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ライオスたちが「忘れられた谷」へと旅立ってから、数週間が過ぎた。
アルス連合の首都では、古代遺跡調査団からの定期報告が固唾を飲んで待たれる日々が続いていた。俺自身も、彼らの旅路が順調であるよう、生命樹を通じてささやかながら力の支援を送り続けていた。例えば、彼らが野営する土地の生命力を活性化させ、疲れを癒す効果のある特別な薬草をそっと生やしてやったり、といった具合に。
「アルス様、調査団より、定時連絡ですわ」
リリアーナが、千里眼の水晶が設置された議事堂の作戦室で俺に声をかけた。水晶の表面には、少し疲れた、しかし充実した表情のライオスたちの姿が映し出されている。
『こちら、古代遺跡調査団。道中の魔物との戦闘も、アルス様より授かった鉱物植物の武器のおかげで、被害なく切り抜けております。ライオス殿の的確な指揮と、地形に関する知識には、我々も驚かされるばかりです』
報告しているのは、ガイア帝国から派遣された調査団の団長である老学者だ。彼の言葉からは、ライオスに対する確かな信頼が感じられた。どうやらライオスは、見事にその役目を果たしているらしい。
『現在、我々は目的地の「忘れられた谷」の入り口に到達しました。しかし……報告にあった通り、この谷は、想像を絶する濃度の瘴気に満ちています。並の人間であれば、吸い込んだだけで正気を失うでしょう。これより、クロ殿に守られた「浄化の白蓮」の力を使い、谷への進路を切り開きます』
水晶の映像が切り替わり、見るもおぞましい光景が映し出された。谷全体が、まるで黒い霧の底に沈んでいるかのように禍々しい瘴気に覆われている。その瘴気は意思を持っているかのように蠢き、時折、苦悶する亡者のような顔を形作っては消えていく。
ライオスは、クロの炎で守られた白蓮の種子が入った容器を慎重に掲げた。そして、ゆっくりと谷の入り口へとその一歩を踏み出す。
彼が踏み出した瞬間、白蓮の種子から放たれる清浄な光が、周囲の濃密な瘴気を、まるで太陽の光が霧を晴らすかのように、じゅわっと音を立てて消し去っていく。
光の道が、暗黒の谷の奥深くへとまっすぐに伸びていった。
「おお……! なんという、神々しい光景だ……!」
作戦室で見ていた各国の代表者たちから、感嘆の声が上がる。
『よし、道は開かれた! 全員、俺に続け! 瘴気の発生源を叩き、この谷に光を取り戻すぞ!』
ライオスの、かつての勇者時代を彷彿とさせる力強い号令が響き渡る。調査団のメンバーたちも、「応!」という雄叫びを上げ、彼に続いて光の道へと突入していった。
その姿は、もはや単なる調査団ではなく、闇に挑む英雄の一団そのものだった。
俺は、彼の成長を静かに、そして誇らしく見守っていた。
調査団が谷の奥深くへと進んでいく中、俺は俺で新たな課題に取り組んでいた。
それは、アルス連合全体の「食文化」のさらなる向上だ。
世界中から、様々な文化を持つ人々がこの首都に集まってきている。彼らの故郷の味を再現し、さらに発展させることで、食を通じた文化交流を促進させたいと考えたのだ。
「ゼフィルス様、ちょっと相談があるんですが」
俺は、研究所で薬草の研究に没頭していたゼフィルス様に声をかけた。
「おお、アルス殿。どうなされたかな? また何か、とんでもないことを思いつかれたのかの?」
ゼフィルス様は、目を輝かせながら俺を見た。
「ええ。世界中の、あらゆる香辛料や調味料の性質を併せ持つ、究極の万能調味料植物、みたいなものは作れませんかね?」
俺のとんでもない提案に、ゼフィルス様は一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは! まさに、アルス殿らしい、奇想天外な発想じゃ! 面白い! 実に面白い! やってみましょうぞ! あなた様の能力と、わしの薬草学の知識を組み合わせれば、あるいは不可能ではないやもしれん!」
こうして、俺とゼフィルス様の新たな共同研究が始まった。
俺は世界中から集められた様々な香辛料の種子を、スキル【畑耕し】で品種改良し、それらの特性を一つの植物の種子へと統合していく。
ゼフィルス様は、それぞれの香辛料が持つ成分を分析し、最も効果的に、そして美味しく融合させるための最適な配合を計算していく。
数日後、俺たちの努力は驚くべき形で実を結んだ。
それは、小さな木に実る、虹色に輝く胡椒のような実だった。
その実をほんの少し料理に振りかけるだけで、どんな食材も、食べた者の記憶の中にある最も懐かしく、そして幸せな家庭の味へと変化させるという魔法のような効果を持っていた。
ある者にとっては、母親が作ってくれた温かいシチューの味に。またある者にとっては、故郷の祭りで食べた、香辛料の効いた串焼きの味に。
名付けて、「思い出の香辛料」。
この香辛料の登場は、首都の食文化に再び革命をもたらした。
食堂では毎日、様々な国の人々が同じテーブルを囲みながら、それぞれの故郷の味に舌鼓を打ち、思い出話に花を咲かせている。
食は、言葉や文化の壁を越えて、人々の心を繋ぐ最高の交流の手段となったのだ。
「アルス様は、もはや我々の胃袋だけでなく、魂までもお救いくださるおつもりか……!」
バルトロ建築士長が、故郷の母親の味だというミートパイ風味のパンを頬張りながら感涙にむせんでいる。その光景も、すっかり日常の一部となっていた。
そんな、平和で美味しい日々が続いていたある日、「忘れられた谷」の調査団から緊急の連絡が入った。
千里眼の水晶に映し出されたのは、谷の最深部にある巨大な古代遺跡の祭壇に到達した、ライオスたちの姿だった。
しかし、彼らの表情は一様に険しい。
『アルガ様、報告します! 我々は、瘴気の発生源である、この祭壇を発見しました。しかし……』
団長の老学者の声が、緊張で震えている。
『この祭壇は、瘴気を生み出すだけでなく、谷の地下深くに眠る、古代の自動防衛システムを起動させる制御装置の役割も果たしていました。我々がここに到達したことで、その最終防衛手順が発動してしまったようです……!』
彼の言葉と同時に、遺跡全体が地響きを立てて激しく揺れ始めた。
祭壇の周囲の地面が割れ、そこから、これまでに遭遇したゴーレムとは比較にならないほど巨大で、そして禍々しい気を放つ漆黒の巨大ゴーレムが姿を現したのだ。
その体は瘴気を吸収する特殊な金属でできており、並の攻撃では傷一つ付けることはできないだろう。
『こ、こいつが……この谷の、最後の番人か……!』
ライオスが、息を飲みながら巨大ゴーレムを睨みつける。
「まずいな……」
俺は作戦室で呟いた。あのゴーレムは、鉱物植物の武器でも破壊は難しいだろう。瘴気をエネルギーにしている以上、瘴気が満ちるあの場所では、ほぼ無限に再生する可能性がある。
「アルス様、わたくしが、救援に……!」
リリアーナが立ち上がろうとするのを、俺は手で制した。
「いや、その必要はない。ライオスなら、きっと何か方法を見つけ出すはずだ。俺は、彼を信じている」
俺の言葉に、リリアーナは驚いたように俺の顔を見た。
水晶の向こうで、ライオスは絶望的な状況の中、必死に活路を探していた。
そして、彼はあることに気づく。
ゴーレムの動きは確かに強力だが、どこかパターン化されている。そして、そのエネルギー源である瘴気は中央の祭壇から供給されているようだ。
(……祭壇を破壊すれば、あるいは……。だが、あのゴーレムを突破しなければ、祭壇には近づけない。どうすれば……)
彼の脳裏に、これまでの農作業の日々が走馬灯のように蘇った。
土を耕し、作物の声を聞き、天候を読み、そして仲間たちと協力して問題を解決してきた、あの日々が。
そうだ、力だけで押し通すだけが戦いじゃない。
自然の理を読み、流れを利用し、最小の力で最大の結果を出す。
それが、俺が彼に背中で示してきた、新しい「強さ」の形だった。
『……みんな、聞いてくれ!』
ライオスが、決意を固めたように仲間たちに叫んだ。
『俺に、考えがある!』
彼は、かつての勇者としての傲慢さではなく、一人の農夫として培った知恵と仲間を信じる心で、この最後の試練に立ち向かおうとしていた。
その姿に、俺は静かに頷いた。
そうだ、それでいい、ライオス。
お前はもう、一人じゃないのだから。
アルス連合の首都では、古代遺跡調査団からの定期報告が固唾を飲んで待たれる日々が続いていた。俺自身も、彼らの旅路が順調であるよう、生命樹を通じてささやかながら力の支援を送り続けていた。例えば、彼らが野営する土地の生命力を活性化させ、疲れを癒す効果のある特別な薬草をそっと生やしてやったり、といった具合に。
「アルス様、調査団より、定時連絡ですわ」
リリアーナが、千里眼の水晶が設置された議事堂の作戦室で俺に声をかけた。水晶の表面には、少し疲れた、しかし充実した表情のライオスたちの姿が映し出されている。
『こちら、古代遺跡調査団。道中の魔物との戦闘も、アルス様より授かった鉱物植物の武器のおかげで、被害なく切り抜けております。ライオス殿の的確な指揮と、地形に関する知識には、我々も驚かされるばかりです』
報告しているのは、ガイア帝国から派遣された調査団の団長である老学者だ。彼の言葉からは、ライオスに対する確かな信頼が感じられた。どうやらライオスは、見事にその役目を果たしているらしい。
『現在、我々は目的地の「忘れられた谷」の入り口に到達しました。しかし……報告にあった通り、この谷は、想像を絶する濃度の瘴気に満ちています。並の人間であれば、吸い込んだだけで正気を失うでしょう。これより、クロ殿に守られた「浄化の白蓮」の力を使い、谷への進路を切り開きます』
水晶の映像が切り替わり、見るもおぞましい光景が映し出された。谷全体が、まるで黒い霧の底に沈んでいるかのように禍々しい瘴気に覆われている。その瘴気は意思を持っているかのように蠢き、時折、苦悶する亡者のような顔を形作っては消えていく。
ライオスは、クロの炎で守られた白蓮の種子が入った容器を慎重に掲げた。そして、ゆっくりと谷の入り口へとその一歩を踏み出す。
彼が踏み出した瞬間、白蓮の種子から放たれる清浄な光が、周囲の濃密な瘴気を、まるで太陽の光が霧を晴らすかのように、じゅわっと音を立てて消し去っていく。
光の道が、暗黒の谷の奥深くへとまっすぐに伸びていった。
「おお……! なんという、神々しい光景だ……!」
作戦室で見ていた各国の代表者たちから、感嘆の声が上がる。
『よし、道は開かれた! 全員、俺に続け! 瘴気の発生源を叩き、この谷に光を取り戻すぞ!』
ライオスの、かつての勇者時代を彷彿とさせる力強い号令が響き渡る。調査団のメンバーたちも、「応!」という雄叫びを上げ、彼に続いて光の道へと突入していった。
その姿は、もはや単なる調査団ではなく、闇に挑む英雄の一団そのものだった。
俺は、彼の成長を静かに、そして誇らしく見守っていた。
調査団が谷の奥深くへと進んでいく中、俺は俺で新たな課題に取り組んでいた。
それは、アルス連合全体の「食文化」のさらなる向上だ。
世界中から、様々な文化を持つ人々がこの首都に集まってきている。彼らの故郷の味を再現し、さらに発展させることで、食を通じた文化交流を促進させたいと考えたのだ。
「ゼフィルス様、ちょっと相談があるんですが」
俺は、研究所で薬草の研究に没頭していたゼフィルス様に声をかけた。
「おお、アルス殿。どうなされたかな? また何か、とんでもないことを思いつかれたのかの?」
ゼフィルス様は、目を輝かせながら俺を見た。
「ええ。世界中の、あらゆる香辛料や調味料の性質を併せ持つ、究極の万能調味料植物、みたいなものは作れませんかね?」
俺のとんでもない提案に、ゼフィルス様は一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは! まさに、アルス殿らしい、奇想天外な発想じゃ! 面白い! 実に面白い! やってみましょうぞ! あなた様の能力と、わしの薬草学の知識を組み合わせれば、あるいは不可能ではないやもしれん!」
こうして、俺とゼフィルス様の新たな共同研究が始まった。
俺は世界中から集められた様々な香辛料の種子を、スキル【畑耕し】で品種改良し、それらの特性を一つの植物の種子へと統合していく。
ゼフィルス様は、それぞれの香辛料が持つ成分を分析し、最も効果的に、そして美味しく融合させるための最適な配合を計算していく。
数日後、俺たちの努力は驚くべき形で実を結んだ。
それは、小さな木に実る、虹色に輝く胡椒のような実だった。
その実をほんの少し料理に振りかけるだけで、どんな食材も、食べた者の記憶の中にある最も懐かしく、そして幸せな家庭の味へと変化させるという魔法のような効果を持っていた。
ある者にとっては、母親が作ってくれた温かいシチューの味に。またある者にとっては、故郷の祭りで食べた、香辛料の効いた串焼きの味に。
名付けて、「思い出の香辛料」。
この香辛料の登場は、首都の食文化に再び革命をもたらした。
食堂では毎日、様々な国の人々が同じテーブルを囲みながら、それぞれの故郷の味に舌鼓を打ち、思い出話に花を咲かせている。
食は、言葉や文化の壁を越えて、人々の心を繋ぐ最高の交流の手段となったのだ。
「アルス様は、もはや我々の胃袋だけでなく、魂までもお救いくださるおつもりか……!」
バルトロ建築士長が、故郷の母親の味だというミートパイ風味のパンを頬張りながら感涙にむせんでいる。その光景も、すっかり日常の一部となっていた。
そんな、平和で美味しい日々が続いていたある日、「忘れられた谷」の調査団から緊急の連絡が入った。
千里眼の水晶に映し出されたのは、谷の最深部にある巨大な古代遺跡の祭壇に到達した、ライオスたちの姿だった。
しかし、彼らの表情は一様に険しい。
『アルガ様、報告します! 我々は、瘴気の発生源である、この祭壇を発見しました。しかし……』
団長の老学者の声が、緊張で震えている。
『この祭壇は、瘴気を生み出すだけでなく、谷の地下深くに眠る、古代の自動防衛システムを起動させる制御装置の役割も果たしていました。我々がここに到達したことで、その最終防衛手順が発動してしまったようです……!』
彼の言葉と同時に、遺跡全体が地響きを立てて激しく揺れ始めた。
祭壇の周囲の地面が割れ、そこから、これまでに遭遇したゴーレムとは比較にならないほど巨大で、そして禍々しい気を放つ漆黒の巨大ゴーレムが姿を現したのだ。
その体は瘴気を吸収する特殊な金属でできており、並の攻撃では傷一つ付けることはできないだろう。
『こ、こいつが……この谷の、最後の番人か……!』
ライオスが、息を飲みながら巨大ゴーレムを睨みつける。
「まずいな……」
俺は作戦室で呟いた。あのゴーレムは、鉱物植物の武器でも破壊は難しいだろう。瘴気をエネルギーにしている以上、瘴気が満ちるあの場所では、ほぼ無限に再生する可能性がある。
「アルス様、わたくしが、救援に……!」
リリアーナが立ち上がろうとするのを、俺は手で制した。
「いや、その必要はない。ライオスなら、きっと何か方法を見つけ出すはずだ。俺は、彼を信じている」
俺の言葉に、リリアーナは驚いたように俺の顔を見た。
水晶の向こうで、ライオスは絶望的な状況の中、必死に活路を探していた。
そして、彼はあることに気づく。
ゴーレムの動きは確かに強力だが、どこかパターン化されている。そして、そのエネルギー源である瘴気は中央の祭壇から供給されているようだ。
(……祭壇を破壊すれば、あるいは……。だが、あのゴーレムを突破しなければ、祭壇には近づけない。どうすれば……)
彼の脳裏に、これまでの農作業の日々が走馬灯のように蘇った。
土を耕し、作物の声を聞き、天候を読み、そして仲間たちと協力して問題を解決してきた、あの日々が。
そうだ、力だけで押し通すだけが戦いじゃない。
自然の理を読み、流れを利用し、最小の力で最大の結果を出す。
それが、俺が彼に背中で示してきた、新しい「強さ」の形だった。
『……みんな、聞いてくれ!』
ライオスが、決意を固めたように仲間たちに叫んだ。
『俺に、考えがある!』
彼は、かつての勇者としての傲慢さではなく、一人の農夫として培った知恵と仲間を信じる心で、この最後の試練に立ち向かおうとしていた。
その姿に、俺は静かに頷いた。
そうだ、それでいい、ライオス。
お前はもう、一人じゃないのだから。
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