ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

文字の大きさ
72 / 81

72かねてよりの望み

しおりを挟む

 上体を預けるように、ルイが背にもたれかかってくる。愛しい人の体温を感じて、ゆったりと意識がつなぎ合うかのようだった。これまでの遠慮した姿勢も消えて、晴れやかな心で満たされていた。

「大会、もうすぐですね」

「ああ。俺たちの、努力が。ようやく報われるな」

 寝台でたたずむルイの頬を撫でる。肌の火照りに、レオポルドは憂慮の念を少しだけ緩めることができていた。

「模擬戦をしようなんて、お前には驚かされてばかりだ」

「……。レオ様ほどじゃありませんよ」

「無茶ぶりするのはお互い様か……?」

「ふふっ、はい」

 こくこくとルイは頷き返した。穏やかに微笑む彼もまた美しいなと、レオポルドは魅了されていた。

「私に勝ったから。きっと、兄君にも挑むことができますね」

「ほんとお前には敵わないな。今日のことはきっと無駄にはしないよ」

 模擬戦では寸止めしようと心に刻んでいたのに。不覚にもルイの口車にのせられ、彼を傷つけてしまった。
 あの時。打撃を頭にくらって、意識まで飛ばしてしまったルイを見て、誰もが言葉を失った。侍女のララにいたっては、庭で阿鼻叫喚の顔をして悲鳴をあげていた。

「体調は?頭の痛みはどうだ?」

「平気ですよ、ちょっと頭にぶつけただけですし」

 レオポルドは、念を押すように伴侶の無事を確かめ続けた。
 眠りこんでいた時、苦しそうに寝汗をかいていたルイ。起きてからは腫れ物が取れたかのように、今はすっきりとしているようだ。

 捨て身の精神。身内を倒すほどの覚悟を持つべきこと。ルイが身を粉にしてでも伝えたかったものを、レオポルドは重く受け止めていた。

(ルイの献身が、俺をもっと強くしてくれるだろう)

 これまでの生活上の支援、執務を代行してくれるのもそう。剣術の鍛錬にも人を呼び集めて、財政面でも際限なしに助けてくれている。
 多くの体験をもたらしてくれた。十分すぎるほどの機会に恵まれている。ルイが「遠慮しないで」と与えてくれたものは、今でも計り知れず、「ありがとう」を何度伝えても足りないことは、レオポルドが一番よくわかっている。

「お前が背中を押してくれているから、俺は、ずっと頑張れる気がするよ」

「レオ様……。ふふっ私も、あなたがいたから頑張れるのですよ」

 寝台を埋めるように二人で、丸まったように隣り合っている。背中を重ねて、お互いの顔も見ないで語らう。

「俺は自分のことばかりだったから。ルイのことを気にかける余裕もなかっただろ?」

「ご冗談を。私は何度もあなたに求められて、そのたびに救われましたよ」

 ルイとの婚約が続くように兄たちを説き伏せ、半ば強引に身の回りを安定させてきた。首の皮一枚でつながっているこの現状。すべてが自己満足で、ルイの気持ちを確かめる猶予も無かった。ついでに、いつか終わりが来るのも目に見えていることだった。

「俺がなんでお前に執着しているのか。訊かなくていいのか?」

「……うん?」

「ずっと付きまとっていた、迷惑かもと思っても手紙を書くのを止めることができなかった。俺を異常者だと疑ったりしないのか?」

「別に、まったく?」

 なんの話をしているんだと、ルイは間が抜けた相づちを並べた。
 実感がない。他国から嫁いできたルイのことだから、自分の身の上を呪っているだろうと勘ぐってしまうことがある。同性婚を公然と拒絶したこともない。王宮からすっと消え去ることもしない。ルイは健気に、自分のそばに付き従ってくれるのみだった。

「俺を置いて王宮を立ち去る選択肢だって、あっただろう?」

「いいえ。断じて」

「だ……だけどさ、人質同然の今の立場から逃れられるじゃないか。お前は自由になれたかもしれないのに」

「えっと。そんなに私って、不幸に見られていたんですか?」

 元王族、母国では崇敬を集めていただろう。けれども無念なことである。ルイははじめから、ここでは誰の関心も浴びてさえいなかった。弱小国を従えた証としての、男の人質。「エスペランサの姫君」という蔑んだような呼び名も流行っていた。
 生きるのも辛かっただろうと、レオポルドは伴侶に同情していた。自分が当事者なら信じたくもない悪夢だろう。

「私は今のままでも幸せですよ。これ以上を望むなんて罰が当たるぐらい、恵まれていると思います」

 自然な掛け声のもとで、思いもかけない答えが返ってくる。一緒にいてくれたことが、まるで奇跡のように感じられるほどに、ルイの心は気丈である。なぜだかレオポルドは、そのやり取りから涙がこぼれかけた。

「今のルイは、欲が無いのか?」

「え?ありますよ。それに強欲ですよ。マルクス殿下や王妃に逆らってでも、私はレオ様の主張を押し通そうとしているんですから」

 あっけらかんとしながらルイは笑いかけてくる。確かに、自分たちはかつて前例のない道を歩み続けている。強欲で稚拙なものだ。そして、その旅路はもうすぐに終わりを迎えつつある。

 決闘こそ自分の価値を示す大舞台だと信じている。だが、まさか一世一代の大勝負がすぐそこまで近づいているとは、レオポルド本人も気が気でいられなかった。

「それに私はここに来てから、自分を人質だと思ったことは一度もありませんよ」

 「私はレオ様の相棒ですから」。ルイはそう言って、明るい声をますます強めていった。この言葉がいつだって、二人を結び付けている。どんなに困難を極めても、身も心も二人でひとつなのだと、根拠のない確信が宿っていくのだった。

「勝って、兄君を超える。そうでしょう?」

「あぁ……そうだ。俺はそれを望んでいるよ」

「私たちが過ごした日々も、儀礼も、二人で身を尽くしたからここまで来れたのです。今までの歳月はきっとこの時のためにあったのですよ。なのに今さら逃げるだなんて、ちょっとあり得ませんよね」

 愚かな夢だと、くだらない子どもの道理だと笑われてもおかしくない。それなのに目の前の相手は、それを受け入れるどころか同じ歩調で進もうとしてくれる。
 頭が上がらないなと、レオポルドは相手にいつも感謝する思いだった。そしてさらに、願わくば永遠に同じ夢を見ていたいと、淡い期待を込めるのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

ヘルヴィルのまったり日和

やらぎはら響
BL
タイトルの通りです。 色気ほとばしる穏やかな攻(7歳)×曖昧な知識の乙女ゲームの悪役に転生したのんびり図太い受(2歳)のまったりな出会い。 ゆっくり更新です。 他サイトでも発表しています。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

処理中です...