外れスキル【畑耕し】で辺境追放された俺、チート能力だったと判明し、スローライフを送っていたら、いつの間にか最強国家の食糧事情を掌握していた件

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千里眼の水晶が映し出す光景を、俺たちは固唾を飲んで見守っていた。
「忘れられた谷」の最深部、瘴気の源である祭壇を守るかのように立ち塞がる、漆黒の巨大ゴーレム。その圧倒的な威圧感は、水晶越しにですらひしひしと伝わってくる。

『くっ……! 硬すぎる! 我々の攻撃が全く通じない!』

調査団の護衛騎士が放った渾身の一撃が、ゴーレムの体に弾かれ、甲高い音を立てる。ゴーレムは意にも介さず、その巨大な腕を振り下ろし、騎士たちを赤子の手をひねるかのように薙ぎ払った。

『再生能力も健在だ! 傷つけても、すぐに周囲の瘴気を吸収して元に戻ってしまう!』

学者の悲痛な声が響く。これではじり貧だ。瘴気が満ちるこの場所では、ゴーレムは無限の力を得ているに等しい。
作戦室にいる各国の代表者たちの顔にも、再び絶望の色が浮かび始めた。

「アルス様……! やはり、救援を……!」

リリアーナが俺の袖を掴み、懇願するように言った。彼女の瞳は、仲間たちの危機を前にして不安に揺れている。

「いや、まだだ」

俺は静かに首を横に振った。

「ライオスを信じよう。あいつは、もう昔のあいつじゃない」

俺の視線の先、水晶の中のライオスは絶望的な状況下でも決して瞳の光を失ってはいなかった。彼は冷静にゴーレムの動きを観察し、周囲の地形や仲間たちの位置を把握している。その姿は、力に任せて突進するだけの、かつての勇者のものではなかった。

『……みんな、聞いてくれ! 俺に考えがある!』

ライオスが決意を固めたように、仲間たちに叫んだ。
その声には不思議な落ち着きと、仲間を鼓舞する力が宿っている。

『あのゴーレムは、確かに強い。だが、動きが単調だ。そして力の源は間違いなくあの中央の祭壇から供給される瘴気だ。つまり、祭壇を破壊すれば、こいつを止められるはずだ!』

『しかし、ライオス殿! あのゴーレムを突破しなければ、祭壇には近づけませんぞ!』

団長の老学者が反論する。それは、誰もが分かっている事実だった。

『ええ。だから、俺が奴を引きつける。俺が囮になって、ゴーレムの注意を一身に集める。その隙に、皆さんで祭壇を破壊してほしい!』

ライオスの提案に、調査団のメンバーたちは息を飲んだ。それは、あまりにも無謀で、そして自己犠牲的な作戦だったからだ。

『無茶だ! あなた一人で、あの化け物を止められるわけがない!』
『そうです! あなたは、この調査団の要! あなたを失うわけには……!』

仲間たちの制止の声に、ライオスは穏やかに微笑んだ。

「ありがとう。そう言ってくれる仲間ができたこと、俺は心から嬉しく思う。だが、これしか方法はない。それに……」

彼は一度天を仰いだ。まるで、遠い空の向こうにいる俺に語りかけるかのように。

「俺は、もう力だけで戦う勇者じゃない。一人の農夫として、この谷に光を取り戻したいんだ。土を耕すように、仲間と協力し、知恵を絞り、そして未来を切り拓く。それが、俺がここで学んだ、本当の『強さ』だからな」

その言葉に、作戦室にいた誰もが、そして俺も、胸を打たれた。彼は、完全に生まれ変わったのだ。

『……分かりました、ライオス殿。あなたを信じましょう』

老学者が覚悟を決めたように頷いた。

『あなたの作る、その一瞬の好機、我々が必ずものにしてみせますぞ!』
『応!』

調査団の心が、一つになった。

『よし、行くぞ!』

ライオスは雄叫びを上げると、一人で巨大ゴーレムへと向かって駆け出した。その手には、かつての聖剣ではなく、俺が彼の旅立ちのために特別に作った、鉱物植物製の頑丈な剣が握られている。

『化け物め! お前の相手は、この俺だ!』

ライオスはゴーレムの注意を引くように、その足元を斬りつけた。ゴーレムは、煩わしい虫を払うかのように、巨大な腕をライオスに向かって振り下ろす。
ライオスはそれを紙一重でかわし、ゴーレムの周りを素早く動き回りながら、的確に攻撃を加えていく。それは、打撃を与えるためではない。ただ、ゴーレムの注意を自分だけに向けさせるための危険な踊りだった。

その隙に、調査団の本体は祭壇へと向かって全力で疾走していた。

『ゴーレムの動力源は、祭壇上部の黒い水晶体に違いない! ガイアの学者たち、水晶の解析を! 東方の術師たち、瘴気の流れを一時的にでもいい、弱めてくれ!』

団長の老学者が的確に指示を飛ばす。

『お任せを! 古代文字の解析によれば、この水晶は、特定の周波数の音波に弱い! 我々がその音を発生させる!』
『承知! 瘴気抑制の結界を展開する! もって、三分!』

各国の専門家たちが、それぞれの知識と技術を最大限に発揮し、祭壇を無力化するための準備を急ぐ。
その間もライオスはたった一人で巨大ゴーレムの猛攻を凌ぎ続けていた。彼の体はすでに傷だらけだった。だが、その瞳の光は少しも衰えてはいない。

(頑張れ、ライオス……!)

俺は水晶の向こうの彼に、心の中で声援を送った。

『準備完了! ライオス殿、今です!』

学者の声が響き渡る。それを合図に、調査団が一斉に行動を開始した。
ガイアの学者たちが特殊な音叉を打ち鳴らし、水晶体が嫌う不快な高周波を発生させる。東方の術師たちは結界を展開し、祭壇への瘴気の供給をわずかな時間だけ遮断した。

『ギ……ギギ……!?』

ゴーレムの動きが一瞬だけ、明らかに鈍くなった。
その瞬間を、ライオスは見逃さなかった。

『うおおおおおおおっ!』

彼は残された全ての力を振り絞り、ゴーレムの足に渾身の一撃を叩き込んだ。鉱物植物の剣がゴーレムの装甲に深く食い込み、その巨体をわずかにぐらつかせる。
そして、その一瞬の隙が勝敗を決した。

『今だ! 全員、祭壇の水晶体を破壊しろ!』

護衛の騎士たちが一斉に祭壇へと駆け上がり、弱点である黒い水晶体へそれぞれの武器を叩き込んだのだ。

ガシャアアアアアアアン!

甲高い破壊音と共に、黒い水晶体は粉々に砕け散った。
その瞬間、巨大ゴーレムの体から力が抜け、まるで糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。そして、その体は瘴気の粒子となって霧のように消え去っていった。

『……やった……のか……?』

ライオスが荒い息をつきながらその場に膝をついた。

『やりましたぞ、ライオス殿! 我々の、勝利です!』

仲間たちが歓喜の声を上げながら、彼のもとへと駆け寄っていく。
彼らは互いに肩を叩き合い、抱き合ってこの奇跡的な勝利を喜び合った。
ライオスの顔には安堵と、そして今まで感じたことのないほどの達成感が浮かんでいる。

祭壇が破壊されたことで、谷を覆っていた濃密な瘴気は急速にその力を失い、薄らいでいった。
そしてライオスが携えてきた「浄化の白蓮」の種子から放たれる清浄な光が、残った瘴気を完全に浄化していく。

黒い霧が晴れ、谷には数千年ぶりだろうか、温かく優しい太陽の光が差し込んできた。
汚染されていた黒い大地にはみるみるうちに緑が蘇り、枯れていた木々には新しい芽が吹き始めている。
「忘れられた谷」が、その名の通り、忘れ去られていた本来の美しい姿を取り戻した瞬間だった。

『素晴らしい……! なんという、美しい光景だ……!』

調査団のメンバーたちは、その奇跡的な光景に感嘆の声を漏らした。
ライオスもまた生まれ変わった谷の姿を呆然と見つめている。
そして彼はゆっくりと立ち上がると、調査団の仲間たち、そして空の向こうで見守っているであろう俺に向かって、深々と頭を下げた。
その背中はもはや孤独な勇者のものではなく、多くの仲間から信頼される、一人の立派な男の背中だった。

「アルス様……! やりましたわ……!」

作戦室ではリリアーナが涙を浮かべながら俺の手を固く握りしめていた。

「ああ。あいつは、本当にやり遂げたな」

俺も胸に込み上げてくる熱いものを感じながら、力強く頷いた。
ライオスの再生。それは、俺がこの世界に来てから成し遂げたどんな奇跡よりも、価値のあることだったのかもしれない。

この一報はすぐにアルス連合の首都全体に広まり、人々は英雄たちの偉業に熱狂した。
特にライオスの活躍は、吟遊詩人によって「贖罪の勇者」として新たな英雄譚となり、世界中に語り継がれることになる。
彼は力ではなく、知恵と仲間との絆で闇を打ち破った、新しい時代の英雄として人々の心にその名を刻んだのだ。

「忘れられた谷」の浄化成功を皮切りに、世界各地の瘴気の発生源も次々と調査団によって浄化されていった。
ライオスたちが確立した、調査、分析、そして仲間との連携という戦い方は、あらゆる古代遺跡の攻略において完璧な手本となった。
ゼフィルス様が懸念していた「大地の歪み」の問題もこれで完全に解決へと向かうだろう。
世界は、本当の意味で平和と安定の時代を迎えようとしていた。

俺とクロの辺境での穏やかな生活も、いよいよ本格的に実現する時が来たのかもしれない。
俺は穏やかな日差しが差し込む温室でそんなことを考えながら、新しく開発した『飲むだけでぐっすり眠れる薬草茶』の試飲をしていた。
隣ではクロが、丸くなって気持ちよさそうに寝息を立てている。

リリアーナも議会での忙しい仕事の合間を縫って、最近では頻繁にこの温室に顔を出すようになった。
彼女は俺の淹れた薬草茶を一口飲むと、ふぅ、と幸せそうなため息をついた。

「本当に、美味しいですわ、アルス様の薬草茶は。これを飲むと、どんな疲れも吹き飛んでしまいます」
「それは良かった。議長の仕事も大変だろうからな。いつでも飲みに来てくれ」
「はい。……あの、アルス様」

リリアーナが少しだけ真剣な表情で、俺の顔を見つめてくる。

「調査団も、まもなく全ての任務を終え、首都に帰還するとのことです。彼らが帰ってきたら、盛大な祝勝会を開きたいと思うのですが……その席で、アルス様から、連合の皆に、そして世界中の人々に、何かお言葉をいただけないでしょうか?」
「俺が、演説を?」
「はい。あなた様が築き上げた、この新しい時代の始まりを、あなた様ご自身の言葉で、宣言していただきたいのです」

彼女の瞳は真剣で、そして期待に満ちていた。
やれやれ、人前で話すのはあまり得意じゃないんだがな。
だが、彼女にこんな顔をされては断るわけにもいかないか。

「……分かった。少し、考えさせてくれ」

俺は薬草茶の温かい湯気が立ち上る器を見つめながら、どんな言葉を語るべきか静かに思いを巡らせ始めた。
俺がこの世界に来てから、見てきたもの、感じてきたこと。
そして、これから築いていきたい未来のこと。
伝えるべきことは、たくさんあるような気がした。
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