役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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夜が明けると、村の入り口には別れを惜む村人たちが集まっていた。
その数は、村の人口のほとんど全てと言ってよかった。
私たちは、彼らの温かい声援に送られて出発の準備を整える。
騎士団長とその部下たちは、少し離れた場所でその様子を黙って見ていた。
彼らの目には、この村の強い絆に対する驚きと、かすかな戸惑いの色が浮かんでいるようだった。
貴族の出立といえば、形式的で冷たいものに決まっている。
こんなにも心のこもった見送りは、彼らも見たことがないのだろう。

「リゼット様、どうかご無事で。」
陶工のトウマさんが、真剣な顔で言った。

「あなたのいない村は、火の消えたようです。最高の器を焼いて、巫女様の帰りを待っていますから。」

「カイさん、巫女様を頼みましたよ。」
鍛冶屋の親方が、カイの肩を力強く叩く。

「もしあいつらが無礼な真似をしたら、遠慮はいりませんからな。」
その手には、カイのために特別に打ったという頑丈な棍棒の先端金具が握られていた。

「早く帰ってきて、また文字を教えてくださいね。」
子供たちから、純粋な声が飛ぶ。

「お土産、待ってるからね。」
中には、目に涙を浮かべて私の服の裾を離さない子もいた。
私は、一人一人の顔を見て、力強く頷いた。

「ええ、行ってきます。必ず、この村に帰ってきますから。」
私は、皆に約束した。

「留守の間、村のことをよろしくお願いしますね。長老、アルフレッドが残した薬草の使い方、忘れないでくださいね。」

私の言葉に、村人たちは「はい」「お任せください」と力強く答えた。
長老が、私たちの前に進み出て深々と頭を下げる。

「巫女様、そして村の勇者たちよ。」
長老の声が、厳かに響いた。

「道中のご無事を、村の神々と共にお祈りしております。あなた方は、我らが村の誇りですぞ。」

私たちは、その言葉を胸に刻み込み、ゆっくりと歩き出した。
目指すは、川岸に停めてある私たちの船だ。
騎士団は馬で移動するが、私たちは自分たちの船で川を下ることを強く主張した。
その方が、移動が早いし何より村の誇りである船を使いたかったのだ。

騎士団長は、最初渋い顔をしていた。
しかし、私たちの船の大きさと頑丈さを見て渋々認めてくれた。
彼が乗ってきた馬を数頭、船に乗せるという条件付きで。
彼らにとっても、私たちの行動を監視しやすいという利点があったのだろう。
川岸に着くと、私たちは荷物を手際よく船に積み込んでいく。
燻製の魚や保存食、そして薬草の入った袋。
それらは、村の知恵と愛情が詰まった宝物だった。

「よし、出航だ。」
カイの号令で、若者たちが力強く岸を蹴った。
黒い丸木舟は、ゆっくりと川の流れの中へと滑り出していく。
岸辺では、村人たちがいつまでも見えなくなるまで手を振ってくれていた。
その光景が、私たちの胸を熱くする。

船は川の流れに乗り、東へと進んでいく。
騎士団長たちも、川沿いの道を馬で並走していた。
しばらくは、お互いに言葉を交わすこともなく静かな船旅が続いた。
川の両岸には、見慣れた森の景色が広がっている。
しかし、その景色もいつもとは少し違って見えた。
これから始まる未知の旅への、期待と不安が入り混じった気持ちのせいだろう。

「団長、少しよろしいでしょうか。」
私は、並走する騎士団長に向かって声をかけた。
彼は、馬上から私をちらりと見る。

「何だ。」
その声は、相変わらず無愛想だった。

「王都で、一体何が起きているのですか。差し支えなければ、教えていただけませんか。向かうからには、心の準備も必要ですから。」

私の問いに、騎士団長はしばらく黙っていた。
川のせせらぎと、馬の蹄の音だけが響いている。
彼も、このまま何も話さずに王都へ着くのは得策ではないと考えたのかもしれない。
やがて、彼は重い口を開いた。

「……王都では、奇妙な病が流行している。」
彼の声は、低く沈んでいた。

「人々はそれを、『灰色の眠り病』と呼んでいる。」
「灰色の眠り病、ですか。」
「うむ。最初はただの風邪のような症状だが、やがて高熱が続き、意識が朦朧として眠るように動かなくなる。」
彼は、淡々と説明を続ける。

「そして、肌がまるで灰を被ったように色を失っていくのだ。中央神殿の神官たちが、どれだけ祈りを捧げても病は広まる一方。高名な薬師たちも、匙を投げておる。」

彼の言葉は、私の予想をはるかに超える深刻なものだった。
ただの病ではない、神の力さえ通用しない未知の疫病なのだ。

「それだけではない。王都だけでなく、この辺境領でも異変が起きている。」
騎士団長は、さらに続けた。

「ここ数ヶ月、作物の育ちが極端に悪いのだ。雨は降らず、泉は枯れ始め、土地そのものが力を失っているかのようだ。家畜も次々と原因不明の病で倒れておる。」

土地が、力を失っている。
その言葉に、私ははっとした。
それは、私がこの村に来た時と全く同じ状況ではないか。
枯れた泉、育たない作物。
原因は、土地に根付く土着の神々への信仰が失われたことにあった。
中央の唯一神信仰が、土地本来の力を弱めているのだ。

「辺境伯様は、この事態を深く憂慮されている。」
騎士団長は、私を真っ直ぐに見た。

「そして、ある噂を耳にされたのだ。西の果ての打ち捨てられた土地で、枯れた泉を蘇らせ、不毛の地を豊かな畑に変えた巫女がいる、と。商人ギルドの者たちが、そう吹聴しておるらしい。」

やはり、そうだったのか。
ギデオン殿との交易が、思わぬ形で父の耳に届いたのだ。
父は、その藁にもすがるような思いで私を呼び戻すことにしたのだ。
出来損ないの娘が持つ、不思議な力を利用するために。

「事情は分かりました。ですが団長、私は奇跡を起こせるわけではありません。」
私は、はっきりと告げる。

「私がしたことは、この土地に古くから伝わる知恵を掘り起こしたに過ぎないのです。人々が忘れてしまった、自然との付き合い方を思い出しただけです。」

「その『知恵』とやらが、今の我々には必要なのだ。」
騎士団長は、きっぱりと言い切った。

「辺境伯様は、お前が持つその力を試そうとしておられる。もし、この危機を救うことができれば、過去のことは水に流しヴァインベルク家の一員として改めて迎え入れる、と。お前の姉君たちよりも、丁重に扱うと約束された。」

それは、取引だった。
私にとっては、何の魅力もない取引だ。
もはや、あの家に戻りたいという気持ちは欠片もなかった。
しかし、苦しんでいる人々がいるという事実は無視できない。
私の知識が、彼らの助けになるかもしれないのだ。

「……分かりました、私にできる限りのことはいたしましょう。」
私は、静かに答えた。

「ですが、それはお父様のためではありません。彼の領地で苦しんでいる、名もなき人々のためです。」

私の返事に、騎士団長は少し驚いたような顔をした。
しかし、何も言い返さずにただ前を見据えて馬を進めた。
彼の背中が、どこか少しだけ小さく見えた。
彼もまた、この国の未来を憂う一人の騎士なのだろう。

船旅は、数日間続いた。
川を下るにつれて、周りの景色は少しずつ変わっていった。
鬱蒼とした森が途切れ、人の手が入った畑や小さな村が見え始める。
しかし、そのどれもが活気がなく寂れているようだった。
畑は乾ききっており、作物は枯れかかっている。
村を歩く人々の顔にも、笑顔はなかった。
時折、家の窓から病人のものと思われる呻き声が聞こえてきて、カイや若者たちは顔をしかめた。

私は、船の上からその土地の様子を注意深く観察した。
民俗学者としての、私の目が疼く。
道端に、打ち捨てられたように置かれた小さな石の祠。
家の軒先に、意味も分からず飾られている枯れた草の束。
それらは全て、かつてこの土地にあった豊かな信仰の残り香だった。

人々は、土地の神々の力を忘れ、その祀り方も忘れてしまったのだ。
その結果、土地は力を失い病が蔓延する。
全ての事象が、一本の線で繋がっていくようだった。
病の原因は、ウイルスや菌ではない。
もっと根源的な、土地と人との関係性の崩壊にあるのだ。

やがて、前方に大きな町の城壁が見えてきた。
辺境伯の居城がある、この土地の中心都市ラトナだった。
しかし、その町もまた重苦しい空気に包まれている。
城壁の上には、病の侵入を防ぐためか多くの兵士が警戒していた。
彼らの顔は、疲労でこわばっている。

船着き場も、以前訪れた時のような活気はない。
人々は、互いに距離を取りながら足早に歩いている。
町のあちこちから、病人の苦しむ声や家族の嘆きが聞こえてくるようだった。
以前は美味しそうな匂いが漂っていた市場も、閑散としていた。

「ここが、お父様の治める町……」
私は、その光景に言葉を失った。
豊かであるはずの中心都市が、これほどまでに疲弊しているとは。

私たちは、騎士団に先導されて町の中へと入っていく。
カイや若者たちは、その異様な雰囲気に息を飲んでいた。
道端には、病で倒れている人々もいる。
しかし、誰も助け起こそうとはしない。
誰もが、病の恐怖に心を支配されていた。

私たちは、町の中心にそびえる辺境伯の城館へと向かった。
重々しい城門が、ぎいという音を立てて開かれる。
そこは、私が生まれ育った場所のはずだった。
しかし、今はまるで知らない場所のように感じられた。
手入れの行き届いていたはずの庭園は荒れ果て、噴水の水も枯れていた。

中庭を抜け、大きな扉の前で私たちは足を止める。
この扉の向こうに、私を捨てた家族がいる。
一体、どんな顔をして私を迎えるのだろうか。
私は、一度だけ深く息を吸い込んだ。
そして、隣に立つカイの顔を見る。
彼は、心配そうな目で私を見つめ、そして力強く頷いた。
「俺たちがついています」と、その目が語っていた。
その無言の励ましに、私は勇気をもらう。

「リゼット様、辺境伯様がお待ちです。」
兵士の一人が、冷たい声で言った。
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