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2章:王都に降る雨
夜の残響
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夜の文書庫は静まり返っていた。
閲覧申請を済ませ、鍵を受け取ったセラド・ヴァレンティスは、一人ランプの灯りを携えながら棚の間を歩いていた。
業務としてここを訪れることは年に数度ある。
だが、今夜の彼は、職務でも指示があったわけでもなく、ただ「知りたい」という思いだけで足を運んでいた。
セラドは執務室でのカリオンの言葉にどうしても引っかかるものがあった。
──殿下は、何か焦っていらっしゃるのでしょうか。
いや、リオネル殿下が焦る必要はどこにもない。むしろ、先日のクラリスの件があったばかりである。普通に考えれば、その直後に聖女との婚姻を行うことを発表するなど二の足を踏むはず──だとすれば……
「……急ぎたいのは、教会か」
そう口にしてしまうことは、信仰を揺るがすような言動と受け取るものもいたかもしれない。だが、セラドは、走らせた思考をさらに続ける。過去、教会からの提案に、今回のような事はあっただろうか。
セラドは、教会にまつわる過去の記録と思しきものを追っていく。いくつか、小領主の任命であったり、ちょっとした人事などに口をはさんだのではないかと思われるような文書が見つかったりはしたものの、セラドが期待したような、明らかにかかわった記録といえるようなものは、何も見つかりはしなかった。
「文書庫に、それほど期待していたわけではなかったが……」
セラドは、小さくため息をつくと、部屋の隅へと向かい、その一角を占めている文書の束のうち一枚を手に取る。
もともと、記録としてそれほど多くの物が文書として残されているわけではないが、唯一驚くほど詳細に記されているものがあった。
「いつみても立派なものだな。この記録は」
──加護の使用記録。
加護の使用者の名前と、いつ使用したのか、その状況などが記された記録簿。
教会にて管理されている加護に関する情報の全てがここにある。
言い伝えによると、はるか昔、加護が失われ、大地が枯れた。それをきっかけとし、記録が行われるようになったという。真偽のほどは不明であるが、今もこうして、記録は続けられている。
セラドが別の記録簿に手を伸ばした時、文書庫の扉がわずかに軋んだ。
「団長、こちらでしたか」
カリオンが顔を覗かせた。その顔にわずかな不安が見える。
「こんな遅くまで仕事ですか……?体、壊しますよ……」
「ああ、すまない。もう出るところだ」
「ならよいのですが」
「カリオン……」
「はい?」
セラドは、ふと語った。
「……変革というものは常に起こりうることだ。制度も必要に応じて変わる。それは当然だ。だが──俺の知る限り、ここまで何もかもが一気に整っていったことは……記憶にない」
「それは……たしかに、そうかもしれませんが……」
「いや、もちろん俺の思い込みかもしれん。だが、こうも思えないか?」
自分の考えをまとめるように少し間を置くと、セラドは続ける。
「──たとえ偶然でも、積み重なりすぎれば、神の御心とは別の“力”が働いているのではないだろうか……と」
文書庫に静寂が広がった。
「お疲れなんですよ、きっと。ただでさえ、王都の見回り強化でお忙しくされているんですから!……早くお休みになってください」
カリオンは冗談とも思えない口調で、そう言うと、一礼し、静かに退出していった。
セラドはその背を見送り、記録簿のページをそっと閉じた。
神を信じている。
そのことに疑いは無い。
──だが、“整いすぎている”この現実に、違和感を覚えずにはいられなかった。
閲覧申請を済ませ、鍵を受け取ったセラド・ヴァレンティスは、一人ランプの灯りを携えながら棚の間を歩いていた。
業務としてここを訪れることは年に数度ある。
だが、今夜の彼は、職務でも指示があったわけでもなく、ただ「知りたい」という思いだけで足を運んでいた。
セラドは執務室でのカリオンの言葉にどうしても引っかかるものがあった。
──殿下は、何か焦っていらっしゃるのでしょうか。
いや、リオネル殿下が焦る必要はどこにもない。むしろ、先日のクラリスの件があったばかりである。普通に考えれば、その直後に聖女との婚姻を行うことを発表するなど二の足を踏むはず──だとすれば……
「……急ぎたいのは、教会か」
そう口にしてしまうことは、信仰を揺るがすような言動と受け取るものもいたかもしれない。だが、セラドは、走らせた思考をさらに続ける。過去、教会からの提案に、今回のような事はあっただろうか。
セラドは、教会にまつわる過去の記録と思しきものを追っていく。いくつか、小領主の任命であったり、ちょっとした人事などに口をはさんだのではないかと思われるような文書が見つかったりはしたものの、セラドが期待したような、明らかにかかわった記録といえるようなものは、何も見つかりはしなかった。
「文書庫に、それほど期待していたわけではなかったが……」
セラドは、小さくため息をつくと、部屋の隅へと向かい、その一角を占めている文書の束のうち一枚を手に取る。
もともと、記録としてそれほど多くの物が文書として残されているわけではないが、唯一驚くほど詳細に記されているものがあった。
「いつみても立派なものだな。この記録は」
──加護の使用記録。
加護の使用者の名前と、いつ使用したのか、その状況などが記された記録簿。
教会にて管理されている加護に関する情報の全てがここにある。
言い伝えによると、はるか昔、加護が失われ、大地が枯れた。それをきっかけとし、記録が行われるようになったという。真偽のほどは不明であるが、今もこうして、記録は続けられている。
セラドが別の記録簿に手を伸ばした時、文書庫の扉がわずかに軋んだ。
「団長、こちらでしたか」
カリオンが顔を覗かせた。その顔にわずかな不安が見える。
「こんな遅くまで仕事ですか……?体、壊しますよ……」
「ああ、すまない。もう出るところだ」
「ならよいのですが」
「カリオン……」
「はい?」
セラドは、ふと語った。
「……変革というものは常に起こりうることだ。制度も必要に応じて変わる。それは当然だ。だが──俺の知る限り、ここまで何もかもが一気に整っていったことは……記憶にない」
「それは……たしかに、そうかもしれませんが……」
「いや、もちろん俺の思い込みかもしれん。だが、こうも思えないか?」
自分の考えをまとめるように少し間を置くと、セラドは続ける。
「──たとえ偶然でも、積み重なりすぎれば、神の御心とは別の“力”が働いているのではないだろうか……と」
文書庫に静寂が広がった。
「お疲れなんですよ、きっと。ただでさえ、王都の見回り強化でお忙しくされているんですから!……早くお休みになってください」
カリオンは冗談とも思えない口調で、そう言うと、一礼し、静かに退出していった。
セラドはその背を見送り、記録簿のページをそっと閉じた。
神を信じている。
そのことに疑いは無い。
──だが、“整いすぎている”この現実に、違和感を覚えずにはいられなかった。
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