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3獄中のジュリエット
しおりを挟むジュリエットは幽閉された暗い地下牢の冷たく硬いベッドの上に座っていた。
夏だというのに空気は冷たくジメジメとしている。差し入れられた食事には暖かいスープが付いていたがもうすっかり冷めてしまっていた。
牢の鉄格子の間から大きなドブネズミが入って来て床に置かれたままになっているトレーの上のパンをかじり始めた。
「全部お前にあげるわ。私はお腹が空いてないの」
ジュリエットの声にネズミは一瞬ピクリと耳を動かし警戒したがジュリエットが何もしないのを見てまたパンに噛り付いた。
「どうしてこんな事になってしまったのかしら? 私がリンを妬んだから? 素直で明るくて太陽の様に美しいリンを?」
ジュリエットはそっとネズミに話しかけた。
「わたくしはね、まだ10歳にも満たない頃から妃教育を受けてきたの。人前で笑う時は慎ましやかに微笑む程度にしなさいと言われていたのに、リンったら人前でも大きな口を開けて声をたてて笑うのよ。それはもうひまわりみたいに明るくね。わたくしは躾けられた通りにしたのに感情の乏しい冷たい女性と言われるようになってしまったわ」
「まだまだあるのよ。リンは平民とも分け隔てなく仲良くなったわ。貴族達は同じアカデミーに入学してくる裕福な平民をあからさまに蔑んだのに、リンはそうではなかった。わたくしには理解できなかったわ。わたくしは公爵家の娘だもの、平民と対等に話してはいけないのよ。身分の高い人間としての威厳を保ちなさいと教わったのだから」
ネズミは相変わらずパンに夢中だ。
「お前はよく食べるわね。そう、リンもそうだわ。好きな物を好きなだけ食べて幸せそうだった。わたくしはちょっと油断するとすぐ太ってしまうから食事制限は欠かせないの。大好きなスイーツもたまにしか口にできないのよ。今思えば色んな事を我慢していたフラストレーションがリンに向けられたのかもしれないわね」
「だからちょっと憂さを晴らした事も確かにあったわ。わざと違う授業の教室を教えたり、毎月恒例の大規模なお茶会にリンだけを招待しなかったり、舞踏会のドレスコードを教えなかったり。取り巻きの子達がリンに嫌がらせをしても黙って見ているだけだった。そんな事をした罰かしら、リンが正式にゴードン様と婚約すると周囲の人間は手のひらを返したようにわたくしに冷たくなったの。国はわたくしに妃教育を受けさせた手前、仕方なく第2王子のライオネル様の婚約者に私を決めたわ。みんなは格下げになったと陰でわたくしをあざ笑った・・」
ジュリエットは大きく息を吐いた。
「わたくしが用意した毒。あれはね自分のカップに入れたのよ。ゴードン様の妃になるために生きてきたのにそれが叶わないなら生きていても仕方ないと思ったの。こうも考えたわ。もし目の前でわたくしが倒れたらゴードン様はわたくしを心配して・・関心を向けてくれるかもしれないと。もし生き残れたら側室でもいいからお傍に置いて欲しいとお願いしようと決めていたの」
ジュリエットの頬から涙が流れ落ちた。それは固く握られた手の上にぽたぽたと落ちて行った。
「これで良かったのよ。側室になれない事も本当は分かっていたし。もう誰も私をあざ笑ったり、憐れんだり出来ないわ。ライオネル様だってお下がりの花嫁なんて嬉しくないでしょう。わたくしが居なくなってせいせいしてるでしょうね。だけど、どうして毒入りのお茶をリンが飲んだのか、ミナがどうしてあんな事を言ったのか分からないけれど、ミナは最後までわたくしの傍で友達として居てくれたから。わたくしにはそれがとても嬉しかったの。みんなが背を向けてもミナだけは・・」
ジュリエットは突然笑い出した。「フフフ・・・ハハ・・アハハハハハハ!」
「はぁ可笑しいわね。最後の最後にこんな風に笑うなんて。こうやって大きな声で笑うのってとても気持ちのいい事なのねぇ」
ジュリエットはそのまま冷たいベッドに体を横たえた。
地下牢獄に幽閉されたジュリエットは半年も満たないうちに衰弱死した。
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