役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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青白く輝く苔を詰めた籠を背負い、私たちは洞窟を後にした。
帰り道、若者たちの足取りは驚くほど軽い。
森の不気味さも疲れも、洞窟で見た幻想的な光景が吹き飛ばしたようだった。

「なあリゼット様、あの苔は本当に病気に効くのか」

隣を歩くカイが、まだ信じられないといった口調で尋ねてくる。

「ええ、直接病気を治すわけではないわ。病気の元になる悪い菌を、弱らせる力があるの。だから、家の周りを清潔に保つのに役立つはずよ」

私は前世の知識を、この世界の人にも分かる言葉に置き換えて説明した。
彼らにとっては魔法のような現象も、私にとっては再現性のある科学なのだ。

「へえ、すげえな。昔の人の言うことって、馬鹿にできねえんだな」

カイは、心底感心したように言った。
彼の中で、古い言い伝えに対する見方が少しずつ変わり始めているのが分かった。

村に戻ると、私たちの帰りを待っていた村人たちがいた。
彼らは、歓声を上げて迎えてくれた。
そして私たちが籠から光る苔を取り出して見せると、広場は大きなどよめきに包まれた。

「おお、なんて美しい……」
「これが、あの言い伝えの……」

村人たちは、夜空の星のように瞬く苔の光にうっとりと見入っている。
私は長老に、苔を村中の家の入り口に吊るすよう指示した。
さらに井戸の周りやゴミを捨てる場所など、特に清潔に保ちたい場所にも置いてもらう。

「これで、村の衛生環境は格段に良くなるはずよ。でも、これに頼りっきりじゃダメ。こまめな掃除や手洗いも、病気を防ぐためにはとても大切なの」

私がそう付け加えると、村人たちは「はい、リゼット様」と元気よく返事をした。
彼らの顔には、未来への希望が満ち溢れていた。
さて、衛生問題の次は住居だ。
私は村人たちを再び広場に集め、次の計画を発表した。

「みんな、明日からは新しい家を建てましょう。雨風をしっかりとしのげる、丈夫で暖かい家をみんなで力を合わせて作るのよ」

私の宣言に、村人たちは「おおーっ」と今日一番の歓声を上げた。
もう、誰も私の言葉を疑わない。
私が指し示す未来を、全員が信じてくれていた。

「家を建てるには、まず材料が必要よ。長老、言い伝えでは『川の粘土』を使うとありましたね」

「はい、確か『川の粘冷に藁を混ぜて乾かせば、石よりも固い壁になる』と……」

「その通りよ、明日から村の男手は川へ行って。粘土を、運んできてほしいの。女性と子供たちは、畑の周りの藁を集めて。力仕事になるけれど、頑張れるかしら」

「「「おう」」」

村人たちの返事は、力強く頼もしかった。
翌日から、村を挙げての大規模な建築計画が始まった。

カイをはじめとする若者たちが中心となり、村の東を流れる川から粘土を運び込む。
それは重労働だったが、彼らの顔は活気に満ちていた。
自分たちの手で新しい暮らしを築いている実感が、彼らを突き動かしているのだろう。

広場に集められた粘土の山に、今度は女性たちが集めた藁を混ぜ込んでいく。
私はただ混ぜるだけでなく、粘土と藁の最適な比率を指示した。
水を加えてこねる時の硬さなども、具体的に教える。

「粘土が柔らかすぎると、乾いた時にひび割れてしまうわ。逆に硬すぎると、藁とうまく混ざらない。お団子を作る時くらいの、硬さを目安にして」

私の的確な助言に、村の女性たちは感心しながら作業を進めていく。
こね上がった粘土は、木で作った型枠に詰められた。
一つ一つ、丁寧にレンガの形に整えられていった。

「リゼット様、こんな感じでいいかい」

カイが、泥だらけの手で日干しレンガを見せにきた。
私はそれを手に取り、重さや密度を確かめる。

「ええ、完璧よカイ。これを日当たりの良い場所にずらりと並べて、じっくりと乾かすの。太陽の光が、この土を魔法のように強くしてくれるわ」

広場には、何百、何千という数の日干しレンガが整然と並べられていった。
その光景は、まるで巨大な芸術作品のようでもあった。
レンガを乾かしている間も、私たちは遊んでいない。
新しい家の設計図を、私が中心となって作成したのだ。

「家を建てる場所は、少しだけ地面を高くした方がいいわ。雨が降った時に、水が流れ込んでこないようにね。それから窓は東と南に大きく取って、太陽の光がたくさん入るようにしましょう。家の中が明るくなるし、湿気を防ぐことにもなるわ」

私はただ頑丈なだけでなく、快適で衛生的な家にするための工夫を提案していく。
かまどの位置、煙を外に逃がすための煙突の構造。
そしてトイレを母屋から少し離れた場所に作る、といった基本的な衛生観念まで教えた。

これらはすべて、前世では当たり前の知識だった。
しかしこの世界の人々にとっては、目から鱗が落ちるような画期的な考えだったらしい。

「なるほど、そうすれば病気の発生も抑えられるのか」
「リゼット様は、本当に何でもご存じだなあ」

村人たちは私の説明に熱心に耳を傾け、新しい家の知識を吸収していった。
時には、質問をすることもあった。
特にカイは私の良き助手として、他の村人たちに設計図の内容を分かりやすく説明してくれた。
彼は持ち前の指導力を発揮し、今やこの計画に不可欠な存在となっていた。

数日が経ち、レンガは太陽の光を浴びてカチカチに固まった。
試しにカイが、そのレンガを思い切り地面に叩きつけてみる。
しかし、欠けることすらなかった。

「すげえ、本当に石みたいに固えや」

その頑丈さに、村人たちから再び歓声が上がる。
材料は揃った、いよいよ壁を組み立てる作業の開始だ。

「レンガを積む時は、この泥を使うのよ」

私が指差したのは、粘土に砂と水を混ぜて作った接着剤代わりのモルタルだった。

「レンガとレンガの間にこの泥をたっぷりと塗り、隙間ができないように積み上げていくの。そうすれば、本当に強い壁ができるわ」

最初の家は、長老の家から建て替えることになった。
村人たちは私の指示に従い、一丸となって作業に取り組む。
レンガを運ぶ者、モルタルをこねる者。
そして壁を一段一段、慎重に積み上げていく者。
皆が自分の役割を黙々とこなし、村には活気のある槌音と人々の掛け声が響いていた。

私も、泥だらけになりながら現場で指示を出し続ける。
貴族の令嬢がすることではない、とアルフレッドは眉をひそめていた。
それでも、彼も結局は手伝ってくれるのだから優しい。

そして、夕日が西の空を染める頃。
ついに、最初の壁が一枚完成した。

まだ壁が一枚できただけなのに、村人たちはその壁の前に集まってきた。
まるで、城が完成したかのようだ。
彼らは自分たちの手で作り上げた、滑らかで頑丈な壁をそっと撫でている。

「俺たちの……家だ……」

誰かが、感極まったように呟いた。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
今までの、いつ崩れてもおかしくないようなボロ家ではない。
冬の寒さや雨風から、大切な家族を守ってくれる本当の「家」だ。
その第一歩が、今ここに記されたのである。
夕日が、できたばかりの壁を金色に照らしていた。
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