ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

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「ふざけるな、ですって?」

私は、怒りで顔をゆがめるヘクター兄様を冷たい視線で見下ろした。
その目は、まるで出来の悪い子供を見るようなあわれみに満ちている。

「選択肢は、二つしかありませんよ。私の条件を全て飲み、この家の立て直しに協力するか」
「それともこのまま何もしないで、アークライト家の名前と財産がどろの中に沈むのをだまって見ているか。お好きな方を選べばいい」

私の言葉には、一切の感情が乗っていなかった。
ただ、つめたい事実だけがそこにはある。

「あなた方には、三つ目の選択肢はありません。なぜならあなた方には、この状況をなんとかする能力がひとかけらもないのですから」

「ぐっ……!」

ヘクター兄様は、言葉に詰まりくやしそうにこぶしを握りしめた。
彼のプライドは、ずたずたにされたことだろう。

「アルフォンス様」

私は、土下座したままの父親に視線を移した。

「決断を、イエスかノーか。私には、時間がありません」

アルフォンスは、しばらくの間ゆかの一点を見つめていた。
その背中は、ひどく小さくそしてみじめに見える。
やがて彼は、ふるえる声でしぼり出すように言った。

「……分かった、リリア……。お前の、条件を全て飲もう」

その言葉は、アークライト家が事実上、私に降参した瞬間だった。
応接室の空気は、まるでおもりように重い。

「リリア様、なんということを……!」

イザベラ母様が、悲鳴のような声を上げた。
セシリア姉様も、顔を真っ青にしてわなわなとふるえている。

「おだまりなさい、イザベラ」

アルフォンスは、力なく妻を止めた。

「もはや、我々に選ぶ道はないのだ……」

その声には、全てのものをあきらめたようなかわいた響きがあった。
私は、その様子をだまって見届けていた。

「よろしい、では早速、契約書を作ります」

私は、近くにいた執事に羊皮紙とペンを持ってくるように命じた。
執事は、私の有無を言わせぬ態度に一瞬だけとまどいながらも、あわてて部屋を飛び出していく。

「契約書、だと?」

アルフォォンスが、不思議そうに顔を上げた。

「ええ、口約束だけでは信用できませんので。今、ここで交わした約束を全て文章にします」
「財産管理の権利をゆずること、そしてあなた方の私への絶対服従。その全てを、正式な契約としてここに記録するのです」

私の言葉に、家族全員が再び息を飲んだ。
この四歳の娘が、自分たちを全く信用していない。
その事実が、彼らのプライドをさらに深くきずつけたことだろう。

すぐに、執事が羊皮紙とペンを持ってきた。
私は、テーブルの上にそれを広げるとさらさらとペンを走らせ始めた。

前の世界で、何度も目にしてきた契約書の書き方を思い出しながら、条文を一つずつていねいに書きならべていく。
アルフォンスは、リリア・アークライトに対し以下の権利をゆずること。
一つ、アークライト家が持つ、全ての資産の管理や処分に関する一切の権利。
一つ、アークライト家の名前で行われる、全ての契約や交渉に関する代理の権利。
一つ、アルフォンスとその家族は、リリアの指示や命令に対し、一切文句を言わずに従う義務を負う。

短く、しかし誰にも言い逃れの出来ないように、完ぺきな文章を作り上げていく。
その様子を、アルフォンスたちはぼうぜんと見つめていた。
四歳の子供が、すらすらと法律の文章を作っていく光景は、彼らの理解を完全に超えていた。

「はい、できました。ここに、全員の署名をお願いします」

私は、書き上げた契約書をアルフォンスの前に突きつけた。
アルフォンスは、ふるえる手でその羊皮紙を受け取る。
そこに書かれた文字を、一つ一つ目で追ううちに、彼の顔はどんどん青ざめていった。

それは、彼にとって完全などれい契約書と同じだったからだ。

「さあ、早く。私の時間は、かぎりがあると言ったはずです」

私のつめたい声に、アルフォンスはびくりと肩をふるわせた。
彼は、しばらくの間ためらっていたが、やがてあきらめたようにペンを手に取った。
そして、ふるえる文字で自分の名前を書きしるす。

次に、イザベラ母様やヘクター兄様、セシリア姉様も私の無言の圧力に負けて、次々と署名をしていった。
全員の署名が終わった契約書を、私は受け取り内容をもう一度確認する。

「結構です、これで契約は正式に成立しました」
「この契約書は、私がほかんします。もちろん写しは、ポルタの商業ギルドにも公正証書としてあずけておきますので、そのつもりで」

私の言葉は、彼らにとって最後の一撃となっただろう。
これで、彼らが契約を破ることは事実上、不可能になった。

「さて、では早速、仕事に取り掛かりましょうか」

私は、気持ちを切り替えて言った。
その場の重い空気など、私には関係ない。

「まず、この家の正確な財政状況を知る必要があります。過去五年分の、全ての帳簿を私の部屋に持ってきてください」

「ご、五年分ですか!?」

執事が、おどろきの声を上げた。

「ええ、それから屋敷にいる全ての使用人をホールに集めてください。一人ずつ、話を聞きます」

「は、はい! かしこまりました!」

執事は、私の命令に深々と頭を下げると、あわてて部屋を出ていった。
その動きは、先ほどまでとは比べ物にならないほど素早い。
この屋敷の、新しい権力者が誰なのかを彼は本能で理解したのだ。

「あなた方は、しばらくその部屋で待っていてください。私がゆるすまで、一歩も外に出てはなりません」

私は、残された家族にそう言い放った。
そして、フェンとノクスを連れて応接室を後にする。
背後で、ヘクター兄様が何か悪口を言っているのが聞こえたが、私は気にもとめなかった。
もはや、彼らは私の駒にすぎないのだから。

私が案内されたのは、屋敷の二階にある客間の一つだった。
ほこりっぽい部屋だったが、広さは十分だ。
ここを、今日から私の仕事部屋とする。

すぐに、使用人たちが山のような帳簿を運び込んできた。
その量は、馬車一台分はありそうだ。
私は、その山を前にしてにやりと笑みを浮かべた。
宝の山だ、この中にこの家がくさった原因の全てが書かれている。

「では、一人ずつ中へ」

私は、ドアの外で待っている使用人たちに声をかけた。
最初に入ってきたのは、この屋敷の料理長だった。
からだつきのいい、人の良さそうなおじさんだ。

「お、お初にお目にかかります、リリアお嬢様。わたくし、料理長のゴードンと申します」

ゴードンは、きんちょうした顔で深々と頭を下げた。

「楽にしてください、いくつか質問があるだけです」

私は、彼に椅子をすすめると早速、本題に入った。

「まず、この屋敷の一ヶ月の食費は、およそいくらですか?」

「しょ、食費でございますか……。ええと、確か銀貨で二百枚は……」

「そんなにかかるはずがありません、この大きさの屋敷で使用人の数も減っている。
どう考えても、計算が合いません」

私は、きっぱりと言い切った。

「正直に、答えてください。余った食材や、お金はどこへ消えているのですか?」

私のするどい質問に、ゴードンの顔がさっと青ざめた。
彼は、しばらくの間ためらっていたが、やがてあきらめたように重い口を開いた。

「……ま、申し訳ございません! 実はご当主様から、毎月食材の仕入れ代を多めに請求するようにと命じられておりまして……」
「その余ったお金は、ご当主様のおこづかいとして……」

やはり、そうか。
父親による、分かりやすいお金のぬすみだ。
私は、ゴードンの証言を羊皮紙に、正確に記録していく。

「分かりました、あなたの罪は今回だけ見逃してあげます。ただしこれからは、全て私の指示に従っていただきます。よろしいですね?」

「は、はい! もちろんでございます!」

ゴードンは、心からほっとしたように、何度も頭を下げた。

次々と、聞き取り調査は進んでいく。
メイド頭の年取った女性、庭師の青年、馬の世話をする老人……。
出てくる、出てくる、この家の腐りきった本当のすがたが。
アルフォンスのぬすみは、食費だけではなかった。
家具の購入や庭の手入れ、馬のエサ代など、あらゆる理由で彼は家の金を自分のものにしていたのだ。

さらに、ヘクター兄様やセシリア姉様も、それぞれ知り合いの商人に、とんでもない値段でドレスや宝石を買わせていたことも分かった。
その余ったお金が、商人から彼らへのお礼としてわたされていたのだ。
母親のイザベラも、それを知っていて見てみぬふりをしていた。

この家族は、全員がシロアリのように、自分たちの家を内側から食いあらしていたのだ。
全ての聞き取りを終える頃には、日はすっかり暮れていた。
私の手元には、アークライト家の腐った行いの証拠が、山のように積み上がっている。

「……さて、と」

私は、立ち上がると応接室へと向かった。
ドアを開けると、そこには待ちくたびれた様子の四人の家族がいた。
その顔には、いらだちと不安がありありと浮かんでいる。

「遅かったではないかリリア! 我々を、いつまで待たせる気だ!」

アルフォンスが、不機嫌な声で言った。
私は、そんな彼をつめたい目で見返した。

「だまりなさい」

たった、一言。
しかしその言葉には、絶対的な力を持つ者の重みがあった。
アルフォンスは、びくりと肩をふるわせ口を閉じた。

私は、聞き取り調査で作った証拠の書類のたばを、テーブルの上にたたきつけた。

バンッ!

かわいた音が、しんとした部屋に響き渡る。

「これは……?」

アルフォンスが、不思議そうにたずねた。

「あなた方が、この五年間にこの家からぬすみ出した、お金の記録です」

私の言葉に、四人の顔から一斉に血の気が引いた。

「食費からぬすんだお金、銀貨五千枚。
家具を不正に買ったお礼金、銀貨七千枚。
その他、使い道が分からないお金、およそ金貨一枚」

私は、たんたんと数字を読み上げていく。

「合計、金貨二枚と銀貨二千枚。これが、あなた方がこの家からうばったお金の最低ラインです。実際には、もっと多いでしょうがね」

「なっ……! そ、そんな……! でたらめだ!」

アルフォンスが、裏返った声でさけんだ。

「でたらめ、ですって? ここには料理長やメイド頭、あなた方お気に入りの商人たちの、くわしい証言が全て記録されています」
「必要であれば、彼らをここに呼びましょうか?」

私の言葉に、アルフォンスは何も言えなくなった。
イザベラは、顔を真っ青にして扇で顔をかくしている。
ヘクターとセシリアは、くやしそうにくちびるをかみしめていた。

私は、そんな彼らを見下ろしながら、最後の言葉を伝えた。

「明日より、あなた方の全てのぜいたくを禁止します」

「まず、あなた方の部屋にある不要なドレスや宝石、美術品は全て取り上げて、お金にかえます」
「食事は、一日三食、シンプルなものとします。もちろん、おやつやお酒はとんでもないことです」
「そして、あなた方に与えられていたおこづかいは、本日をもって全てなくします」

私の言葉は、彼らにとって死の宣告と同じだっただろう。

「ふ、ふざけるな! そんなこと、できるわけがないだろう!」

ヘクターが、椅子をけとばして立ち上がった。

「できるかどうかは、私が決めることです」

私は、つめたく言い放った。

「契約書を、お忘れですか? あなた方は、私の指示に絶対従うと、署名したはずです」
「それとも今すぐ、この証拠書類を王都の騎士団にでも提出しましょうか? 子爵家の当主による、大規模なお金のぬすみ。面白い裁判になりそうですね」

私のおどしに、ヘクターは顔をひきつらせた。
彼は、何も言い返せずに再び、椅子にすわりこむ。

「……分かったでしょう? あなた方に、もはや断る権利はありません」
「明日からは、私のやり方でこの家の全てを立て直します。文句がある者は、今すぐこの家から出て行ってもらって結構ですよ。もちろん、お金は一銭も持たずに、ですがね」

私は、それだけ言うと部屋を後にした。
背後で、誰かのこらえたような泣き声が聞こえた気がしたが、私はふり返らなかった。
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