【 完 結 】言祝ぎの聖女

しずもり

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聖騎士ウィル 2

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 ミーシェ。折角だからこの場所で、この湖に、祈りを捧げてくれないか?


この湖の前で楽しそうにクスクスと笑うミーシェを見て、思わず口をついて出てきた言葉に自分でも驚く。

この湖に祈りを捧げる事ほど無意味なことはない、とウィル自身がよく知っている筈なのに。

この湖はなのだから。


 祖国ガーネシアは三代前の国王の崩御の際に王位継承争いが起きた。本来なら嫡子が問題なく王位を継ぐ筈だった。

しかし突然亡くなってしまった国王の子どもは双子の兄弟だった。遺言もなく兄は未だ立太子していなかった。

どちらも優秀で、兄弟仲も悪くは無かったが、僅か数分の違いで生まれ、同じ教育を受けて育った兄弟を取り囲む状況は日を追う毎に変化していった。そうして国を二分する王位継承争いに発展してしまったのだ。

 国王が崩御してから二年の月日が流れ、漸く正式に国王が決定した。国王になったのは双子の弟の方だった。

それで事は収まった筈だった。

だが新たに王となった弟には、男児が生まれなかった。一人、二人と続いて女児は生まれたが、生憎とガーネシアでは王女が王位を継承したという歴史はない。

それから兄の嫡子が王太子の座に就いて三年。王に待望の男児が生まれた。王太子との歳の差は実に十五もあった。


本来なら王太子となった兄の子が次の国王となる。しかし、我が子に継がせたいと思ってしまうのが親心というもの。それが一国の王であったとしても。

そうしてまた王位継承争いが起こってしまった。やがてそれは王太子の暗殺という最悪な事態を引き起こす。


 嘗てガーネシアの西、ツィオーニとの国境にある森の手前に、王族が足繁く訪れる保養地があった。

森に入って直ぐの場所に湖はある。湖の中央には水面から岩が出ており、小さな祠があった。それはガーネシア建国に助力したとされ、その後も国を守護し続けて下さっているラフマ神様を祀っていた祠だった。


その湖というのが、二人の目の前に見える湖だ。


今は湖の中央に祠は無い。それどころか、からこの湖には魚一匹住まない生物の絶えた湖となっている。

ガーネシア建国の王の名が付けられていた湖は、王太子殺害の現場となった。神を祀る場で、その神に一番縁のある王族が醜い争いの末に、王族の血でもって神聖な湖を穢したのだ。

王位継承争いをしていた者たちやこの地に住まう民たちが、その事に気付いた時にはもう手遅れだった。
湖は澱み、水の中にも森の中にも生き物の姿を見かける事は無くなっていた。

それだけではない。ガーネシアの地は天災に見舞われる回数が増え、農作物も育ち難くなっていった。国の財政は逼迫し、どんどんと国が衰退していく。

自分達の行いを反省しラフマ神様に許しを乞い、祈り続けても、今も国は緩やかに衰退の一途を辿り続けている。



 それなのに、誰も人が寄り付かなくなった湖が、王家の文献にあった『まるで鏡のように空を映し出す』と謳われた透明度の高い湖となって目の前に存在している。

ウィルが嘗てウィリアム王子と呼ばれていた頃、ガーネシアを去る前、この湖を訪れた時の景色など全て無かったかのように。



『ウィリアムよ。我ら王族が国の頂きに居座り続ける限り、この国に希望は無いのかも知れぬ。

神の怒りに触れた我が王族はその責を負わねばならない。今更許しを乞うても何も変わりはしないのかもしれないが。

だが、幸い直系の王族は我ら親子のみとなった。国の為、民の為だ。
家臣たちと話し合い国を治めるに相応しい王を定めて、これより先十年の内に私は譲位する。

だが無責任に我が子たちを放り出すことも出来ない。お前の兄たちにも既にこの事は伝え理解も得ているが、兄たちには王位継承権放棄の上で、伯爵位以下の位を授けるつもりだ』


 ウィリアムは国王の六番目の息子だった。王位継承権の順位も低く、臣籍降下といっても、兄たちには公爵や侯爵位が用意されても自分には精々、子爵位が用意されれば良いところであろうと思っていた。

そうして父の想いを聞かされた。兄たちに爵位を授けるにしても、今のガーネシアには新たに貴族家を幾つも興すほどの余裕は無いだろう。しかも王子は六人だが、他に未婚の王女がまだ二人いる。

それぞれ国内に婚約者がおり、侯爵家と伯爵家に嫁ぐ身ではあるが、王族としてそれなりの持参金は必要になる。

元々、騎士を目指していたウィルは、早々に自身に与えられていた王子としての費用を不要とし、王位継承権も放棄し、平民になることを決めた。


そうしてウィリアムはウィルと名を変え、祖国を出ることにした。

たった一人でも王族がこの地を去ったなら、神の怒りを少しは鎮める事が出来るかも知れない、と。

そう願ったウィルが国を出てツィオーニに向かったのは、ツィオーニが『マハークベ神様に護られた国』と言われていた事が影響していたのだろう。

周辺の国からはそう周知されていた。

ツィオーニが小国ながら、他国から侵略される事も無く、国として成り立っていたのは、マハークベ神様に守護され、聖女を多く輩出し続けているからに他ならない。

でなければ、とうの昔に実り豊かな肥沃な土地を欲する隣国シーヴァに吸収されていただろう。

だが、平和ボケしたツィオーニの王族も、貴族や大臣たちも気付いてはいない。
神の恩恵を当たり前のものとして受け続けているからだ。

彼らが新年に行われる『言祝ぎの儀』という神聖な儀式を、ただの年中行事の一つ程度にしか捉えていないのは、大神殿の者たちを見ても明らかだった。

聖女の育てた言祝ぎ草が一鉢だけ黄色い花を咲かせるのも、偶然だと思っている者もいた。
『来年は誰が言祝ぎの聖女のだろう?』などと賭けをする聖騎士たちもいる。

だからミーシェホンモノを断罪する事に躊躇いが無かったのだろう。


冤罪で断罪されたミーシェが言祝ぎ草に導かれ、この場所にやって来たのには何か意味がある筈。いや、意味があって欲しい。

ウィルはこの湖に向かっていると気付いた時から、知らず知らずの内にミーシェに期待してしまったのだろう。だからそんな言葉が自然と口から出てきてしまったのだ。

まだガーネシアの国王は父のままだ。父や母、そして兄弟姉妹の事も気に掛かる。
だがそれよりも王位継承争いなどと、下らない争いの巻き添えで苦しい生活を強いられ続けている民のことを思えば、やはり願わずにはいられないのだ。


神よ、どうかガーネシアをお救い下さい、と。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここまでお読み下さりありがとうございます。

完結は予定通り明日(1/3)になる予定です。
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