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第36話 影の協力者と開かれる心

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私の突拍子もない提案に、ライナスは呆然としていた。彼の整った顔には困惑と不信、そしてほんのわずかな興味の色が浮かんでいる。

「何を馬鹿なことを言っている。俺は貴様たちの敵だぞ。この国を転覆させようとした反逆者だ」

「ええ、存じております。あなたの罪は決して許されるものではありません。多くの人を危険に晒し、国を混乱に陥れた。その事実は正しく裁かれるべきです」

私はきっぱりと言い切った。同情や甘えは、彼が最も望まないものだろう。だからこそ、私は揺るがない。

「ですが」と私は続けた。

「あなたのその類稀なる知識と能力。それをこのまま牢獄で腐らせるのは、この国にとってあまりにも大きな損失です。あなたの力は、国を破壊するためではなく、より良くするために使われるべきだ。私はそう信じています」

私の真っ直ぐな視線を受け、ライナスはふんと鼻で笑った。

「綺麗事を。俺を利用しようとしているだけだろう。俺の知識を吸い上げ、用済みになれば捨てる。そういう魂胆か」

「その可能性は否定しませんわ」

私はあっさりと認めた。

「ビジネスの基本はギブアンドテイクです。私があなたに与えるのは『機会』。あなたの罪を償い、そしてあなたの本当の望みである『この国を正しき姿へ導く』という目的を達成するための機会です。その対価として、あなたには持つ全ての情報を提供していただく。これは極めて公正な取引だと思いませんか?」

私のあまりにもビジネスライクな物言いに、今度はライナスのほうが面食らったようだった。隣に立つレオン様でさえ、少し呆れたような顔をしている。

ライナスはしばらく黙って私を見つめていた。やがてその口元に、初めて自嘲ではない本当の笑みを浮かべた。

「面白い。お前は本当に面白い女だ、ミカ・アシュフィールド」

「いいだろう。その馬鹿げた提案、乗ってやる。だが勘違いするな。俺は偽りの王に屈したわけではない。ただお前という予測不能なバグが、この国のシステムにどのような影響を与えるのか。それを特等席で見てみたくなっただけだ」

その言葉は彼の精一杯の強がりであり、そして私に対する最大限の興味の表れだった。

こうして私は、この国で最も危険な男を協力者として手に入れることに成功した。もちろん彼が牢獄から出られるわけではない。彼は特別牢の中から、情報の提供や分析という形で私のプロジェクトに協力することになった。

この前代未聞の決定に、王宮内は当然のごとく大騒ぎになった。宰相閣下をはじめとする重臣たちは、こぞって反対の声を上げた。

「陛下!反逆者を国家の機密情報に関わらせるなど、正気の沙汰ではありませんぞ!」

その嵐のような反対意見を、アルベルト陛下は一言のもとに退けた。

「ミカの判断を信じる。それだけだ」

その絶対的な信頼。陛下は私の提案を、最初から一切疑っていなかったのだ。

「ミカは猛毒を薬に変えることができる唯一の存在だ。我々はただ彼女がその力を存分に振るえる環境を整えるだけでいい」

その言葉に、重臣たちはもう何も言えなかった。

私の新しい執務室での最初の仕事は、ライナスから提供されたアッシュフォード家の全ての機密情報を整理整頓し、データベース化することだった。

それはまさに、闇に埋もれた宝の山だった。
王都の裏経済を牛耳る商人たちのリスト。各貴族が決して知られたくない弱みや秘密。そして近隣諸国に潜ませた諜報員からの極秘情報。

二百年間、影の一族が蓄積してきた闇のアーカイブ。それを私のスキルで完全に可視化し、検索可能な状態にしていく。

(うわあ……。これ、完全に国家レベルの機密情報データベースじゃない。前世なら即刻消されるレベルだわ)

私が膨大な情報の整理に没頭していると、執務室の扉がノックされた。

「ミカ嬢、少し休憩にしないか」

入ってきたのはレオン様だった。その手には温かいハーブティーのカップが二つ。

「ありがとうございます。ちょうど一区切りついたところです」

私は彼が淹れてくれたハーブティーを一口飲んだ。カモミールの優しい香りが、疲れた脳に染み渡る。

「ライナスとの協力は順調か」

「はい。最初は非協力的でしたけど、最近は少しずつ心を開いてくれている気がします」

「……そうか」

レオン様はどこか複雑な表情で頷いた。彼にとってライナスは私を傷つけようとした許しがたい敵だ。その男と私が打ち解けていくのが、面白くないのだろう。

その分かりやすい嫉妬の感情が少しだけ可愛くて、私は思わず笑ってしまった。

「何を笑っている」

「いえ。レオン様は本当に正直な方だな、と」

「……どういう意味だ」

「やきもちを妬いているのでしょう?」

私がからかうように言うと、彼の顔がみるみるうちに赤くなった。

「や、妬いてなどいない!俺はただ君の身を案じているだけで……!」

その狼狽ぶりが微笑ましくて、私はさらに笑ってしまった。

そんな穏やかな時間が流れていた、その時だった。ライナスを収監している特別牢から、緊急の連絡が入った。

「ミカ・アシュフィールド殿に至急お伝えしたい情報がある、と!ライナスがそう申しております!」

私とレオン様は顔を見合わせた。ただならぬ気配を感じ、私たちは急いで地下牢へと向かった。

鉄格子の向こうで、ライナスはいつになく真剣な表情をしていた。

「ミか。お前が作っているデータベースを見せろ。特に近隣諸国に関する部分をだ」

「どうしてですか?」

「いいから早くしろ!遅れると手遅れになる!」

その切羽詰まった声。私はただ事ではないと直感し、スキルで彼の独房内に情報のスクリーンを投影した。

そこに映し出された東のガルニア帝国との国境付近の情報を見た瞬間、ライナスの顔色が変わった。

「……やはりそうか。この金の流れ……。そしてこの武器の密輸ルート……。間違いない」

「何が分かったのですか、ライナスさん」

「ガルニア帝国が動くぞ」

その一言に、私とレオン様は息を呑んだ。

「奴らは我が国が内乱で混乱している、この隙を狙っていたんだ。そしてアッシュフォード家は、その帝国の侵攻計画を裏で手引きしていた一部の貴族の情報を掴んでいた」

「なんですって!?」

「俺たちの目的は王家の転覆だけではなかった。この国を外国に売り渡そうとする本当の裏切り者たちを炙り出し粛清すること。それもまた、我ら影の監査官の務めだったのだ」

ライナスの口から語られた新たな真実。アッシュフォード家の事件はまだ終わってはいなかった。それはこれから始まる大国との戦争の、ほんの序章に過ぎなかったのだ。

目の前に現れたさらに巨大で厄介な問題に、私は頭を抱えそうになった。

しかし同時に私の心は燃えていた。隣には私を守ってくれる最強の騎士がいる。そして鉄格子の向こうには最高の頭脳を持つ影の協力者がいる。

これならどんな困難な課題だってクリアできる。私は不敵に笑うと次なる戦いに向けて思考を切り替えるのだった。
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