4 / 42
4同情する和華
しおりを挟むううぅっ・・また涙が出て来ちゃった。
牢屋でジュリエットの心情が明かされるシーンは何度読んでも泣けるわ。
それにしてもこの本の主人公のリンは恵まれ過ぎだよ。身分が低いって以外は全て持ち合わせているようなヒロインだもの。
性格は良くて美人でモテて勉強もそこそこ出来て・・。そ、勉強はそこそこね。あんまり秀才すぎるヒロインはきっとだめなのよね。ヒロインをいじめるこの悪役みたいに。
でもあたしはこの悪役に同情しちゃうんだな。ヒロインとは違ったクールな印象の美人で頭も良くてプライドが高くて。孤高の人って感じ。
きっと不器用だっただけなんだよね。小さな子供の頃から厳しい妃教育なんかされるからこんな堅物になっちゃったんだよ。まあ、ねちねちとヒロインをいじめるのは良くないけどさ。
このヒロインと悪役の性格を考えると『月の女神に愛された』ってイメージなのは悪役の方だと思うんだな、私としては。ヒロインは『太陽の神に愛された』って感じがする。
人は自分に無い物に惹かれるんだよなぁ。毅然としていて、気高くていかにも貴族令嬢ってイメージなのよね、ジュリエットって。あたしは逆立ちしてもそんな風にはなれないわ。それが目下の問題点でもあるんだけど。
普段本なんて読まないあたしがこんな本を買ったのは大学で入ったサークルのせいだ。なんとそれは演劇サークル。大学で再会した中学の時の先輩に誘われて入ったのだ。 で、色々あって演技の勉強をしなくちゃいけなくなって、恋愛小説のひとつでも読んだ方がいいと言われたからなんだけど。
あーあ、それにしても可哀そうなジュリエット。好きな物もろくに食べられないであたしと同じ年で死んじゃうなんてさ。しかも一人孤独に、陽も差さない地下の牢獄で。
ベッドに仰向けになったままあたしはウトウトとしてきた。この後は確かヒロインが幸せになっていく様子が描かれて終わりなはず。続きは明日読もうっと・・。
_______
翌日大学へ行くためのバス停に向かっていたあたしは近所の森林公園を通りかかった。
ここは広い敷地にドッグランや軽い登り坂になったジョギングコースなどがある公園で休日は多くの家族連れで賑わう。
もうすぐお昼になろうとしているが、ジョギングコースの方から女の子が泣いている声が聞こえてきた。
バスの時間に余裕はなかったが、気になったあたしは灌木が生い茂るジョギングコースに入って行った。
「あれぇ、私が頼んだのは4万だったよねぇ。これは5千円札だよ、分かる? 5千円札! しかもたった1枚」
「もう今月のおこずかいは全部渡したから・・これしかないの」
「でもぉ、私達は友達でしょ? 友達の為になら4万くらいなんとかしなさいよ」
「だ、だけど先月も6万も渡してるし・・」
「じゃさ、バイトしないよバイト。私達がいいパパを紹介してあげるから」
「クスクス・・パパに可愛がってもらいなよぉ」
木陰からそっと覗くと気弱そうな女子高校生を4人の女達が取り囲んでいる。
そのうち2人は同じ制服を着ていた。あとの二人は私服で年も少し上の様だ。4人かちょろいな。
「ちょっとあんた達、そういうのは良くないよねえ」
突然声を掛けられ4人はビクッと驚いた。
だがあたしがただの通りすがりの女だと分かるとニヤニヤと笑いながら近付いて来た。
「なんですかぁ~私達は友達と遊んでるだけですけどぉ」
「そうだよ、部外者は引っ込んでな!」
20代前半位の派手な服装で化粧の厚い女がポケットからナイフを取り出し、あたしに近づきながらすごんでくる。
「その顔に傷をつけられたくなかったら引っ込んでな」
なんつーありきたりなセリフ。残念だけどあたしがそんな物、怖がると思ったら大間違いだわ。
あたしはバックパックを手に持ち替え思いっきり振り回してナイフを叩き落とした。
素早くナイフを蹴って遠くに飛ばしてからもう一度バックパックを振り回す。
4人の女達の顔や腕に重たいカバンが当たり、女たちは尻餅をついた。
「喧嘩売るなら相手を見てからにしな!」4人を見下ろしながらあたしが言うとナイフを取り出した女の顔面が蒼白になった。
「ま、まさか岸田のねえさんじゃ・・」
「えっ、それってうちの中学で番張ってた伝説の・・」
えっ、何、伝説って。ただでさえ番張ってるなんて言われて恥ずかしかったのに伝説なんて話になってるの?
「すっ、すみませんでしたっ!」尻餅の状態から土下座してナイフの女が謝った。他の女たちも動揺している。
「ほらっ、あんた達も早く謝りなって!」
「す、すみません」
「ごめんなさい・・」
「すみませんでした」
残りの3人もナイフの女の態度を見てヤバいと思ったのか、さっきまでの態度とは打って変わって頭を下げてきた。
「警察沙汰になったりしたら困るのはあんた達だからね。こういうのはよしたほうがいい」あたしはそう言って、カツアゲされてた女子高生の手を取って歩き出した。
「行こう」
ジョギングコースを降りると女子高生は立ち止まってあたしに礼を言った。
「あ、あの、ありがとうございました。あの‥き、岸田さんって、その、中学生の時にレディースの暴走族のリーダーを再起不能になるまで叩きのめしたっていう、あの岸田のねえさんって呼ばれてる‥あの‥」
「ああああっ、もうそんな昔の事やめて。あの時はちょっと機嫌が悪かったし、ちょっと顔面骨折と右足を複雑骨折させて薬指の爪を剥いだだけだから。再起不能なんて大袈裟な!」
女子高生は目を剥いて後ずさりしながら「あ、私はこれで! 本当にありがとうございました」と言って走り去ってしまった。
まったく、中学卒業してからもう4年は経ってるってーのにいつまでこんなヤンキー扱いされないといけないんだか。ってやばっ、遅刻するじゃん。
あたしも走ってバス停へ向かい、予定より2本遅いバスに飛び乗った。
じ、地震だ! ガタガタと小刻みな揺れにあたしは目を覚ました。
「地震だ!」
でもあたしの目の前に座っている若い女性は控えめに咳払いしながら言った。「珍しいですね、お嬢様が居眠りをなさるなんて」
はぁ? お嬢様だって何言ってんのこの人。
そう思いながらよくよく見ると相手は外国人のようだった。そっか、揺れはバスに乗っていたからか。
この人もあたしと同じ大学に通ってるのかしら。それにしてもおかしな恰好。なにそのワンピース、メイド服みたいなデザインで地味だし裾が地面に着きそうじゃん。
それにしても随分揺れるわね。ってバスじゃないじゃん。狭い空間にあたしとこの外国人しか乗っていない。座席も硬くてお尻が痛いわ。
なんだか窮屈さを感じてふと気付くとあたしも随分と派手な服を着ている。何このレースに花柄。これドレスじゃん。おまけにヒールのある靴まで履いて。
そわそわと落ち着きがないあたしを見てまた向いの女性が言った。
「ご安心下さいジュリエット様。もうそろそろアカデミーに到着します」
この人は‥あたしの顔を見ながら『ジュリエット様』って言ったわよね? そんな名前を聞き間違えるはずがない。・・あ、そうか! あたしはパンッと手を叩いた。
演劇サークルか! ジュリエット役を争ってあたしは大塚奈美とオーディションを受けるんだったわ。それにしても今からあたしの事をジュリエットと呼ぶなんて徹底してるわね。
一人で納得しているあたしを向いの女性はいぶかし気に見ている。
車が止まった。向かいの女性が扉を開けて先に降り、あたしに手を差し出した。「どうぞ、ジュリエット様」
勢いよく立ち上がったあたしはまず天井に頭をぶつけた。「あったたたた。ひゃー痛ったぁい」
頭をさするあたしを先に降りた女性がびっくりして見ている。
頭をさすりながら扉から降りようとすると今度はスカートの裾を踏んづけてよろめいた。
が、なんとか扉に手を掛けて転落するのを免れた。
「ド、ドレスを少しつまんで下さい」唖然としながら女性は言う。
あーそうね、よく見るわねそういうシーン。しかし、よくこんな動きにくい物を着て生活してたもんだわ、昔の人は。
乗り物から無事降りたあたしは目の前の光景に唖然とした。
ここは・・絶対日本じゃない。まるでヨーロッパのテーマパークじゃん。目の前の建物は外国の宮殿みたいだし、振り返ってみるとあたしが乗って来たのはなんと馬車! だからあんなに揺れたんだ。
「あの・・ここどこ?」あたしは恐る恐る女性に聞いた。
「ここは王立アカデミーです。ジュリエット様は東門から入るのは初めてでしたでしょうか?」
王立アカデミー? 東門? なにそれ。あたしは大学に向かうバスに乗ったはずなのに一体どうなってるの?
あたしの頭の中は疑問符がぐるぐると渦巻いていた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、
魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる