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第20話 聖女の条件を説明しよう
しおりを挟む「やあっぱりここにいたわね。マルティン」
ノックもせずにマルティンのいる部屋の扉を開けたのは、誰あろうマルティンの元婚約者で、今では自称この世界のヒロインアンテレーゼであった。
「無礼者!聖女さまの御前に挨拶もなく現れるとは何事だ」
腰の剣に手をかけて、聖騎士ラインハルトがアンテレーゼの目の前に立ち塞がった。もちろん、マルティンのまわりには聖女の証であるフェンリルと、国王に命じられた地質学者のサージアスがいた。
「やっぱり来たな。尻軽女」
当たり前の顔でマルティンの隣に座るフィルナンドが吐き捨てるようにそう言った。そう言ったものだから、アンテレーゼの顔がかなり歪んだ。
「は?なんでフィルがここにいるの?」
ラインハルトに阻まれながらも、部屋の中の様子をしっかりと伺ったアンテレーゼは、信じられない光景を目の当たりにした。なぜなら部屋の中には攻略対象者たちが集まって居たからだ。中でも一番衝撃的だったのは、国一番の商会であるアスス商会の会長マクベスがいたことである。最高級品しか扱わないアスス商会は客を選ぶ。ただ貴族と言うだけでは取引に応じないことで有名な商会なのだ。新規の客は必ず会長であるマクベスが対応し、そのお眼鏡に適わなければ例え公爵夫人であっても商品を買わせて貰えない。と言われている。まさに人を見て商売をしているのであった。
「馴れ馴れしく呼ばないでくださーい」
フィルナンドはそんな返事をしながら、マクベスが持ってきた布地を吟味していた。もちろんマルティンの服を仕立てるためである。聖女にふさわしい服を仕立てるのだ。もちろん、今マルティンが着ている服のように、アレコレと付与魔法を付けるのは当たり前なのであるが、何よりもマルティンの美しさを引き立てるような服を仕立てなくてはならない。
「こちらなどいかがでしょう?以前もマルティン様がお気に召して使われていた布地に御座います」
そう、マルティンはマクベスのお眼鏡に適った貴族の一人であった。
「この布はアレだな、聖女が下着に使っている物だな」
フェンリルが余計なことを口走る。
「は?なんで犬のくせに僕のマルティンの下着の事情を知ってるのさ」
すぐさま噛み付いたのはフィルナンドである。
「誰が犬か!我は聖女の忠実なる下僕であり守護者フェンリルなるぞ」
一体何に対して誰に対してのマウント合戦なのか分からないが、確実に間に挟まれたマルティンからすればいい迷惑である。下着に最高級の布を使ったのは前世の知識からで、やはりシルクが肌触りも保湿力も最高なのである。浄化石さえあれば魔力を流して清潔さを保てるから、汚れを気にしなくていいのはありがたいことだった。
「マルティンの肌に直接触れるものだからね。生地の滑らかさは大切だよね」
フェンリルのことをまるっと無視して、フィルナンドはマクベスに話しかける。
「我にも吟味させろ」
グイグイとフェンリルが鼻面を押し込んで来ると、フィルナンドがその鼻を押し返した。
「布が痛むからやめて。牙も爪もしまって!」
理由が最もすぎて、これではフェンリルも文句の言いようがなかった。一応爪はしまえるが、牙をしまうことはできないのだ。
「俺を挟んで喧嘩をするな。ほらフェンリル、この布なら聖女らしい清潔感が出せるんじゃないか?」
もう諦めの境地でマルティンは渡された布地をフェンリルに見せた。聖女の純潔を表すのには白だとフェンリルだけでなく、教会関係者が口を揃えて言ってきたのだ。もちろん、そこに居る聖騎士ラインハルトも、である。
「ふむ、良いな。聖女は純潔であることが絶対条件であり、なおかつ守護者である我フェンリルが認めし者だからな」
ふふん、と鼻を鳴らしたものだから、マルティンが手にした布地がヒラヒラとはためいた。
「動きやすさも重視して仕立てて頂かないと、ですね。わたしが地質調査をして、現地で活動をされるのは聖女様ご本人なのですから」
サージアスがそう言うと、聖騎士ラインハルトが頷いた。
「聖女様のお召し物は、動きやすく肌の露出の少ないものにして頂かなくては困ります」
そんなことを口にしながらも、ラインハルトはアンテレーゼの前に立ち塞がったままである。そう、アンテレーゼは部屋に一歩踏み込んだところでずっと無視され続けていたのだ。
「動きやすいって、そんなの当たり前だろう。俺は男だぞ。まさかスカートを履かせるつもりだったんじゃないだろうな」
まさかと思い、マルティンが確認をしてみれば、フィルナンドが何やら目線を合わせない。マクベスも慌てて顔を床に向けてしまった。どうやら仕立てのデザインはフィルナンドが勝手に決めていたようだ。
「だって、聖女だよ?聖女はこう、ふぁっとした衣装をみにつけてるイメージじゃない?」
慌てて言い訳のような事を口にするフィルナンドであるが、白い布でふぁっとした衣装と言ったら、マルティンの頭の中には花嫁の着るウェディングドレスしか想像が出来なかった。
「とにかく、ズボン。ふぁっとしたのがいいのなら、上着の丈を長くすればいいだろうが」
マルティンがとりあえず譲歩した意見を述べると、明らかにマクベスがホッとしたのか、肩の力が抜けるのがわかった。
「じゃあ僕、デザインを考え直すからね。聖女にふさわしい純潔で厳格なイメージにするから」
なんて言いながら、フィルナンドはマルティンにしなだれかかった。まぁ、そんなことをされるとマルティンのからだは反対側のフェンリルの方に倒れるわけで、ソファーの上でモフモフのイチャイチャが繰り広げられるという訳だ。
「ちょっとぉ!何勝手に話進めてるのよ!聖女はこの私でしょう。この世界のヒロインである私が聖女に決まってるでしょう!なんで、男のマルティンが聖女になれるのよ!そんなのおかしいじゃない!」
放置プレイに我慢ならなかったのか、とうとうアンテレーゼが文句を言ってきた。しかも内容が意味不明である。この世界のヒロインなんて言っているけれど、この世界が乙女ゲームの世界だなんて、誰も認識などしていないのだ。そう思っているのはアンテレーゼだけであり、マルティンは乙女ゲームから居なくなった元悪役令息であり、今は立派な平民で何故か聖女である。
この世界が乙女ゲームの世界だと言うのなら、なぜアンテレーゼが聖女になれなかったのか。そして、なぜマルティンが聖女になってしまったのか、その理由が必要である。
「何を言っているのだ。聖女の守護者たるフェンリルが認めたのだ。それ以上の理由などない」
聖騎士ラインハルトに凄まれて、アンテレーゼの足が一本後ろに下がったが、部屋を出ていく気配は無い。
「どういうことよ!私がヒロインなのよ!私が聖女になって逆ハーする予定だったのに、なんで男のマルティンが聖女なのよ!なんで誰も疑問に思わないのよ!なんでマルティンのまわりに攻略対象者が集まってんのよ!卑怯よマルティン!あんたズルしたでしょ」
聖女の守護者であるフェンリルに断言されたのが気に入らなかったのか、それともマルティンにもたれ掛かるフィルナンドが癪に触ったのか、はたまたマルティンを昔から顧客として認めていたマクベスに苛立ったのか、いつまで経ってもアンテレーゼの前に立ち塞がる聖騎士ラインハルトに腹を立てたのか、アンテレーゼは喚き散らすかのごとく不満をぶちまけた。
「あなたは一体何を言っているんです?」
とても貴族令嬢とは思えない発言と、聞こえているが意味のわからない言葉にラインハルトが眉をひそめた。もしかすると、この目の前にいる貴族令嬢は少し、いや、大変頭がおかしいのかもしれない。そうだとすると、確実に聖女の身に危険がおきる。ラインハルトはあくまでも紳士的にこの、頭のおかしい貴族令嬢にご退出をして頂かなくてはならなくなった。
「何を言っているのかですって?あんたたち、揃って耳がおかしいのかしら?私がヒロインで聖女だっていってるのよ!そこに居るマルティンは男でしょ?男が聖女なんておかしいって言ってるのよ!それに、フィルを攻略して地質調査に入ってフェンリルを手懐けるって、聖女への最短ルートじゃないの。なんでそんなこと知ってるのよ。マルティン、あんた転生者ね。TS転生してんでしょ?許せないっ!ズルよ、ズル。ズルしたんでしょ!」
そう喚き散らしながら、なんとアンテレーゼはとうとう部屋の中に乗り込んで来てしまった。聖騎士ラインハルトは、聖騎士であるが故に、なんの罪もない女性であるアンテレーゼに力で立ち向かうことが出来なかったのである。騎士道とはなんとも面倒なものである。
(なんかこの言い方、聞き覚えがあるんだが、いや、まさか)
恐らく上質の革で出来た靴を履いているらしいアンテレーゼがつかつかとマルティンの目の前に迫ってきた。途中までは大理石の床であったから、なかなか甲高い足音が鳴り響いていたのだが、マルティンたちが座っているソファーの周辺は毛足の長い絨毯が敷かれているため、途端に足音がしなくなった。いや、どちらかというと躾のなっていない不躾な嫌なドスドスといった感じの足音が響いた。
「ズルしてんじゃないわよ!ズルよ。ズル!」
アンテレーゼがマルティンの前に仁王立ちをして、ヒステリックに叫んだ。流石に驚きすぎて、マルティンは目を見開いてアンテレーゼを凝視する。乙女ゲームのヒロインなだけあって、アンテレーゼの顔はとても整っていて美人なのだが、今は目尻を釣り上げてキンキン声で喚き散らし鼻息まで荒い。なまじ綺麗な顔をしているだけに、なんとも恐ろしい表情になっていた。
その顔がマルティンにグッと近づき、マルティンの胸ぐらに掴み掛ったその瞬間、フェンリルが前足をサッと出してきた。
「え?」
マルティンに触れる直前に、アンテレーゼの手が空を切り、それどころかアンテレーゼは体ごと宙に浮いて、さらにはあらぬ方向に吹き飛んでしまった。
「はぁあああああ?」
驚いたのはマルティンだけではない、その場にいた全員が驚きすぎて大きな声を出してしまった。何しろアンテレーゼの体は壁をつきぬけて部屋の中からいなくなってしまったのだから。
「聖女に害をなすものは我が容赦せぬ」
フェンリルが鼻息荒く自慢げに呟いたのであった。
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