14 / 36
14
しおりを挟む
次の日の朝、私は太陽がのぼると共に目を覚ました。
昨日までのほこりっぽい客間ではなく、この屋敷で最も日当たりの良い主の寝室で。
もちろん、アルフォンスとイザベラを追い出して、私が使うことにしたのだ。
ベッドから出ると、すぐにメイドがやってきて私の着がえを手伝ってくれる。
私が選んだのは、ポルタで作らせた動きやすいシンプルなワンピースだ。
もう、あのつぎはぎだらけの服を着ることはない。
朝食の席に着くと、そこにはすでに三人の家族が重苦しい空気で座っていた。
アルフォンス、イザベラ、そしてセシリア。
彼らの前には、黒パンと、うすい野菜スープ、そして水が入ったグラスだけが置かれている。
昨日までの、豪華な食事とはまったくちがう。
「おはようございます」
私が声をかけると、三人はびくりとしたように顔を上げた。
その目は、おびえとにくしみが入りまじっている。
「……おはよう、リリア」
アルフォンスが、なんとかそれだけを返した。
イザベラとセシリアは、うつむいたまま何も言わない。
「ヘクター兄様は、どうしましたか?」
私がたずねると、セシリアがはき捨てるように言った。
「部屋に、閉じこもっていますわ。『こんな食事、ブタのエサだ』ですって」
「そうですか、では今日の彼の食事は、ぬきですね」
私は、へいきな顔で言い放った。
「なっ……! あなた、本気で言っているの!?」
セシリアが、信じられないといった様子で私をにらみつける。
「もちろんです、食べたくないのなら食べる必要はありません。食費の節約になりますし、ちょうどいい」
「彼が、お腹が空いたと泣きついてくるまで、食事は一切あたえないでください。料理長には、そう伝えてあります」
私の言葉に、セシリアは息を飲んだ。
この四歳の妹が、本気で自分たちを支配するつもりなのだと、ようやく理解したのだろう。
朝食を終えると、私は早速、次の行動にうつった。
「アルフォンス様、今日はあなたにお仕事をお願いします」
「し、仕事だと……?」
アルフォンスは、とまどったように私を見つめた。
「ええ、この屋敷にある不要な家具や美術品のリストを作っていただきます」
「それらを、ポルタの市場で売り、とりあえずのお金にするのです。一点たりとも、見逃さないでくださいね」
「そ、そんな……! あれは、昔からアークライト家に伝わる、大切な品々だぞ……!」
「もはや、過去の栄光にすがっている場合ではありません。それとも、あなた自身が不正に得たお金で、うめあわせをしますか?」
私の言葉に、アルフォンスは何も言えなくなった。
彼は、くやしそうにくちびるをかむと、重い足取りで部屋を出ていった。
「イザベラ母様と、セシリア姉様は、屋敷中のそうじをお願いします。すみからすみまで、てっていてきに、です」
「使用人の数が減って、屋敷はほこりだらけですからね。まずは、自分たちが住む場所を自分たちの手できれいにすることから始めましょう」
「わ、私たちが、そうじをですって……!? メイドの仕事を、やれと言うの!?」
セシリアが、かん高い声を上げた。
「ええ、そうです。何か、問題でも?」
「当たり前でしょう! 私は、子爵家のむすめよ! そんな、みっともないこと、できるわけが……」
「では、今日からあなたは、ただのセシリアです。子爵令嬢という身分が、そうじもできないほどえらいものだとは知りませんでした」
「いやなら、やらなくても結構ですよ。その代わり、食事もベッドもあなたには提供しませんが」
私のおどしに、セシリアは顔を真っ青にしてだまりこんだ。
イザベラ母様が、ふるえる声でむすめをさとす。
「……やるしか、ないのよ、セシリア。あの子は、本気だわ……」
こうして、私は何もできない家族たちに、それぞれ生まれて初めてであろう、「労働」をあたえた。
彼らが、文句を言いながらも私の指示にしたがって働くすがたを、私は仕事部屋の窓からつめたくながめていた。
「さて、と。私も、仕事を始めましょうか」
私は、山積みになった帳簿の山に向き直った。
まずは、この家の正確な資産と借金を洗い出す。
収入と支出の一覧表を作り、家の状態を分かりやすくするのだ。
私は、おどろくべき集中力で帳簿の数字を読みといていく。
前の世界で、何百という会社の決算書を見てきた私にとって、この程度の簡単な帳簿など子供の落書きと同じだ。
数字の裏にかくされた、お金の流れ、そして不正のあとを一つ、また一つとあばき出していく。
その作業は、昼食もわすれるほどむちゅうになれるものだった。
フェンとノクスは、私の足元でしずかに丸くなっている。
彼らがそばにいてくれるだけで、私の心は不思議と落ちついた。
午後になり、私は次のステップに進むことにした。
屋敷の内部の問題は、とりあえずこれでいい。
次にやるべきことは、この領地そのものの立て直しだ。
「ヘクター兄様は、まだ部屋に?」
私が、近くにいたメイドにたずねるとメイドは困ったようにうなずいた。
「はい……、一度も出ていらっしゃいません」
「そうですか、ではむりやり引きずり出してきてください。これから、領地の様子を見に行きます。彼にも、ついてきてもらいますので」
「か、かしこまりました!」
メイドは、あわてて部屋を飛び出していった。
しばらくすると、二人の体ががんじょうな庭師に両脇をかかえられ、なさけないすがたで引きずられてくるヘクター兄様のすがたがあった。
「離せ、このしつれいなやつらめ! 俺を、誰だと思っているんだ!」
ヘクター兄様は、必死に抵抗しているが、全くかなわない。
「やあ、ヘクター兄様。ようやく、お目覚めですか」
私が声をかけると、ヘクター兄様は私をころしてやりそうな勢いでにらみつけてきた。
「リリア……! てめえ、何のつもりだ!」
「何のつもり、とは? これから、私たちの『領地』を見に行くんですよ。
次の当主である、あなたも当然ついてくるべきでしょう?」
「誰が、貴様なんかと……!」
「いやですか? では、このまま地下のろうやにでも、つないでおきましょうか。食事も、水もなしで」
「それとも、今すぐこの家から放り出されたいですか? ポルタまで、歩いて帰るのも面白いかもしれませんね」
私の言葉に、ヘクター兄様の顔がひきつった。
彼は、しばらく私をにらみつけていたが、やがてあきらめたように抵抗をやめた。
「……分かった、行けばいいんだろ、行けば」
その声には、くつじょくの色がこくにごっている。
私は、まんぞくそうにうなずくと玄関へと向かった。
そこには、すでに馬が一頭、用意されている。
「さあ、乗りなさい。二人乗りで行きますよ」
私が馬にまたがると、ヘクター兄様はいやそうな顔をした。
「俺が、貴様の後ろだと……? ふざけるな!」
「では、歩いてついてきますか? どうぞ、ご自由に」
私は、手綱をにぎり馬を歩かせようとした。
「……っ! 待て!」
結局、ヘクター兄様は、いやいや私の後ろにまたがった。
子供の私よりも、ずっと体の大きな彼が私の背中にしがみつくように乗るすがたは、どこか面白かった。
私たちは、フェンとノクスを連れて屋敷を出発した。
目指すは、領地の中心にある一番大きな村だ。
馬を走らせながら、私は背後の兄に話しかけた。
「兄様は、領地の村をおとずれたことがありますか?」
「……ない、俺があんな、どろくさい場所に行くわけがないだろう」
予想通りの答えだった。
この男は、自分が治めることになる領民の顔も、くらしも何も知らないのだ。
「そうですか、では今日がいい勉強になりますね」
やがて、村が見えてきた。
しかし、その光景は私が想像していた以上にひさんなものだった。
ほとんどの家は、壁がくずれ屋根には穴が空いている。
畑は、ざっそうがおいしげり、まともに作物が育っている様子はない。
村の中を歩いているのは、年よりと子供ばかり。
若い男たちのすがたは、ほとんど見えなかった。
おそらく、重い税金からのがれるために村を捨てて、どこかへ働きに出てしまったのだろう。
村人たちは、私たちのすがたを見るとおびえたように、家の中に隠れてしまった。
その目には、領主に対する、信じられないという気持ちとにくしみが浮かんでいる。
「……なんだ、この村は。まるで、ゴーストタウンじゃないか」
ヘクター兄様が、ぼうぜんとしてつぶやいた。
彼にとっても、この光景はしょうげき的だったらしい。
「これが、現実ですよ、兄様」
私は、馬から降りると一軒の家のドアをたたいた。
しばらくして、中からやせこけた年取った女性が、おそるおそる顔を出す。
「……ご、ご領主様……。何の、ご用で……」
女性は、私たちのすがたを見てふるえ上がっている。
「こんにちは、私はリリア・アークライト。少し、お話を聞かせてもらえませんか?」
私は、できるだけやさしい声で話しかけた。
そして、ふところから小さなぬのぶくろを取り出す。
中には、ポルタで買ってきたあまいアメ玉が入っていた。
「これは、ほんの気持ちのものです。お孫さんにでも、あげてください」
私が、アメ玉の入ったふくろを差し出すと、女性は信じられないといった様子で、私とふくろを交互に見つめた。
やがて、彼女はふるえる手でそれを受け取った。
「……あ、ありがとうございます……」
その目から、ぽろりと一筋のなみだがこぼれ落ちた。
たった、これだけのことでなみだを流すほど、この村の人々はおいつめられているのだ。
私は、その女性から村の今の状況について、くわしく話を聞いた。
やはり、アルフォンスがかせた、とんでもない重税が全ての原因だった。
取れた作物の、七割を税として取り立てる。
これでは、領民が生きていけるはずがない。
さらに、数年前に川のつつみが一部、こわれたらしい。
しかし、アルフォンスはその修理のお金を出すことをことわった。
そのため、大雨がふるたびに畑は水浸しになってしまうのだという。
「……ひどすぎる」
話を聞き終えた時、私のとなりでヘクター兄様がぽつんと言った。
その顔は、真っ青だった。
彼も、さすがにことの重大さを理解したらしい。
私は、女性に深々と頭を下げた。
「お話、ありがとうございました。約束します、この村は私が必ず立て直してみせます」
私の言葉に、女性はただぼうぜんと私を見つめていた。
その目には、まだ信じられないという、うたがいの色がこい。
信頼を、取りもどすのは簡単なことではないだろう。
私たちは、村を後にした。
屋敷への帰り道、ヘクター兄様は一言も口を利かなかった。
彼の心の中で、何かが大きく変わり始めている。
私には、それが分かった。
屋敷に戻ると、私はすぐに仕事部屋にこもった。
そして、新しい羊皮紙に向かい、ペンを走らせ始める。
私が書いていたのは、「アークライト領・緊急経済さいけん計画書」だ。
まずは、税率を三割にまで引き下げること。
そして、ギルドから資金をかりて、いそいでつつみの修理工事を始めること。
やるべきことは、山積みだった。
昨日までのほこりっぽい客間ではなく、この屋敷で最も日当たりの良い主の寝室で。
もちろん、アルフォンスとイザベラを追い出して、私が使うことにしたのだ。
ベッドから出ると、すぐにメイドがやってきて私の着がえを手伝ってくれる。
私が選んだのは、ポルタで作らせた動きやすいシンプルなワンピースだ。
もう、あのつぎはぎだらけの服を着ることはない。
朝食の席に着くと、そこにはすでに三人の家族が重苦しい空気で座っていた。
アルフォンス、イザベラ、そしてセシリア。
彼らの前には、黒パンと、うすい野菜スープ、そして水が入ったグラスだけが置かれている。
昨日までの、豪華な食事とはまったくちがう。
「おはようございます」
私が声をかけると、三人はびくりとしたように顔を上げた。
その目は、おびえとにくしみが入りまじっている。
「……おはよう、リリア」
アルフォンスが、なんとかそれだけを返した。
イザベラとセシリアは、うつむいたまま何も言わない。
「ヘクター兄様は、どうしましたか?」
私がたずねると、セシリアがはき捨てるように言った。
「部屋に、閉じこもっていますわ。『こんな食事、ブタのエサだ』ですって」
「そうですか、では今日の彼の食事は、ぬきですね」
私は、へいきな顔で言い放った。
「なっ……! あなた、本気で言っているの!?」
セシリアが、信じられないといった様子で私をにらみつける。
「もちろんです、食べたくないのなら食べる必要はありません。食費の節約になりますし、ちょうどいい」
「彼が、お腹が空いたと泣きついてくるまで、食事は一切あたえないでください。料理長には、そう伝えてあります」
私の言葉に、セシリアは息を飲んだ。
この四歳の妹が、本気で自分たちを支配するつもりなのだと、ようやく理解したのだろう。
朝食を終えると、私は早速、次の行動にうつった。
「アルフォンス様、今日はあなたにお仕事をお願いします」
「し、仕事だと……?」
アルフォンスは、とまどったように私を見つめた。
「ええ、この屋敷にある不要な家具や美術品のリストを作っていただきます」
「それらを、ポルタの市場で売り、とりあえずのお金にするのです。一点たりとも、見逃さないでくださいね」
「そ、そんな……! あれは、昔からアークライト家に伝わる、大切な品々だぞ……!」
「もはや、過去の栄光にすがっている場合ではありません。それとも、あなた自身が不正に得たお金で、うめあわせをしますか?」
私の言葉に、アルフォンスは何も言えなくなった。
彼は、くやしそうにくちびるをかむと、重い足取りで部屋を出ていった。
「イザベラ母様と、セシリア姉様は、屋敷中のそうじをお願いします。すみからすみまで、てっていてきに、です」
「使用人の数が減って、屋敷はほこりだらけですからね。まずは、自分たちが住む場所を自分たちの手できれいにすることから始めましょう」
「わ、私たちが、そうじをですって……!? メイドの仕事を、やれと言うの!?」
セシリアが、かん高い声を上げた。
「ええ、そうです。何か、問題でも?」
「当たり前でしょう! 私は、子爵家のむすめよ! そんな、みっともないこと、できるわけが……」
「では、今日からあなたは、ただのセシリアです。子爵令嬢という身分が、そうじもできないほどえらいものだとは知りませんでした」
「いやなら、やらなくても結構ですよ。その代わり、食事もベッドもあなたには提供しませんが」
私のおどしに、セシリアは顔を真っ青にしてだまりこんだ。
イザベラ母様が、ふるえる声でむすめをさとす。
「……やるしか、ないのよ、セシリア。あの子は、本気だわ……」
こうして、私は何もできない家族たちに、それぞれ生まれて初めてであろう、「労働」をあたえた。
彼らが、文句を言いながらも私の指示にしたがって働くすがたを、私は仕事部屋の窓からつめたくながめていた。
「さて、と。私も、仕事を始めましょうか」
私は、山積みになった帳簿の山に向き直った。
まずは、この家の正確な資産と借金を洗い出す。
収入と支出の一覧表を作り、家の状態を分かりやすくするのだ。
私は、おどろくべき集中力で帳簿の数字を読みといていく。
前の世界で、何百という会社の決算書を見てきた私にとって、この程度の簡単な帳簿など子供の落書きと同じだ。
数字の裏にかくされた、お金の流れ、そして不正のあとを一つ、また一つとあばき出していく。
その作業は、昼食もわすれるほどむちゅうになれるものだった。
フェンとノクスは、私の足元でしずかに丸くなっている。
彼らがそばにいてくれるだけで、私の心は不思議と落ちついた。
午後になり、私は次のステップに進むことにした。
屋敷の内部の問題は、とりあえずこれでいい。
次にやるべきことは、この領地そのものの立て直しだ。
「ヘクター兄様は、まだ部屋に?」
私が、近くにいたメイドにたずねるとメイドは困ったようにうなずいた。
「はい……、一度も出ていらっしゃいません」
「そうですか、ではむりやり引きずり出してきてください。これから、領地の様子を見に行きます。彼にも、ついてきてもらいますので」
「か、かしこまりました!」
メイドは、あわてて部屋を飛び出していった。
しばらくすると、二人の体ががんじょうな庭師に両脇をかかえられ、なさけないすがたで引きずられてくるヘクター兄様のすがたがあった。
「離せ、このしつれいなやつらめ! 俺を、誰だと思っているんだ!」
ヘクター兄様は、必死に抵抗しているが、全くかなわない。
「やあ、ヘクター兄様。ようやく、お目覚めですか」
私が声をかけると、ヘクター兄様は私をころしてやりそうな勢いでにらみつけてきた。
「リリア……! てめえ、何のつもりだ!」
「何のつもり、とは? これから、私たちの『領地』を見に行くんですよ。
次の当主である、あなたも当然ついてくるべきでしょう?」
「誰が、貴様なんかと……!」
「いやですか? では、このまま地下のろうやにでも、つないでおきましょうか。食事も、水もなしで」
「それとも、今すぐこの家から放り出されたいですか? ポルタまで、歩いて帰るのも面白いかもしれませんね」
私の言葉に、ヘクター兄様の顔がひきつった。
彼は、しばらく私をにらみつけていたが、やがてあきらめたように抵抗をやめた。
「……分かった、行けばいいんだろ、行けば」
その声には、くつじょくの色がこくにごっている。
私は、まんぞくそうにうなずくと玄関へと向かった。
そこには、すでに馬が一頭、用意されている。
「さあ、乗りなさい。二人乗りで行きますよ」
私が馬にまたがると、ヘクター兄様はいやそうな顔をした。
「俺が、貴様の後ろだと……? ふざけるな!」
「では、歩いてついてきますか? どうぞ、ご自由に」
私は、手綱をにぎり馬を歩かせようとした。
「……っ! 待て!」
結局、ヘクター兄様は、いやいや私の後ろにまたがった。
子供の私よりも、ずっと体の大きな彼が私の背中にしがみつくように乗るすがたは、どこか面白かった。
私たちは、フェンとノクスを連れて屋敷を出発した。
目指すは、領地の中心にある一番大きな村だ。
馬を走らせながら、私は背後の兄に話しかけた。
「兄様は、領地の村をおとずれたことがありますか?」
「……ない、俺があんな、どろくさい場所に行くわけがないだろう」
予想通りの答えだった。
この男は、自分が治めることになる領民の顔も、くらしも何も知らないのだ。
「そうですか、では今日がいい勉強になりますね」
やがて、村が見えてきた。
しかし、その光景は私が想像していた以上にひさんなものだった。
ほとんどの家は、壁がくずれ屋根には穴が空いている。
畑は、ざっそうがおいしげり、まともに作物が育っている様子はない。
村の中を歩いているのは、年よりと子供ばかり。
若い男たちのすがたは、ほとんど見えなかった。
おそらく、重い税金からのがれるために村を捨てて、どこかへ働きに出てしまったのだろう。
村人たちは、私たちのすがたを見るとおびえたように、家の中に隠れてしまった。
その目には、領主に対する、信じられないという気持ちとにくしみが浮かんでいる。
「……なんだ、この村は。まるで、ゴーストタウンじゃないか」
ヘクター兄様が、ぼうぜんとしてつぶやいた。
彼にとっても、この光景はしょうげき的だったらしい。
「これが、現実ですよ、兄様」
私は、馬から降りると一軒の家のドアをたたいた。
しばらくして、中からやせこけた年取った女性が、おそるおそる顔を出す。
「……ご、ご領主様……。何の、ご用で……」
女性は、私たちのすがたを見てふるえ上がっている。
「こんにちは、私はリリア・アークライト。少し、お話を聞かせてもらえませんか?」
私は、できるだけやさしい声で話しかけた。
そして、ふところから小さなぬのぶくろを取り出す。
中には、ポルタで買ってきたあまいアメ玉が入っていた。
「これは、ほんの気持ちのものです。お孫さんにでも、あげてください」
私が、アメ玉の入ったふくろを差し出すと、女性は信じられないといった様子で、私とふくろを交互に見つめた。
やがて、彼女はふるえる手でそれを受け取った。
「……あ、ありがとうございます……」
その目から、ぽろりと一筋のなみだがこぼれ落ちた。
たった、これだけのことでなみだを流すほど、この村の人々はおいつめられているのだ。
私は、その女性から村の今の状況について、くわしく話を聞いた。
やはり、アルフォンスがかせた、とんでもない重税が全ての原因だった。
取れた作物の、七割を税として取り立てる。
これでは、領民が生きていけるはずがない。
さらに、数年前に川のつつみが一部、こわれたらしい。
しかし、アルフォンスはその修理のお金を出すことをことわった。
そのため、大雨がふるたびに畑は水浸しになってしまうのだという。
「……ひどすぎる」
話を聞き終えた時、私のとなりでヘクター兄様がぽつんと言った。
その顔は、真っ青だった。
彼も、さすがにことの重大さを理解したらしい。
私は、女性に深々と頭を下げた。
「お話、ありがとうございました。約束します、この村は私が必ず立て直してみせます」
私の言葉に、女性はただぼうぜんと私を見つめていた。
その目には、まだ信じられないという、うたがいの色がこい。
信頼を、取りもどすのは簡単なことではないだろう。
私たちは、村を後にした。
屋敷への帰り道、ヘクター兄様は一言も口を利かなかった。
彼の心の中で、何かが大きく変わり始めている。
私には、それが分かった。
屋敷に戻ると、私はすぐに仕事部屋にこもった。
そして、新しい羊皮紙に向かい、ペンを走らせ始める。
私が書いていたのは、「アークライト領・緊急経済さいけん計画書」だ。
まずは、税率を三割にまで引き下げること。
そして、ギルドから資金をかりて、いそいでつつみの修理工事を始めること。
やるべきことは、山積みだった。
1,161
あなたにおすすめの小説
役立たずの【清浄】スキルと追放された私、聖女の浄化が効かない『呪われた森』を清めたら、もふもふ達と精霊に囲まれる楽園になりました
☆ほしい
ファンタジー
侯爵令嬢のエリアーナは、ただ汚れを落とすだけの地味なスキル【清浄】を持つことから、役立たずと蔑まれていた。
ある日、絶大な聖なる力を持つ「聖女」が現れたことで、婚約者である王太子から婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。
行くあてもなく、誰も近づかない『呪われた森』へと逃げ込んだエリアーナ。
しかし、彼女が何気なくスキルを使うと、森を覆っていた邪悪な呪いがみるみる浄化されていく。
実は彼女の【清浄】は、あらゆる穢れや呪いを根源から消し去る、伝説級の浄化能力だったのだ。
呪いが解けた森は本来の美しい姿を取り戻し、伝説の聖域として蘇る。
その力に引き寄せられ、エリアーナのもとには聖獣の子供や精霊、もふもふの動物たちが次々と集まってきて……。
一方その頃、聖女の力では浄化できない災厄に見舞われた王国は、エリアーナを追放したことを激しく後悔し始めていた。
聖水が「無味無臭」というだけで能無しと追放された聖女ですが、前世が化学研究者だったので、相棒のスライムと辺境でポーション醸造所を始めます
☆ほしい
ファンタジー
聖女エリアーナの生み出す聖水は、万物を浄化する力を持つものの「無味無臭」で効果が分かりにくいため、「能無し」の烙印を押され王都から追放されてしまう。
絶望の淵で彼女は思い出す。前世が、物質の配合を極めた化学研究者だったことを。
「この完璧な純水……これ以上の溶媒はないじゃない!」
辺境の地で助けたスライムを相棒に、エリアーナは前世の知識と「能無し」の聖水を組み合わせ、常識を覆す高品質なポーション作りを始める。やがて彼女の作るポーションは国を揺るがす大ヒット商品となり、彼女を追放した者たちが手のひらを返して戻ってくるよう懇願するが――もう遅い。
いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
魔力がないと決めつけられ、乳母アズメロウと共に彼女の嫁ぎ先に捨てられたラミュレン。だが乳母の夫は、想像以上の嫌な奴だった。
乳母の息子であるリュミアンもまた、実母のことを知らず、父とその愛人のいる冷たい家庭で生きていた。
そんなに邪魔なら、お望み通りに消えましょう。
(小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれた浄化師の私、一族に使い潰されかけたので前世の知識で独立します
☆ほしい
ファンタジー
呪いを浄化する『浄化師』の一族に生まれたセレン。
しかし、微弱な魔力しか持たない彼女は『ゴミ溜め場の聖女』と蔑まれ、命を削る危険な呪具の浄化ばかりを押し付けられる日々を送っていた。
ある日、一族の次期当主である兄に、身代わりとして死の呪いがかかった遺物の浄化を強要される。
死を覚悟した瞬間、セレンは前世の記憶を思い出す。――自分が、歴史的な遺物を修復する『文化財修復師』だったことを。
「これは、呪いじゃない。……経年劣化による、素材の悲鳴だ」
化学知識と修復技術。前世のスキルを応用し、奇跡的に生還したセレンは、搾取されるだけの人生に別れを告げる。
これは、ガラクタ同然の呪具に秘められた真の価値を見出す少女が、自らの工房を立ち上げ、やがて国中の誰もが無視できない存在へと成り上がっていく物語。
王妃ですが都からの追放を言い渡されたので、田舎暮らしを楽しみます!
藤野ひま
ファンタジー
わたくし王妃の身でありながら、夫から婚姻破棄と王都から出て行く事を言い渡されました。
初めての田舎暮らしは……楽しいのですが?!
夫や、かの女性は王城でお元気かしら?
わたくしは元気にしておりますので、ご心配御無用です!
〔『仮面の王と風吹く国の姫君』の続編となります。できるだけこちらだけでわかるようにしています。が、気になったら前作にも立ち寄っていただけると嬉しいです〕〔ただ、ネタバレ的要素がありますのでご了承ください〕
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
新作
【あやかしたちのとまり木の日常】
連載開始しました。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる