新たな視点を与えてくれるものでございましたわ。
「アナスタシアさま、もしお許しいただけるなら、数日間こちらに滞在し、あなたの日常と調合について、もう少し詳しく記録させていただいてもよろしいかな。もちろん、ご迷惑にならない範囲で……」
「ええ、構いませんわ、エリアスさま。わたくしの方こそ、あなた様から多くのことを学ばせていただいておりますもの。どうぞ、ごゆっくりとなさってくださいまし」
こうして、学術都市アトリウムからの訪問者、エリアスさまとの、静かで知的な交流の日々が始まることになったのでございます。
それは、わたくしの「静寂の香り亭」が、単に癒しを求める人々が訪れる場所というだけでなく、知識や技術、そして異なる文化が交差する、新たな可能性を秘めた場所へと変化していく、その第一歩なのかもしれない……。
そんな予感を胸に、わたくしはエリアスさまのためのお部屋を整え、そして彼が眠る前に飲むための一杯として、ラベンダーとカモミールに、ほんの少しだけ“水鏡草”を加えた、穏やかで清澄な眠りを誘うお茶を淹れたのでございました。
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