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二章 その後の俺は
2‐02 先輩
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◆◆◆
「うん?」
月曜日、眠い目を擦りながら廊下を歩いていると、うろうろとクラスの出入り口を塞ぐ長身の生徒が居た。
同級生ではないと瞬時に悟った。
もしそうであれば、龍冴を見た途端駆け寄ってくるのが常だからだ。
「……あの、誰か呼びます?」
不審に思いながらも、そっと声を掛ける。
「え、ほんと? 助かったぁ……まだあんまり来てないから、どうしようって思ってたんだよな」
振り向いた生徒は屈託なく笑うと、手に持っていたものを差し出してきた。
それは書店のロゴが入ったシンプルな袋で、つい先週雅玖と行った書店だった。
「えっとな、先週、うちの制服の奴がこれ落としたみたいなんよ。みたとこ一年かなって、思って──」
ばちりと龍冴と目が合うと、その生徒は軽く目を瞠った。
「……ってあれ、雨宮? え、うそ、俺もしかして今年の運使い切った?」
(運……?)
龍冴は笑みを貼り付けたまま、緩く首を傾げる。
男女や年齢問わず別け隔てなく接している自覚はあるが、それでも面と向かって有名人にでも会ったかのような喜びようには疑問が浮かぶ。
校内を出ればただの高校生で、ひとたび雑踏に紛れればそこらの人間とそう変わらないだろう。
なのにこの生徒はアイドルと対面でもしたかのような瞳で、きらきらとした視線を投げ掛けてくる。
「え……っと、その本……俺のかも、です」
段々とこちらが居た堪れない心地にさせられ、控えめに生徒の持っている袋を指さした。
「ってことは本好きなんか。偉いなぁ、ああいうの俺読まないからさぁ」
(誰もそんなこと言ってないんだが)
生徒の言葉に心の中で突っ込む。
けれどその言葉は少なからず内容を見たようで、褒められてるのか微妙な気持ちになった。
はい、と差し出された袋を受け取って中身を確認すると、黒い表紙と『罪』という一文字だけが見えた。
確かに書店で買って落としたもので、わざわざ一年生の棟に出向いて届けてくれたらしい。
「俺の、ですね。ありがとうございます、届けてくれて」
お礼を言ってぺこりと頭を下げると、生徒は慌てたように両手を左右に振った。
「いや、いやいや! 全然! むしろ雨宮のって分かって良かった、っていうか……」
「俺の?」
「あー、いや……これは、な」
小さく尋ね返すと、生徒はきょろきょろと忙しなく視線を動かす。
やや言動が変人のそれに近いと思ったが、この生徒は正真正銘ぶつかってきた相手だったようだ。
龍冴はそれとなく頭から爪先までを観察する。
頭一つ分ほど上にある顔は気まずそうに眉を曇らせているが、笑うと目尻が少し下がったさまは可愛らしいと思った。
野外の部活に入っているのか日に焼けて黒い肌は健康的で、均整の取れた柔和な顔立ちは、見る者が見ればモテることだろう。
がっしりとした身体が制服の上からでも分かり、あまり運動をしてこなかった自分と比べると羨ましさすらあった。
「……俺の顔になんか付いてたりする?」
するとこちらがじっと見ている事に気付いたのか、今度は龍冴が狼狽える番だった。
「や、名前、知らないんですけど。先輩、ですよね?」
しどろもどろになりながらなんとかそれだけを絞り出すと、その生徒は合点がいったというふうにポンと手を打つ。
「あ、そうだよな。ごめん、言ってなくて」
ははっ、と先程と同じ太陽のような笑みを浮かべてきたため、不快にはなっていないようだ。
「鷹月。あ、鷹月でも大和でもどっちでもいーよ」
好きに呼んで、と生徒──大和がにっと屈託なく笑う。
その笑顔を一度ならず二度も真正面で浴びるには眩しくて、けれど龍冴も釣られたように小さく笑った。
「……分かりました。鷹月先輩」
「ん、よろしく」
言いながら手を差し出され、龍冴は何度か瞬くとそっと大和の手を握った。
自分よりも少し大きい手の平は温かく、そこから身体の奥深くまで伝わっていくような気がした。
「うん?」
月曜日、眠い目を擦りながら廊下を歩いていると、うろうろとクラスの出入り口を塞ぐ長身の生徒が居た。
同級生ではないと瞬時に悟った。
もしそうであれば、龍冴を見た途端駆け寄ってくるのが常だからだ。
「……あの、誰か呼びます?」
不審に思いながらも、そっと声を掛ける。
「え、ほんと? 助かったぁ……まだあんまり来てないから、どうしようって思ってたんだよな」
振り向いた生徒は屈託なく笑うと、手に持っていたものを差し出してきた。
それは書店のロゴが入ったシンプルな袋で、つい先週雅玖と行った書店だった。
「えっとな、先週、うちの制服の奴がこれ落としたみたいなんよ。みたとこ一年かなって、思って──」
ばちりと龍冴と目が合うと、その生徒は軽く目を瞠った。
「……ってあれ、雨宮? え、うそ、俺もしかして今年の運使い切った?」
(運……?)
龍冴は笑みを貼り付けたまま、緩く首を傾げる。
男女や年齢問わず別け隔てなく接している自覚はあるが、それでも面と向かって有名人にでも会ったかのような喜びようには疑問が浮かぶ。
校内を出ればただの高校生で、ひとたび雑踏に紛れればそこらの人間とそう変わらないだろう。
なのにこの生徒はアイドルと対面でもしたかのような瞳で、きらきらとした視線を投げ掛けてくる。
「え……っと、その本……俺のかも、です」
段々とこちらが居た堪れない心地にさせられ、控えめに生徒の持っている袋を指さした。
「ってことは本好きなんか。偉いなぁ、ああいうの俺読まないからさぁ」
(誰もそんなこと言ってないんだが)
生徒の言葉に心の中で突っ込む。
けれどその言葉は少なからず内容を見たようで、褒められてるのか微妙な気持ちになった。
はい、と差し出された袋を受け取って中身を確認すると、黒い表紙と『罪』という一文字だけが見えた。
確かに書店で買って落としたもので、わざわざ一年生の棟に出向いて届けてくれたらしい。
「俺の、ですね。ありがとうございます、届けてくれて」
お礼を言ってぺこりと頭を下げると、生徒は慌てたように両手を左右に振った。
「いや、いやいや! 全然! むしろ雨宮のって分かって良かった、っていうか……」
「俺の?」
「あー、いや……これは、な」
小さく尋ね返すと、生徒はきょろきょろと忙しなく視線を動かす。
やや言動が変人のそれに近いと思ったが、この生徒は正真正銘ぶつかってきた相手だったようだ。
龍冴はそれとなく頭から爪先までを観察する。
頭一つ分ほど上にある顔は気まずそうに眉を曇らせているが、笑うと目尻が少し下がったさまは可愛らしいと思った。
野外の部活に入っているのか日に焼けて黒い肌は健康的で、均整の取れた柔和な顔立ちは、見る者が見ればモテることだろう。
がっしりとした身体が制服の上からでも分かり、あまり運動をしてこなかった自分と比べると羨ましさすらあった。
「……俺の顔になんか付いてたりする?」
するとこちらがじっと見ている事に気付いたのか、今度は龍冴が狼狽える番だった。
「や、名前、知らないんですけど。先輩、ですよね?」
しどろもどろになりながらなんとかそれだけを絞り出すと、その生徒は合点がいったというふうにポンと手を打つ。
「あ、そうだよな。ごめん、言ってなくて」
ははっ、と先程と同じ太陽のような笑みを浮かべてきたため、不快にはなっていないようだ。
「鷹月。あ、鷹月でも大和でもどっちでもいーよ」
好きに呼んで、と生徒──大和がにっと屈託なく笑う。
その笑顔を一度ならず二度も真正面で浴びるには眩しくて、けれど龍冴も釣られたように小さく笑った。
「……分かりました。鷹月先輩」
「ん、よろしく」
言いながら手を差し出され、龍冴は何度か瞬くとそっと大和の手を握った。
自分よりも少し大きい手の平は温かく、そこから身体の奥深くまで伝わっていくような気がした。
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