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2章:王都に降る雨
雨の幕間
静かな雨音が、リオネルの寝室の窓を打つ。
ろうそくの炎がゆらめく室内には、控えの者もいない。
ミラは窓辺に立ち、手に取ったガラス杯をゆっくりと傾けた。
果実酒の深く沈んだ赤い色が揺れるたび、映り込んだろうそくの灯りがきらめくように散る。
それはまるで、星空をその手に収めているかの様であった。
「この雨……私が殿下に、“これからの私について”ご相談差し上げた日と同じ様。……あの日も、こんなふうに静かに降っておりましたわ」
リオネルは答えず、視線を落としたまま手の中の書類を伏せた。
「そうだったかな……」
「はい。そうですとも。よおく、覚えておりますわ」
悪戯っぽく微笑むミラ。
「これからは、王太子妃となる“ミラ”のことをちゃんと見てくださいましね」
リオネルは椅子に腰かけたまま、ゆっくりと顔を上げた。
ミラを見つめるその目は、どこか落ち着かない様子だったが、ミラはそんなリオネルのすべてを包み込むように囁いた。
「ご不安なのですか?」
「少しな……」
「殿下……」
ミラは、その潤んだ瞳で、リオネルをじっと見つめると、言葉を続ける。
「正直を申しますと、これから先、どのような試練があるやもと、私も不安でなりません。ですが……私は、リオネル様のためにここまで来ました。ただ一心に……神の御導きに従って。ですから、これからもどうか……殿下の隣にお仕えさせてください」
言い終えると、ミラは、リオネルにもたれかかるように体を寄せた。
「……もちろんだとも。君は……僕の光なのだから」
リオネルは自分に言い聞かせるようにそう言うと、その手を、ゆっくりとミラの手に重ねた。
それは──どこか逃れられない契約の証のようでもあった。
「……殿下……」
自分の頬が緩むのを感じたミラは、それを悟られまいと、リオネルから視線を外し、窓の外に目を向ける。
その向こうに広がる王都の灯が、雨にぼやけて見えていた。
──もう……誰にも、邪魔はさせない
「ミラ?」
「いいえ。なんでもありませんわ、殿下」
ろうそくの炎が静かに揺れる。そのたびに、二人の影もまた、壁に静かに揺れていた。
* * *
そのころ、セラド・ヴァレンティスは、夜の王都を囲む城壁へと訪れていた。
「ヴァレンティス団長!こんな遅くまで、お疲れ様です」
片手をあげて、「お疲れ様、夜警は大変だろう」と夜警隊の一人に返事を返すセラド。
王都の内外を見渡せることもあり、城壁にも夜警の当番の配置がされている。
濡れた石段を登ると、眼下には雨の王都が広がる。
ぽつりぽつりと見える灯り。
中でも王城は、夜にあっても灯りを落とすことは無く、むしろ闇の中でこそ、その存在を周囲に知らしめているのではないかと思わせるほどだった。
小雨はまだ途切れることも無く、静かに王都を濡らしていく。
彼の背には、信仰の重みと、消えない違和感がまとわりついていた。
すべてが予定されているかのように進んでいく。
“神託”のもとに。
果たしてこれは、神の意思なのであろうか。
それとも──
「……この雨は、神の涙なのか」
もし傍にカリオンがいれば、「そんなわけはありません、考えすぎです」等とまた窘められるに違いない。
その光景を思い浮かべたセラドは苦笑した。
だが、その言葉は決して冗談などではなく、確かにセラドの胸の底から出たものだった。
王都の影は、その差す場所を変えながら、次第に色を濃くしていく。
そして、そのすべての影を、雨が、静かに覆い隠していた。
ろうそくの炎がゆらめく室内には、控えの者もいない。
ミラは窓辺に立ち、手に取ったガラス杯をゆっくりと傾けた。
果実酒の深く沈んだ赤い色が揺れるたび、映り込んだろうそくの灯りがきらめくように散る。
それはまるで、星空をその手に収めているかの様であった。
「この雨……私が殿下に、“これからの私について”ご相談差し上げた日と同じ様。……あの日も、こんなふうに静かに降っておりましたわ」
リオネルは答えず、視線を落としたまま手の中の書類を伏せた。
「そうだったかな……」
「はい。そうですとも。よおく、覚えておりますわ」
悪戯っぽく微笑むミラ。
「これからは、王太子妃となる“ミラ”のことをちゃんと見てくださいましね」
リオネルは椅子に腰かけたまま、ゆっくりと顔を上げた。
ミラを見つめるその目は、どこか落ち着かない様子だったが、ミラはそんなリオネルのすべてを包み込むように囁いた。
「ご不安なのですか?」
「少しな……」
「殿下……」
ミラは、その潤んだ瞳で、リオネルをじっと見つめると、言葉を続ける。
「正直を申しますと、これから先、どのような試練があるやもと、私も不安でなりません。ですが……私は、リオネル様のためにここまで来ました。ただ一心に……神の御導きに従って。ですから、これからもどうか……殿下の隣にお仕えさせてください」
言い終えると、ミラは、リオネルにもたれかかるように体を寄せた。
「……もちろんだとも。君は……僕の光なのだから」
リオネルは自分に言い聞かせるようにそう言うと、その手を、ゆっくりとミラの手に重ねた。
それは──どこか逃れられない契約の証のようでもあった。
「……殿下……」
自分の頬が緩むのを感じたミラは、それを悟られまいと、リオネルから視線を外し、窓の外に目を向ける。
その向こうに広がる王都の灯が、雨にぼやけて見えていた。
──もう……誰にも、邪魔はさせない
「ミラ?」
「いいえ。なんでもありませんわ、殿下」
ろうそくの炎が静かに揺れる。そのたびに、二人の影もまた、壁に静かに揺れていた。
* * *
そのころ、セラド・ヴァレンティスは、夜の王都を囲む城壁へと訪れていた。
「ヴァレンティス団長!こんな遅くまで、お疲れ様です」
片手をあげて、「お疲れ様、夜警は大変だろう」と夜警隊の一人に返事を返すセラド。
王都の内外を見渡せることもあり、城壁にも夜警の当番の配置がされている。
濡れた石段を登ると、眼下には雨の王都が広がる。
ぽつりぽつりと見える灯り。
中でも王城は、夜にあっても灯りを落とすことは無く、むしろ闇の中でこそ、その存在を周囲に知らしめているのではないかと思わせるほどだった。
小雨はまだ途切れることも無く、静かに王都を濡らしていく。
彼の背には、信仰の重みと、消えない違和感がまとわりついていた。
すべてが予定されているかのように進んでいく。
“神託”のもとに。
果たしてこれは、神の意思なのであろうか。
それとも──
「……この雨は、神の涙なのか」
もし傍にカリオンがいれば、「そんなわけはありません、考えすぎです」等とまた窘められるに違いない。
その光景を思い浮かべたセラドは苦笑した。
だが、その言葉は決して冗談などではなく、確かにセラドの胸の底から出たものだった。
王都の影は、その差す場所を変えながら、次第に色を濃くしていく。
そして、そのすべての影を、雨が、静かに覆い隠していた。
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