【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

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五章 離れたくない、そう思った

5‐02 紙一重の感情

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 上手く笑えているのか分からないが、椰一が何も言わず笑みを深めたのを見るに、ひとまずは安堵する。

 問題はここからで、椰一のことだからどこかひと気の無い──細い路地や物陰に連れて行かれるはずだ。

 その理由こそ理解しているものの、改めて自覚すると脚が竦みそうになる。

 けれど懸命に歩を進め、龍冴は数歩前を歩く椰一をそっと伺う。

 雅玖が居た時とは比べて無表情で、なのに口角だけは淡く上げているからか、それも相まって不気味だった。

(何も距離取らなくてもいいと思うんだけど)

 隣りを歩いて欲しいとは思わないが、どちらも校内では有名な人間なのだ。

 そんな二人が連れ立ってどこかへ行くとなると、それを見た生徒らが何かしらの噂を立てるだろう。

 だからこうして『無関係です』とでも言うかのように、一定の距離を保っている。

 そもそも龍冴は椰一に着いていくだけで、拒否権などありはしない。

 ここでは目の前を歩く男が絶対条件で、少しでも否定の言葉を放てば二人きりになった時、何をされるのか分からない。

 それほど得体が知れなくて、恐怖がじわじわと背後から侵食していくのを嫌でも理解する。

 椰一に気付かれない程度にきょろきょろと周囲を見回すも、背後から尾けてくる者はいない。

 思い返せばメッセージアプリに送ってきた『待ってるから』というのは、こうして龍冴が校内から出るのを待ち伏せている、という意味なのかもしれない。

 これこそストーカーと何ら変わらないが、はっきりと言えるほどの勇気を今の龍冴は持ち合わせていない。

 むしろ問い詰められるのが怖く、最悪の場合は殴られるかもしれないのだ。

 椰一や他の人間が誰かと喧嘩をしたという噂を聞いた事は無いが、万が一という場合も十分に有り得るだろう。

「──ここでいいか」

 ふと椰一の低い声が聞こえ、ややあってこちらを振り向いた。

「雨宮」

 先に入れ、と椰一が軽く顎でしゃくってくる。

「っ」

 どこをどう進んだのか分からないが、目の前には薄暗い空間がぽっかりと待ち構えている。

(ここ、って……)

 けれど見覚えがあるからか、いっそう不気味さが募る。

 そこは高校の正門をずっと過ぎた先にある、古びた家々がのきつらねる所だった。

 人が住んでいるのか分からない事から、ここら一帯は夏になると肝試しをする若者らが多く、ちょっとしたホラースポットになっているらしい。

 そんな家と家との間に人が一人は通れそうな細い路地があり、そこで椰一は立ち止まったのだ。

 どうやらつい先程の『浮気したのか』という文章の意味を、一から話さないといけないようだった。

「な、何もこういう場所じゃなくても」

 連れて行かれるのはひと気のない場所だと思ってはいたが、いざ薄暗くて不気味な空間に先に入れとなるといささか躊躇ちゅうちょする。

 昼だというのにどこまでも暗いそこは、何かが襲ってくるのではないか──ありもしない幻想が浮かんでは消えた。

「口答えすんの?」

 すると椰一が更に言葉を重ねてきて、こちらに一歩踏み出してきた。

 身長はそれほど変わらないが、体格となると話は別だ。

 少しでも拒否をすれば、見た目に似合わずしっかりとした手で殴られるかもしれない。

 さすがにそこまではしないと思いたいが、次第に大きくなる恐怖はどうにもできなかった。

 この分では何か理由を付け、雅玖達とファミレスへ行けばよかったと思う。

 けれどそう考えたとしても、もう遅いのだ。

「あ、いや……」

 違う、と首を振って顔を俯ける。

 いやに圧のある声音は聞いた事がなく、これでは文字通りただでは済まないかもしれない。

 龍冴は恐る恐る路地に向けて脚を踏み出した。

 少しずつ、ゆっくりとした足取りで細い道に入る。

「──こっち向け」

 低く放たれた命令口調は、きっと椰一の本性なのだろう。

 何をされるのか分かっているようで、しかし分かりたくないという感情がひしひしと全身を支配する。

 身体はなまりのように重いのに、意思に反して違う事をするのが気持ち悪い。

 龍冴はぎゅうと唇を噛み締め、背後を振り向いた。
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