ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

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「その地図は、もともと俺がアークライト家から持ち出したものだ。巡り巡って、君の手に渡ったようだな」

ゼロと名乗る兄の言葉に、私は息をのんだ。
闇に溶け込むように立つ彼の姿は、この世の者ではないようだった。
フェンとノクスが、私を守るように彼の前に立ちはだかる。
そして、低くうなり声をあげている。

「どうして、あなたがその地図を」

「あの家に、価値のあるものなんてほとんどなかったからな。書庫の奥でほこりをかぶっていた、この古びた地図くらいなものさ。俺が唯一持ち出した財産は」

ゼロは、肩をすくめて言った。
フードの影で、その表情は読み取れない。

「だが、すぐに後悔した。この地図は、ただのがらくたじゃない。呪われた地図なんだ」

「呪われている、ですって」

「ああ、霧の谷は実在する。だが、そこは生きて帰れた者がいないと言われる禁断の地だ」
「谷の中心には、古代の罠がいくつも仕掛けられているらしい。宝を守るための、罠がな」

ゼロの声は、淡々としていた。
しかしその言葉には、確かな重みを感じる。
彼は、ただのうわさ話をしているのではない。
裏社会で生きてきた彼だからこそ知っている、確かな情報なのだろう。

「それでも、君は行くのか。その小さな体で」

ゼロの黒い瞳が、まっすぐに私を見つめた。
試されている、そう感じた。
ここで私が怖がれば、彼は私を見捨てるだろう。

「ええ、行きますよ。私には、その薬草が必要なのです」
「この領地の未来のために、そして私の商売のために」

私は、一歩も引かずに言い返した。
私の強い意志を感じ取ったのか、ゼロはふっと息を漏らす。

「そうか、君もあの男の血を引いているということか。一度決めたら、決してあきらめない」
「……だが、その頑固さは母親ゆずりだな」

彼は、どこか懐かしむような声で言った。
そして、私に一歩近づいてくる。
フェンとノクスが、さらに警戒を強くした。

「よかろう、俺も一緒に行ってやる」

「えっ……」

予想外の言葉に、私は思わず聞き返してしまった。

「どうして、あなたが」

「勘違いするな、君のためじゃない。俺自身の目的のためだ」
「俺も、その幻の薬草とやらに少し興味があってな。それに、君一人で行かせるのはさすがに気分が悪い」

ゼロは、ぶっきらぼうにそう言った。
その言葉は、彼の照れ隠しのように聞こえた。
本当は、私のことを心配してくれているのかもしれない。

「足手まといにだけは、ならないでくださいね」

私は、わざと意地悪く言ってやった。
ゼロは、私の言葉に鼻で笑う。

「そっくり、そのまま返してやるよ。リリア」

こうして、私の霧の谷への旅は思いがけず兄との二人旅になった。
私たちは、誰にも気づかれないよう屋敷の敷地を抜け出した。
目指すは、領地の北に広がる禁断の森だ。
月明かりだけが、私たちの進む道をぼんやりと照らしていた。

森の入り口には、古い木の看板が立っている。
「この先、入るべからず。森の主の怒りにふれるであろう」
おどすような文字が、不気味に浮かび上がっていた。

「昔から、この森に入って帰ってきた者はいないと言われている。領地の民も、決して近づこうとはしない」

ゼロが、私の隣で説明した。

「森の主、とは何です」

「さあな、巨大な魔物だという者もいる。森に住む、古い部族の亡霊だという者もいる。確かなことは、誰にも分からない」

私たちは、顔を見合わせた。
そして、どちらからともなくうなずき合う。
二人とも、この程度のことで引き返すつもりは全くなかった。

一歩、森の中へ足を踏み入れる。
とたんに、空気が変わったのが分かった。
外とは比べ物にならないほど、空気が濃くて冷たい。
木々の葉が風もないのにざわめき、まるで私たちを拒んでいるかのようだ。

「……気味が悪いところだな」

ゼロが、警戒するように呟いた。
彼の右手は、常に腰に差した短剣の柄に置かれている。
私も、いつでも動けるように集中した。
フェンとノクスは、私の前後を固めるように慎重に歩みを進める。
彼らの優れた感覚が、周りの危険をいち早く教えてくれるだろう。

森の奥へ進むにつれて、道なき道が増えていく。
絡み合った木の根が、私たちの足元を何度もねらってきた。
ぬかるんだ地面に、足を取られそうになる。

「こっちだ」
ゼロが、先を歩いてくれた。
彼は、まるで獣のように身軽に邪魔なものを乗り越えていく。
裏社会で生きてきた経験が、彼にこのような技術を身につけさせたのだろう。
私も、四歳の小さな体をうまく使い彼に遅れないようについていった。

「お前、本当に四歳か。動きが、そこらの悪党よりずっといいぞ」

ゼロが、あきれたように言った。

「あなたこそ、本当に私の兄なのですか。まるで盗賊みたいですけど」

「違いない」

軽口をたたき合いながらも、私たちの警戒は一瞬も解かれなかった。
この森は、本当に危険な場所だ。
時々、遠くで獣の遠吠えのような不気味な声が聞こえてくる。
その度に、私たちは足を止めて息をひそめた。

数時間ほど歩き続けた頃だろうか。
不意に、ゼロが立ち止まった。

「どうしました」

「……物音が、しなさすぎる」

ゼロの言葉に、私も耳をすませた。
確かに、先ほどまで聞こえていた虫の声や風の音がぴたりと止んでいる。
まるで、世界から音が消えてしまったかのような不自然なありさまだった。

その時、フェンが低いうなり声を上げた。
彼の視線は、前方にある巨大な木の根元に向けられている。
ノクスも、毛を逆立ててシャーッと威嚇の声を上げた。

「何か、来るぞ」

ゼロが短剣を抜き放ち、私の前に立つ。
私も、ふところに隠していた護身用の小さなナイフを握りしめた。

茂みが、ガサガサと大きく揺れる。
そして、そこから現れたのは一匹の巨大な蜘蛛だった。
その体は牛ほどもあり、八つの赤い目が不気味な光を放っている。
口からは、ねばねばした液体のようなものをしたたらせていた。

「森の主ってのは、こいつのことかよ」

ゼロが、吐き捨てるように言った。
巨大蜘蛛は、私たちを獲物だと考えたのかキーキーと高い鳴き声を上げる。
そして、その鋭い牙をむき出しにして襲いかかってきた。

「フェン」

私が叫ぶと同時に、銀色に光るものが走った。
フェンは、蜘蛛の突進を軽々とかわす。
そして、その巨大な脚の一本にかみついた。
聖獣の牙は、硬い蜘蛛のからをいとも簡単にくだく。

「ギャアアアッ」

蜘蛛は、苦しそうな叫び声を上げた。
しかし、その動きは止まらない。
残った七本の脚で、器用にフェンを振り払おうとする。

「ノクス」

黒い影が、蜘蛛の死角から飛びかかった。
ノクスは、蜘蛛の背中に飛び乗る。
そして、その八つの赤い目をねらって鋭い爪を振るった。
目つぶしをねらった、見事な攻撃だった。

蜘蛛は、めちゃくちゃに暴れ回った。
その大きな体で、木々をなぎ倒していく。
私とゼロは、その攻撃を必死でかわした。

「リリア、こいつの弱点は腹だ」

ゼロが、蜘蛛の動きを見ながら叫んだ。

「分かっています」

私は、蜘蛛の動きのパターンを冷静に見ていた。
攻撃と攻撃の間に、ほんの一瞬だけすきが生まれる。
ねらうなら、そこしかない。

フェンとノクスが、見事な協力で蜘蛛の注意を引いてくれている。
そのおかげで、私には絶好の機会が生まれた。

「今よ」

蜘蛛が、ノクスを振り払おうと体を大きくのけぞらせた。
その瞬間、がら空きになった柔らかいお腹が私の目の前に現れる。

私は、地面を強く蹴った。
そして、ありったけの力を込めてナイフを蜘蛛の腹に突き立てる。

ブシュッ。

鈍い手ごたえと共に、緑色の体液が噴き出した。
蜘蛛は、最後の叫び声を上げる。
そして、その大きな体をゆっくりと地面に横たえた。
どしん、という地面が揺れる音がしてあたりは再び物音ひとつしなくなった。

「……やった、のか」

ゼロが、信じられないといった様子で呟いた。
私も、荒い息をつきながらその場に座り込む。
全身が、汗でびっしょりとぬれていた。

フェンとノクスが、私の元へ駆け寄ってくる。
二匹とも、けがはないようだった。

「ありがとう、二人とも。本当に、助かったわ」

私は、彼らの体を強く抱きしめた。
その温かい体温が、私の興奮した心を少しずつ落ち着かせてくれる。

「……お前、本当に何者なんだ」

ゼロが、ぼうぜんとした表情で私を見つめていた。
その目には、恐れの色さえ浮かんでいる。

「ただの、リリアですよ」

私は、いつものセリフで返した。
そして、立ち上がると倒れた蜘蛛の巨体を見つめる。

「こいつの糸は、かなり丈夫そうですね。何かに、使えるかもしれません」

私は、ちゃっかりと蜘蛛の糸を集め始めた。
そのちゃっかりした様子に、ゼロはあきれてため息をつくしかなかった。
私たちは、巨大蜘蛛との戦いで体力をとても使った。
その日は、近くにあった洞窟で休息を取ることにした。
ゼロが手際よく火を起こし、私は持ってきた食料で簡単なスープを作る。

たき火の炎を見つめながら、私たちはしばらく無言だった。
先ほどの戦いの興奮が、まだお互いに残っている。

「……悪かったな」

不意に、ゼロがぽつりと呟いた。

「何がです」

「お前のことを、ただの子供だと思って少し甘く見ていた。だが、君は俺よりずっと強い」

その言葉は、彼のうそ偽りのない本心なのだろう。
私は、少しだけくすぐったい気持ちになった。

「あなたこそ、見事な剣の腕でしたよ。蜘蛛の攻撃を、全てぎりぎりでかわしていました」

「まあな、生きるために嫌でも身についた技術だ」

ゼロは、そう言って少しだけ寂しそうに笑った。
彼のこれまでの人生が、決して楽なものではなかったことがその表情から分かる。

私たちは、その夜お互いのことを少しだけ話した。
彼が家を出てから、どんな暮らしをしてきたのか。
私が、アークライト家でどんな扱いを受けてきたのか。
それは、兄と妹が初めて心を通わせた瞬間だったのかもしれない。

次の日の朝、私たちは再び霧の谷を目指して歩き始めた。
巨大蜘蛛を倒したせいか、森の雰囲気は昨日までとは少し違っている。
不気味な空気は薄れ、鳥の声さえ聞こえてきた。

「どうやら、あの蜘蛛が本当に森の主だったようだな」

ゼロが、ほっとしたように言った。

「ええ、これで少しは安全に進めそうですね」

私たちは、順調に森の奥深くへと進んでいく。
そして、歩き始めて数時間後。
目の前に、信じられないような光景が広がった。

深い崖に囲まれた、巨大な谷。
そして、その谷底は牛乳のような色の濃い霧で完全に覆われていた。
霧は、まるで生き物のようにゆっくりと渦を巻いている。

「……ここが、霧の谷か」

ゼロが、息をのむのが分かった。
地図に書かれた、伝説の場所。
私たちは、ついにそこへたどり着いたのだ。
谷底からは、ひんやりとした風が吹き上げてくる。
その風には、知らない植物の甘い香りが混じっていた。
私の胸は、期待と少しの不安でドキドキしていた。
この霧の先に、何が待っているのだろうか。
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