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10 独占欲
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神隠しに遭った時のことを思い出していた私は、ついぼんやりとしていたようで、気が付けば汲んだ水はすっかり温くなっていた。
火傷した足の痛みは落ち着いていて、明日にはもう治っていそうだった。
「……あ。早く台所に戻らなきゃ……」
真央の用事が終わったなら、私は台所に戻り朝の支度をしなければならない。
私は泣いていたことを他の人間に知られないように、冷やした手ぬぐいを目に当てた、その時。
背後から人の気配を感じ、私はバッと後ろを振り向いた。
「琴葉、また泣いているのかい?」
「……っ、怜央様……っ」
私は怜央の姿を見て警戒を強める。
本当なら怜央とはあまり会いたくないのに、怜央は執拗に私に絡んでくるのだ。
始めは私を傷付ける言葉ばかり浴びせてくる怜央だったけれど、最近は私への独占欲を隠そうともせず、むしろ私を束縛──というか支配したがっている節がある。
「……まったく、真央の癇癪も困ったものだね。あれだけ琴葉を傷付けないように注意したのに」
確かに、ここしばらくは真央に直接的な暴力を振るわれる回数は減っていたように思う。それでも一週間に一度は頬をぶたれたりするけれど、以前に比べたら遥かにマシだ。
「怜央様が、真央様に進言してくださったのですか……?」
暴力が減ったのはとても有難いけれど、だからと言って私は素直に喜べなかった。
だって怜央は私を憐れんでいるわけでも、良心が痛むからでもなく、ただ自分の所有物が傷付けられるのが嫌なだけだから。
「そうだよ。琴葉の綺麗な顔や身体に傷なんか付いたら勿体ないだろう? 琴葉には成人するまで綺麗でいてもらわなくっちゃね」
「──え? 成人するまで……?」
私をモノ扱いする怜央を不快に思いながら、私は怜央の言葉に引っかかりを覚える。
「あれ? 父上から聞いてない? 結構大切な話だと思ったけど、もうお前と会話すらしたくないのかな?」
「……っ」
怜央はいつもこうだ。わざと私が傷付く言葉を選んで、私が傷付く顔を見たがるのだ。その証拠に今も私の表情を見て喜んでいるし。
「そうそう、父上との話だけど、琴葉が成人したら僕がその身柄を貰い受けることになったんだよ」
「──なっ?!」
私は怜央の言葉に、ひどく衝撃を受けた。
何故なら身柄が怜央預かりになれば、下女どころか女郎のような扱いを受ける可能性があるからだ。
「天花寺家の跡取りである僕は、由緒ある家から妻を娶らなきゃいけないけど、琴葉のこともちゃんと可愛がってあげるからね」
「……ひっ」
私はとんでもないことを言いながら、嬉しそうに笑う怜央を見てゾッとする。
怜央は冗談でも何でもなく、本気で私を手に入れようとしているのだろう。私はそんな怜央の執着心がとても恐ろしくて仕方がない。
「はは、僕が別の女を娶るのがそんなに嫌なんだ。でも大丈夫だよ、その女はお飾りの妻にするつもりだから」
「ち、ちが……っ」
「本当は今すぐにでも琴葉を僕のものにしてあげたいけどね、父上が成人するまで待てってうるさくてさ。だからもう少しだけ辛抱して欲しいな」
怜央は震える私を見て何を勘違いしたのか、見当違いなことばかり言ってくる。
私はそんなこと望んでいないのに、絶対怜央のものになるのは嫌なのに、いくら私が声を張り上げてもきっと、怜央には届かないと思う。
「怜央様、怜央様。どちらにいらっしゃいますか? 奥様がお呼びでございます」
うっとりとした目で私を見下ろす怜央から逃れたいと思っていると、タイミング良く怜央の従者が彼を探している声が聞こえてきた。
「……ちっ。じゃあ、またね琴葉。もう身体に傷を作っちゃダメだよ?」
怜央は私の頬をそっと撫でると、残念そうにその場から去っていった。
私は怜央に触れられたところが気持ち悪くて、何度も何度も手ぬぐいでこする。
(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)
いつから怜央は私をあんな目で見るようになったのか、全く心当たりがない。
せめて無関心でいてくれれば良かったのに、今は怜央の顔を見るのが怖ろしくて堪らない。
恐怖に震える私の耳に、がさがさと茂みを掻き分ける音がして、咄嗟に身体を縮こませる。
「くーん……」
「……あ。小豆……」
今度は誰が来たんだろう、と怯えていると、小豆がひょっこりと顔を出した。
私は小豆のつぶらな、汚れていない瞳を見てようやく安堵することが出来た。
「くーん、く-ん」
小豆は私の側にやって来ると、ぺろぺろと顔を舐めてくれた。
「ふふ、綺麗にしてくれているの……?」
小豆が舐めてくれた場所は、偶然にも怜央に触れられた箇所だった。
だから小豆が綺麗にしてくれているのかと思ったけれど、本当は私がいつの間にか泣いていたから、慰めてくれているのだと、頬を伝う涙の感触で気付く。
──大人になればきっと、私でも幸せになれると信じていた。どうしてそんな有りもしないことを信じたのか、自分でもわからない。
だけどその想いが、私の生きる支えになってくれていたのもまた事実で……。
私は小豆をぎゅっと抱きしめて、その温もりに縋る。
何かに縋らないと、心が壊れそうだったから。
そうしてしばらく、私は誰にも気付かれないように、静かに泣き続けたのだった。
火傷した足の痛みは落ち着いていて、明日にはもう治っていそうだった。
「……あ。早く台所に戻らなきゃ……」
真央の用事が終わったなら、私は台所に戻り朝の支度をしなければならない。
私は泣いていたことを他の人間に知られないように、冷やした手ぬぐいを目に当てた、その時。
背後から人の気配を感じ、私はバッと後ろを振り向いた。
「琴葉、また泣いているのかい?」
「……っ、怜央様……っ」
私は怜央の姿を見て警戒を強める。
本当なら怜央とはあまり会いたくないのに、怜央は執拗に私に絡んでくるのだ。
始めは私を傷付ける言葉ばかり浴びせてくる怜央だったけれど、最近は私への独占欲を隠そうともせず、むしろ私を束縛──というか支配したがっている節がある。
「……まったく、真央の癇癪も困ったものだね。あれだけ琴葉を傷付けないように注意したのに」
確かに、ここしばらくは真央に直接的な暴力を振るわれる回数は減っていたように思う。それでも一週間に一度は頬をぶたれたりするけれど、以前に比べたら遥かにマシだ。
「怜央様が、真央様に進言してくださったのですか……?」
暴力が減ったのはとても有難いけれど、だからと言って私は素直に喜べなかった。
だって怜央は私を憐れんでいるわけでも、良心が痛むからでもなく、ただ自分の所有物が傷付けられるのが嫌なだけだから。
「そうだよ。琴葉の綺麗な顔や身体に傷なんか付いたら勿体ないだろう? 琴葉には成人するまで綺麗でいてもらわなくっちゃね」
「──え? 成人するまで……?」
私をモノ扱いする怜央を不快に思いながら、私は怜央の言葉に引っかかりを覚える。
「あれ? 父上から聞いてない? 結構大切な話だと思ったけど、もうお前と会話すらしたくないのかな?」
「……っ」
怜央はいつもこうだ。わざと私が傷付く言葉を選んで、私が傷付く顔を見たがるのだ。その証拠に今も私の表情を見て喜んでいるし。
「そうそう、父上との話だけど、琴葉が成人したら僕がその身柄を貰い受けることになったんだよ」
「──なっ?!」
私は怜央の言葉に、ひどく衝撃を受けた。
何故なら身柄が怜央預かりになれば、下女どころか女郎のような扱いを受ける可能性があるからだ。
「天花寺家の跡取りである僕は、由緒ある家から妻を娶らなきゃいけないけど、琴葉のこともちゃんと可愛がってあげるからね」
「……ひっ」
私はとんでもないことを言いながら、嬉しそうに笑う怜央を見てゾッとする。
怜央は冗談でも何でもなく、本気で私を手に入れようとしているのだろう。私はそんな怜央の執着心がとても恐ろしくて仕方がない。
「はは、僕が別の女を娶るのがそんなに嫌なんだ。でも大丈夫だよ、その女はお飾りの妻にするつもりだから」
「ち、ちが……っ」
「本当は今すぐにでも琴葉を僕のものにしてあげたいけどね、父上が成人するまで待てってうるさくてさ。だからもう少しだけ辛抱して欲しいな」
怜央は震える私を見て何を勘違いしたのか、見当違いなことばかり言ってくる。
私はそんなこと望んでいないのに、絶対怜央のものになるのは嫌なのに、いくら私が声を張り上げてもきっと、怜央には届かないと思う。
「怜央様、怜央様。どちらにいらっしゃいますか? 奥様がお呼びでございます」
うっとりとした目で私を見下ろす怜央から逃れたいと思っていると、タイミング良く怜央の従者が彼を探している声が聞こえてきた。
「……ちっ。じゃあ、またね琴葉。もう身体に傷を作っちゃダメだよ?」
怜央は私の頬をそっと撫でると、残念そうにその場から去っていった。
私は怜央に触れられたところが気持ち悪くて、何度も何度も手ぬぐいでこする。
(どうしてこんなことになっちゃったんだろう……)
いつから怜央は私をあんな目で見るようになったのか、全く心当たりがない。
せめて無関心でいてくれれば良かったのに、今は怜央の顔を見るのが怖ろしくて堪らない。
恐怖に震える私の耳に、がさがさと茂みを掻き分ける音がして、咄嗟に身体を縮こませる。
「くーん……」
「……あ。小豆……」
今度は誰が来たんだろう、と怯えていると、小豆がひょっこりと顔を出した。
私は小豆のつぶらな、汚れていない瞳を見てようやく安堵することが出来た。
「くーん、く-ん」
小豆は私の側にやって来ると、ぺろぺろと顔を舐めてくれた。
「ふふ、綺麗にしてくれているの……?」
小豆が舐めてくれた場所は、偶然にも怜央に触れられた箇所だった。
だから小豆が綺麗にしてくれているのかと思ったけれど、本当は私がいつの間にか泣いていたから、慰めてくれているのだと、頬を伝う涙の感触で気付く。
──大人になればきっと、私でも幸せになれると信じていた。どうしてそんな有りもしないことを信じたのか、自分でもわからない。
だけどその想いが、私の生きる支えになってくれていたのもまた事実で……。
私は小豆をぎゅっと抱きしめて、その温もりに縋る。
何かに縋らないと、心が壊れそうだったから。
そうしてしばらく、私は誰にも気付かれないように、静かに泣き続けたのだった。
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