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第一章 回想
出会い
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千春との出会いは、花乃が5歳の時。
花乃のいる病棟の看護師であった千春の母・名子(めいこ)は、ある日彼を連れてやって来た。
9歳だった千春は、その頃周囲と馴染めず、学校を休みがちだったらしい。
千春と入院する子供たちの気分転換に少しでもなればと、名子は定期的に彼と一緒に出勤してきた。
初めは、遠巻きに見ていたみんなも、実は千春に興味津々。花乃だって、話したくてたまらなかった。
それは、花乃が下を向いて一生懸命手探りでパズルに取り組んでいた時。
「...下手くそ」
「...へ?」
声がして、反射的に花乃が顔を上げる。誰かそばにたっているのは、遮断された光の具合でわかる。声であの子だと判断した花乃は、話しかけられた理由を考えた。
ムスッとした顔を隠さない男の子。花乃を見下ろし、ちらとパズルを見た。千春は花乃が見えないことをまだ知らなかった。
「...あ、パズル、したいの?」
「...別に」
「ふぅん...」
また、花乃がパズルに集中し始めても、その場を離れない。ずっとパズルの完成を見守っている。
花乃も、空気感や微かな呼吸の音で感じとっていた。
「...ちょっと待ってて」
「は?」
花乃は立ち上がり、一旦病室に戻ろうとする。が、足が思うように動かない。麻痺の影響で、ゆっくりしか歩けず、しかも日によっては特に力が入りにくい。道のりは、手すりを辿っていけば大丈夫だ。
もたついていると、またそばに影が落ちた気がした。
「...ん。どこに行きたいの」
男の子が腕を差し出していた。
花乃は、首を傾げた。腕を差し出されていることに気づかない。
その動きで、花乃の視力についても何となく感じとったのだろう。ハッと息をのんだ音がしたかと思うと、あたたかい何かにそっと触れられた。
「...触れるね?腕、つかまって。どこに行きたいの」
「いいの?」
「...あぁ、まぁ暇だしな」
ぶっきらぼうに言い訳するその子に、花乃は無邪気に笑った。
「ありがとう!病室に戻りたいの!あなたと一緒にパズルがしたくて」
「...俺と?」
「うん!私、あなたとお友達になりたいの」
途端、男の子の纏う空気が鋭くなったのを、花乃は感じ取った。
「どうして俺と?」
冷えた声だ。急にどうしたのだろう。
「理由なんてないよ?あなたと並んでパズルがしたい。それだけ」
「...隣でしてても、お前には見えないだろ」
男の子は口にした瞬間、しまったという顔をして口元を押さえた。言いすぎたと思ったのだろう。
花乃は、間髪入れずに答えた。何の怒りもない声や表情で。
「見えなくても、想像するのよ。ほら、今、あなたは...まずいって顔をした。違う?」
「うっ...ど、どうして。お前、実は見えるのか?」
「ふふ、そんなわけないわ。でもね」
「.......」
「見えなくても、感じとることはできるの。空気が動く音や人の呼吸音。衣擦れの音や、少し感じる光の加減でも。あ、匂いもね。目が使えないなら、耳と鼻をつかって情報を集めれば、あとは頭の中で想像するだけ」
「...想像?」
「えぇ。想像するの。お兄さんが、今どの位置に立っているか。遮られた光が教えてくれる。お兄さんの微かな呼吸音は、静かだったり、興奮していたり、息をのんだり。感情を教えてくれる。あとは、好きな姿を想像して、いろんな表情を付け加える。ふふ、楽しいの!」
「.....お前、変わってる」
あ、とまた自分が毒づいたことを感じたその子は、俯いた。
「あ、また。落ち込んでる?」
花乃は男の子の腕から手を離し、手探りで男の子の顔を探す。急に触られたその子は、一瞬花乃と距離をとった。
「な、なんだよ」
「...ごめんなさい。お兄さんの表情に触れたくて。...落ち込まないで?」
「落ち込んでなんかない!」
「でも...私に言ったこと気にしてる。お兄さんって優しいんだね」
そう言って、微笑んだ花乃をその子は見つめた。
「優しい、なんて初めて言われた」
「優しくないの?」
「...ふはっ。知らねぇよ。お前が言ったんだろ」
「...えへ」
「俺、人苦手なんだよ。学校でも、うまくやれなくて」
「....」
「人って、裏ばっかだろ?腹黒い大人に。ゴマスリしてくるだけの同級生。俺の前ではいい顔して、知らないところで色々言ってる」
「そう、なの?」
本気でわからないとでもいう風に、難しい顔をして首を傾げる花乃。いよいよ、男の子が吹き出した。
「は、ははは。やっぱお前、変わってる」
「うん?」
「...俺、千春。お兄さんじゃなくて、千春」
「...千春さん?」
「呼び捨てでいい。...お前は?」
「私は、花乃だよ。...千春」
「病室に行けばいいんだよな」
そう言って、千春の腕に引かれて病室までの道を歩いた。年上の千春は、花乃が少し体重をかけてもビクともしなかった。
お気に入りのパズルを持って、またプレイルームに戻る。二人で一緒にパズルをした。花乃は手探りだから、ペースが遅くて、千春は花乃より早く終えてしまった。
また「遅い」と千春が毒づいても、花乃は全く気にしない。自分のペースで、パズルを完成させていく。
その様子を千春はじっと見ていた。
「できた!」
「...頑張ったじゃん」
「え?」
「...すごいよ」
完成したパズルに、パッと顔を輝かせる花乃に、横に座る千春は言った。本心だった。
「千春ってやっぱり優しいね」
「はぁ?」
「だって。最後まで待っててくれた」
「...遅いとか言ってただろ」
「でも、待ってくれた。やっぱり優しい」
「....はぁ。はいはい、わかったよ。俺は優しい」
「ふふ、うん。ね、これで千春は友達だよね」
「ん?何でそうなる」
「だって、パズル一緒にしたよ。一緒に遊んだら友達だよね」
「....そんな単純な」
「むぅ。単純でも。私、友達って初めてなの」
「.......」
「一緒に遊んだのも、千春が初めて」
「...病棟の子がいるだろ」
「...私、目が見えないから。歩くのも何するのも遅いし。すぐみんな離れてく。ほら、みんな治療もあって、プレイルームに居られる時間って限られてるから目一杯遊びたいでしょ?私の動きを待っててくれる子は少ないわ」
「.......」
「ね、千春。初めてのお友達になってくれて、ありがとう」
満面の笑みを向ける花乃に、千春は黙っていた。
花乃のいる病棟の看護師であった千春の母・名子(めいこ)は、ある日彼を連れてやって来た。
9歳だった千春は、その頃周囲と馴染めず、学校を休みがちだったらしい。
千春と入院する子供たちの気分転換に少しでもなればと、名子は定期的に彼と一緒に出勤してきた。
初めは、遠巻きに見ていたみんなも、実は千春に興味津々。花乃だって、話したくてたまらなかった。
それは、花乃が下を向いて一生懸命手探りでパズルに取り組んでいた時。
「...下手くそ」
「...へ?」
声がして、反射的に花乃が顔を上げる。誰かそばにたっているのは、遮断された光の具合でわかる。声であの子だと判断した花乃は、話しかけられた理由を考えた。
ムスッとした顔を隠さない男の子。花乃を見下ろし、ちらとパズルを見た。千春は花乃が見えないことをまだ知らなかった。
「...あ、パズル、したいの?」
「...別に」
「ふぅん...」
また、花乃がパズルに集中し始めても、その場を離れない。ずっとパズルの完成を見守っている。
花乃も、空気感や微かな呼吸の音で感じとっていた。
「...ちょっと待ってて」
「は?」
花乃は立ち上がり、一旦病室に戻ろうとする。が、足が思うように動かない。麻痺の影響で、ゆっくりしか歩けず、しかも日によっては特に力が入りにくい。道のりは、手すりを辿っていけば大丈夫だ。
もたついていると、またそばに影が落ちた気がした。
「...ん。どこに行きたいの」
男の子が腕を差し出していた。
花乃は、首を傾げた。腕を差し出されていることに気づかない。
その動きで、花乃の視力についても何となく感じとったのだろう。ハッと息をのんだ音がしたかと思うと、あたたかい何かにそっと触れられた。
「...触れるね?腕、つかまって。どこに行きたいの」
「いいの?」
「...あぁ、まぁ暇だしな」
ぶっきらぼうに言い訳するその子に、花乃は無邪気に笑った。
「ありがとう!病室に戻りたいの!あなたと一緒にパズルがしたくて」
「...俺と?」
「うん!私、あなたとお友達になりたいの」
途端、男の子の纏う空気が鋭くなったのを、花乃は感じ取った。
「どうして俺と?」
冷えた声だ。急にどうしたのだろう。
「理由なんてないよ?あなたと並んでパズルがしたい。それだけ」
「...隣でしてても、お前には見えないだろ」
男の子は口にした瞬間、しまったという顔をして口元を押さえた。言いすぎたと思ったのだろう。
花乃は、間髪入れずに答えた。何の怒りもない声や表情で。
「見えなくても、想像するのよ。ほら、今、あなたは...まずいって顔をした。違う?」
「うっ...ど、どうして。お前、実は見えるのか?」
「ふふ、そんなわけないわ。でもね」
「.......」
「見えなくても、感じとることはできるの。空気が動く音や人の呼吸音。衣擦れの音や、少し感じる光の加減でも。あ、匂いもね。目が使えないなら、耳と鼻をつかって情報を集めれば、あとは頭の中で想像するだけ」
「...想像?」
「えぇ。想像するの。お兄さんが、今どの位置に立っているか。遮られた光が教えてくれる。お兄さんの微かな呼吸音は、静かだったり、興奮していたり、息をのんだり。感情を教えてくれる。あとは、好きな姿を想像して、いろんな表情を付け加える。ふふ、楽しいの!」
「.....お前、変わってる」
あ、とまた自分が毒づいたことを感じたその子は、俯いた。
「あ、また。落ち込んでる?」
花乃は男の子の腕から手を離し、手探りで男の子の顔を探す。急に触られたその子は、一瞬花乃と距離をとった。
「な、なんだよ」
「...ごめんなさい。お兄さんの表情に触れたくて。...落ち込まないで?」
「落ち込んでなんかない!」
「でも...私に言ったこと気にしてる。お兄さんって優しいんだね」
そう言って、微笑んだ花乃をその子は見つめた。
「優しい、なんて初めて言われた」
「優しくないの?」
「...ふはっ。知らねぇよ。お前が言ったんだろ」
「...えへ」
「俺、人苦手なんだよ。学校でも、うまくやれなくて」
「....」
「人って、裏ばっかだろ?腹黒い大人に。ゴマスリしてくるだけの同級生。俺の前ではいい顔して、知らないところで色々言ってる」
「そう、なの?」
本気でわからないとでもいう風に、難しい顔をして首を傾げる花乃。いよいよ、男の子が吹き出した。
「は、ははは。やっぱお前、変わってる」
「うん?」
「...俺、千春。お兄さんじゃなくて、千春」
「...千春さん?」
「呼び捨てでいい。...お前は?」
「私は、花乃だよ。...千春」
「病室に行けばいいんだよな」
そう言って、千春の腕に引かれて病室までの道を歩いた。年上の千春は、花乃が少し体重をかけてもビクともしなかった。
お気に入りのパズルを持って、またプレイルームに戻る。二人で一緒にパズルをした。花乃は手探りだから、ペースが遅くて、千春は花乃より早く終えてしまった。
また「遅い」と千春が毒づいても、花乃は全く気にしない。自分のペースで、パズルを完成させていく。
その様子を千春はじっと見ていた。
「できた!」
「...頑張ったじゃん」
「え?」
「...すごいよ」
完成したパズルに、パッと顔を輝かせる花乃に、横に座る千春は言った。本心だった。
「千春ってやっぱり優しいね」
「はぁ?」
「だって。最後まで待っててくれた」
「...遅いとか言ってただろ」
「でも、待ってくれた。やっぱり優しい」
「....はぁ。はいはい、わかったよ。俺は優しい」
「ふふ、うん。ね、これで千春は友達だよね」
「ん?何でそうなる」
「だって、パズル一緒にしたよ。一緒に遊んだら友達だよね」
「....そんな単純な」
「むぅ。単純でも。私、友達って初めてなの」
「.......」
「一緒に遊んだのも、千春が初めて」
「...病棟の子がいるだろ」
「...私、目が見えないから。歩くのも何するのも遅いし。すぐみんな離れてく。ほら、みんな治療もあって、プレイルームに居られる時間って限られてるから目一杯遊びたいでしょ?私の動きを待っててくれる子は少ないわ」
「.......」
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