【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

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第一章 回想

友達

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 それから、千春と花乃はよく一緒に過ごすようになった。
 そのうちに、千春は学校にちらほら行けるようになって、やがて毎日通うようになった。

 そうすると、花乃の病棟にやってくる日が激減した。

「あーあ。つまんないな。今日も千春は学校か」

 ベッドの上に腰掛けて、母の照乃がせっせと洗濯物を持ち帰り、洗濯の終わった服を棚に戻す気配を感じながら、花乃は唇を突き出した。

「全く。そんなに毎回来られません。千春くんも忙しいのよ?」

 呆れたような声で、諭す照乃。

「だってぇ。千春とパズルしたり、本読んでもらったりしたい。遊びたいんだもん」

 ギャーギャー言う娘に、どうしたものかと黙った母が、何かを言う前に病室のドアが開いた。

「あらあら、賑やかね~。うふふ。花乃ちゃん、どうしたの?」
「あ、看護師さん。...千春に会いたいなって」
「あら~、ありがとう。千春、今日も元気に学校に行ったわ。花乃ちゃんと出会ってから、あの子少し明るくなってね。ここに連れてきて本当、良かった。花乃ちゃんのおかげよ」

 入ってきたのは、千春の母、名子だった。定期的なバイタルチェックとお薬のチェック、点滴のために日に何度か看護師が病室を訪れる。
 カチャカチャと、手際よく器具を準備する音を聞きながら、花乃はため息をついた。

「...また、点滴?」
「花乃!」
「あら、点滴、嫌?」

 名子が聞いてくる。

「...いや。だってそれ入れたら気持ち悪くなるんだもん」
「そうね。体の中にいる悪いものをやっつけるために必要なんだけど、小さな花乃ちゃんには辛い時間かもね...」
「.......」
「...花乃。あなたの病気を抑えるためよ?頑張ろう?」

 母が背中をさすりながら声をかけた。花乃は黙って腕を差し出す。何度も針を刺された小さな少女の腕は、痛々しいほど跡が残っている。

「偉いわね。じゃ、これからこのお薬が落ちてなくなるまで、安静に過ごしてね」
「...わかった」

 針をさし、液体がきちんと花乃の体の中に注入されていくのを見届けて、名子は退室していった。花乃は憂鬱な気分でベッドに横になった。

*******

 ガラッ。

「かーの!」
「...あ、千春?千春なの?」

 花乃は待ち人きたるという顔で、声のする方向を勢いよく見た。

「あぁ。元気にしてたか?」
「うん!元気だよ。千春は?」
「元気。今日テストでさ~...」
「.......」

 時折、時間を作って病棟に来てくれる千春。花乃は嬉しい。...嬉しいが、顔を合わせる度に花乃の知らない千春の世界が広がっている気がして、怖くなることがある。

 置いて行かれて...千春はいつか私なんて忘れちゃうんじゃないだろうか。

(そういえば、千春の返事もらってないな)

 思い返してみれば、花乃が友達宣言しただけ。
 どこからが友達なんだろう。
 

「千春?」
「うん?」
「...私たち友達だよね」
「またそれか?」
「...いいから。答えて?」
「.........」
「...もういい。千春なんて知らない」
「花乃?...お前様子が変だぞ?どうした?」
「....点滴の時間だから帰って」
「え?」
「...帰って、千春」

 千春がゆっくり立ち上がって、病室をあとにした。花乃は嗚咽を堪えて、誰にも気づかれないように、一人で泣いた。

*******


 翌日、花乃はプレイルームにいた。黙々とパズルをはめていく。
 そこに光を遮る影が落ちる。

「私も...パズルしていい?」
「...え?」
「...私、瑠璃(るり)。7歳」
「あ...私は、花乃。5歳だよ」
「花乃ちゃん?可愛い名前!私ね、昨日からここに入院してるの」
「そうなんだ」
「これからよろしくね」
「あ...でも私、目が...あと歩くのも遅いの。つまらないかもしれないよ」

 花乃らしくなく、昨日千春との一件があってから暗い気持ちが抜けなかった。自分はずっと入院生活。話題もないから話していてもつまらない。一緒に遊んでも体の事情でついていけなくてつまらない。きっとこの子もそう思うかも。

「どうして?友達といてつまらないわけないじゃない。友達って一緒に遊べるから、たくさん話せるから、友達になるんじゃないでしょ?」
「...そうなの?」

 瑠璃の言っていることの意味がわからず、花乃は首を傾げる。瑠璃は自信満々に鼻息荒く頷いた。

「そう!あのね、友達って....その子と一緒に遊びたい、この子と話したい、って自分が思うから友達。そう思える子だから友達になれるの。私は、花乃ちゃんと友達になりたい!」
「...うん。私も。よろしくね、瑠璃ちゃん」

 花乃は今言われた言葉を、脳内で繰り返していた。言っている意味はわかる。
 花乃も千春と友達になりたいと言って友達になった。
 じゃぁ、千春は?花乃と友達になりたいと思ってくれているのだろうか。


*****

「花乃?」
「...千春?千春よね?」

 瑠璃とそのままパズルをしていた時、すぐ近くで人の気配がして、声をかけられた。

「......やっぱり。何が『友達』だよ」
「え...どういうこと?」

 そう聞こえたかと思うと、すぐに走り去る足音が聞こえた。

「あ...行っちゃったよ?男の子」
「...ごめん、瑠璃ちゃん。ちょっとだけ離れるね」

 花乃は急いで立ち上がり手すりに手をかける。今日は少し調子がいい。足もきちんと動く。千春を追いかけて、昨日のこと謝らなきゃと花乃は彼を追いかける。

*****


 足音が聞こえた方向に来てみたけれど、それ以上は進めない。見えないのがこんなに苦しいのは初めてだ。

「千春?...どこ?」

 気づけば、病院の中庭まで出てきていたらしい。一人で手探りでここまできたことは、正直なかった。改めて、花乃は自分の生きている世界が狭いことを痛感した。

「きゃっ!!」

 ズルッと音がして、花乃は倒れた。何かにつまづいたらしい。

「いたた...ちはるぅ」

 涙が出てきた。

「千春どこ?心細いよぉ」

 鼻をすすっていると、ザッと目の前に影ができる。

「何してんだよ。ったく」

 それは千春の声だった。声の主はふわりと屈んだ気配がしたかと思うと花乃の汚れた膝をパンパン払って立ち上がるのを手伝ってくれる。

「千春?...転んじゃった。ありがとう」
「...一人で追いかけてなんて来るからだろ」
「だって!千春に...昨日のこと謝らなきゃって。昨日、せっかくきてくれたのにごめんね?...千春がどんどん遠くに行っちゃう気がして、怖くなったの」

 俯いてそう言えば、千春は沈黙。返事が返ってこない。しばらく黙っていた二人だが、千春が無言で腕に花乃の手を添えさせて、歩き始める。

「あ...」
「戻るぞ。花乃のお母さんが心配する」
「...うん」
「...さっきの。誰?」
「...瑠璃ちゃんのこと?瑠璃ちゃんは同じ病棟に入院してるの。さっき友達になったんだ」
「ふぅん」
「あのね、瑠璃ちゃんが言ってた。友達は、遊べるから...お喋りできるから...なれるんじゃないんだって。友達は、この子と遊びたい、この子と話したいって思うから友達なんだよ?」
「.....」
「だからね?やっぱり千春と私は友達だよね」
「...どうしてそうなる」
「だって、私は千春と友達になりたいって思ったし。千春もパズルしようとか本読もうって誘ってくれるもの。私と遊びたいんじゃないの?学校の話も、私に話したいって思うからしてくれるんでしょ?」
「そう、かもな」
「...じゃ、やっぱり友達だ。ふふ、嬉しい。あ、さっきはどうしてどっか行っちゃったの?」
「...新しい友達ができたから、俺がいらなくなったのかと思って。昨日帰れって言われたし」

 拗ねた声で言われて、花乃は気まずくて顔を伏せた。

「...ま、いいや。確かに俺は、花乃に会いたくて来てるし、花乃に話したくて学校の話しもしてる。いつのまにか友達だったんだな俺たち」
「...うん!それに~、初ケンカしちゃったね」

 むふふと目尻を下げて笑う花乃を、千春が呆れたように見遣る。

「なんで嬉しそうなんだよ。普通ケンカってしたくないものなんじゃないの?」
「どうして?ケンカしたままは嫌だけど、仲直りすれば大丈夫だよ。花乃のお母さんは、お父さんと喧嘩した後、相手をより知れたからお父さんともっと仲良くなれたって言ってるよ?」
「...ふぅん。やっぱお前って俺とは違う。でも、話すの楽しいわ。世界が広がる。もっと話したくなる」
「...つまらなくない?」
「は?全然。...むしろ、学校の同級生と話すより楽しい」

 そう言われて花乃は、暗い気分がパッと吹き飛んだ。花乃の知っている世界は病院の中だけだけど、それでも千春も瑠璃も、花乃と友達になりたいと言ってくれる。ちょっと、自分を誇りに思った。

「でもさ、花乃がもっと色んなことが知りたいなら、俺色々持ってきてやるよ」
「色々?」
「うん。面白そうな本とか、とにかく色々。外の世界、ここに運んできてやる!」
「...うん!うん!ありがとう、千春。楽しみにしてるね」
「あぁ」

「千春...私たち、ずっと友達ね」
 無邪気に花乃が笑う。その言葉に、千春は反応する。

「....ずっと友達、なんてありえない」

 本心だった。花乃は、周りの子とは違うと思いつつ、信じられない。花乃は耳に届いた言葉を噛み砕くように、黙って、また口を開いた。

「...じゃぁ、25年後、答え合わせをしましょう?」
「25年後?」
「そう。25年後、千春と私がまだ友達か。答え合わせするの」
「いいけど...どうして25年後なの?」
「...それは秘密。25年後のお楽しみだよ」

 ふふ、と口に指をあてて言う5歳児。それがツボにハマって、千春はくくくっと肩を震わせた。

 

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