ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

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次の日の朝、私は太陽がのぼると共に目を覚ました。
昨日までのほこりっぽい客間ではなく、この屋敷で最も日当たりの良い主の寝室で。
もちろん、アルフォンスとイザベラを追い出して、私が使うことにしたのだ。

ベッドから出ると、すぐにメイドがやってきて私の着がえを手伝ってくれる。
私が選んだのは、ポルタで作らせた動きやすいシンプルなワンピースだ。
もう、あのつぎはぎだらけの服を着ることはない。

朝食の席に着くと、そこにはすでに三人の家族が重苦しい空気で座っていた。
アルフォンス、イザベラ、そしてセシリア。
彼らの前には、黒パンと、うすい野菜スープ、そして水が入ったグラスだけが置かれている。
昨日までの、豪華な食事とはまったくちがう。

「おはようございます」

私が声をかけると、三人はびくりとしたように顔を上げた。
その目は、おびえとにくしみが入りまじっている。

「……おはよう、リリア」

アルフォンスが、なんとかそれだけを返した。
イザベラとセシリアは、うつむいたまま何も言わない。

「ヘクター兄様は、どうしましたか?」

私がたずねると、セシリアがはき捨てるように言った。

「部屋に、閉じこもっていますわ。『こんな食事、ブタのエサだ』ですって」

「そうですか、では今日の彼の食事は、ぬきですね」

私は、へいきな顔で言い放った。

「なっ……! あなた、本気で言っているの!?」

セシリアが、信じられないといった様子で私をにらみつける。

「もちろんです、食べたくないのなら食べる必要はありません。食費の節約になりますし、ちょうどいい」
「彼が、お腹が空いたと泣きついてくるまで、食事は一切あたえないでください。料理長には、そう伝えてあります」

私の言葉に、セシリアは息を飲んだ。
この四歳の妹が、本気で自分たちを支配するつもりなのだと、ようやく理解したのだろう。

朝食を終えると、私は早速、次の行動にうつった。

「アルフォンス様、今日はあなたにお仕事をお願いします」

「し、仕事だと……?」

アルフォンスは、とまどったように私を見つめた。

「ええ、この屋敷にある不要な家具や美術品のリストを作っていただきます」
「それらを、ポルタの市場で売り、とりあえずのお金にするのです。一点たりとも、見逃さないでくださいね」

「そ、そんな……! あれは、昔からアークライト家に伝わる、大切な品々だぞ……!」

「もはや、過去の栄光にすがっている場合ではありません。それとも、あなた自身が不正に得たお金で、うめあわせをしますか?」

私の言葉に、アルフォンスは何も言えなくなった。
彼は、くやしそうにくちびるをかむと、重い足取りで部屋を出ていった。

「イザベラ母様と、セシリア姉様は、屋敷中のそうじをお願いします。すみからすみまで、てっていてきに、です」
「使用人の数が減って、屋敷はほこりだらけですからね。まずは、自分たちが住む場所を自分たちの手できれいにすることから始めましょう」

「わ、私たちが、そうじをですって……!? メイドの仕事を、やれと言うの!?」

セシリアが、かん高い声を上げた。

「ええ、そうです。何か、問題でも?」

「当たり前でしょう! 私は、子爵家のむすめよ! そんな、みっともないこと、できるわけが……」

「では、今日からあなたは、ただのセシリアです。子爵令嬢という身分が、そうじもできないほどえらいものだとは知りませんでした」
「いやなら、やらなくても結構ですよ。その代わり、食事もベッドもあなたには提供しませんが」

私のおどしに、セシリアは顔を真っ青にしてだまりこんだ。
イザベラ母様が、ふるえる声でむすめをさとす。

「……やるしか、ないのよ、セシリア。あの子は、本気だわ……」

こうして、私は何もできない家族たちに、それぞれ生まれて初めてであろう、「労働」をあたえた。
彼らが、文句を言いながらも私の指示にしたがって働くすがたを、私は仕事部屋の窓からつめたくながめていた。

「さて、と。私も、仕事を始めましょうか」

私は、山積みになった帳簿の山に向き直った。
まずは、この家の正確な資産と借金を洗い出す。
収入と支出の一覧表を作り、家の状態を分かりやすくするのだ。

私は、おどろくべき集中力で帳簿の数字を読みといていく。
前の世界で、何百という会社の決算書を見てきた私にとって、この程度の簡単な帳簿など子供の落書きと同じだ。
数字の裏にかくされた、お金の流れ、そして不正のあとを一つ、また一つとあばき出していく。

その作業は、昼食もわすれるほどむちゅうになれるものだった。
フェンとノクスは、私の足元でしずかに丸くなっている。
彼らがそばにいてくれるだけで、私の心は不思議と落ちついた。

午後になり、私は次のステップに進むことにした。
屋敷の内部の問題は、とりあえずこれでいい。
次にやるべきことは、この領地そのものの立て直しだ。

「ヘクター兄様は、まだ部屋に?」

私が、近くにいたメイドにたずねるとメイドは困ったようにうなずいた。

「はい……、一度も出ていらっしゃいません」

「そうですか、ではむりやり引きずり出してきてください。これから、領地の様子を見に行きます。彼にも、ついてきてもらいますので」

「か、かしこまりました!」

メイドは、あわてて部屋を飛び出していった。
しばらくすると、二人の体ががんじょうな庭師に両脇をかかえられ、なさけないすがたで引きずられてくるヘクター兄様のすがたがあった。

「離せ、このしつれいなやつらめ! 俺を、誰だと思っているんだ!」

ヘクター兄様は、必死に抵抗しているが、全くかなわない。

「やあ、ヘクター兄様。ようやく、お目覚めですか」

私が声をかけると、ヘクター兄様は私をころしてやりそうな勢いでにらみつけてきた。

「リリア……! てめえ、何のつもりだ!」

「何のつもり、とは? これから、私たちの『領地』を見に行くんですよ。
次の当主である、あなたも当然ついてくるべきでしょう?」

「誰が、貴様なんかと……!」

「いやですか? では、このまま地下のろうやにでも、つないでおきましょうか。食事も、水もなしで」
「それとも、今すぐこの家から放り出されたいですか? ポルタまで、歩いて帰るのも面白いかもしれませんね」

私の言葉に、ヘクター兄様の顔がひきつった。
彼は、しばらく私をにらみつけていたが、やがてあきらめたように抵抗をやめた。

「……分かった、行けばいいんだろ、行けば」

その声には、くつじょくの色がこくにごっている。
私は、まんぞくそうにうなずくと玄関へと向かった。
そこには、すでに馬が一頭、用意されている。

「さあ、乗りなさい。二人乗りで行きますよ」

私が馬にまたがると、ヘクター兄様はいやそうな顔をした。

「俺が、貴様の後ろだと……? ふざけるな!」

「では、歩いてついてきますか? どうぞ、ご自由に」

私は、手綱をにぎり馬を歩かせようとした。

「……っ! 待て!」

結局、ヘクター兄様は、いやいや私の後ろにまたがった。
子供の私よりも、ずっと体の大きな彼が私の背中にしがみつくように乗るすがたは、どこか面白かった。

私たちは、フェンとノクスを連れて屋敷を出発した。
目指すは、領地の中心にある一番大きな村だ。
馬を走らせながら、私は背後の兄に話しかけた。

「兄様は、領地の村をおとずれたことがありますか?」

「……ない、俺があんな、どろくさい場所に行くわけがないだろう」

予想通りの答えだった。
この男は、自分が治めることになる領民の顔も、くらしも何も知らないのだ。

「そうですか、では今日がいい勉強になりますね」

やがて、村が見えてきた。
しかし、その光景は私が想像していた以上にひさんなものだった。
ほとんどの家は、壁がくずれ屋根には穴が空いている。
畑は、ざっそうがおいしげり、まともに作物が育っている様子はない。

村の中を歩いているのは、年よりと子供ばかり。
若い男たちのすがたは、ほとんど見えなかった。
おそらく、重い税金からのがれるために村を捨てて、どこかへ働きに出てしまったのだろう。

村人たちは、私たちのすがたを見るとおびえたように、家の中に隠れてしまった。
その目には、領主に対する、信じられないという気持ちとにくしみが浮かんでいる。

「……なんだ、この村は。まるで、ゴーストタウンじゃないか」

ヘクター兄様が、ぼうぜんとしてつぶやいた。
彼にとっても、この光景はしょうげき的だったらしい。

「これが、現実ですよ、兄様」

私は、馬から降りると一軒の家のドアをたたいた。
しばらくして、中からやせこけた年取った女性が、おそるおそる顔を出す。

「……ご、ご領主様……。何の、ご用で……」

女性は、私たちのすがたを見てふるえ上がっている。

「こんにちは、私はリリア・アークライト。少し、お話を聞かせてもらえませんか?」

私は、できるだけやさしい声で話しかけた。
そして、ふところから小さなぬのぶくろを取り出す。
中には、ポルタで買ってきたあまいアメ玉が入っていた。

「これは、ほんの気持ちのものです。お孫さんにでも、あげてください」

私が、アメ玉の入ったふくろを差し出すと、女性は信じられないといった様子で、私とふくろを交互に見つめた。
やがて、彼女はふるえる手でそれを受け取った。

「……あ、ありがとうございます……」

その目から、ぽろりと一筋のなみだがこぼれ落ちた。
たった、これだけのことでなみだを流すほど、この村の人々はおいつめられているのだ。

私は、その女性から村の今の状況について、くわしく話を聞いた。
やはり、アルフォンスがかせた、とんでもない重税が全ての原因だった。
取れた作物の、七割を税として取り立てる。
これでは、領民が生きていけるはずがない。

さらに、数年前に川のつつみが一部、こわれたらしい。
しかし、アルフォンスはその修理のお金を出すことをことわった。
そのため、大雨がふるたびに畑は水浸しになってしまうのだという。

「……ひどすぎる」

話を聞き終えた時、私のとなりでヘクター兄様がぽつんと言った。
その顔は、真っ青だった。
彼も、さすがにことの重大さを理解したらしい。

私は、女性に深々と頭を下げた。

「お話、ありがとうございました。約束します、この村は私が必ず立て直してみせます」

私の言葉に、女性はただぼうぜんと私を見つめていた。
その目には、まだ信じられないという、うたがいの色がこい。
信頼を、取りもどすのは簡単なことではないだろう。

私たちは、村を後にした。
屋敷への帰り道、ヘクター兄様は一言も口を利かなかった。
彼の心の中で、何かが大きく変わり始めている。
私には、それが分かった。

屋敷に戻ると、私はすぐに仕事部屋にこもった。
そして、新しい羊皮紙に向かい、ペンを走らせ始める。
私が書いていたのは、「アークライト領・緊急経済さいけん計画書」だ。
まずは、税率を三割にまで引き下げること。
そして、ギルドから資金をかりて、いそいでつつみの修理工事を始めること。
やるべきことは、山積みだった。
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