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第19話 悪役令息と自称ヒロイン
しおりを挟む「なんであわせてくれないのよ!ケチ」
教会にふさわしくない言葉遣いである。そのセリフを聞いて思わずマルティンは柱の影に隠れた。聖女様と崇められ、教会から出して貰えないから、仕方なく教会にいる聖騎士たちと剣の手合わせをした帰りである。
「聖女様、ご安心ください。あなたの身の安全は我々が保証致します」
マルティンの周りには、聖騎士が五人もいる。恐らくか弱いはずの侯爵令嬢アンテレーゼが襲いかかって来たところで、マルティンに触れることなどできないだろう。だがしかし、この世界には魔法があるのだ。魔道具を持ち込まれていたら、魔法で攻撃されかねない。もっとも、攻撃ができる魔道具はダンジョンにしか出現しないため、貴族であってもそう簡単に手に入れられる代物ではないので安心はしている。
「あ、ラインハルトじゃない」
親しげに名前を呼び、聖騎士の一人に駆け寄ってくるアンテレーゼ。当然ながら、そのそばの柱の影にはマルティンが隠れている。警戒態勢を取り、ラインハルトと呼ばれた聖騎士が腰の剣に手をかけた。
「何用ですか」
厳しく誰何する声をかけられて、アンテレーゼの足がピタリと止まる。
「え?なんで?ラインハルトったらなんでそんな怖い顔をするのぉ」
ぷぅと頬っぺたをふくらませ、アンテレーゼはさも拗ねたような仕草をしてきた。もちろん、そんな事をされたところで聖騎士のラインハルトの心が揺さぶられることもなく、まして好感度が上がるなんてことも起きないのである。
「貴方は何者ですか?」
ラインハルトは、今度はゆっくりと質問を口にした。周りの聖騎士たちも腰の剣に手をかけているのを見てしまい、アンテレーゼは一瞬怯んだ。
「何者なんて、酷い。私のことが分からないだなんて、酷いわラインハルト」
急に泣き真似をして、その場に座り込んだ。当然ながら、ここは教会で、礼拝に訪れている一般客も大勢いる。そんな中、柱の影とは言えど聖騎士と泣き崩れる貴族のご令嬢なんて、好奇心をむき出しの視線しか集めない。
「何を仰っているのかさっぱり分かりませんね。そもそも私はあなたの名前なんて存じません。それなのにあたかも知り合いのように私の名前を呼ぶなんて不愉快です」
ラインハルトは冷たく言い放つと、他の聖騎士に合図をして、アンテレーゼを残し歩き出した。もちろん、柱の影に隠れていたマルティンを囲むような形での移動である。
「あっ」
不幸なことに、床にしゃがみこんでいたアンテレーゼからは、マルティンがよく見えてしまった。何より、白を基調とした聖騎士の制服の中で、いかにも冒険者らしい黒っぽい服装のマルティンはよく目立ってしまったのだ。
「やべ」
マルティンは慌てて認識阻害の効果のあるフードを被った。最初からそうすれば良かったのに、運動をしたあとでちょっと暑苦しかったから被らなかったのが良くなかった。
途端、マルティンの存在があやふやになる。周りを取り囲む聖騎士たちも、マルティンのことを見ていながらその場にはいないような、そんなおかしな認識が生まれた。
「え?どういうこと……」
突然のことに驚いたのはアンテレーゼである。さっきまで確かに元婚約者のマルティンがいたはずなのに、急にその存在があやふやになったのだ。そこにいる黒づくめの男性はマルティンではなかったのだろうか?いや、違う。見間違いをしたのだろうか?そもそも、聖騎士と一緒にいる男性がなぜマルティンだと思ったのだろうか?顔さえ見ていなかったはずなのに。顔?顔を見ていなかった?ではそこにいる黒づくめの男性は?違う、そもそもそこに男性などいるのだろうか?アンテレーゼは床に座り込んだまま、ぼんやりと聖騎士たちの足元を眺めた。自分の考えがまとまらないので、アンテレーゼは次の行動に移せないでいた。そしてそのまま聖騎士たちはアンテレーゼの前から居なくなってしまったのだった。
「えっ、とぉ」
しばらくぼんやりと床を見つめていたアンテレーゼであったが、回りからの視線に気が付き慌てて立ち上がる。
「マルティンのやつ、何処にいるのよ」
教会にきた本来の目的を思い出し、アンテレーゼは歯ぎしりをした。なぜなら、聖騎士のラインハルトは攻略対象者で、聖女になるともれなく好感度が爆上がりするのだ。全攻略対象者中一番難易度が低いのが聖騎士ラインハルトなのである。それなのに、初対面での手応えは完全にマイナスであった。それどころか敵視さえされていた。こんなことはおかしいのである。この世界、乙女ゲームの世界においてヒロインはアンテレーゼただ一人なのである。それなのに、何故か攻略対象者の好感度がマルティンに奪われ、聖女という逆ハーエンドの絶対条件がマルティンに奪われてしまった。
「絶対におかしい。……こんなの間違っているんだから」
アンテレーゼはブツブツと独り言を呟きながら、勝手知ったると言う態度で教会の中を歩き出した。乙女ゲームで何回も歩いたから、内部の造りは熟知している。だから、聖女がどこの部屋にいるのかだってわかっているのだ。
「男のくせに聖女とか、ふざけるのも大概にして貰いたいわ」
身なりの整った明らかに貴族の娘と思われるアンテレーゼが、一人で教会内を歩くことは何も不思議なことではなかった。メイドを伴わず教会にやってくる貴族女性はもれなく訳ありである。だから、誰もが見て見ぬふりをして、協会の奥へと進むアンテレーゼを黙って見送ったのであった。
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