勇者召喚に巻き込まれた俺は『荷物持ち』スキルしか貰えなかった。旅商人として自由に生きたいのに、伝説の運び屋と間違われています

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リリを連れて宿に戻った俺は、まず彼女に温かい食事と清潔な服を用意した。よほどお腹が空いていたのか、リリは夢中になってスープを啜っている。

その小さな背中を見ながら、俺はこれからどうするかを考えていた。一人旅も気楽でよかったが、誰かと一緒というのも悪くない。それに、リリは何か事情を抱えていそうだ。

「落ち着いたか?」

「は、はい……あの、本当にありがとうございました」

リリは深々と頭を下げた。猫の耳がぴこんと動くのが可愛い。

「気にするな。それより、お前はこれからどうするんだ? 家族は?」

俺がそう尋ねると、リリの表情が曇った。

「……いません。私は、奴隷商人に捕まって……逃げてきたところでした」

そうだったのか。だからあんなボロボロの格好をしていたんだな。この世界では、獣人が奴隷として売買されることも珍しくないと聞く。

「そうか。大変だったな」

「あの……もし、ご迷惑でなければ、ノボル様のおそばに置いていただけないでしょうか。何でもします。お掃除でも、お洗濯でも……」

リリは必死な形相で俺に懇願する。その瞳は潤んでいた。

「様なんてつけなくていい。ノボルでいいよ。うーん、そうだな……」

俺は少し考える。彼女を連れていくことに、特にデメリットはない。むしろ、一人でいるよりは安全かもしれない。

「よし、わかった。俺は旅の商人をしてるんだ。荷物の番でもしてくれるなら、一緒に来てもいいぞ」

「本当ですか!?」

リリの顔がぱっと明るくなる。尻尾が嬉しそうにぶんぶんと揺れていた。

「ありがとうございます! 私、頑張ります! ノボル様……じゃなくて、ノボルさんの荷物は、命に代えても守ります!」

「はは、そんなに気負わなくていいよ。よろしくな、リリ」

「はいっ!」

こうして、俺たちの二人旅が始まった。

翌日、俺とリリは次の街を目指して出発した。リリは初めて見る景色に目を輝かせている。

「わあ、すごい! おっきな鳥!」

「あれはグリフォンだな。凶暴だから近づかない方がいいぞ」

俺は高速移動を使いながら、リリにこの世界のことを少しずつ教えていった。彼女は物覚えが良く、俺が話したことはすぐに理解してくれた。

しばらく進むと、道の真ん中で壊れた馬車と、途方に暮れている商人の姿が見えた。

「どうしたんですか?」

俺が声をかけると、商人は泣きそうな顔でこちらを振り返った。

「ああ、旅の方。実は、ゴブリンの群れに襲われてしまって……荷物はめちゃくちゃにされるし、馬は逃げてしまうしで、困っていたところです」

見ると、確かに馬車の周りには商品の残骸が散らばっている。これでは商売どころではないだろう。

「それはお気の毒に。お手伝いできることはありますか?」

「いえ、お気持ちだけで……この荷物を街まで運ぶのは、もう不可能ですから」

商人は力なく首を振った。

普通ならそうだろうな。だが、俺には【荷物持ち】スキルがある。

「その荷物、俺が運びましょうか?」

「え? しかし、この量はとても……」

俺は商人が何か言う前に、散らばった商品と、壊れた馬車そのものをスキルで収納してしまった。

「な……ななな!?」

目の前の光景が信じられないといった様子で、商人は口をパクパクさせている。

「さあ、行きましょう。街までお送りしますよ」

俺は商人の腕を取り、高速移動を開始した。リリもしっかりと俺の服を掴んでいる。

風を切って進む感覚に、商人は悲鳴を上げていたが、すぐに慣れたようだった。あっという間に目的の街の門が見えてくる。

「つ、着いた……本当に着いてしまった……」

商人はまだ呆然としている。俺は街の入り口で、収納していた荷物と馬車を全て取り出した。

「本当に、何とお礼を言ったらいいか……。そうだ、これはほんの気持ちですが」

商人はそう言って、金貨三十枚を俺に差し出した。

「いや、困っている人を助けただけですから」

「そうおっしゃらずに! あなたは私の恩人です。どうか受け取ってください!」

あまりに熱心に言うので、俺はありがたく報酬を受け取ることにした。

「ありがとうございます。もしよろしければ、お名前を……」

「俺はノボル。ただの旅の商人です」

俺がそう名乗ると、商人は深々と頭を下げた。

「ノボル様ですね! このご恩は一生忘れません!」

この一件で、俺はまた少しだけ資金を増やすことができた。それに、人助けというのも、思ったより悪い気分じゃない。

新しい街に着いた俺とリリは、まず商業ギルドへ向かった。この街で何か儲け話がないか、情報を集めるためだ。

ギルドの中は、多くの商人や冒険者でごった返していた。俺は受付のカウンターへ向かう。

「こんにちは。この街で何か面白い商品はありますか?」

受付のお姉さんは、俺とリリの姿を見て少し驚いたようだったが、すぐに笑顔で対応してくれた。

「面白い商品ですか……そうですね、この街は薬草の特産地なんですよ。特に、治癒効果の高い『ルナハーブ』は人気ですが、最近は少し問題がありまして」

「問題、ですか?」

「はい。ルナハーブが採れるのは、街の東にある『迷いの森』なのですが、最近そこに強力な魔物が住み着いてしまって……薬草採りの人たちも森に入れず、困っているんです」

なるほど。それでルナハーブの供給が止まり、価格が高騰しているというわけか。

「もし、その魔物を討伐できれば、ルナハーブを安く手に入れられるかもしれませんね」

受付のお姉さんの言葉に、俺はピンと来た。

魔物を討伐する必要はない。スキルを使えば、魔物に見つかることなく森の奥まで行って、ルナハーブを採ってくることができるはずだ。

「その森の地図はありますか?」

「ええ、こちらに」

俺は地図を受け取ると、リリと顔を見合わせた。

「どうする、ノボルさん?」

「決まってるだろ。一儲けのチャンスだ」

俺たちは早速、迷いの森へ向かうことにした。

森の入り口には、いかにも強そうな冒険者たちが何人かいたが、森の奥へ進もうとする者はいなかった。やはり、噂の魔物は相当手強いらしい。

「俺たちだけで大丈夫なのでしょうか……」

リリが不安そうな顔で俺を見る。

「大丈夫だって。いざとなったら、リリがやっつけてくれるんだろ?」

「! はい! もちろんです!」

俺が冗談めかして言うと、リリは力強く頷いた。彼女は見た目によらず、かなり戦闘能力が高いらしい。本人から聞いた話では、奴隷商人の元でも何度も戦って生き延びてきたそうだ。

俺たちは他の冒険者たちを横目に、森の中へと入っていく。

しばらく進むと、確かに魔物の気配が濃くなってきた。そこら中から、不気味なうなり声が聞こえてくる。

「ノボルさん、気配がします。たくさん……」

リリが警戒して身構える。

「よし、ここからが本番だ」

俺はスキルを発動させ、俺とリリごと、周囲の空間を切り取った。そして、そのまま上空へと移動する。

眼下には、オークやゴブリンの群れがうごめいているのが見えた。数も多く、まともに戦えば苦戦は免れないだろう。

「うわあ……」

リリが息をのむ。

「な、言っただろ。戦う必要なんてないんだ」

俺たちは魔物の群れの真上を悠々と通り過ぎ、地図に示されたルナハーブの群生地へと向かった。

群生地には、美しい銀色の葉を持つルナハーブが一面に咲いていた。魔物の影響で、誰も足を踏み入れていないのだろう。手つかずの状態だ。

「すごい……こんなにたくさんのルナハーブ……」

「よし、採れるだけ採ってしまおう」

俺はスキルを使い、辺り一面のルナハーブを根こそぎ収納していく。土ごと空間を切り取るので、鮮度も落ちない。一時間も作業を続けると、あれだけあったルナハーブ畑は、きれいさっぱりなくなってしまった。

「これだけあれば、当分は安泰だな」

帰りも同じように、スキルを使って空を移動し、誰にも見つかることなく森を脱出した。

街に戻った俺たちは、すぐに商業ギルドへ向かった。

俺が大量のルナハーブをカウンターの上にどさっと取り出すと、ギルドマスターまで飛んできた。

「こ、これは……まさか、迷いの森のルナハーブ!?」

「ええ。少しだけ採ってきました」

「少しどころじゃない! これだけの量、どうやってあの森から……いや、それよりも、これを全て買い取らせてほしい! もちろん、言い値で構わん!」

ギルドマスターは興奮気味にそう言った。

交渉の結果、ルナハーブは金貨五百枚という破格の値段で売れた。前の街で得た利益も合わせると、俺の所持金はあっという間に六百枚を超えた。

「やったな、リリ!」

「は、はい! ノボルさん、すごいです!」

リリと二人で喜びを分かち合う。追放された時はどうなることかと思ったが、今では金銭的な余裕もでき、信頼できる仲間もいる。

このスキルさえあれば、どこでだって生きていける。そんな確信が、俺の中で日に日に強くなっていた。

「さて、次はどこに行こうか」

俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ。

宿に戻り、今日の儲けを数えながら、俺は今後の計画を練っていた。これだけの金があれば、しばらくは贅沢に暮らせるだろう。

「ノボルさん、お茶が入りました」

リリが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、俺は商業ギルドで手に入れた大陸地図を広げる。

「この辺りはもういいかな。どうせなら、もっと大きな街に行ってみたいと思わないか?」

「大きな街、ですか?」

「ああ。王都とか。珍しい商品もたくさんあるだろうし、もっと大きな商売ができるかもしれない」

俺の言葉に、リリは少し顔を曇らせた。

「王都……。でも、そこには勇者たちがいるんじゃ……」

リリの言う通りだった。エルロード王国の王都には、俺を追放した国王や、木村たちクラスメイトがいるはずだ。できれば顔を合わせたくない相手ではある。

「まあ、そうだな。でも、王都は広い。そう簡単には会わないさ。それに、いつまでもあいつらのことを気にしてても仕方ないだろ?」

「……はい。ノボルさんが行くなら、私はどこへでもついていきます」

リリは健気に頷いてくれた。本当にいい子だ。

「よし、決まりだ。明日の朝、王都に向けて出発しよう」

そうと決まれば準備だ。王都まではかなりの距離がある。道中の食料や水を買い込み、全てスキルで収納しておく。

リリも自分の荷物を小さな鞄にまとめている。といっても、中身は着替えくらいのものだろう。俺が買ってやった服を、とても大切そうに畳んでいた。

翌朝、俺とリリは早々に宿を出て、王都へと続く街道を歩き始めた。もちろん、街を出て人気がなくなれば、すぐに高速移動に切り替えるつもりだ。

「王都って、どんなところなんでしょうか」

「さあな。俺も初めて行くから分からない。でも、きっとすごいところだよ」

リリとそんな話をしながら歩いていると、前から一台の豪華な馬車が近づいてくるのが見えた。馬車の側面には、どこかで見たような紋章が描かれている。

「あれは……」

俺が眉をひそめていると、馬車は俺たちのすぐそばで止まった。中から出てきたのは、貴族風の身なりをした男と、その護衛と思われる騎士たちだった。

「君、少し話がある。こちらへ来てもらおうか」

貴族の男は、有無を言わさぬ口調で俺にそう言った。騎士たちがじりじりと俺たちを取り囲む。

面倒なことになりそうな予感が、ひしひしとした。
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