役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

文字の大きさ
7 / 30

しおりを挟む
次の日からの家づくりは、村の景色を毎日変えていった。
私たちは長老の家から始め、全ての家の土台となる工事から手をつける。

「みんな、聞いて。家で一番大事なのは、この基礎の部分よ。」
「ここが弱いと、立派な壁を積んでも、すぐに傾いてしまうわ。」

私は広場に村人を集めて、地面に木の枝で図を描きながら話した。
地面をまず掘り下げて、拳ぐらいの石を敷き詰めて固めるのだ。
その上に、粘土を流し込んで平らな土台を作っていく。

「石を敷くのかい、リゼット様。」

村人の一人が、素朴な疑問を言った。

「良い質問ね、石の層を作ることで、地面の湿気が壁に伝わるのを防げるの。」
「それに、地面を固めて、家全体の重さをしっかり支える役目もあるわ。」

これも、前の世界では建築の基本だった。
しかしこの村の家は、地面の上に直接壁を建てているだけだ。
これでは、雨が降れば床が湿り、壁もすぐにもろくなる。

私の説明に、村人たちはなるほどと感心の声を上げた。
彼らは自分たちの暮らしが、少しの知恵でとても良くなることを実感し始めていた。

男たちが石を運び、基礎の穴にどんどん敷き詰めていく。
その作業は、カイが中心になって手際よく進められた。
彼は、誰にどの作業を任せるか、すぐに判断して指示を飛ばしている。

「カイ、あなたはリーダーの才能があるのね。」

私がそう声をかけると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。

「やめてくれよ、リゼット様。俺は、あんたの言う通りにしてるだけだ。」

「ううん、そんなことないわ。あなたは、みんなの力を引き出すのがとても上手よ。」

私の言葉に、カイはまんざらでもないという顔をした。
彼の存在は、この村の復興に絶対欠かせない。

基礎の工事が終わると、いよいよ壁の建設が始まった。
太陽の光を浴びて固くなったレンガを、粘土の接着剤で一段ずつ積み上げる。

その作業は、まるで巨大な積み木遊びのようであった。
村の子供たちも、興味津々で見守っている。
時々、小さな手でレンガを運ぶ手伝いをする子もいた。
その姿は、見ていてとても微笑ましい。

壁が人の背ぐらいの高さになると、次の問題が出てきた。
屋根だ、これまでの家は木の枝を組み、その上に草を乗せただけだった。
それでは、雨漏りは防げないし、冬の寒さもとてもじゃないが防げない。

「屋根はどうするんだ、また草を乗せるのか。」

カイが、積み上がった壁を見上げて尋ねてきた。

「いいえ、もっと丈夫で、雨を通さない屋根を作るわ。」
「そのためには、まず骨組みをしっかりと組まないとね。」

私はまた地面に図を描き、屋根の仕組みを説明し始めた。
三角形を組み合わせた、トラス構造という名前の骨組みだ。
こうすれば、少ない木材でも、雪の重さに耐えられる頑丈な屋根を作れるのだ。

「見て、こうやって三角形を基本に組むと、力がうまく分かれるの。」
「だから、一本一本の木にかかる負担が少なくなるのよ。」
「細い木材しかなくても、この方法なら大丈夫。」

「すげえ、ただの三角に、そんな意味があったのか。」

カイや若者たちは、食い入るように私の描く図を見つめている。
彼らにとっては、それがまるで魔法の法則のように思えたかもしれない。

すぐに、男たちは森へ入って、屋根の骨組みに使う木材を切り出してきた。
私は、木材の太さや長さを決めて、組み合わせる部分の切り込みの入れ方まで細かく教えた。

最初は戸惑っていた彼らも、木材を組んでみて、その構造がとても頑丈なことに気づく。
すると、目を輝かせて作業に夢中になり始めた。

「リゼット様、こりゃあ本当にすげえや。」
「俺が全体重をかけても、全然びくともしねえ。」

骨組みの上に乗った若者が、興奮したように叫んだ。
その声に、村中から大きな歓声が上がる。

見事な三角形の骨組みが、青い空を背景にして、家のてっぺんに組み上がった。
それは、この村の新しい未来を表す記念碑のようにも見えた。

「さて、骨組みができたら、次は屋根を葺く材料ね。」

「何を使うんだい、リゼット様。」

「使うのは、壁と同じ川の粘土よ。」

私の言葉に、村人たちはきょとんとしていた。
粘土で、屋根を作るのだろうか。
雨が降ったら、きっと溶けてしまうのではないか。

そんな不安が、彼らの顔にありありと浮かんでいる。

「ふふ、もちろん、ただの粘土じゃないわ。」
「これから、この粘土を『瓦』に変えるおまじないをかけるの。」

私はいたずらっぽく笑って、新しい作業の準備を始めた。
まず、レンガを作った時よりも、さらに細かい粘土を選んで水を加えてよくこねる。
そして、それを薄い板の形に伸ばし、少しだけ曲がった形に整えていく。

「この形が、とても大事なのよ。」
「この曲がった部分があることで、雨水がスムーズに下に流れるの。」
「そして、瓦同士が少し重なるように葺けば、隙間から水が入るのを防げるわ。」

私は、出来上がった瓦の原型を二枚手に取り、重なり方を実演して見せた。
その合理的な仕組みに、村人たちはまたしても感心の声を漏らす。

「だけど、これじゃあ、まだただの粘土だぜ。」
「雨に濡れたら、きっと溶けちまう。」

カイが、当たり前のことを指摘した。

「ええ、その通りよ。だから、これからこの粘土を『焼く』の。」
「火の力で、石よりも固く、水を通さない本当の瓦に変えるわ。」

「焼く、だって。」

日干しレンガは、太陽の光で乾かした。
しかし、瓦はそれだけでは全然足りない。
もっと高い温度で、しっかり焼き固める必要がある。
そのためには、専用の窯が必要だった。

「みんな、少し大きめの穴を掘ってくれるかしら。」
「そして、その周りを石で囲って、窯を作るのよ。」

私は、地面に簡単な登り窯の構造図を描いた。
燃料の薪を入れる燃焼室と、瓦を並べて焼く焼成室。
そして、煙を外に逃がすための煙突が必要だ。
熱が、効率よく窯の中を回るように、少しだけ斜めに作るのがコツだ。

村人たちは、私の指示に従い、またみんなで窯作りを始めた。
もはや、彼らのチームワークは見事というしかない。
誰が、何をすべきか、もう言われなくても分かっているようだった。

数日後、村の広場に、立派な手作りの窯が完成した。
私たちは、形を整えて少し乾かした粘土の瓦を、崩れないよう慎重に窯の中へ並べる。

そして、いよいよ火を入れる時が来た。
窯の口に薪をくべて、ゆっくりと火をつける。
最初は弱い火で水分を飛ばし、だんだん温度を上げていくのだ。

「ここからは、火の管理がとても重要よ。」
「温度が高すぎると、瓦が割れてしまうの。」
「逆に低すぎると、十分に固まらないわ。」
「三日三晩、火を絶やさずに、同じ温度を保ち続けるのよ。」

その作業は、アルフレッドとカイ、そして村の若者たちが交代で担当した。
窯からは、オレンジ色の炎が揺らめいて、パチパチと薪の爆ぜる音が聞こえる。

村人たちは、まるで神聖な儀式を見守るように、息をのんで窯の様子を見ていた。
この炎の向こうで、ただの泥が、自分たちの暮らしを守る宝物に変わろうとしている。

三日後、窯の火を落として、ゆっくりと冷えるのを待った。
そして、緊張の瞬間がやってくる。
カイが、窯の扉をゆっくりと開けた。

中にあったのは、赤褐色に色づいた、見事な瓦だった。
叩くと、キンと金属のような澄んだ音を立てる。

「で、できた。」

カイが、震える声でそう言った。
一枚手に取ってみると、ずっしりと重い。
表面は、滑らかでとても美しい。

「すごい、本当に、石みたいだ。」

村人たちが、次々と窯から出された瓦を手に取り、その出来栄えに感動していた。
早速、一枚の瓦に水をかけてみた。
水は、玉のようになって表面を転がり落ちるだけで、全く染み込む様子はない。

「「「うおおおおおおっ。」」」

その瞬間、村中に、地響きのような大歓声が起こった。
誰もが、互いに肩を叩き合い、そして抱き合って、この成功を喜び合っている。

私も、胸に込み上げてくる熱いものを感じていた。
民俗学の知識は、ただの記録や研究ではなかったのだ。
こうして、人々の暮らしを豊かにして、笑顔を生み出す力を持っている。
その事実が、私には何よりも嬉しかった。

「さあ、みんな、この瓦で最高の屋根を作りましょう。」

私の声に、村人たちは力強く応えた。
すぐに、屋根葺きの作業が再び始まる。

組み上がった骨組みの上に、下から順番に瓦を並べていく。
一枚一枚、とても丁寧に作業する。
瓦と瓦が、ぴったりと重なり合うように。
その光景は、赤い鱗を持つ竜の背中を作り上げているかのようだった。

そして、ついに、最後の一枚が屋根のてっぺんに収まった。
村で最初の、頑丈で美しい瓦屋根の家が、ついに完成したのだ。

夕日に照らされて赤く輝くその家を、村人全員が、言葉もなく見上げていた。
それは、ただの建物ではなかった。
貧しさと絶望の中から、自分たちの力で未来を掴み取った、その勝利の証だった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした

新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。 「ヨシュア……てめえはクビだ」 ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。 「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。 危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。 一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。 彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

処理中です...