恋が温まるまで

yuzu

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#4 約束

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 昼下がり、職場の空気はどこか緩やかで、なのに私の心はざわついていた。

 午前中、あのピアスをそっと置かれたときから、ずっと胸の奥に引っかかっている何かがある。

 ちゃんとお礼を言わなきゃ——

 メールの新規作成画面を開く。

 宛先:田上 智

 件名:昨日のこと、少しだけお話ししたくて

 本文:今、もしお時間あれば、屋上に出てきてもらえませんか。 花田

 打ち終えてすぐに息を飲み、送信を躊躇って指先を止めた。もう一度深く息を吸い込むと、思いきって送信ボタンを押した。

 数分後、チャットのポップアップがぴょこっと画面に現れた。

 「いいよ、すぐ行く」

 それだけの短い返事に、私の心臓がまたひとつ、跳ねた。

***

 屋上の扉を押し開けたとき、すでに田上さんはそこにいた。

 スーツの上着を脱ぎ、手すりに肘をつけて遠くのビル群を眺めている。

「待たせてごめんなさい」

 私の声に、彼がこちらを振り返って、穏やかに微笑む。

「どうしたの?何かあった?」

「いえ……その……さっきのこと、ちゃんとお礼を言いたくて。ありがとうございます。」

 田上君はクスッと優しく笑った。

 「お礼なんていいよ。俺が個人的にイラッとして、磯崎さんに意地悪いっちゃっただけだから。気にしないで。」

 私も釣られて笑顔になり、それからまた少し俯き気味に質問する。

 「あと……ピアスは、どこで?」

 気まずさをごまかすようにポケットからハンカチを取り出し、メガネを拭く。

 「……どこに落としてたんでしょうか……?」

 田上さんは少しだけ首を傾げてから、やわらかく言った。

 「タクシーのシートの上。降りたあとで運転手さんが声かけてくれて。ポケットに入れたら渡し忘れちゃったんだよね」

 「あ……そうでしたか……」

 私は胸を撫で下ろした。が、彼は急に少しだけ表情を変えて、茶目っ気を帯びた声で言った。

 「俺たち昨日あったと思ったとか?」

 「っ!」

 顔が真っ赤になったのが、自分でも分かった。私は咄嗟に顔をそむけ、腕で頬を隠す。

 「ち、違います……っ、思ってません……」

 彼はくすっと小さく笑い、軽い調子で言った。

 「そうだったら、一緒に朝を迎えてるしね。」

 「な……っ」

 返す言葉も見つからず、ますます顔を赤らめる私。

 そのとき、不意に彼の手が伸びてきた。風もないのに頬にかかっていた後れ毛を、彼がそっと耳の後ろにかけてくれる。

 指先が触れたのは、ほんのわずか。でもその一瞬に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 「昨日の返事、貰えるかな」

 私はきょとんとして見上げる。

 「……え?」

 田上さんは、少しだけ肩をすくめて笑った。

 「そっか、それも覚えてないんだ」

 「……ごめんなさい、あの……お酒、強くなくて」

 「うん、じゃあさ。今夜一緒にご飯はどお?」

 彼の声は、まっすぐだった。からかいでもなく、軽口でもなく。

 私は言葉に詰まり、けれど小さく目を伏せながら、「ごめんなさい。」と謝る。

 恋愛はもう、お腹いっぱい。
もう、あの時みたいに傷つきたく無い。
田上さんに恋の予感を感じたのは事実……

 だけど私は、その芽生えかけた気持ちを胸の奥に押し込んだ。

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