【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第34話

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わたくしは一度心を落ち着け、エリアスさまの求める「閃き」とはどのような質のものか、そして、それを引き出すためにはどのような素材の組み合わせがふさわしいのか、深く意識を集中させました。
彼の研究は、古今の知識を結びつけ、新たな真理を見出すこと。それは、異なる世界を繋ぐ橋を架けるような作業にも似ております。
ならば、必要なのは、鋭い覚醒と、柔軟な発想、そして物事の本質を見抜く澄んだ眼差し……。

わたくしが選んだのは、まず、思考を明晰にするローズマリー。それに、直感力を高めると言われるクラリセージ。
そして、意外な組み合わせかもしれませんが、ほんの少しだけ、乾燥させた生姜の皮を加えました。生姜の皮には、内に籠った熱を穏やかに発散させ、滞った気を巡らせる力がございますの。それは、固定観念を打ち破り、新たな視点をもたらす助けとなるかもしれません。
ベースとなる茶葉は、繊細な香りを邪魔しないよう、上質な白豪銀針(はくごうぎんしん)を。
そして最後に、あの源流の水を使い、ほんの一滴だけ、“水鏡草”から抽出した露を加えました。それは、万華鏡のように多彩な可能性を映し出す、清らかな触媒となるはず。

わたくしは、それらの素材を手に取り、一つ一つの気配を感じながら、最も調和するバランスを探ってまいります。
それはまるで、見えざる天秤に、それぞれの素材が持つ微細なエネルギーを乗せていくような作業。
「極上調合」のスキルが、その繊細な均衡点を、指先を通じて教えてくれますの。

やがて、わたくしは静かに頷き、選び抜いた素材をティーポットへと移しました。
お湯を注ぐと、まずローズマリーの清冽な香りが立ち上り、続いてクラリセージのやや甘く深みのある芳香が追いかけ、そして奥の方から、生姜の皮の持つ微かな温かみが全体を包み込むように感じられます。
それは、複雑でありながら驚くほど調和のとれた、知的な刺激に満ちた香りでございました。
わたくしはこれを、“賢者の灯火(けんじゃのともしび)”と名付けましたわ。

「エリアスさま、お待たせいたしました。“賢者の灯火”でございます。あなたの探求の道筋を、そっと照らしてくれますように」

エリアスさまは、恭しくカップを受け取られると、まずその香りをじっくりと堪能されました。
その表情は真剣そのもので、まるで貴重な古文書を解読するかのように、香りの一つ一つの要素を確かめておられるご様子。
やがて、おもむろに一口、その液体を口に含みました。

長い、長い沈黙が再び小屋を満たしました。
わたくしは、息を詰めて彼の反応を見守っておりました。

不意に、エリアスさまが「おお……!」と、小さな声を上げられました。
そして、まるで何か大きな発見でもされたかのように、その目がらんらんと輝き始めたのです。

「……見える……見えるぞ……! これまでバラバラだった知識の断片が……まるで星座のように繋がり、新たな形を成してゆくのが……!」

エリアスさまは、興奮した面持ちでカップを置き、急いで帳面を取り出すと、何かに憑かれたようにものすごい速さでペンを走らせ始めました。
その姿は、まさに「閃き」が降りてきた瞬間を捉えたかのようで、わたくしもまた、その喜びに共鳴するかのように胸が高鳴りましたの。

どれほどの時間が過ぎましたでしょうか。
ようやくペンを置いたエリアスさまは、額に汗を滲ませながらも、満ち足りた表情で深く息をつかれました。

「……アナスタシアさま……この一杯は……まさに奇跡でございます……。わたくしが長年解けずにいた難問の答えが……今、この瞬間に、鮮やかに示されたのです。このご恩は、決して忘れませぬ……!」

「ふふ、お役に立てたのでしたら、わたくしも嬉しゅうございますわ、エリアスさま。それはきっと、あなた様ご自身の内なる叡智が、この一杯をきっかけに目覚められたのですよ」

その日を境に、エリアスさまは、以前にも増して熱心にわたくしの調合を記録し、そして同時に、彼自身の研究も目覚ましい進展を見せるようになったのでございます。
時には、わたくしが淹れたお茶を飲みながら、彼が新たに見出した学説について熱っぽく語り、わたくしがそれに対して「香り」の観点から意見を述べるといった、知的な対話が生まれることもございました。

エリアスさまの滞在は、わたくしの「静寂の香り亭」に、新たな風を吹き込んでくれましたわ。
それは、癒しや安らぎだけでなく、知的な探求や創造の喜びをも分かち合える場所としての可能性。
わたくしの淹れる一杯のお茶が、誰かの魂を慰めるだけでなく、新たな知識や芸術を生み出すための触媒ともなり得るのだと……。

エリアスさまがアトリウムへとお帰りになる日。
彼は、わたくしに深々と頭を下げ、こうおっしゃいました。

「アナスタシアさま。あなた様との出会いは、わが生涯における最大の幸運でございました。あなた様の“生きた知恵”は、必ずや記録し、後世に伝えてまいります。そして、これはわたくしからの、ほんの感謝の印でございます」

そう言って彼が差し出したのは、古びた革表紙の、一冊の手記でございました。
それは、エリアスさまご自身が若い頃に、様々な土地を旅しながら書き溜めた、各地の薬草や民間療法に関する貴重な記録だったのです。

「いつか、アナスタシアさまの新たなる調合の、何かのヒントになるやもしれませぬ」

「エリアスさま……このような貴重なものを……。ありがたく頂戴いたしますわ」

わたくしは、その手記を大切に受け取り、そしてエリアスさまの旅の安全を願って、特別なティーパウチをいくつかお渡しいたしました。
遠くアトリウムの地でも、わたくしの香りが、彼の探求の道を照らし続けてくれることを願いながら。

学士エリアス・ヴァーンが去った後、小屋には再び静寂が戻りましたけれど、それは以前とは少し違う、豊かな余韻に満ちた静寂でございました。
わたくしの手元には、彼が残してくれた知識の灯火と、そして、わたくし自身の内なる世界をさらに深く探求する新たな勇気が残されておりましたの。
窓辺に置かれた“水鏡草”が、まるでその全てを見通しているかのように、静かに揺らめいておりましたわ。
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