毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン

文字の大きさ
21 / 35

21.素直になれなくて

しおりを挟む
 バシュロ様は夜会の後、私の居室を訪ねてきた。
 まだ着替えていなくて幸いだった。

 こんな夜に困った人だ。

「今日のオティーリエ王女から君の香水と似た匂いがしたけど…」
「はい。わたくしが使っていたものと同じでございます」
「そう…」
 少し考え込んで
「つける人によって変わるものだな」
 と小さくおっしゃった。
 オティーリエ王女からはスミレの香りがした。バシュロ様に気に入られようと健気ではないか。
 私は少しむっとした。

「バシュロ様」
「なに?ベル」
 優しく微笑んで私を見るバシュロ様。
「わたくしはオティーリエ王女殿下に冷たいバシュロ様が嫌いでございます」
「好きで娶った妃ではないからね」
「それが王族のおっしゃることですか。それも政治でございましょう?」
 私は厳しい顔でバシュロ様を睨んだ。
「ベルはそんな顔でも可愛いね」
「バシュロ様!!」
 どこ吹く風のバシュロ様に手がつけられない。

「どうしてそんなに怒るの?寵愛が自分に向くのは喜ぶことだろう?」
 それはどうだが、素直に喜べない。
「バシュロ様がわたくしを側妃に望んだ時を覚えておいでですか」
「ああ。アシャール子爵家の扱いは頭にきたな。そしてなんて健気で可愛い子だろうと、バイエに取られまいと必死だった」
「それでわたくしに優しくしてくださったのでしょう?」
「それもあるけど…君はあの頃から一所懸命で可愛かった」
「オティーリエ王女殿下にもお優しくなさってください。オティーリエ王女殿下はインジャルで頼れるのは、夫であるあなた様だけなのです」
 それでもバシュロ様は言い募った。
「君とオティーリエ王女は違う」
「違いますわ。オティーリエ王女殿下は正妃でございます。大切にしてさしあげてください」
 バシュロ様は私の頬に手を当てる。
「君は私を愛してくれていないの?私は君を愛しているのに」

 私は困ってしまった。バシュロ様のお気持は気づいていた。そして今では私もバシュロ様を愛している。しかし、十二歳の頃から
「側妃たるもの正妃を立てて、いつでも二番目に甘んじなくてはならない」
 という教育を受けてきたこともあり、またオティーリエ王女の境遇が不憫でもあり、素直にその寵愛に甘えられず気持ちを表に出せないのだ。

「君は私を愛しているよね。気のせいじゃないといってくれ」
 少しの沈黙の後、ついに私は言ってしまった。
「お慕い申し上げております」
 バシュロ様は私を抱きしめて、頭頂部にくちづけた。
 顔が熱くなる。
 それでも私は必死にバシュロ様の胸を押し返した。

「わたくしを側妃にしたのはバシュロ様でございます。わたくしは側妃の勤めを果たします。バシュロ様はご自分の勤めをお果たし下さい」
 バシュロ様はため息をついてから、私を放した。

「わかった。今はこれでいいよ」
「では、今夜はオティーリエ王女殿下の元へ行ってくださいますね?」
「ベルが望むならね」
「望みます」
 ふーっとため息を吐くバシュロ様。
「行くけど、ご機嫌うかがいだけだ。泊まらないよ。まだ実質正妃じゃないんだし」
 まったく困った人だ。だが少し嬉しい。
「ではオティーリエ王女殿下に花束を。温室で選びましょう?」
 お誘いすると嬉しそうについて来た。

 温室で侍女に命じて、華やかな薔薇を摘ませて花束にする。
「さ、これをお持ちになってオティーリエ王女殿下を労わってさしあげてください」
「ベルはいらないの?」
「わたくしは温室に参っただけで十分でございます」
 バシュロ様もご一緒ですし、とは付け加えない。心の中だけだ。
 言えばバシュロ様はオティーリエ王女の元へ行かないと思うのは、私の自惚れではないだろう。

 バシュロ様がオティーリエ王女に優しくすれば、オティーリエ王女も変わるだろう。情が移れば、私は名実ともに二番目となるだろう。
「愛している」と言われたからと言って、ぬか喜びで驕ってはいけない。

「務めを果たしたら、明日の午後は一緒にお茶をしてくれるね?」
「はい。東屋に用意いたしましょう。オティーリエ王女殿下もお喜びになると思いますわ」
 と胡麻化せば
「私はベルと一緒にお茶を飲みたいんだ」
 とふくれるバシュロ様。
「わたくしもご一緒させていただきますわ」

 二人だけのお茶会。それはなんて魅力的なのだろう。
 だが、今はいけない。
 オティーリエ王女がいらっしゃる前と違うのだ。ましてや婚儀を上げたばかり。さらには新枕の儀を失敗している。
 今後の半年で、オティーリエ王女の進退が決まってしまうかもしれない。

 王妃殿下がおっしゃったように、私が正妃を出し抜く形になってしまったら、オティーリエ王女があまりにも哀れではないか。
 オティーリエ王女は私と違い、第一の人となるように育った人なのだから。

 もちろん、今のままの言動はよろしくない。
 王妃殿下も近々、教育を再開するとおっしゃっている。

 オティーリエ王女が良い方に変われば…

 私は矛盾する気持ちを殺す。

「バシュロ様ともですが、わたくしとオティーリエ王女殿下との交流も公務の一環でございますわ」
 と、バシュロ様を送り出した。

 私はしばし温室に残り、気持ちを静めた。
しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

婚姻無効になったので新しい人生始めます

Na20
恋愛
旧題:婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~ セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 2025年10月24日(金) レジーナブックス様より発売決定!

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?

ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。 イケメン達を翻弄するも無自覚。 ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。 そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ… 剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。 御脱字、申し訳ございません。 1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。 楽しんでいただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

処理中です...