王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭

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1章:辺境の村、風の道

罠の香り

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「……おい、調子はどうだ? 俺達はここらで休むからな。お前もそのつもりでいろや」

 扉を開くと、御者のひとりはそう言うと、扉の外をあごで指した。
 クラリスは、はっとして顔を上げた。

「休む、とは……。ここで、ですか?」

「そうだ。こんな時間に進んでも危なくてしょうがねえだろ?朝になってから動くさ」

 説明もほどほどに、男たちは手早く焚き火の準備を始めた。
 夜営の準備など、あらかじめ予定していたとしか思えない手際の良さだった。

 クラリスは胸の奥にざわざわしたものを感じながらも、問いただすことができなかった。

 もし、今この人たちに見捨てられたら……
 そんな思いが、少なからず心のどこかに漂っていた。

 きっと、何も起こらない──だがそのささやかな祈りは、無惨に砕かれた。



「──そろそろ、いいんじゃねえか?」

 御者のひとりが、焚き火を見つめながらぼそりとつぶやいた。

「ああ。王都の目なんて、もう届かねえよ。あんたさぁ、ちょいと降りてきてもらおうか、お姫様」

 男の口元に、ねっとりとした笑みが浮かぶ。

 クラリスは、背筋が凍りつくのを感じた。
 その膝は、わずかに震えていたが、決しておびえる様を見せてはならないと、男たちを睨みつける。


「……どういう、ことですか」


「どういうも何も。あんた、今はもう罪人なんだろ? 馬車に乗せて連れてくだけでも慈悲ってもんだ。こっちも報酬がなきゃやってられねえよな?」

「おとなしくしてれば、悪いようにはしねえからよ」

 にじり寄る男たち。

 クラリスは、男の手を払いのけ、後ろへ下がろうとしたが、狭い馬車の中に、逃げ場などどこにもない。
 

「やめて……! お願い……!」


 男たちの手が、顔が、クラリスの眼前に迫る。

 声は震え、手はふるえ、その目は固く閉じられた。
 
 ──やっぱり、この人たちも。
 
 そう思った、その瞬間だった、



「──ちょいとそこ、どきな!!」



 森の奥から、力強い女の声が飛び込んできた。

 次の瞬間、火花が散った。
 筒のような何かが轟音と共に地を這い、慌てて馬車から飛び出た男たちの足元を駆け抜ける。
 木片と火の粉が舞い、馬が悲鳴のようにいななく。
 男たちはお互いに派手にぶつかると尻もちをついた。

「ぐ、な……なんだァ……!」

 はーっ、という叫び声に続いて、バツン、と鞭を鳴らすような音が響いた。

「ったく、なにしてんだい、こんな夜に女ひとり囲んでさ。感心しないねぇ」

 月明かりの下、クラリスの視界に飛び込んできたのは、ずんぐりとした体に荷馬車の手綱を引く女。
 もう片方の手には、自分の顔と同じ位の太さはあろうかという大きな棍棒を構えていたが、使い慣れているのか不思議と違和感を感じさせない。
 続けて何台かの荷馬車も遅れてその場に到着し、数人が馬車から飛び出す。
 棍棒を持った女はそれぞれに指示を出すと、自らは二人の男に向かい合った。

「おまえら……! だ、誰だよ!」

「名乗るほどのもんじゃないよ。ただの荷運びさ。……王都からのご依頼の荷物を取りに行ったってのに予定の場所にゃあ何もありゃしない。どこの盗人だか知らないけれど、先に持っていきやがって」

 バルバラは男たちを睨みながら、一歩、また一歩と前へ進む。
 その足取りに躊躇はない。それは男たちに冷や汗をかかせるのに十分な“本気”を感じさせるものだった。

「その子、どっかに売るつもりだったんだろ? あんた達がその手でなにをしようとしてたかなんて、見れば分かるさ」


 クラリスは、女の仲間に支えられながら、まだ震える視線でその光景を見つめていた。


 ──誰かが、助けに来た。


 絶望に沈んだ瞬間、その手を引いてくれる人など、もういないと思っていた。
 けれど、助けに来てくれる人たちは、ここに、いた。


 女は、「もう一発、猛獣除けをお見舞いしようか?」と、にらみつけた。
 何か言おうとする男たちだったが、女はそれには構わず、その大きな手で無理矢理馬車へと押し込む。
 バツン、と鞭を鳴らすと、馬車は男たちの悲鳴を残して夜道を走り去っていった。


 男たちの馬車が遠ざかり、夜の静けさが戻ってくる。



「さてと──お嬢ちゃん。もう大丈夫だよ。怖い夢は、ここでおしまい」


 まだ震えの収まらないクラリスに向かって手を差し出す。
 

「……私はバルバラ・レーン。あんたを迎えに来たのさ」


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