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五章 離れたくない、そう思った
5‐01 不穏な影
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「っ、ぁ……」
心臓が痛いほど音を立てており、目の前の男がこちらに近付いてくる度に身体の震えが止まらなくなる。
龍冴は半ば無意識に、隣りに立つ雅玖の制服のズボンを軽く摑んだ。
すると雅玖の手がそっと重ねられ、握り締められる。
じんわりと熱が伝わってきて、けれど怖気は完全に無くなりそうにない。
「奇遇だな、話すのって初めてだっけ?」
椰一は龍冴の反応に気付いているのかいないのか、尚も言葉を重ねてくる。
にこにこと笑みを形作る唇から吐き出されるものを、今まで予想できなかった訳ではない。
元々、校内では話し掛けない取り決めをしていたのだ。
今日この日までずっと、互いに『表向きは』無関係の先輩と後輩という立ち位置だった。
(なんで、なんで……)
付き合ってすぐ、話し掛けようとした時はあとになってメッセージアプリで『やんわりと』諫められた。
以降は龍冴の方から椰一の姿を見つけても無視を決め込み、この二週間では顔も見たくないほどになっていた。
柔らかく細められた瞳で相手の姿を映し、形のいい唇はそれが真実かのように甘く愛の言葉を囁く。
しっかりとした大きな手は、他の人間にも等しく『そういう事を』していると知ってしまった。
それが気持ち悪く、また先程文面で問い詰めたのが悪かったのか、椰一が出てくるにはあまりにタイミングが良過ぎる。
これではストーカーをしているのと何ら変わりなく、それも相まって額や背中にいくつもの汗が伝った。
「悪いんだけど、雨宮のこと借りてもいい?」
すぐ終わるからさ、と椰一が続ける。
「……ここで話せばよくないですか?」
龍冴の代わりに雅玖が問うてくれ、しかしその声音はいつになく硬い。
「けど待たせるのも悪いし、先行っててくれると嬉しいな。……行こっか、雨宮」
にこりと椰一が更に笑みを深め、龍冴は反射的に口を開きそうになった。
(いやだ)
同じ言葉を何度となく心の中で呟き、ただ無意識に口に出ていたとしてもきっと椰一は強引にどこかへ連れて行くだろう。
高校の周辺はビルや飲食店があり、そこから少し逸れれば一転して住宅街だ。
そんな中でも二人きりになれる場所は限られているため、どこへ行くのかという不安があった。
「雨宮?」
椰一が重ねて名を呼んでくる。
穏やかな声音は一見『優しい先輩』だが、本音は『早く来い』と思っているに違いない。
現に隣りに立っている雅玖の視線がこちらにも突き刺さりそうなほど鋭利で、自分以上に警戒しているのだと分かる。
まさか龍冴が『椰一にこんな事をされ、こういう事をしていた』と事細かに聞いている、とは露ほども思っていないだろう。
「──雅玖」
震えそうになる声を叱咤して、龍冴はそっと大切な友人の名を囁いた。
「大丈夫だから、先行ってて。……いつものとこだろ、多分」
ちらりと背後に視線を向けると、永睦と仁が待っているのが見えた。
けれどこちらに来る気配はなくて──否、本当は気になるのだろうが──、好奇心が旺盛な二人をあまり待たせてもよくない。
もう少しすればどちらかが我慢できず駆け寄ってきて、椰一に根掘り葉掘り聞くという事態にだけはしたくなかった。
「……分かった」
雅玖は短く言うと頷き、しかし名残惜しそうな瞳を投げ掛けてくる。
(……心配性だな)
龍冴は内心で苦笑した。
誰に対しても分け隔てなく接する己を心から理解してくれる人間は、実のところ身内以外であまりいない。
昔から外面がいいのは今に始まった事ではないが、雅玖からしてみればそれが危なっかしく感じるらしい。
過保護さなら桜雅に負けず劣らず、むしろいい勝負をするだろう。
ただ、どちらもそれが回り回って過干渉じみているのは否めない。
(大丈夫だってのに)
何かあれば真っ先に連絡する、というのが雅玖との暗黙のルールになっている。
携帯を取り上げられたり壊されでもしない限り、無事を知らせられるのだ。
ぽんぽんと安心させるように雅玖の背中を叩くと、龍冴は無理矢理口角を上げた。
「行きましょうか。佐野先輩」
心臓が痛いほど音を立てており、目の前の男がこちらに近付いてくる度に身体の震えが止まらなくなる。
龍冴は半ば無意識に、隣りに立つ雅玖の制服のズボンを軽く摑んだ。
すると雅玖の手がそっと重ねられ、握り締められる。
じんわりと熱が伝わってきて、けれど怖気は完全に無くなりそうにない。
「奇遇だな、話すのって初めてだっけ?」
椰一は龍冴の反応に気付いているのかいないのか、尚も言葉を重ねてくる。
にこにこと笑みを形作る唇から吐き出されるものを、今まで予想できなかった訳ではない。
元々、校内では話し掛けない取り決めをしていたのだ。
今日この日までずっと、互いに『表向きは』無関係の先輩と後輩という立ち位置だった。
(なんで、なんで……)
付き合ってすぐ、話し掛けようとした時はあとになってメッセージアプリで『やんわりと』諫められた。
以降は龍冴の方から椰一の姿を見つけても無視を決め込み、この二週間では顔も見たくないほどになっていた。
柔らかく細められた瞳で相手の姿を映し、形のいい唇はそれが真実かのように甘く愛の言葉を囁く。
しっかりとした大きな手は、他の人間にも等しく『そういう事を』していると知ってしまった。
それが気持ち悪く、また先程文面で問い詰めたのが悪かったのか、椰一が出てくるにはあまりにタイミングが良過ぎる。
これではストーカーをしているのと何ら変わりなく、それも相まって額や背中にいくつもの汗が伝った。
「悪いんだけど、雨宮のこと借りてもいい?」
すぐ終わるからさ、と椰一が続ける。
「……ここで話せばよくないですか?」
龍冴の代わりに雅玖が問うてくれ、しかしその声音はいつになく硬い。
「けど待たせるのも悪いし、先行っててくれると嬉しいな。……行こっか、雨宮」
にこりと椰一が更に笑みを深め、龍冴は反射的に口を開きそうになった。
(いやだ)
同じ言葉を何度となく心の中で呟き、ただ無意識に口に出ていたとしてもきっと椰一は強引にどこかへ連れて行くだろう。
高校の周辺はビルや飲食店があり、そこから少し逸れれば一転して住宅街だ。
そんな中でも二人きりになれる場所は限られているため、どこへ行くのかという不安があった。
「雨宮?」
椰一が重ねて名を呼んでくる。
穏やかな声音は一見『優しい先輩』だが、本音は『早く来い』と思っているに違いない。
現に隣りに立っている雅玖の視線がこちらにも突き刺さりそうなほど鋭利で、自分以上に警戒しているのだと分かる。
まさか龍冴が『椰一にこんな事をされ、こういう事をしていた』と事細かに聞いている、とは露ほども思っていないだろう。
「──雅玖」
震えそうになる声を叱咤して、龍冴はそっと大切な友人の名を囁いた。
「大丈夫だから、先行ってて。……いつものとこだろ、多分」
ちらりと背後に視線を向けると、永睦と仁が待っているのが見えた。
けれどこちらに来る気配はなくて──否、本当は気になるのだろうが──、好奇心が旺盛な二人をあまり待たせてもよくない。
もう少しすればどちらかが我慢できず駆け寄ってきて、椰一に根掘り葉掘り聞くという事態にだけはしたくなかった。
「……分かった」
雅玖は短く言うと頷き、しかし名残惜しそうな瞳を投げ掛けてくる。
(……心配性だな)
龍冴は内心で苦笑した。
誰に対しても分け隔てなく接する己を心から理解してくれる人間は、実のところ身内以外であまりいない。
昔から外面がいいのは今に始まった事ではないが、雅玖からしてみればそれが危なっかしく感じるらしい。
過保護さなら桜雅に負けず劣らず、むしろいい勝負をするだろう。
ただ、どちらもそれが回り回って過干渉じみているのは否めない。
(大丈夫だってのに)
何かあれば真っ先に連絡する、というのが雅玖との暗黙のルールになっている。
携帯を取り上げられたり壊されでもしない限り、無事を知らせられるのだ。
ぽんぽんと安心させるように雅玖の背中を叩くと、龍冴は無理矢理口角を上げた。
「行きましょうか。佐野先輩」
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