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1章:辺境の村、風の道
馬車が行く先
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王都を出てから、どれほどの時が流れただろうか。
硬く揺れる馬車の座席の上、クラリスはひとり黙って座っていた。
大き目の革袋に、わずかな着替えと数日分の水と食料、そして幼い頃から肌身離さず大切にしてきた革装丁の手帳が一冊。
それが、ほんの少し前まで、何不自由することのなかった彼女が、王都から持ち出せたものだった。
頬をなでる風は冷たかった。それは、もう自分が王宮の中にいないのだということを、いやでも実感させてくる。
どこまでも続く土の道。どこに向かうのかも知らされないまま乗せられた馬車は、小石を踏みつけては荒々しく跳ねる。
「……どうして、こんなことに……」
吐き出すように呟いた言葉は、馬車のガタガタと進む音にかき消された。
──ミラが、あんな言葉を口にするなんて思いもしなかった。
リオネルに、信じてもらえなかった。
クラリスは膝の上で静かに手を握った。
指先がかすかに震えていた。
御者台では、御者がふたり、低く言葉を交わしている。馬を扱う手綱の音と、風にまぎれるようにして、下卑た笑い声が聞こえてきた。
「……おい、あれがあの皇太子殿下の女かよ。悪くはねぇけど、もうちょっとこうよ……?」
「ま、王都じゃ上物だったんだろ? 俺はああいうの割と嫌いじゃないぜ」
「ははっ!ならお前と俺で、もらってやって……」
クラリスはその声に、はっと息を呑んだ。
思わず顔を伏せる。鼓動が速くなっていく。
──この馬車、本当に王都から遣わされたものなの?
誰が、どこへ、何のために。
セラド。あの白い騎士団長は、執務室で「せめて安全な地へ」と言っていた。
だが、最後まで見送ってくれたのは彼ではなかった。
あの混乱の中次々と出される命令、整えられた儀式の段取り、そしてこの馬車──すべてが早すぎた。
もしかすると、すべてが計画されていたものだったのかもしれない。
だとしたらこの馬車は──
なおも馬車は走り続ける。
顔をあげる。
馬車の中は狭く、明かりもない。
木板の隙間から入り込む冷たい風に、クラリスは身体を抱くように両腕をさすった。
まばたきひとつするたび、追放の宣言がよみがえる。
壇上で、片手をあげていたリオネル。
祭壇の前で彼がクラリスに向けたのは、慈しみではなく、疑念の目だった。
私は、あの人を信じていた。
心から、誇りをもって隣にいた。
なのに。
外は、すっかり暗くなり、馬車は森に差しかかっていた。
鬱蒼とした影が道を覆い、時折、鳥の不気味な鳴き声が響く。
「ようし、そろそろ休ませてもらおうか。ここいらで一泊していくとしよう」
御者のひとりが馬を止め、軽く口笛を吹いた。
クラリスは、その声にきゅっと拳を握りしめる。
王都からの道中、彼らの視線と漏れ聞こえる彼らの言葉には、どこかおかしなものを感じていた。
今、それがただの不安ではなかったことが、明らかになろうとしている。
そして、馬車の扉は開かれ、クラリスの顔が月明かりに照らされた。
硬く揺れる馬車の座席の上、クラリスはひとり黙って座っていた。
大き目の革袋に、わずかな着替えと数日分の水と食料、そして幼い頃から肌身離さず大切にしてきた革装丁の手帳が一冊。
それが、ほんの少し前まで、何不自由することのなかった彼女が、王都から持ち出せたものだった。
頬をなでる風は冷たかった。それは、もう自分が王宮の中にいないのだということを、いやでも実感させてくる。
どこまでも続く土の道。どこに向かうのかも知らされないまま乗せられた馬車は、小石を踏みつけては荒々しく跳ねる。
「……どうして、こんなことに……」
吐き出すように呟いた言葉は、馬車のガタガタと進む音にかき消された。
──ミラが、あんな言葉を口にするなんて思いもしなかった。
リオネルに、信じてもらえなかった。
クラリスは膝の上で静かに手を握った。
指先がかすかに震えていた。
御者台では、御者がふたり、低く言葉を交わしている。馬を扱う手綱の音と、風にまぎれるようにして、下卑た笑い声が聞こえてきた。
「……おい、あれがあの皇太子殿下の女かよ。悪くはねぇけど、もうちょっとこうよ……?」
「ま、王都じゃ上物だったんだろ? 俺はああいうの割と嫌いじゃないぜ」
「ははっ!ならお前と俺で、もらってやって……」
クラリスはその声に、はっと息を呑んだ。
思わず顔を伏せる。鼓動が速くなっていく。
──この馬車、本当に王都から遣わされたものなの?
誰が、どこへ、何のために。
セラド。あの白い騎士団長は、執務室で「せめて安全な地へ」と言っていた。
だが、最後まで見送ってくれたのは彼ではなかった。
あの混乱の中次々と出される命令、整えられた儀式の段取り、そしてこの馬車──すべてが早すぎた。
もしかすると、すべてが計画されていたものだったのかもしれない。
だとしたらこの馬車は──
なおも馬車は走り続ける。
顔をあげる。
馬車の中は狭く、明かりもない。
木板の隙間から入り込む冷たい風に、クラリスは身体を抱くように両腕をさすった。
まばたきひとつするたび、追放の宣言がよみがえる。
壇上で、片手をあげていたリオネル。
祭壇の前で彼がクラリスに向けたのは、慈しみではなく、疑念の目だった。
私は、あの人を信じていた。
心から、誇りをもって隣にいた。
なのに。
外は、すっかり暗くなり、馬車は森に差しかかっていた。
鬱蒼とした影が道を覆い、時折、鳥の不気味な鳴き声が響く。
「ようし、そろそろ休ませてもらおうか。ここいらで一泊していくとしよう」
御者のひとりが馬を止め、軽く口笛を吹いた。
クラリスは、その声にきゅっと拳を握りしめる。
王都からの道中、彼らの視線と漏れ聞こえる彼らの言葉には、どこかおかしなものを感じていた。
今、それがただの不安ではなかったことが、明らかになろうとしている。
そして、馬車の扉は開かれ、クラリスの顔が月明かりに照らされた。
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