王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭

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3章:静かなる祈り

加護師ふたり

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 エルバの家からの帰り、ふたりが村の広場に差し掛かった時、若い女性が声をかけてきた。彼女の弟が、明け方に咳がひどく出るとのことで、村に来てすぐの頃、よく薬を求めに来ていたことを思い出す。

「弟さんの具合はどうですか?」

 最近顔を見せない彼女にクラリスは尋ねた。

「おかげさまで、大分よくなりました。あんなによく眠れなくて、辛そうにしていたのが嘘みたいです」
「それはよかった!」
「村には、あまり詳しい人がいなかったから……」
「でもセラヴィアさんがいたんじゃ……」

 クラリスが振り向くと、セラヴィアは「何のこと?」といった仕草をしてクラリスに応えた。クラリスは、セラヴィアが長い間、一所に留まるような人ではなかったことを思い出す。

「確かに、そうでしたね……でも、もう大丈夫ですよ。今は私がいますからね」

 クラリスが答えると、女性は「よかった」と微笑んだ。その時、遠くの方から声が近づいてきた。目をやると、クラリスたちの方に向かって、少年が猛然と駆けてくるのが見える。その手には一本の花が握りしめられていた。

「おねえちゃん! ほらみてよ、この花……あっ!」

 地面の段差にでもつまずいたのか、派手に転ぶ少年。膝をしたたかに地面に打ち付け、その膝からは血がにじむ。

「いってぇ……!!」
「ロニス! 大丈夫!?」
「っ……! だれ? このひとたち」
「こーら! 失礼でしょ! ロニスの喉のお薬をくださった人ですよ」
「え! そうなの!」

 いいながらも、しかめ面をした少年は、擦りむいた膝を、手で押さえて痛みをこらえていた。

「ふふ……元気ね、少年。……特別よ……膝、見せてごらん……」

 そういうとセラヴィアはしゃがみこみ、少年の膝に手を置く。一瞬柔らかな光がその手に「ぽぅ……」と浮かんだが、それはすぐにはじけるように消えた。

 空気が、静まった。

「セラヴィアさん…?」

 セラヴィアはクラリスの声には応えずに、手を膝からゆっくりと離す。
 少年の膝から流れ出ていた血は止まっていた。

「うん……じゃあ、これを塗るから。こうしておけば、あとで痛くならないのよ」

 セラヴィアは、腰に下げた小さな袋から小瓶を取り出すと、中に入った油のようなものを少し手に取る。「しみるけど……」と言いながら少年の膝を包むように優しく塗り込んだ。

「っ……でも、よくなったかも! ありがとう、おばさん!」

 お礼もそこそこに、またどこかへと勢いよく駆けていく少年。少年から発せられた最後の言葉に、セラヴィアの頬が軽くひきつったのを、クラリスは見逃さなかったが、そっと胸の内にしまっておくことにした。
 若い女性が「本当にすみません……」といいながら「お代を……」と、取り出そうとするのをセラヴィアは止めた。

「気まぐれだから……今のは……」



 姉弟と別れた帰り道、クラリスはひっかかっていた違和感を口にした。

「セラヴィアさん。さっきの“あれ”、なんですか?」
「あれ?」

 セラヴィアは、クラリスの方を向くこともなくそう答えた。

「さっきの“加護”のことです」
「ん?何か変だった?」
「ええ」
「そうだったかしら」

 言葉を交わすたびに、二人の口調は熱を帯びる。

「加護、途中で止めましたよね。子供だからですか? それとも加護なんて最後まで使う価値のある傷だとは思わなかった、ということですか?」

 セラヴィアはまぶたを伏せると、ため息をついた。

「……だからあの時も言ったでしょ……あれは“気まぐれ”でした加護――それだけ」

 そう言って、肩をすくめて笑う。

「――わけもなく、途中で加護を投げ出すなんて、私……セラヴィアさんらしくないと思います」
「投げ出す?」
「だってそうじゃないですか。加護を使って、確かに止血はして――でもセラヴィアさん、それ以上は何もしなかったんですよ……」

 クラリスは俯き、両手はぎゅっと握りしめられている。

「薬を塗って、はい、おしまいって……私なら、痛み止めにも加護を使いますし、これまで、セラヴィアさんだってそうしていた気がします。あの馬車の時もそうでしたよね? でもさっきは……」
「適当ってこと? 私らしくない?」

 セラヴィアの口調がわずかに強くなる。

「いえ、そうではなくて、その……いつものセラヴィアさんなら、『できることをするだけ』、って……でも、『できることをしなかった』んですよ? そんなの、私の知ってるセラヴィアさんじゃ――」
「あなたに私の何が――」

 セラヴィアは途中まで出かかった言葉を飲みこむ。クラリスは顔を上げた。

「……セラヴィアさん?……何かあったんですか……」
「……何もないわ……あなたの目に何かあったのかもよ……?」
「セラヴィアさんっ!」

 クラリスの声が大きくなる。
 セラヴィアは特に気にする風でもなくその髪を風に揺らしていた。

「言いたくないのなら言わなくてもいいです。……でも、もし、何かセラヴィアさんなりの事情があって、加護を使わないというのなら――」

 そこまで言うと、クラリスは一つ息をした。セラヴィアは何も言わず、クラリスをじっと見ている。


「私を、頼ってください。まだまだ力不足かもしれないですけど、私は頼って欲しいです。セラヴィアさんに」


 クラリスは、セラヴィアの目を真剣に見つめた。やがてセラヴィアは、その睨み合いに負けたかのように苦笑すると、視線を落とした。


「――クラリス」


 うつむいたままセラヴィアはその名を呼んだ。
 クラリスが初めて耳にするその響き。
 クラリスはなぜだか、頼って欲しいなどと言ったことが、恥ずかしくなっていた。

「そうだね……ごめん。次からはそうするわ」

 セラヴィアは、そういうと、何事もなかったかのように、ふらりと先を歩き出した。

「あ、あの……」

 声をかけようとするが、途中で小さくなる声。
 もし何かを言葉にすれば、きっと、セラヴィアはそれさえも冗談のように返すに違いない。ついさっきのように。そう思うとクラリスは最後まで言葉を続けることができなかった。

 少し進んだ先で、セラヴィアは立ちどまった。思わずクラリスも立ち止まる――
 しばらくの間、セラヴィアは、迷っているかのように空を見上げていたが、やがてぽつりと言った。


「……昔々、とても力の強い加護師がいました」

 クラリスは、急に始まった、いつか聞いたような話に気がそがれる。

「……またですか?」

 セラヴィアはそれには答えず一人続けた。

「……その加護師は、他の誰よりも、“ひとを思い加護を使おうとした人”でした。……その加護師は、自分が傷つくことを恐れず、“誰かの痛みに寄り添おうと”していたのです。――その力はどこか、――クラリスという加護師に似ていました。……おしまい」
「セラヴィア……さん……?」

 ――それは私がセラヴィアさんに似ていたということ?
 突然の、思ってもみない言葉にクラリスは戸惑いを隠せない。
 セラヴィアは振り返って言った。

「あは……どう? 面白かった?」
「面白かったって、そんなこと……」
「だって、あなた、前は昔話に笑っていたわよ……」
「それは……」

 クラリスは何とも答えようがなくただ茫然としている。
 セラヴィアはそんなクラリスを見て、くすっと笑った。

「だからさ……」

 セラヴィアはクラリスをじっと見つめると、いつにない口調で言った。


「さっきの話――あなたは……力不足なんかじゃない。それは“私”が保証する」


 何かを託されたような気持ちに、クラリスの背がしゃんとなる。

「……まあ……これからも努力は必要だけれど……」

 といつもの調子に戻ると、セラヴィアは再び歩き出した。

「は、はい!」

 クラリスは置いていかれまいと、あわてて彼女に駆け寄っていった。
 普段よりも、その足取りを軽く感じながら。

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