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72かねてよりの望み
しおりを挟む上体を預けるように、ルイが背にもたれかかってくる。愛しい人の体温を感じて、ゆったりと意識がつなぎ合うかのようだった。これまでの遠慮した姿勢も消えて、晴れやかな心で満たされていた。
「大会、もうすぐですね」
「ああ。俺たちの、努力が。ようやく報われるな」
寝台でたたずむルイの頬を撫でる。肌の火照りに、レオポルドは憂慮の念を少しだけ緩めることができていた。
「模擬戦をしようなんて、お前には驚かされてばかりだ」
「……。レオ様ほどじゃありませんよ」
「無茶ぶりするのはお互い様か……?」
「ふふっ、はい」
こくこくとルイは頷き返した。穏やかに微笑む彼もまた美しいなと、レオポルドは魅了されていた。
「私に勝ったから。きっと、兄君にも挑むことができますね」
「ほんとお前には敵わないな。今日のことはきっと無駄にはしないよ」
模擬戦では寸止めしようと心に刻んでいたのに。不覚にもルイの口車にのせられ、彼を傷つけてしまった。
あの時。打撃を頭にくらって、意識まで飛ばしてしまったルイを見て、誰もが言葉を失った。侍女のララにいたっては、庭で阿鼻叫喚の顔をして悲鳴をあげていた。
「体調は?頭の痛みはどうだ?」
「平気ですよ、ちょっと頭にぶつけただけですし」
レオポルドは、念を押すように伴侶の無事を確かめ続けた。
眠りこんでいた時、苦しそうに寝汗をかいていたルイ。起きてからは腫れ物が取れたかのように、今はすっきりとしているようだ。
捨て身の精神。身内を倒すほどの覚悟を持つべきこと。ルイが身を粉にしてでも伝えたかったものを、レオポルドは重く受け止めていた。
(ルイの献身が、俺をもっと強くしてくれるだろう)
これまでの生活上の支援、執務を代行してくれるのもそう。剣術の鍛錬にも人を呼び集めて、財政面でも際限なしに助けてくれている。
多くの体験をもたらしてくれた。十分すぎるほどの機会に恵まれている。ルイが「遠慮しないで」と与えてくれたものは、今でも計り知れず、「ありがとう」を何度伝えても足りないことは、レオポルドが一番よくわかっている。
「お前が背中を押してくれているから、俺は、ずっと頑張れる気がするよ」
「レオ様……。ふふっ私も、あなたがいたから頑張れるのですよ」
寝台を埋めるように二人で、丸まったように隣り合っている。背中を重ねて、お互いの顔も見ないで語らう。
「俺は自分のことばかりだったから。ルイのことを気にかける余裕もなかっただろ?」
「ご冗談を。私は何度もあなたに求められて、そのたびに救われましたよ」
ルイとの婚約が続くように兄たちを説き伏せ、半ば強引に身の回りを安定させてきた。首の皮一枚でつながっているこの現状。すべてが自己満足で、ルイの気持ちを確かめる猶予も無かった。ついでに、いつか終わりが来るのも目に見えていることだった。
「俺がなんでお前に執着しているのか。訊かなくていいのか?」
「……うん?」
「ずっと付きまとっていた、迷惑かもと思っても手紙を書くのを止めることができなかった。俺を異常者だと疑ったりしないのか?」
「別に、まったく?」
なんの話をしているんだと、ルイは間が抜けた相づちを並べた。
実感がない。他国から嫁いできたルイのことだから、自分の身の上を呪っているだろうと勘ぐってしまうことがある。同性婚を公然と拒絶したこともない。王宮からすっと消え去ることもしない。ルイは健気に、自分のそばに付き従ってくれるのみだった。
「俺を置いて王宮を立ち去る選択肢だって、あっただろう?」
「いいえ。断じて」
「だ……だけどさ、人質同然の今の立場から逃れられるじゃないか。お前は自由になれたかもしれないのに」
「えっと。そんなに私って、不幸に見られていたんですか?」
元王族、母国では崇敬を集めていただろう。けれども無念なことである。ルイははじめから、ここでは誰の関心も浴びてさえいなかった。弱小国を従えた証としての、男の人質。「エスペランサの姫君」という蔑んだような呼び名も流行っていた。
生きるのも辛かっただろうと、レオポルドは伴侶に同情していた。自分が当事者なら信じたくもない悪夢だろう。
「私は今のままでも幸せですよ。これ以上を望むなんて罰が当たるぐらい、恵まれていると思います」
自然な掛け声のもとで、思いもかけない答えが返ってくる。一緒にいてくれたことが、まるで奇跡のように感じられるほどに、ルイの心は気丈である。なぜだかレオポルドは、そのやり取りから涙がこぼれかけた。
「今のルイは、欲が無いのか?」
「え?ありますよ。それに強欲ですよ。マルクス殿下や王妃に逆らってでも、私はレオ様の主張を押し通そうとしているんですから」
あっけらかんとしながらルイは笑いかけてくる。確かに、自分たちはかつて前例のない道を歩み続けている。強欲で稚拙なものだ。そして、その旅路はもうすぐに終わりを迎えつつある。
決闘こそ自分の価値を示す大舞台だと信じている。だが、まさか一世一代の大勝負がすぐそこまで近づいているとは、レオポルド本人も気が気でいられなかった。
「それに私はここに来てから、自分を人質だと思ったことは一度もありませんよ」
「私はレオ様の相棒ですから」。ルイはそう言って、明るい声をますます強めていった。この言葉がいつだって、二人を結び付けている。どんなに困難を極めても、身も心も二人でひとつなのだと、根拠のない確信が宿っていくのだった。
「勝って、兄君を超える。そうでしょう?」
「あぁ……そうだ。俺はそれを望んでいるよ」
「私たちが過ごした日々も、儀礼も、二人で身を尽くしたからここまで来れたのです。今までの歳月はきっとこの時のためにあったのですよ。なのに今さら逃げるだなんて、ちょっとあり得ませんよね」
愚かな夢だと、くだらない子どもの道理だと笑われてもおかしくない。それなのに目の前の相手は、それを受け入れるどころか同じ歩調で進もうとしてくれる。
頭が上がらないなと、レオポルドは相手にいつも感謝する思いだった。そしてさらに、願わくば永遠に同じ夢を見ていたいと、淡い期待を込めるのだった。
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