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第28話 逆流するサプライチェーンと影の金庫
しおりを挟む私がアッシュフォード家の資金源を特定するという、途方もないプロジェクトを開始してから三日が経過した。
私の執務室は、完全に分析センターと化していた。壁には無数の羊皮紙が貼られ、情報の流れを示す線や図形がびっしりと書き込まれている。私はこの三日間、ほとんど眠っていなかった。食事も、レオン様が無理やり口に運んでくれるものを少しだけ食べる程度だった。
「ミカ、少しは休め。君が倒れてしまっては元も子もない」
レオン様が心配そうに私の肩を揉んでくれる。その不器用なマッサージが、凝り固まった私の体を少しだけほぐしてくれた。
「大丈夫です。見えてきましたから」
私の目は充血していたが、その奥には確かな光が宿っていた。
「敵の、金の流れが」
捕らえられたヴァイスハイト家の残党たちが身につけていたもの。それは一見すると何の変哲もない衣服や短剣、そして革袋だった。しかし私のスキルでそれらを微粒子レベルまで分解し、その来歴を追跡した結果、驚くべき事実が判明したのだ。
「彼らが使っていた革製品。そのなめしに使われていた薬品は、王都の特定の工房でしか作られていません。そして、その工房の最大の取引先は……砂糖ギルド。つまり、実質的にグラシエ伯爵です」
「なんと。あの古狸、まだ繋がっていたのか」
「ええ。しかし、これはまだ入り口に過ぎません。もっと巧妙なのは、彼らの食料の調達ルートです」
私は壁に貼られた巨大な王都の流通マップを指さした。
「彼らが保存食としていた干し肉。これは一見どこにでもあるものですが、使われている塩と香辛料の配合が非常に特徴的でした。そして、この配合の干し肉を大量に生産しているのは、王都でただ一軒。……王宮御用達の最高級食料品店『クローバー商会』だけです」
「なんだと!? クローバー商会は、代々王家に絶対の忠誠を誓ってきた名門のはずだ!」
レオン様が驚愕の声を上げる。
「ええ、表向きは。しかし、彼らはここ数年、経営が悪化していました。そこにアッシュフォード家が金の力で接近したのでしょう。そしてクローバー商会は、王宮に納品する食料の一部を横流しする形でヴァイスハイト家の残党に供給していた。王宮の監査をすり抜ける、完璧な偽装工作です」
次々と明らかになる衝撃の事実。それは、王都の経済システムにいかにアッシュフォード家の闇が深く張り巡らされていたかを物語っていた。彼らはただ隠れていただけではない。この三十年間で、王都の裏経済を完全に掌握していたのだ。
私は、さらに分析を進めた。彼らの資金の流れを追ううちに、新たな接点が見えてきた。
「彼らは物資だけでなく、情報も流通させていました。クローバー商会を通じて、王宮の機密情報が密かにアッシュフォード家へと流れていたようです。王家の人間、騎士団の動向、そして私の監査の進捗状況まで、全て筒抜けだったはずです」
その言葉に、レオン様の顔が青ざめる。
「ミカ嬢。それでは、我々の行動は全て読まれていたということか。嘆きの森への討伐作戦も、彼らにとっては想定内の出来事だったのかもしれない……」
「その通りです。彼らは常に我々の三手先を読んで動いていました。ですが、彼らも完璧ではありません。どんなに巧妙なシステムにも、必ずバグは存在するものです」
私は不敵に笑うと、マップのある一点を強く指さした。
「そして、レオン様。ついに見つけました。彼らの本当の金庫の場所を」
そこは王都の外れにある、今はもう使われていない古い、古い修道院だった。
「この修道院は、五十年前、アッシュフォード家が追放される直前に、彼らの莫大な寄付によって建てられたものです。そして、その地下には巨大な地下空間が存在します。記録上はワインの貯蔵庫とされていますが……」
私はそこで、不敵に笑った。
「おそらく、そこが彼らの全ての富が眠る、巨大な隠し金庫です。ヴァイスハイト家の財産も、グラシエ伯爵からの不正な資金も、全てそこに集められているはずです」
「……よくやった、ミカ」
レオン様は、私のその言葉を聞くと、感極まったように私の肩を強く抱きしめた。突然の抱擁に、私は心臓が飛び跳ねるほど驚いた。彼の硬い鎧の感触。そして、間近に感じる彼の熱い呼吸。
「あ、あの、レオン様……!」
「す、すまん……! つい……」
彼は慌てて私から身を離すと、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。その、普段の彼からは想像もつかないうぶな反応に、私の疲労困憊だった心がふっと軽くなる。
その時だった。執務室の扉が勢いよく開かれた。
「話は聞いたぞ、ミカ!」
入ってきたのは、皇帝アルベルト陛下だった。彼の金の瞳は、決戦を前にした王者のように爛々と輝いている。
「君はまたしても奇跡を成し遂げた。もはや、君を何と称えればいいのか、言葉も見つからん」
陛下は私の前に歩み寄ると、私の両手を取った。そして、その手の甲にそっと唇を寄せた。
「――!」
ヨーロッパの古い映画でしか見たことのないような、その騎士の誓いのような口づけに、私の思考は完全にフリーズした。
「陛下! ミカ嬢の前で、なれなれしい……!」
レオン様が慌てて間に割って入ろうとする。
「なんだ、レオン。嫉妬か? 彼女の手柄を称えているだけだぞ」
陛下は楽しそうに笑いながら、レオン様を牽制する。二人の、国の頂点に立つ男が、私を真ん中に挟んで火花を散らしている。そのあまりにも非現実的な光景に、私はもうどうしていいか分からなかった。
(わ、私の仕事の報告の途中なんですけど……!)
「陛下! レオン様! 今はそんなことをしている場合ではありません!」
私は意を決して叫んだ。
「作戦の最終確認を始めます!」
私の鶴の一声に、二人ははっと我に返ると、真剣な表情に戻った。
こうして、アッシュフォード家の影の金庫を急襲する極秘作戦『オペレーション・デフラグ』の最終ブリーフィングが始まった。作戦決行は、今夜。レオン様率いる騎士団の精鋭部隊が修道院に突入する。そして私は、王宮からスキルを使い、修道院の内部構造をリアルタイムでレオン様に伝え、ナビゲートする役目だ。皇帝陛下は王宮に残り、全体の指揮を執り、万が一、敵の増援が王都の別の場所から現れた場合に備える。
完璧な布陣。しかし、相手は三十年間闇に潜み続けた影の一族。一筋縄ではいかないだろう。
私はこれから始まる本当の最終決戦を前に、ぎゅっと気を引き締めた。この国の全ての淀みを整理整頓する。その集大成が、今、始まろうとしていた。
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