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「……今日は、ちょっと飲みたい気分かも」
そうつぶやいたのは、夕方の帳簿締めが終わった直後。
ギルドの事務室で一人、パタリと書類バインダーを閉じた私。
(いや、べつに何かあったわけじゃないけど……)
ただ、今日の私は朝からちょっと忙しかった。
受付嬢って、座ってるだけに見えて意外と体力使うんです。
しかも、昼過ぎに魔導書の誤入力トラブルが発生して、その処理対応を丸ごと任されちゃったし。
(がんばった、うん。よくやった、私)
そんな日は、自分にごほうびをあげてもいいと思う。
「ということで、今夜は……“お酒メイン”で、いきましょう」
〈モンス飯亭〉のカウンター席、今日は照明が少しだけ落とされてて、なんだかいつもよりお酒が似合う雰囲気。
「いらっしゃい。あら、今日は……ちょっと雰囲気違うわね?」
「あ、わかっちゃいます? 今日は……飲む気まんまんです」
私がにやっと笑うと、女将さんも満足げに頷いてくれた。
「いいわねぇ、そういう日は最高に楽しい夜になるわよ。さて……じゃあ、“本日のおすすめ酒”、行ってみる?」
「はいっ、お願いします!」
いつもの麦酒もいいけど、今日は違う何かを試したい。そんな気分だった。
「今日はね、ちょっと変わり種。“ドワーフ仕込みの蜂蜜酒”、仕入れたのよ。常温でも冷やしても香りが立って、女性にも人気よ」
「うわ、それ……絶対おいしいやつ!」
名前を聞いただけで喉が鳴った。
蜂蜜酒、通称〈ミード〉。ドワーフが山の地下蔵で熟成させたやつは、ちょっとした高級品。普段なら手が出ないけど……今日は飲んじゃう。
「じゃあ、それをグラスで……あ、あと、お酒に合うおつまみセット、お願いできますか?」
「任せなさい。最高の組み合わせ、出してあげる」
まず最初に運ばれてきたのは、琥珀色に輝くグラス。
「こちら、ドワーフ製“熟成ミード・クラシック”。口当たりはまろやか、後味はほんのりスモーキー。ゆっくり味わってね」
「……いただきます」
一口含んだ瞬間、舌に広がるのは、甘みと……芳醇な香り。
「……ああああっ……これ、すっごい……!」
口の中に広がるのは蜂蜜のやわらかさ。
でも、それだけじゃない。後から追いかけてくるのは、どこか木樽のようなスモークの香ばしさ。
(これは、やばい……ちょっと泣きそう)
「お酒で感動してるわね。ほら、次はこれ」
女将さんが出してきたのは――
「“魔獣ハム三種盛り”、ドワーフスパイス仕立て」
細かくスライスされた薄焼きのハムが、皿の上で交差するように並べられてる。
色も香りもそれぞれ違ってて、ちょっとした美術品みたい。
「手前から、コカトリスの胸肉を燻製にしたやつ。真ん中はブリザードバッファロー。奥が、ちょっとレアな火山イノシシの黒ハムよ」
「やばい……もう名前だけでミード追加したい……!」
ひとつつまんで、グラスを傾ける。
「……あっ……これ、完璧……」
コカトリスのハム、想像よりもしっとりしてて、噛むとじゅわっと肉の旨味が滲んでくる。それをミードで流すと、舌がまた最初から生き返る感じ。
「ほんとに、このお店……胃袋も心も……全部つかんできますよね……」
「つかんでるのは、あんたがちゃんと味わってくれるからよ」
女将さんの言葉に、ついふふっと笑ってしまった。
そのあとも、おつまみは続く。
「これは、“焦がし茸とトリュフ塩のアヒージョ風”。バゲット添え」
「なにそれ、ずるい……そんなの、もう絶対……!」
アヒージョっていうより、魔法だった。
小鍋の中でぐつぐつと音を立てる油。その中に、茸。茸。茸。香りだけで酔える。
「ん~っ……このキノコ、噛んだら香りが爆発する……!」
「火山茸っていうの。ちょっと希少だけど、クセになるでしょ?」
「クセどころか、中毒になりそうです……!」
バゲットにたっぷり乗せて、ミードをぐいっと。
「はぁ~……もう、今日が終わっていい……」
まわりを気にせず、ひとりでニヤけてる。
これが、いまの私にとっての“冒険”。
戦わない。誰とも張り合わない。
でも、ちゃんとごほうびを受け取ってる。
女将さんがふと、グラスをもう一杯、そっと出してくれる。
「次は、“黒龍の涙”って呼ばれるワインよ。デザート酒にぴったり」
「えっ……名前がもう……」
「ちょっと珍しい葡萄を使ってるから、甘さのあとに、ほんの少しだけ苦みが残るの。大人の味ね」
香りをかいだだけで、目がとろんとしてくる。
(これ、……しあわせすぎない?)
グラスを傾けながら、私は心の奥でうなずいた。
そうつぶやいたのは、夕方の帳簿締めが終わった直後。
ギルドの事務室で一人、パタリと書類バインダーを閉じた私。
(いや、べつに何かあったわけじゃないけど……)
ただ、今日の私は朝からちょっと忙しかった。
受付嬢って、座ってるだけに見えて意外と体力使うんです。
しかも、昼過ぎに魔導書の誤入力トラブルが発生して、その処理対応を丸ごと任されちゃったし。
(がんばった、うん。よくやった、私)
そんな日は、自分にごほうびをあげてもいいと思う。
「ということで、今夜は……“お酒メイン”で、いきましょう」
〈モンス飯亭〉のカウンター席、今日は照明が少しだけ落とされてて、なんだかいつもよりお酒が似合う雰囲気。
「いらっしゃい。あら、今日は……ちょっと雰囲気違うわね?」
「あ、わかっちゃいます? 今日は……飲む気まんまんです」
私がにやっと笑うと、女将さんも満足げに頷いてくれた。
「いいわねぇ、そういう日は最高に楽しい夜になるわよ。さて……じゃあ、“本日のおすすめ酒”、行ってみる?」
「はいっ、お願いします!」
いつもの麦酒もいいけど、今日は違う何かを試したい。そんな気分だった。
「今日はね、ちょっと変わり種。“ドワーフ仕込みの蜂蜜酒”、仕入れたのよ。常温でも冷やしても香りが立って、女性にも人気よ」
「うわ、それ……絶対おいしいやつ!」
名前を聞いただけで喉が鳴った。
蜂蜜酒、通称〈ミード〉。ドワーフが山の地下蔵で熟成させたやつは、ちょっとした高級品。普段なら手が出ないけど……今日は飲んじゃう。
「じゃあ、それをグラスで……あ、あと、お酒に合うおつまみセット、お願いできますか?」
「任せなさい。最高の組み合わせ、出してあげる」
まず最初に運ばれてきたのは、琥珀色に輝くグラス。
「こちら、ドワーフ製“熟成ミード・クラシック”。口当たりはまろやか、後味はほんのりスモーキー。ゆっくり味わってね」
「……いただきます」
一口含んだ瞬間、舌に広がるのは、甘みと……芳醇な香り。
「……ああああっ……これ、すっごい……!」
口の中に広がるのは蜂蜜のやわらかさ。
でも、それだけじゃない。後から追いかけてくるのは、どこか木樽のようなスモークの香ばしさ。
(これは、やばい……ちょっと泣きそう)
「お酒で感動してるわね。ほら、次はこれ」
女将さんが出してきたのは――
「“魔獣ハム三種盛り”、ドワーフスパイス仕立て」
細かくスライスされた薄焼きのハムが、皿の上で交差するように並べられてる。
色も香りもそれぞれ違ってて、ちょっとした美術品みたい。
「手前から、コカトリスの胸肉を燻製にしたやつ。真ん中はブリザードバッファロー。奥が、ちょっとレアな火山イノシシの黒ハムよ」
「やばい……もう名前だけでミード追加したい……!」
ひとつつまんで、グラスを傾ける。
「……あっ……これ、完璧……」
コカトリスのハム、想像よりもしっとりしてて、噛むとじゅわっと肉の旨味が滲んでくる。それをミードで流すと、舌がまた最初から生き返る感じ。
「ほんとに、このお店……胃袋も心も……全部つかんできますよね……」
「つかんでるのは、あんたがちゃんと味わってくれるからよ」
女将さんの言葉に、ついふふっと笑ってしまった。
そのあとも、おつまみは続く。
「これは、“焦がし茸とトリュフ塩のアヒージョ風”。バゲット添え」
「なにそれ、ずるい……そんなの、もう絶対……!」
アヒージョっていうより、魔法だった。
小鍋の中でぐつぐつと音を立てる油。その中に、茸。茸。茸。香りだけで酔える。
「ん~っ……このキノコ、噛んだら香りが爆発する……!」
「火山茸っていうの。ちょっと希少だけど、クセになるでしょ?」
「クセどころか、中毒になりそうです……!」
バゲットにたっぷり乗せて、ミードをぐいっと。
「はぁ~……もう、今日が終わっていい……」
まわりを気にせず、ひとりでニヤけてる。
これが、いまの私にとっての“冒険”。
戦わない。誰とも張り合わない。
でも、ちゃんとごほうびを受け取ってる。
女将さんがふと、グラスをもう一杯、そっと出してくれる。
「次は、“黒龍の涙”って呼ばれるワインよ。デザート酒にぴったり」
「えっ……名前がもう……」
「ちょっと珍しい葡萄を使ってるから、甘さのあとに、ほんの少しだけ苦みが残るの。大人の味ね」
香りをかいだだけで、目がとろんとしてくる。
(これ、……しあわせすぎない?)
グラスを傾けながら、私は心の奥でうなずいた。
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