【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

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午後の仕事も順調にこなし、あっという間に定時を迎えた。
さて、今日の夜はどうしようか。
新しいサンドイッチ屋さんで美味しいランチを食べた後だから、いつもとは少し違う気分かもしれない。

(たまには、まっすぐ家に帰って、買ってきたお惣菜とビールで軽く一杯っていうのもいいかな)

そんなことを考えながら、ギルドのロッカーで制服から私服に着替える。
いつものように〈モンス飯亭〉へ直行するのも魅力的だけど、今日は少しだけ寄り道したい気分だった。

街をぶらぶらと歩いていると、ふと一軒の小さな酒屋が目に留まった。
普段はあまり気にも留めないような、昔ながらの佇まいのお店だ。
ショーウィンドウには、地元の珍しいお酒や、こだわりの輸入ビールなどが並んでいる。

(ちょっと、覗いてみようかな)

吸い込まれるように店内に足を踏み入れると、棚には所狭しと様々な種類のお酒が並んでいた。
日本酒、焼酎、ワイン、ビール、リキュール……。
見ているだけでも楽しくなるような品揃えだ。

店主らしき初老の男性が、カウンターの奥で静かに新聞を読んでいたが、私が入ってくると穏やかな笑顔を向けた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「いえ、ちょっと見せていただこうと思って。色々な種類のお酒がありますね」

「ええ、まあ、道楽みたいなものですけどね。お客さんの好みに合う一本が見つかれば、それが一番嬉しいんですよ」

店主の言葉には、お酒に対する愛情が感じられる。
私もゆっくりと棚を眺め、気になるお酒を手に取ってみる。
普段あまり見かけないようなラベルのクラフトビールや、珍しい果実を使ったリキュールなど、興味をそそられるものがたくさんあった。

その中で、ひときわ目を引いたのは、小さな瓶に入った琥珀色のリキュールだった。
ラベルには、手書き風の文字で「森の秘蜜酒」と書かれている。

「これは……どんなお酒なんですか?」

私が尋ねると、店主は少し目を細めて説明してくれた。

「ああ、それはね、この地方の奥深い森で採れる特別な蜂蜜と、数種類のハーブを漬け込んで作ったリキュールですよ。甘みが強くて、香りも独特だから、ロックでゆっくり味わうのがおすすめですな」

森の秘蜜酒、か。
なんだか、とても美味しそうだ。
蜂蜜とハーブのリキュールなんて、飲んだことがない。

「じゃあ、これを一本いただけますか?」

「毎度ありがとうございます。きっと気に入っていただけると思いますよ」

店主は丁寧にリキュールを包んでくれ、私はそれを受け取って店を出た。
なんだか、いい買い物ができたような気がする。
今夜は、この「森の秘蜜酒」を肴に、家でゆっくりと晩酌を楽しもう。
〈モンス飯亭〉の料理も最高だけど、たまにはこういう家飲みも悪くない。

帰り道、スーパーに寄って、リキュールに合いそうなおつまみをいくつか買い込んだ。
チーズの盛り合わせ、ドライフルーツ、それから少しだけ奮発して生ハムも。
家に帰って、買ってきたものをテーブルに並べると、それだけでちょっとした贅沢な気分になる。

早速、グラスに氷を入れて、「森の秘蜜酒」を注ぐ。
琥珀色の液体が、グラスの中でキラキラと輝いて美しい。
そっと香りを嗅ぐと、蜂蜜の甘い香りと、爽やかなハーブの香りが鼻をくすぐる。

一口、口に含んでみる。
とろりとした濃厚な甘みが舌の上に広がり、その後に複雑なハーブの風味が追いかけてくる。
店主が言っていた通り、これは確かに美味しい。
アルコール度数は少し高めだけど、甘みが強いので飲みやすい。

チーズやドライフルーツをつまみながら、リキュールをちびりちびりと飲む。
部屋には静かな音楽を流し、誰にも邪魔されない、自分だけの時間を満喫する。
窓の外には、街の夜景が広がっている。
きらめくネオンも、今日はなんだか優しく見える。

(こういう夜も、いいものだな……)

元Sランク冒険者だった頃は、こんな風に静かに夜を過ごすことなんて考えられなかった。
常に危険と隣り合わせで、片時も気を抜けない毎日。
それに比べれば、今の生活はなんて平和で、満ち足りているのだろう。

もちろん、冒険者として世界を救ったことへの誇りはある。
でも、それ以上に、今のこの穏やかな日常が、私にとってはかけがえのない宝物なのだ。

リキュールを飲み干し、グラスを置く。
ほんのりとした酔いと、心地よい満足感に包まれて、私はそっと目を閉じた。
明日もまた、きっと良い一日になる。
そんな予感が、胸の中に広がっていった。

次の日、私は少しだけ早起きをした。
昨日買った「森の秘蜜酒」がまだ残っているけれど、それはまた今夜のお楽しみにとっておこう。
今日は金曜日。
一週間頑張った自分へのご褒美に、〈モンス飯亭〉へ行くのが今から楽しみだ。

ギルドでの仕事は、相変わらず忙しかったけれど、どこか心は軽やかだった。
美味しいものへの期待感は、何よりのモチベーションになる。

定時ぴったりに仕事を終え、私は足早にギルドを後にした。
夕暮れの空が茜色に染まり、街には美味しそうな匂いが漂い始めている。
この時間が、一番好きだ。

〈モンス飯亭〉の暖簾をくぐると、いつものように女将さんが笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃい、レナちゃん。今日は早かったわね」

「ええ、もう我慢できなくって。今日の週替わり、何ですか?」

カウンターのいつもの席に座りながら尋ねると、女将さんは悪戯っぽく笑った。

「ふふ、今日の週替わりはね、きっとレナちゃんが驚くようなものよ。ちょっと待っててね」

そう言って厨房へ戻っていく女将さんの背中を見ながら、期待に胸が膨らむ。
驚くようなもの、一体なんだろう。
〈モンス飯亭〉の週替わりメニューは、いつも私の想像を超えてくるから、本当に楽しみだ。

しばらくして、女将さんが運んできたのは、大きな土鍋だった。
蓋を開けると、ふわっと湯気とともに、食欲をそそる香りが立ち上る。

「これは……!」

土鍋の中には、見たこともないような具材がたっぷりと入った、赤いスープの鍋料理がぐつぐつと煮えていた。
真っ赤なスープに、魚介類、肉、野菜、そして何種類ものスパイスの香りが複雑に絡み合っている。

「今週の週替わり、『情熱のシーフードミックス魔獣鍋』よ。ちょっとピリ辛だけど、体の芯から温まるわよ」

「じょ、情熱のシーフードミックス魔獣鍋……!?」

名前からして、もう普通じゃない。
でも、この香り、この見た目、絶対に美味しいに違いない。

「いただきます!」

早速、レンゲでスープを一口。
ピリッとした辛さの後に、魚介と魔獣肉の濃厚な旨みが口いっぱいに広がる。
数種類のスパイスが複雑に絡み合い、後を引く美味しさだ。

「んんーっ!美味しい!この辛さ、癖になりますね!」

「よかったわ。エビやカニ、それに深海魚の切り身も入ってるし、魔獣肉はワイバーンのハラミを使ってるの。コラーゲンもたっぷりよ」

ワイバーンのハラミ!?
そんな高級食材まで入っているなんて。
具材も一つ一つが大きくて、食べ応えがありそうだ。

夢中で鍋をつついていると、額にじんわりと汗が浮かんできた。
辛いけれど、旨みが深いから、レンゲが止まらない。
これは、ビールが進むこと間違いなしだ。

「すみません、ビールもお願いします!」

「はいよ、お待ちどうさま」

冷えたビールで火照った体をクールダウンさせながら、再び鍋に向かう。
魚介のプリプリとした食感、ワイバーンハラミのジューシーな旨み、そして野菜の甘み。
それらが全て、情熱的な赤いスープの中で一つになっている。

(ああ、本当に幸せ……)

この一週間の疲れが、全部吹き飛んでいくようだ。
やっぱり、金曜日の夜はこうでなくっちゃ。
〈モンス飯亭〉の週替わりは、いつも私に最高の週末をプレゼントしてくれる。

鍋をあらかた平らげ、残ったスープにご飯を入れて雑炊にしてもらう。
これがまた、絶品なのだ。
魚介と肉の旨みが凝縮されたスープを吸ったご飯は、一口食べるごとに幸せなため息が漏れる。

「ふぅ……大満足です、女将さん。今週も最高の金曜日になりました」

お腹も心も満たされて、私は女将さんに心からの感謝を伝えた。

「それはよかったわ。また来週も、美味しいもの用意して待ってるからね」

女将さんの優しい笑顔に見送られ、私は〈モンス飯亭〉を後にした。
外はすっかり暗くなっていたけれど、心はほかほかと温かい。
美味しい料理と、温かい人情に触れられるこの場所が、私にとっては最高のパワースポットなのだ。
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