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第一章 回想
瑠璃(るり)①
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花乃は10歳を迎えていた。
相変わらず、花乃の世界は病院の中。
千春と瑠璃は、5歳の頃よりずっと花乃のなかでかけがえのない存在になっていた。
「花乃ちゃん!」
「.....瑠璃ちゃん?」
花乃が、病室で点字の本を読んでいたら、ドアがノックされた。返事をすれば、瑠璃が入ってくる。
「ふふ、今日も遊ぼう?」
「うん、いいよ。何して遊ぶ?」
「私、お母さんに折り紙買ってもらったの!一緒に折ろう?」
「私に折れるかな?」
花乃が心配そうに言えば、どこまでも明るい瑠璃は答えた。
「あったり前じゃん!折り紙って、形が決まってるの。こう...指先でなぞってみたらわかるでしょ?指で確かめながら端と端を折っていけば、大丈夫なんだよ。花乃ちゃんの頭の中で四角い折り紙思い浮かべて、折ってみて?」
「うん、やってみる」
そして、出来上がったチューリップ。数回しか折らないシンプルなものだが、花乃のチューリップは丁寧におられていて綺麗だ。
「うわぁ、いいね!可愛いチューリップできたね!」
「うん、教えてくれてありがとう」
「...あ!ねぇ、花乃ちゃん!...お外にお散歩に行かない?」
折り上がったチューリップを撫でていたら、突然瑠璃が大きな声をあげる。いいことを思いついたと言わんばかりに距離を詰めてきたのを動いた風で感じとれば、すぐ至近距離で瑠璃が嬉しそうに言った。
「え?...でも、勝手にそんなことして、いいのかな?」
花乃はいつも言われていた。一人で病棟の外に出ないようにと。多分瑠璃の両親も、彼女に言っているだろう。
「いいのいいの!いつも私たち、大人たちの言うとおり約束守って、時間になったら治療を受けて。とってもいい子にしてるでしょ?」
「...うん、確かにそうかも」
「すっごい頑張ってるもん。ちょっとくらい、平気だよ。花乃ちゃん、次の点滴の時間までまだあるでしょ?」
「...うん、まだ大丈夫だと思う」
「じゃぁ、その時間までに絶対戻るって約束するわ?いいでしょう?」
強引に詰め寄られて、花乃はそれなら大丈夫かもとオッケーしてしまった。
「やった!私、花乃ちゃんに見せたいものがあるの」
「...わかった」
そして、花乃は瑠璃に手を引かれて、そっと病室を抜け出した。
母も父もその時は席を外していたから、あとはナースステーションを気づかれずに抜けられれば...。
内心ドキドキしながら、花乃は息を潜めた。
瑠璃も緊張していたのだろう。花乃の手を握る手は汗ばんで、いつもより体温が高く感じる。
『花乃ちゃん、あの看護師さんがいなくなったら、ちょっと早歩きするよ?私の手しっかり握っててね』
潜めた声でそう言われ、花乃はコクリと頷いた。
『...行くよ!』
そして、花乃と瑠璃は急いだ。大人たちに見つからないように、できる限り早足で。
********
「ここまで来れば大丈夫だね。...はぁ、疲れた。ちょっと休憩しよう?花乃ちゃん、大丈夫?」
花乃と瑠璃は、外にいた。病院から離れた方が見つかりにくいと考えた二人は、歩いている途中、もう少し先まで行ってみようということになった。
病棟を出たあたりから瑠璃がゆっくり歩いてくれたから、身体は大丈夫だ。だが、予定よりも遠くに来た実感があって、少し心配になってきた。
「ねぇ、瑠璃ちゃん...。こんなに遠くに来て、大丈夫かな?」
「...あ、本当だ。夢中で逃げてたから遠くまで来すぎちゃったかな?...でも、大丈夫だよ。ちゃんと道は覚えてるし。私が責任持って、花乃ちゃんのこと連れて帰るから安心してね?」
その頼もしい声に、花乃はホッと息を吐いた。
「わかった...。瑠璃ちゃんの見せたいものって、何だったの?」
「あ...そうだった。あのね...確かこっち。花乃ちゃん、もう歩けそう?」
「うん」
「じゃぁ、ついてきて?」
そして、瑠璃は再び花乃の手を引いていく。今度は花乃のペースで進むと、ある場所で突然瑠璃が歩みを止めた。
「...瑠璃ちゃん?」
花乃が首を傾げて尋ねれば、瑠璃がハッと息をのんだ気配がした。
「...ごめん、ボーッとして。...着いたよ」
「...着いた?」
「うん...ほら、触って?」
瑠璃が花乃の手を、優しく誘導する。
と、すぐに、ヒヤリとして固い...ツルツルしたものに触れた。
花乃はそれが何なのか知りたくて、今度はもう片方の手も自ら出して両手でペタペタ触る。
「....おもちゃ?...でも、すごく大きい...これは、座るところ?...あ、椅子、かな?」
「そう!半分正解!...あのね、これ、使われなくなった乗り物」
「乗り物?」
「うん...ここね、昔遊園地があったんだって。ジェットコースターとか、船みたいな乗り物とか。これは自分で走らせられるゴーカートなんだよ?」
「これ、ゴーカートなんだ」
「そう。ほらこっちは大きな船。たくさんお客さん乗せてすごい勢いで揺れるんだって」
そう言ってまた花乃の手を引いて場所まで連れて行ってくれる。
「うわぁ、本当だ。触ればわかる。すっごい大きいね。大人でも、たくさん乗れそう!」
花乃は、初めて触れる乗り物に目をキラキラさせた。
「でしょ?あっちはジェットコースターだよ」
瑠璃は、遊園地全体を案内してくれた。花乃は、どれも興味津々で触れて回った。
そして気づけばあっという間に時間が過ぎていた。
少し肌寒い。もっと着込んでくればよかったとパジャマ姿のまま飛び出してきたことを、二人で後悔した。
「ここね、瑠璃が入院する日、病院に向かう途中でパパとママと通ったの。瑠璃、昔から病気のせいであんまり外で遊べなくて。遊園地に行ってみたいって駄々をこねたこともあったんだって。小さい頃だから、私は覚えてないんだけどね。その時にパパとママ、二人で誓ったんだって。絶対瑠璃の身体を元気にしてあげようって。病気が良くなるように、三人で頑張ろうって。そんな話をしてくれてね、私、この遊園地、なんか好きなの。もう使われてないし、古びてるんだけどね」
「そっかぁ...遊園地、いいな」
「でしょ?私ね、絶対元気になるの。それで、ぜっっったい!パパとママのこと遊園地に連れて行ってあげるんだ!」
「ふふ、瑠璃ちゃんがパパとママを連れて行くの?」
「そうだよ?連れて行ってもらうんじゃなくて、連れて行くの!」
力強く宣言する瑠璃が、何だかとっても大きく思える。
「瑠璃ちゃんは、強いね」
「そうかな?...花乃ちゃんだって、強いよ?毎日、治療頑張ってて偉いね」
「...うん、ありがとう」
それから二人で笑い合った。
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
花乃と瑠璃は、来た道を戻り始めた。
「...けほっ、けほっ」
「...瑠璃ちゃん、大丈夫?」
「.......」
「...瑠璃ちゃん?」
「...あ、ごめん。...平気、だよ」
「...本当に?なんだか、さっきより手が...息も、荒いよ?」
花乃は、瑠璃の様子が変わったことに不安を覚え、足を止める。手探りで瑠璃の額を探しあて、ピタリと手のひらをあててみる。
「...やっぱり。瑠璃ちゃん、熱があるんじゃない?」
「...平気。これくらい、へっちゃらだよ。それより、花乃ちゃん早く戻らないと、点滴の時間に遅れちゃう...。花乃ちゃんが、私の、せ、いで...おこられ....」
「...瑠璃ちゃん?」
バタン、と大きな音がした。
目の前を何かが落ちていったような風が巻き起こる。
同時に花乃の手を当てていた瑠璃の額がすっかり消えている。
花乃は慌てて辺りを手で探った。徐々に腰を屈めて探れば、地面にあたたかな人の感触。瑠璃が倒れている。
「る、瑠璃ちゃん!!」
花乃は叫んだが、熱が上がっているのだろう。瑠璃は苦しげに息を漏らすだけで返事もしない。
瑠璃が抱えている病気は、あまりよくならなかった。ここに来た頃はまだ良かった顔色も、最近は見るからにげっそりして...体調が悪くなる一方だと、瑠璃の両親が悩みを漏らしていたのを知っている。
「...無理、しすぎたんだ。こんな薄着で...外を出歩いたりしたから」
瑠璃に誘われた時にとめていればよかった。
花乃が、行かないと断っていれば。
目の見えない自分に、この後どうすることができるだろう。
相変わらず、花乃の世界は病院の中。
千春と瑠璃は、5歳の頃よりずっと花乃のなかでかけがえのない存在になっていた。
「花乃ちゃん!」
「.....瑠璃ちゃん?」
花乃が、病室で点字の本を読んでいたら、ドアがノックされた。返事をすれば、瑠璃が入ってくる。
「ふふ、今日も遊ぼう?」
「うん、いいよ。何して遊ぶ?」
「私、お母さんに折り紙買ってもらったの!一緒に折ろう?」
「私に折れるかな?」
花乃が心配そうに言えば、どこまでも明るい瑠璃は答えた。
「あったり前じゃん!折り紙って、形が決まってるの。こう...指先でなぞってみたらわかるでしょ?指で確かめながら端と端を折っていけば、大丈夫なんだよ。花乃ちゃんの頭の中で四角い折り紙思い浮かべて、折ってみて?」
「うん、やってみる」
そして、出来上がったチューリップ。数回しか折らないシンプルなものだが、花乃のチューリップは丁寧におられていて綺麗だ。
「うわぁ、いいね!可愛いチューリップできたね!」
「うん、教えてくれてありがとう」
「...あ!ねぇ、花乃ちゃん!...お外にお散歩に行かない?」
折り上がったチューリップを撫でていたら、突然瑠璃が大きな声をあげる。いいことを思いついたと言わんばかりに距離を詰めてきたのを動いた風で感じとれば、すぐ至近距離で瑠璃が嬉しそうに言った。
「え?...でも、勝手にそんなことして、いいのかな?」
花乃はいつも言われていた。一人で病棟の外に出ないようにと。多分瑠璃の両親も、彼女に言っているだろう。
「いいのいいの!いつも私たち、大人たちの言うとおり約束守って、時間になったら治療を受けて。とってもいい子にしてるでしょ?」
「...うん、確かにそうかも」
「すっごい頑張ってるもん。ちょっとくらい、平気だよ。花乃ちゃん、次の点滴の時間までまだあるでしょ?」
「...うん、まだ大丈夫だと思う」
「じゃぁ、その時間までに絶対戻るって約束するわ?いいでしょう?」
強引に詰め寄られて、花乃はそれなら大丈夫かもとオッケーしてしまった。
「やった!私、花乃ちゃんに見せたいものがあるの」
「...わかった」
そして、花乃は瑠璃に手を引かれて、そっと病室を抜け出した。
母も父もその時は席を外していたから、あとはナースステーションを気づかれずに抜けられれば...。
内心ドキドキしながら、花乃は息を潜めた。
瑠璃も緊張していたのだろう。花乃の手を握る手は汗ばんで、いつもより体温が高く感じる。
『花乃ちゃん、あの看護師さんがいなくなったら、ちょっと早歩きするよ?私の手しっかり握っててね』
潜めた声でそう言われ、花乃はコクリと頷いた。
『...行くよ!』
そして、花乃と瑠璃は急いだ。大人たちに見つからないように、できる限り早足で。
********
「ここまで来れば大丈夫だね。...はぁ、疲れた。ちょっと休憩しよう?花乃ちゃん、大丈夫?」
花乃と瑠璃は、外にいた。病院から離れた方が見つかりにくいと考えた二人は、歩いている途中、もう少し先まで行ってみようということになった。
病棟を出たあたりから瑠璃がゆっくり歩いてくれたから、身体は大丈夫だ。だが、予定よりも遠くに来た実感があって、少し心配になってきた。
「ねぇ、瑠璃ちゃん...。こんなに遠くに来て、大丈夫かな?」
「...あ、本当だ。夢中で逃げてたから遠くまで来すぎちゃったかな?...でも、大丈夫だよ。ちゃんと道は覚えてるし。私が責任持って、花乃ちゃんのこと連れて帰るから安心してね?」
その頼もしい声に、花乃はホッと息を吐いた。
「わかった...。瑠璃ちゃんの見せたいものって、何だったの?」
「あ...そうだった。あのね...確かこっち。花乃ちゃん、もう歩けそう?」
「うん」
「じゃぁ、ついてきて?」
そして、瑠璃は再び花乃の手を引いていく。今度は花乃のペースで進むと、ある場所で突然瑠璃が歩みを止めた。
「...瑠璃ちゃん?」
花乃が首を傾げて尋ねれば、瑠璃がハッと息をのんだ気配がした。
「...ごめん、ボーッとして。...着いたよ」
「...着いた?」
「うん...ほら、触って?」
瑠璃が花乃の手を、優しく誘導する。
と、すぐに、ヒヤリとして固い...ツルツルしたものに触れた。
花乃はそれが何なのか知りたくて、今度はもう片方の手も自ら出して両手でペタペタ触る。
「....おもちゃ?...でも、すごく大きい...これは、座るところ?...あ、椅子、かな?」
「そう!半分正解!...あのね、これ、使われなくなった乗り物」
「乗り物?」
「うん...ここね、昔遊園地があったんだって。ジェットコースターとか、船みたいな乗り物とか。これは自分で走らせられるゴーカートなんだよ?」
「これ、ゴーカートなんだ」
「そう。ほらこっちは大きな船。たくさんお客さん乗せてすごい勢いで揺れるんだって」
そう言ってまた花乃の手を引いて場所まで連れて行ってくれる。
「うわぁ、本当だ。触ればわかる。すっごい大きいね。大人でも、たくさん乗れそう!」
花乃は、初めて触れる乗り物に目をキラキラさせた。
「でしょ?あっちはジェットコースターだよ」
瑠璃は、遊園地全体を案内してくれた。花乃は、どれも興味津々で触れて回った。
そして気づけばあっという間に時間が過ぎていた。
少し肌寒い。もっと着込んでくればよかったとパジャマ姿のまま飛び出してきたことを、二人で後悔した。
「ここね、瑠璃が入院する日、病院に向かう途中でパパとママと通ったの。瑠璃、昔から病気のせいであんまり外で遊べなくて。遊園地に行ってみたいって駄々をこねたこともあったんだって。小さい頃だから、私は覚えてないんだけどね。その時にパパとママ、二人で誓ったんだって。絶対瑠璃の身体を元気にしてあげようって。病気が良くなるように、三人で頑張ろうって。そんな話をしてくれてね、私、この遊園地、なんか好きなの。もう使われてないし、古びてるんだけどね」
「そっかぁ...遊園地、いいな」
「でしょ?私ね、絶対元気になるの。それで、ぜっっったい!パパとママのこと遊園地に連れて行ってあげるんだ!」
「ふふ、瑠璃ちゃんがパパとママを連れて行くの?」
「そうだよ?連れて行ってもらうんじゃなくて、連れて行くの!」
力強く宣言する瑠璃が、何だかとっても大きく思える。
「瑠璃ちゃんは、強いね」
「そうかな?...花乃ちゃんだって、強いよ?毎日、治療頑張ってて偉いね」
「...うん、ありがとう」
それから二人で笑い合った。
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
花乃と瑠璃は、来た道を戻り始めた。
「...けほっ、けほっ」
「...瑠璃ちゃん、大丈夫?」
「.......」
「...瑠璃ちゃん?」
「...あ、ごめん。...平気、だよ」
「...本当に?なんだか、さっきより手が...息も、荒いよ?」
花乃は、瑠璃の様子が変わったことに不安を覚え、足を止める。手探りで瑠璃の額を探しあて、ピタリと手のひらをあててみる。
「...やっぱり。瑠璃ちゃん、熱があるんじゃない?」
「...平気。これくらい、へっちゃらだよ。それより、花乃ちゃん早く戻らないと、点滴の時間に遅れちゃう...。花乃ちゃんが、私の、せ、いで...おこられ....」
「...瑠璃ちゃん?」
バタン、と大きな音がした。
目の前を何かが落ちていったような風が巻き起こる。
同時に花乃の手を当てていた瑠璃の額がすっかり消えている。
花乃は慌てて辺りを手で探った。徐々に腰を屈めて探れば、地面にあたたかな人の感触。瑠璃が倒れている。
「る、瑠璃ちゃん!!」
花乃は叫んだが、熱が上がっているのだろう。瑠璃は苦しげに息を漏らすだけで返事もしない。
瑠璃が抱えている病気は、あまりよくならなかった。ここに来た頃はまだ良かった顔色も、最近は見るからにげっそりして...体調が悪くなる一方だと、瑠璃の両親が悩みを漏らしていたのを知っている。
「...無理、しすぎたんだ。こんな薄着で...外を出歩いたりしたから」
瑠璃に誘われた時にとめていればよかった。
花乃が、行かないと断っていれば。
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