恋が温まるまで

yuzu

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#7 あの後のこと (田上 智の回想)

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 「……っていう流れで、昨日はタクシー呼んで、アパートまで送ったんだけど」

 空になったグラスにもう一度、白ワインが静かに注がれていく。

 淡い琥珀色が照明を透かし、細く波紋を描いてグラスの内側をなぞった。

 その音を聞きながら、胸の内にじんわりと熱が広がる。それは酔いというより——恥ずかしさだった。

「……昨夜はいろいろと、すみませんでした。その……ひどかったみたいで」

田上さんはワインボトルを静かに置きながら、クスッと笑った。

 「あの……私、何か変なこと……」
 「可愛いかったよ。普段とキャラが全然違って」

 思わぬ返しに両手で顔を覆い、テーブルに肘をついてうつむいた。

「……お上手ですね。さすが」

 言葉を濁したけれど、それに重ねるように返ってきたのは、やわらかな笑顔だった。

 「……最悪です」

 両手で顔を覆ったまま、そう呟いた。

「そんなの……覚えてないです……」
「思い出せない?」
「思い出していたらこんなところで顔を合わせられません!」

 ただ真っ赤な顔でうつむくことしかできなくて、田上さんの優しい笑い声だけが、耳に残った。

 「あの……本当にすみませんでした」

 私はもう一度、深く頭を下げた。

 「花田さんってさ……人と距離を置いてるでしょ?」

「え……?」

 まっすぐな指摘に、グラスの縁で指が止まった。

 「最初、真面目で冷たい人なのかなって思ってた」

 そこまで聞いて、思わず視線を上げる。
 
 田上さんは続けた。

 「でも違った。俺が勝手に思い込んでただけ」

 記憶をなぞるように語る彼の声は、どこか優しくて、遠くを見ているようだった。

 「一ヶ月くらい前だったかな。ちょっと仕事で気持ちが折れそうになってた日。……給湯室で、コーヒーくれたよね?」

 「あ……」

 咄嗟に思い出す。紙コップにボールペンで落書きみたいな応援メッセージを書いた、あの日のこと。

 「“もう一息。力抜いて頑張りましょう”って書いてあってさ。」

 「あ…それ……」

 「あのメッセージ。めちゃくちゃ刺さったんだよね。肩の力が抜けて、頑張ろうって思えた。」

田上さんの真剣な眼差しが、私の瞳を捉えた。

 「それからかな。何となく目で追うようになってた」

 喉の奥で出しかけた言葉を詰まらせたまま、彼の言葉を待った。

 「それで気づいた。……“なんとなく付き合ってる”だけの子と一緒にいても、気持ちが動かないことに」

 フォークを持つ手が止まる。

 「だから、別れた。」

田上さんが給湯室で言った言葉が脳裏に浮かぶ。

 『別れ話したら泣かれちゃって。』

屋上で言われた言葉が急に浮かんで消えた。

 「田上さんの言ってる"返事"って……」

 田上さんがいたずらっぽく笑う。

「昨日の返事、もう一度聞いてもいい? 今度はちゃんと、意識があるときに」

 記憶を辿れば微かに頭の中で響く田上さんの"俺専用"って言葉が夢か現実かは、わからないままだった。
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