【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

文字の大きさ
5 / 53
第一章 回想

瑠璃(るり)①

しおりを挟む
 花乃は10歳を迎えていた。
 相変わらず、花乃の世界は病院の中。

 千春と瑠璃は、5歳の頃よりずっと花乃のなかでかけがえのない存在になっていた。

「花乃ちゃん!」
「.....瑠璃ちゃん?」

 花乃が、病室で点字の本を読んでいたら、ドアがノックされた。返事をすれば、瑠璃が入ってくる。

「ふふ、今日も遊ぼう?」
「うん、いいよ。何して遊ぶ?」
「私、お母さんに折り紙買ってもらったの!一緒に折ろう?」
「私に折れるかな?」

 花乃が心配そうに言えば、どこまでも明るい瑠璃は答えた。

「あったり前じゃん!折り紙って、形が決まってるの。こう...指先でなぞってみたらわかるでしょ?指で確かめながら端と端を折っていけば、大丈夫なんだよ。花乃ちゃんの頭の中で四角い折り紙思い浮かべて、折ってみて?」
「うん、やってみる」

 そして、出来上がったチューリップ。数回しか折らないシンプルなものだが、花乃のチューリップは丁寧におられていて綺麗だ。

「うわぁ、いいね!可愛いチューリップできたね!」
「うん、教えてくれてありがとう」
「...あ!ねぇ、花乃ちゃん!...お外にお散歩に行かない?」

 折り上がったチューリップを撫でていたら、突然瑠璃が大きな声をあげる。いいことを思いついたと言わんばかりに距離を詰めてきたのを動いた風で感じとれば、すぐ至近距離で瑠璃が嬉しそうに言った。

「え?...でも、勝手にそんなことして、いいのかな?」

 花乃はいつも言われていた。一人で病棟の外に出ないようにと。多分瑠璃の両親も、彼女に言っているだろう。

「いいのいいの!いつも私たち、大人たちの言うとおり約束守って、時間になったら治療を受けて。とってもいい子にしてるでしょ?」
「...うん、確かにそうかも」
「すっごい頑張ってるもん。ちょっとくらい、平気だよ。花乃ちゃん、次の点滴の時間までまだあるでしょ?」
「...うん、まだ大丈夫だと思う」
「じゃぁ、その時間までに絶対戻るって約束するわ?いいでしょう?」

 強引に詰め寄られて、花乃はそれなら大丈夫かもとオッケーしてしまった。

「やった!私、花乃ちゃんに見せたいものがあるの」
「...わかった」

 そして、花乃は瑠璃に手を引かれて、そっと病室を抜け出した。
 母も父もその時は席を外していたから、あとはナースステーションを気づかれずに抜けられれば...。

 内心ドキドキしながら、花乃は息を潜めた。
 瑠璃も緊張していたのだろう。花乃の手を握る手は汗ばんで、いつもより体温が高く感じる。

『花乃ちゃん、あの看護師さんがいなくなったら、ちょっと早歩きするよ?私の手しっかり握っててね』

 潜めた声でそう言われ、花乃はコクリと頷いた。

『...行くよ!』

 そして、花乃と瑠璃は急いだ。大人たちに見つからないように、できる限り早足で。

********

「ここまで来れば大丈夫だね。...はぁ、疲れた。ちょっと休憩しよう?花乃ちゃん、大丈夫?」

 花乃と瑠璃は、外にいた。病院から離れた方が見つかりにくいと考えた二人は、歩いている途中、もう少し先まで行ってみようということになった。
 病棟を出たあたりから瑠璃がゆっくり歩いてくれたから、身体は大丈夫だ。だが、予定よりも遠くに来た実感があって、少し心配になってきた。

「ねぇ、瑠璃ちゃん...。こんなに遠くに来て、大丈夫かな?」
「...あ、本当だ。夢中で逃げてたから遠くまで来すぎちゃったかな?...でも、大丈夫だよ。ちゃんと道は覚えてるし。私が責任持って、花乃ちゃんのこと連れて帰るから安心してね?」

 その頼もしい声に、花乃はホッと息を吐いた。

「わかった...。瑠璃ちゃんの見せたいものって、何だったの?」
「あ...そうだった。あのね...確かこっち。花乃ちゃん、もう歩けそう?」
「うん」
「じゃぁ、ついてきて?」

 そして、瑠璃は再び花乃の手を引いていく。今度は花乃のペースで進むと、ある場所で突然瑠璃が歩みを止めた。

「...瑠璃ちゃん?」

 花乃が首を傾げて尋ねれば、瑠璃がハッと息をのんだ気配がした。

「...ごめん、ボーッとして。...着いたよ」
「...着いた?」
「うん...ほら、触って?」

 瑠璃が花乃の手を、優しく誘導する。
 と、すぐに、ヒヤリとして固い...ツルツルしたものに触れた。
 花乃はそれが何なのか知りたくて、今度はもう片方の手も自ら出して両手でペタペタ触る。

「....おもちゃ?...でも、すごく大きい...これは、座るところ?...あ、椅子、かな?」
「そう!半分正解!...あのね、これ、使われなくなった乗り物」
「乗り物?」
「うん...ここね、昔遊園地があったんだって。ジェットコースターとか、船みたいな乗り物とか。これは自分で走らせられるゴーカートなんだよ?」
「これ、ゴーカートなんだ」
「そう。ほらこっちは大きな船。たくさんお客さん乗せてすごい勢いで揺れるんだって」

 そう言ってまた花乃の手を引いて場所まで連れて行ってくれる。

「うわぁ、本当だ。触ればわかる。すっごい大きいね。大人でも、たくさん乗れそう!」

 花乃は、初めて触れる乗り物に目をキラキラさせた。

「でしょ?あっちはジェットコースターだよ」

 瑠璃は、遊園地全体を案内してくれた。花乃は、どれも興味津々で触れて回った。
 そして気づけばあっという間に時間が過ぎていた。

 少し肌寒い。もっと着込んでくればよかったとパジャマ姿のまま飛び出してきたことを、二人で後悔した。

「ここね、瑠璃が入院する日、病院に向かう途中でパパとママと通ったの。瑠璃、昔から病気のせいであんまり外で遊べなくて。遊園地に行ってみたいって駄々をこねたこともあったんだって。小さい頃だから、私は覚えてないんだけどね。その時にパパとママ、二人で誓ったんだって。絶対瑠璃の身体を元気にしてあげようって。病気が良くなるように、三人で頑張ろうって。そんな話をしてくれてね、私、この遊園地、なんか好きなの。もう使われてないし、古びてるんだけどね」
「そっかぁ...遊園地、いいな」
「でしょ?私ね、絶対元気になるの。それで、ぜっっったい!パパとママのこと遊園地に連れて行ってあげるんだ!」
「ふふ、瑠璃ちゃんがパパとママを連れて行くの?」
「そうだよ?連れて行ってもらうんじゃなくて、連れて行くの!」

 力強く宣言する瑠璃が、何だかとっても大きく思える。

「瑠璃ちゃんは、強いね」
「そうかな?...花乃ちゃんだって、強いよ?毎日、治療頑張ってて偉いね」
「...うん、ありがとう」

 それから二人で笑い合った。

「そろそろ帰ろっか」
「うん」

 花乃と瑠璃は、来た道を戻り始めた。

「...けほっ、けほっ」
「...瑠璃ちゃん、大丈夫?」
「.......」
「...瑠璃ちゃん?」
「...あ、ごめん。...平気、だよ」
「...本当に?なんだか、さっきより手が...息も、荒いよ?」

 花乃は、瑠璃の様子が変わったことに不安を覚え、足を止める。手探りで瑠璃の額を探しあて、ピタリと手のひらをあててみる。

「...やっぱり。瑠璃ちゃん、熱があるんじゃない?」
「...平気。これくらい、へっちゃらだよ。それより、花乃ちゃん早く戻らないと、点滴の時間に遅れちゃう...。花乃ちゃんが、私の、せ、いで...おこられ....」
「...瑠璃ちゃん?」

 バタン、と大きな音がした。
 目の前を何かが落ちていったような風が巻き起こる。
 同時に花乃の手を当てていた瑠璃の額がすっかり消えている。

 花乃は慌てて辺りを手で探った。徐々に腰を屈めて探れば、地面にあたたかな人の感触。瑠璃が倒れている。

「る、瑠璃ちゃん!!」

 花乃は叫んだが、熱が上がっているのだろう。瑠璃は苦しげに息を漏らすだけで返事もしない。

 瑠璃が抱えている病気は、あまりよくならなかった。ここに来た頃はまだ良かった顔色も、最近は見るからにげっそりして...体調が悪くなる一方だと、瑠璃の両親が悩みを漏らしていたのを知っている。

「...無理、しすぎたんだ。こんな薄着で...外を出歩いたりしたから」

 瑠璃に誘われた時にとめていればよかった。
 花乃が、行かないと断っていれば。
 目の見えない自分に、この後どうすることができるだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】今日、愛する妻が死にました。

こころ ゆい
ミステリー
※2025/10/4〜10/7までに投稿・完結した作品です。一度非公開にしていたものを、再び公開に切り替えました。  山本圭吾(やまもとけいご)43歳。  今日、十数年連れ添った妻、のぞみが末期がんのため、この世を去った。  圭吾は、愛する妻の死を受け入れられず、ただただ悲しみに暮れていた。  そんな中、葬式の会場で声をかけてきた女性。  その女性の手には、一枚のハンカチが握られている。  それは、明らかに妻のものではなく、妻の好みからもかけ離れていた。  圭吾は訝しみながらも、そのハンカチを受け取る。  これから何が始まるとも知らないで。  圭吾は、死んだ妻をめぐる『謎』に知らず知らず足を踏み入れていくーーー。

【完結】限界離婚

仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。 「離婚してください」 丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。 丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。 丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。 広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。 出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。 平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。 信じていた家族の形が崩れていく。 倒されたのは誰のせい? 倒れた達磨は再び起き上がる。 丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。 丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。 丸田 京香…66歳。半年前に退職した。 丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。 丸田 鈴奈…33歳。 丸田 勇太…3歳。 丸田 文…82歳。専業主婦。 麗奈…広一が定期的に会っている女。 ※7月13日初回完結 ※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。 ※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。 2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

処理中です...